第70話 顛末と、新たな問題


「頼むから…頼むからこれ以上大事を起こさないでくれ」

 磯部課長に泣きつかれた。

 辰巳上席も胃の辺りを抑えてウンウンと頷いている。

「俺被害者側なんですが?因みにこの件に関しては数年来の戦闘続行状態と神々には認識されていますし、終戦処理の誓文を奴に破られたので神々がキレてその本部辺りに雷落としているかと思います」

「「う゛っ…」」

 胃を抑えて膝を突くな。


「ここはダメだな…見事に怨霊屋敷になっている。中に居た連中は全員救えん」

 光壁越しに建物を覗き込んでいた辰巳上席は苦虫を噛み潰したような顔でそう言うとこちらを見る。

「出てこようとしていたので聖光壁で塞ぎましたが…まあ、申し訳ありませんが必要な犠牲ということで」

 俺は表情を変えずそう答える。

「…救えただろ」

「かも知れませんが、この国の一般市民と不法に入ってきた密入国者やテロリスト達。警察として、もしくは公務員としてどちらを優先して助けますか?」

「「っ…!」」

「知ってますか?此奴ら運ばれていったあの男が把握しているだけで数年で87名の人間が誘拐後、国外に売り飛ばされていますよ?他にも薬を使い中毒者にして売り飛ばした者が40名───「岩崎君」何でしょう」

「法が人を裁くし、警察は裁かない。我々は捕まえるのが仕事だ」

「その捕まえるはずの警察内部に犯罪組織の仲間が居たんですが?」

「………そうだよチクショウ!」

 磯部課長は頭を抱えて叫ぶ。

「ただね、彼を含め捕まえた警察関係者は岩崎案件を恐れて組織にはリークしていなかったようだよ」

 辰巳上席はそう言ってこちらを伺うように見る。

「いや、それが裏目に出ていたんですけどね?」

「「えっ?」」

「奴等、俺のことをコードネームでしか認識してなかったんですよ。あちらが俺に対して着けたコードネームは”勇者志願者”もしくは”邪魔者”。岩崎なんて呼ばずひたすらコードネーム呼びだったらしいです」

「それは…誰情報かな?」

「あの建物内で召された連中の霊から聞きました」

「あ、そう…」

 辰巳上席の目がスンッってなった。

「雑な調査と中途半端な優しさが今回の結末を招いた。ただそれだけです」

「……いやいや待て待て!建物の中の連中助けられただろ!?何故それをしなかった!?」

 磯部課長が吠える。チッ、話の流れを止められたか。

「じゃあ、光壁を解除しますので仕留めて下さいよ?怨念の集合体を、貴方がたが。少なくとも俺はそれを払う義理も義務も無い」

「やめてくれ!どれだけ死者が出るか分からない!下手すると鬼に近いモノになっているんだ!」

「鬼というよりも、一般人が想像する死神でしょうね。ただし、あれらは全てここから出荷された者達の怨みとなれの果てだ。

 中には命を対価にした呪いまで合わさっている…この意味が分かるか?そこの2人さんには。それとも死んだ後までありもしない人間の法で縛るか?」

「警察は、人命を…」

「密入国してパスポートも何もないテロリストを保護か?何処に連れて行く?それに救えたはずの被害者を黙って見過ごし出荷させた裏切り者はどうだって言うんだ?それこそ自国民で守らなければならない対象者だろうが」

 俺は過去警察に対して提出した資料を磯部課長と辰巳上席に渡す。

「磯部課長は見ているよな?あの時別の誘拐組織とやり合っていたときに渡したからな。そこにしっかりとここの事含めて書いてあったが…見事に放置されていたな」

「すぐに上へと上申したんだ」

「で、上に握りつぶされたと。子どもの戯れ言だとでも?結果がこれだがな。岩崎案件なんて言われ始めたときに再度調べていれば被害は最小限だったんだが…

 佐藤事務次官の娘さんも可哀相に、就任半年で娘を誘拐されて降りた挙げ句警察が裏で娘の誘拐をスルーしていたとかな」

 現場がざわめく。

「おまっ、何を…」

「だからあの時言っただろうが。その歳で耄碌したか?あの時「別組織が企業重役の娘や政府高官の妻子誘拐を企んでいることも書いてある」と俺は確かに言ったぞ?」

 全員の目が、それこそ辰巳上席すらも磯部課長を見ている。

「ああ、言ったよ。確かに…だからその件もあわせて上に上げたんだよ!奴は全部子どもの戯言で潰した挙げ句事が起きた際に口外不要と念押ししやがった!俺が訴えたという証拠も何もねぇ!俺はどうすれば…!」

「俺に言って資料を受け取った後に更に上経由でこの事をバラせば良かったんだよ。あの時点で警察、検察のトップとは繋がりがあっただろ。

 因みに以降何故か佑那の友人やシンパの親はその関連の高官が多い。なので佑那経由で報告は可能だぞ?それに何よりも…あの当時お前の役職は何だ?」

「あっ…」

「何でも1人で出来る立場だったか?今もそうではなかったはずだが?」

「………済まない」

 俯き誰に対する謝罪なのか分からない謝罪をする磯部課長に俺はため息を吐いた。

「エセ完璧主義者が一人で抱え込む癖は変わらないと見えるな。しかも前にも言った気がするが…」

 俺は軽く息を吸う。


「甘ったれるな!貴様のその中途半端な責任感と覚悟と独りよがりでどれだけ犠牲者が出たと思ってる?つい最近も俺は言ったぞ。

 一人の勇者や英雄は要らない。必要なのは万の優秀な者達だとな。貴様は何だ?勇者か?英雄か?覚悟を決めろ磯部文臣!」


 気を張り大喝する。

 数人の警官が腰を抜かしてへたり込んでいるるが、見なかったことにする。

「…そうだな。俺は、形振り構っていられねぇんだよな…」

 磯部課長は俯いていた顔を上げると両手で自分の頬を全力で叩いた。

 辺りにいい音が響く。

 それを見ていた数人が唇をかみしめて磯部課長を見ている。

 …成る程、人望はあるが本人が止めていたという事か。

 まあそれは分かっていたことだが。あと、上司にはあまり恵まれていない。現在進行形で。

 俺は黙って書類を渡す。

「…これは?」

「お前の上司ら、バイトしてるぞ。情報のリークと行動阻害で金を得ている」

「!?」

「ま、それを新たな磯部文臣の初仕事としてくれ」

「おい、これじゃあ裏取引じゃねーか!」

「岩崎案件がある時点で今更だろ?清濁併せ持て。形振り構わないんだろ?」

 思い切り顔を引きつらせる磯部課長に俺はニヤリと笑う。

「ああ、あとこれ、どうぞ」

 難しい顔で立っている辰巳上席に一枚の護符を渡す。

「これは?…っ!?」

 渡した護符は地蔵菩薩招来の護符。

 一時的に聖域を作り、地蔵菩薩を呼び出してその一帯の悪霊諸々を浄化し、カルマを滅した上で成仏させる…という約束を取り付けた代物だ。

「地蔵菩薩了承済みの代物です。光壁は1日で消え去るので、明日にでもその護符を使って大々的に儀式を行って欲しいのですよ」

「地蔵菩薩了承済みってお前…本気か!?」

 辰巳上席が悲鳴をあげる。

「ああ。閻魔王経由で了承を貰った。リゲ〇ンとユ〇ケルは最高のお供え物らしい」

「聞きたくなかった!そんな内部事情聞きたくなかった!」

「各人の見せ場は用意した。あとはお任せしますよ」

 バイクを取りだしてそう伝え、返答を聞かずに走り出した。



 で、だ。

 アレから数日経った。

 ヒットマンめっちゃ来る。

 ということは警察関係に潜り込んでいる連中が結構数居るって事なんだが?

 ただ、狙うのは俺だけの模様。俺自身を狙うのであれば問題は無いが、他者を巻き込んだり友紀や佑那を狙えば俺が組織に乗り込むという情報が回っているようだ。

「昨日2度も襲撃あったんだが?しかも全部別組織。そちらの警察組織はガバガバ過ぎんかね?」

『これでも怪しい連中片っ端から部下含め洗い直している最中なんだよ!』

 電話越しに磯部課長の悲鳴にも似た言い訳が聞こえる。

「後2~3ヶ月はこの状態か」

『人手が足りねぇんだよ!』

「そう騒げるだけ前進したって事だろ。頑張れロートル。ああ、今四国にいるんで」

『チックショーーーーーーーー!』

 ブツリと通話が切られた。

 磯部課長はまだ闇の奥底に足を踏み入れるには早すぎるか…

 スマートフォンの電源を切り、目の前の状況を確認する。

 怪しげな液体で満たされたカプセルの中に浮かぶ人体パーツ。

 そしてそこに居るのは妖怪と、血塗れの白衣を着た老人。

「おやよく来たねぇ…ここは楽園の扉の先だよ」

 柔和な笑みを浮かべる老人。

 だが、その瞳は常人の瞳では無かった。

「おい、化け狸…夜明け前から片道8時間かけて俺をここまで呼んだという事は、覚悟できているんだろうな?」

「ええ、ええ!貴方の力はこの部屋に入った時点で封じられておりますので」

「またしょうも無いことを…俺の眼を誤魔化せるレベルの幻術を使え古狸」

 ───俺はまた一つ面倒事を受けなければならないらしい。


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