第71話 打草驚蛇(兵法三十六計 攻戦計第13計)


 とりあえず術には頼らず古狸をとっ捕まえてグッタリするまで殴り、縛り上げた上でたぬき汁を作る用意を始める。

「たぬき汁か…やはり香辛料を使いまくって臭いを消すのがベストか…いやそれ汁の意味あるか?」

「待ってください待ってください!いや本当に待って!?皮を剥ぐ準備含めてなんでそう万端なんですかねぇ!?」

「喰われる覚悟があったから俺に闘いを挑んだんだろう?次はないと前にも言ったぞ。油と筋だらけだと確認したら刻んで海に流す」

「美味しく食すつもりもないと!?」

 縛られているのにジタバタと必死の抵抗を見せる化け狸。

 しかしそう簡単に外れるようには縛っていない。

 そもそも特殊なロープをコレに使う必要も無い。

「百年以上生きた化け狸の肉なんて臭くて食えたもんじゃないだろ。あと微妙に禿狸だからなぁ…毛皮も要らん」

「風評被害ですよ!?」

 キャンキャンと吠えるが全然可愛くない。

「事実だ。で、その老人のフリをしている天狗はいつまで呆けたフリをする?白峰山の相模坊よ」

 俺の台詞と同時に老人の右手がブレ、

 ギィィッッ

 鉄鞭に止められたそれは山刀…剣鉈だった。

「うむ…その鉄鞭すら我が刃、敵わぬか」

「三国志で名高い董太師の鉄鞭だぞ?そう簡単に切り裂けると思うなよ?」

 老人の姿が歪み、鳶天狗の姿となっていく。

「お主、何故そのような物を持っておる!?」

「そんな事よりも俺を襲ったという事は、ただの刺客という事で構わないな?」

 相手は古来より生きてきた天狗だ。こちらとしても相応の力で対処しなければならないだろう。

「───結界壁、展開。疑似閉鎖空間掌握」

 クソ狸が俺の力を封じたと言っても俺の内部の力は封じられていない。

 ましてや異世界由来の力なんてこの世界。いや、全ての並列鏡面世界に封じる術はない。

エウ、リヴ・ディアスさあ、戦を始めよう

 鉄鞭をしまい、不動明王倶利迦羅剣を取り出す。

 剣もやる気に満ちあふれ気炎を…いや、本気で気炎を吐いている。

「「待て!待ってくれ!」」

「言ったぞ?次はないと。攻撃を仕掛けてきたのだからその約束通り…滅せよ」

 不動明王倶利迦羅剣を横に薙ぐ。

 ゴウッという気炎と共に吊されていた化け狸を灰燼に帰し、天狗の右腕を奪った。

「ぐぅぅっっ!」

 天狗は後ろに下がりながら必死にこちらを見る。

「本当に、要件があるのだ!奴に任せろと言われたからこの様な手法を採らせて…っ、もらったのだ!」

 千年以上生きる大天狗がただの悪狸に頭を下げたと?

「…一応話を聞こう。ただ、あの狸に関しては太三郎との話はついているので問題は無い事は先に話しておく」

 妖怪が仙人となった例の1つだからな…アレ。

 犬神と一緒に挨拶に来たときは流石にどうかと思ったが。

 最上級の濃縮回復薬を天狗に投げ渡す。

「それを腕に振り掛けろ」

 天狗は左手で受け取ると蓋を親指で弾き傷口に振り掛けた。

「っぐ!?…ぐぉおおおおおおおっっ!?」

 腕が現れた。

 生えたとかではなく、何事もなかったかのようにそこに現れた。

 うん。あちらの技術を混ぜたらこうなると。俺、覚えた。

「で?」

 未だ信じられないような呆然とした顔で右手を動かしている天狗に話を促す。

「うむ…実は白峰山にダンジョンとやらが出来ておるのだ」

 …なに?いや、なんだろうな。もの凄く嫌な予感がするぞ?

「問題は、神々の守りが追いつかなくてな…とある御方が取り込まれたのだ」

 ああ、もうほぼ確定だろ…いや、待てよ?

「どちらだ?」

「は?」

「淡路廃帝と、崇徳院…どちらだ?」

「…淡路様です。崇徳院様はお心穏やかに過ごされております故」

「いや、白峰山よりもこの辺りだろ。淡路廃帝の地は。それに崇徳院も厳密に言えば白峰ではなく讃岐のはずだが…」

「…祀られている絡みがあるので崇徳様が偉大なる先祖が似た境遇なのは悲しいと」

 良い人過ぎんかね?誰だ御霊扱いしたのは。

 時の権力者だったわ。

 まあ、怨みもありはしただろうしな。

「両方とも生前から知っている身としては…」

「と言うと、淡路国には700年代から?」

「天平の世から海沿いを行ったり来たりしておりました」

 ………まさか役行者の…いや、今はそれを考察するときではない。

「確認だが、成仏可能であれば成仏を。浄化等しかできない場合はそれでも?」

「はい」

「序でにダンジョンも壊して欲しいと」

「可能であれば。報酬として…碁石金を百両で」

 そう言って革袋を差し出してきた。

 およそ1.5キロ~2キロくらいか。

 中を確認せずにプライベートルームに放り込んだ。

 即座に廣瀬氏達が確認と鑑定を行うので問題無い。

 むしろ俺とあの3人の目を誤魔化せる幻術の類であれば勉強になるので是非そっちで挑んで欲しい。

「…分かった。引き受けよう。場所は白峰山で間違いないな?」

「はい。元々洞窟だったところが異界となっております」

「であれば行けば分かるか…ではな」

 俺は空間封鎖を解除し、その場を後にした。




 簡単な依頼なんて思ってはいなかったし、罠の可能性も考慮していたが…

 殺意が高過ぎるんだが?

 洞窟に辿り着く前にヤマヒメ&山女郎と出会すが…まあ、邪魔をしないよう口説き落と…説得した。

 話せば分かってくれる淑女達で良かった。あと、甘味は正義だ。

 他にも山爺や何故か夜でもないのに首無し馬に乗った夜行がいた。

「おう、オメェさんか。どうしたこんな所にまで来て」

「天狗からの依頼で」

 と、訳を話すとどうやら夜行も天狗からの依頼でここを守るよう頼まれているとの事だった。

「俺が言うのもなんだが…騙されてねぇか?おっとすまねぇな」

 妖怪用の手土産となっている日本酒を夜行に渡す。

「まあ、それはそれで構わん。ダンジョンは確実に葬る。神々からも言われているからな」

「神々から依頼を受けておいて肉体労働者と名乗る学生…無茶苦茶すぎるだろ」

「妖怪に言われたくないな…」

「違いねぇ!俺が先に行って話を付けてくる。オメェさんは普通に来てくれ」

 夜行はそう言って駆け去っていった。

 ───しかし、夜行ですら詳細を聞かされていないとは…奴は何を企んでいる?


 何事もなく洞穴の前に辿り着いた。

「全員何も聞かされてないようだ。で?オメェさん、この中に入るんか?」

「依頼だからな」

「そうか。気ィつけろよ」

 夜行はそれだけ言って去って行った。

 そして俺はダンジョンの中へ入り…一歩目の足を地に着けること無く跳び退いた。

 理由は簡単だ。

 ダンジョンが崩壊したからだ。

「これは天狗の仕業かそれとも…」

 俺はストレージから鉄鞭を取りだし振り返らずに背後から斬りかかってきたそれの柄を打ち貫いた。

「ぐおおおっっ!?」

 背後で悲鳴が聞こえたのと同時に俺はグリッと手首を捻る。

 微かにプシュッという音がし、それは地面に崩れ落ちた。

「…クソ狸が。天狗を騙してまでそれを奪ったのか…」

 振り返ってそれを見る。

 それは天狗の格好をした古狸だった。

 見破れないと、思っていたんだろうな。

 あの場に出向いた時点で術は二重に掛かっていた。

 認識阻害と変化。

 そして酷く残念な話をすると…俺の眼はそれらを全て看破していた。

 だからこそ分からない事もあった。

 何故コイツが相模坊の服を着ているのかだ。

 話しに乗ってここまで来たにもかかわらず分からない。

 コレは腹立たしい。

 腹立たしいので…

「夜行、夜行!」

「さんをつけんか!…ってどうしたんじゃ!?」

 夜行が猛スピードでやってきて、狸を見て顔を引きつらせた。

「これ、今回騙してきた奴なんだが、相模坊の服着ているんだ」

「………マズいぞコレは。我々もいいように騙されていたことは腹立たしいが、恐らく天狗殿の隙を突いてこれらを奪い取ったのだろうな」

 まあ、そう言う結論になるよな。

 ただ、その結論でどうしても解明できないことがある。

「コイツの力でダンジョンを崩壊させることが出来ると思うか?」

「いやそれはいくら何でも無理だ」

 夜行が即座に否定する。

「しかしこのダンジョンに俺が入ろうとした瞬間に崩壊した。気付かずに足を踏み入れていたら俺は確実に死んでいた」

「…何?ということは、まさか此奴っ!」

 憤怒の表情で古狸を睨む。

「手先になったのだろうな。最悪、相模坊を騙し討ちしている可能性もある」

「オノレクソ狸が!…しかし、オメェさんはダンジョンから恨まれてるのか?そんな手を使ってまで狙われるなんて」

「あー…幾つか潰しているからな」

「ダンジョンをか?」

「ああ」

「……まあ、妖怪ぶちのめせるオメェさんだ。可能性はあるとは思っていたが…実は武神か何かの生まれ変わりか?」

 化け物に化け物を見たような顔をされるのはなんか心にくるな。

「まあ、兎に角だ。ダンジョンは消えた。問題のある狸はこうなった。夜行、この服と壊れた剣を預ける。もし本物が来たら渡してくれ」

「この死骸は俺らで使って良いか?」

「ああ。騙されたわけだからそちらで自由に使ってくれ」

 俺はそういってその場を後にした。



──────タイトル解説──────


俗に言う藪蛇(藪をつついて蛇を出す)の元とも言われていますが、

内容としては不用意な行いをするなと言う意味。

兵法では”見通しの悪い所で不用意な行いをせず、細心の注意を払い進軍すべし”

と同時に”相手が動かぬ時は斥候や死兵を放ち出方を待つ”

もしくは”伏兵をあぶり出して殲滅する”

などちょっと振れ幅が酷い捉え方の出来る俚諺です。

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