第69話 Book of Common Prayer


「アポイトメントは…ああ、岩崎様ですね。社長室でお待ちです」

 中条グループ本社ビルのガードが緩い件について。

 いや、偽造防止処理が施されているうちI・W不動産の身分証だからのスルーパスだろうけど。

 この身分証明書、実はオーパーツだ。

 1番目のとある国で使っていた身分証を発行機を回収して使っているが…現在は浄化した銀とカーボンをカード材料としてセットしているため、このカード自体に軽い退魔作用というか、妖魔忌避作用があるため職員全員が常に持ち歩いている。

 で、何故この身分証でスルーされるのかと言えば、純粋に聖属性の力がカードから発せられているから。つまりは不罪証明のようなモノだ。

 うちの不動産職員、外勤は全員神聖職者なんだよ。

 正確には1月入ってからそうなったとも言う。

 12月に配置換え申請でこれまで外回りをしていた通常職が内勤もしくは駆除係を希望した結果、1月からは全員神聖職者営業というある意味究極の清廉潔白不動産となった。

 武闘派聖職者の営業。これは強い。

 心霊的瑕疵物件買取時に売買契約締結後、速やかに浄化もできるスタッフとか。

 なんて事を考えているうちに社長室に無事到着した。



「……成る程?」

 社長室は何とも言えない光景だった。

 事務作業をしている静留と、鬼に縛り上げられている中年親父。

 中年親父は色々な物を垂れ流してこちらに助けを求めるような視線を送っている。

「専属運転手の一人が犯人だったと?」

「彼が言うにはそのようです。どこかの組織に依頼して父を傀儡化しようとしていたらしいです」

「リストラされたのを親戚の誼で雇ったというのはコイツじゃ無かったか?」

「ええ。恩を仇で返されました。しまいには私を刺そうとしてこの様ですよ」

 静留は絶対零度の視線で男を見てため息を吐く。

「問題の得物はどうした?」

「そこに落ちています」

「触れていないな?」

「ええ」

 ため息を吐き俺は2ヶ所へ電話を掛ける。

 磯部課長と、辰巳上席だ。

 一応軽く説明をし、中条グループ本社ビルの社長室に来るよう伝える。

「2~30分で来るはずだ」

 俺はそう言いながらナイフの鑑定結果と縛られている男の鑑定結果をルーズリーフに書き込み、一番下に鑑定日時と署名を入れる。

「磯部課長が来たらこれを渡してくれ。それまで絶対にナイフやこの男に触れないように。あと、磯部課長が来てももう一人中務省の辰巳上席が来るまでは同じようにナイフ含め触らないようにと」

「居てくれないの?」

「…こいつが依頼をした組織は過去佑那を殺そうと部隊を送り込んだ連中でな?性懲りも無く現れたという事は…戦闘続行という訳なんだよ」

「あー…うん、分かったわ。分かったからその怖い笑顔やめて?」

 怖い笑顔て…

「まあ、神々との契約上戦闘続行状態であればあちら的にはやっちまっても犯罪では無いらしいんでな…今度こそ徹底駆除しなければなぁ」

「真顔もやめて?本当に怖いから!」

 いやどうしろと?

「で、場所は分かるの?」

「ああ。コイツのおかげで1ヶ所は分かったが…恐らく廃棄されているだろう。ダメ元で行って居なければもう1ヶ所に突入する」

「あっ、はい…行ってらっしゃい」

「安心しろ。磯部課長はあと5分以内には到着する」

 俺はそう言い残してその場を後にした。



「やはり廃棄済みか…そしてカメラは残していると。音声も取れるタイプだな…こちらに再度進出したという事は俺との闘いを続行するという意思と看做し今回は何処までも追いかけるぞ」

 カメラにそう声を掛け、次の場所へと向かう。

 バイクで10分程度の場所だが、前回わざと見逃した場所だ。

 居た。

 見覚えのある横顔。何故か南部訛りの英語で指示を出している。間違いない、ロベールだ。

 撤退指示だろうが…もう遅い。

「Forasmuch as it hath pleased Almighty God of his great mercy to take unto himself the soul of our dear brother here departed, we therefore commit his body to the ground; earth to earth, ashes to ashes, dust to dust; in sure and certain hope of the Resurrection to eternal life…」

「!?」

『久しぶりだな、ロベール』

『出やがったな勇者志願者めが。お前の弱点は分かっているんだ。俺らが攻撃を仕掛けなければ…』

『お前等は1年半前に既に攻撃を仕掛けただろう?あの戦闘は神の名において未だ有効なんだよ』

 腕を振り下ろす。

 ゴッッという音と共に車が真っ二つに斬れた。

『神が許してもお前は日本の法で犯罪者になるぞ!?』

『で?』

 光壁で建物含め周辺を囲む。

『俺はあの時言ったぞ?次は無いと。にもかかわらず俺の前に姿を現し俺に攻撃を仕掛けた。この時点で戦闘再開だ』

 ロベールがチラチラと建物の方を見るが、中から誰も出てくる事はできない。

 ドアが開き中から人が姿を見せるが、光壁に阻まれて出られない姿が見える。

『待て、落ち着け。俺らは傭兵なんだ。俺らと本当に戦うつもりか?』

『アント。確かに傭兵稼業もやっているが、今の本業は人身売買組織だろ?前身の組織も日本で潰されたんだよなぁ?』

『まさか、お前!』

『3度目は無い。それにな、その建物は前回俺がわざと見逃した奴だ。仕掛けをして居ないはずがないだろう?』

『ハッタリを…いや、まさか』

『次は無いと言ったのに来たのはお前達だ『封は破られた』』

 建物が、その空間が薄暗くなった。

『霊の溜まり場になっていたからな。親切心でポストの下に呪符を貼っておいたんだが、一方行だけ誰かが剥がしたのか逆に溜め込んで悪霊の溜まり場になっていたようだ…怖いこともあったモノだ。きっとこの車の切断もそれの仕業かな?』

『…っ、お前は……分かった。もう二度と、絶対に俺らはお前の前に現れないし敵対しない。それで手を打とうじゃ無いか』

『今回も俺に喧嘩を売っておいてか?』

『……それはビジネス上の問題で、お前を引き剥がさなければならなかったんだ』

『そのビジネス上の問題で俺の家族を殺そうとした結果を含めての今なんだが?』

 ロベールは何も言わなくなった。

 助けを求め光壁を叩いていた男が黒い手に頭を掴まれて消えた。

 それを見たロベールは、それでもなお余裕の表情を崩さない。

『…分かった。降参だ。何が欲しい?俺が出来る事はなんでもしよう。それに俺を殺しても組織は消耗品が一つ減っただけだとしか思わんぞ』

『ではこの書面にサインをして貰おう。何、敗戦処理のサインだ』

 俺は誓文を作成しロベールに投げつける。

『待て、今どこから…まあ良い。俺のできる範囲でしかできんぞ?』

『ああ。お前のできる範囲だろ?アント副司令のロベール』

 コイツを鑑定して納得がいった。現在アジア一帯の指揮をしているのはコイツだ。

 そしてコイツはその上位組織…いや、戦争愛好組織の小隊長だ。

『お前…本隊と戦う気か?俺らを潰しただけで満足していれば良かったのに』

 そう言いながらロベールは誓文を破り捨てた。

 その瞬間、誓文は光となって消え、それを見てしまったという顔をした。

『サクルの大隊長に聞いてみたら良い。本当に俺と戦う気があるのかをな?まあ、お前が誓文を破り捨てた今となっては何もかもが遅いが』

 俺の台詞にロベールの顔色が変わった。

 一歩後ろに下がり信じられないモノを見るような目で俺を見る。

『おまっ、まさかイワサキユーキか!?』

『その兄だ。前にお前が殺そうとしたのは妹だな』

 俺の回答に動揺どころかガクガクと震え出す。

『いや、俺は知らなっ、知らなかったんだ…』

『ああ、そうだな。戦場でうっかり重要人物を射殺してしまうことは

 ここで楽しい種明かしの時間だ。

 此奴が本来所属している所のスポンサーは中東の元石油王であり現マギトロン王。

 その息子を友紀が昔助けて…惚れられた。

 その際そのスポンサーから「もし日本で活動するときには岩崎家に危害を加えるようなことは絶対にするな」と厳命されているらしい。

 何か知らんがあちらの親父さんにも気に入られた結果なのが怖いんだが…大丈夫か?うちの弟。

 で、あちらこちらに兵を貸している傭兵屋な此奴らは裏で非合法組織にも部隊を貸し出しているわけで…

 大隊長がそのスポンサーと日本に来た際、一度乗り込んでこめかみに釘を突きつけながらオハナシさせて貰った。

 警備?知らない子達でしたね。

 聞いたところ、犯罪組織には基本兵を派遣していないと。

 何カ所か噛んだ結果犯罪組織の用心棒になってしまっている場合はあるかも知れないが、我々は戦争屋であり平時はダンジョンのモンスターとの闘いや護衛が主な任務だ。従って俺の部隊でそんな馬鹿なことをする奴が居たら俺が直々に始末する。

 そう言いきった。

 因みに静留誘拐事件の後の話だ。

 その時は関係性は分からなかったが、護衛の中にロベールこいつが居たため確認をしただけだった。

 そして…その確認の数ヶ月後に佑那が誘拐阻止の報復として襲撃を受けた。主犯はロベールこいつだった。

 静留の件を外しても今回2度目だ。

 まあ、あの時の誘拐組織は連合体であって此奴らは物理的な用心棒に過ぎなかったようだが…同じ穴の狢だ。分かっていて守っていたのだから。

 コイツはその頃から関与しており、未だに部隊との繋がりは切れていない。

 従ってもう奴に言い訳は通用しない。

『中条グループ長女誘拐事件からずっと俺は関わっているぞ?そしてお前はそれをずっと認識している。お前の所のボスは随分と嘘吐きなんだな?』

『違う!ボスは…ボスは知らない!』

 必死に叫ぶが知らないから罪は無いという道理は通らない。

『だが、お前は言ったよな?本隊と戦う気か?と…ああ、あの禿親父の頭を釘で刺さなかったことが悔やまれるよ。恩を仇で返すのがそっちの流儀らしいからな』

『本当だ!本当にボスは知らないんだ!頼む!俺の命はくれてやる!だから』

 知らないのに何年も部隊を遊ばせているのか?それこそあり得ないだろう。

 もしくは騙されていることも知らない底抜けの馬鹿だ。

 膝を突き両手を組んで祈るように懇願するロベールに対し俺は、

『くれてやる、ねぇ…もう遅いんだよ。俺が確認後に妹は襲撃を受け、そして今だ。少し調べれば分かったはずのことを怠り再びしかけてきたわけだ…

 お前達傭兵組織はスポンサーの意向を無視し金のためなら何でもするような破落戸以下に成り下がった連中だとな』

 そう答えた。

『っ!』

 銃を抜き俺目掛けて2発発砲する。

 が、光壁に弾かれ反射した結果ロベールの左膝と肩に被弾する。

 残念ながらコイツが誓文を破り捨てた時点で此奴らにとって最悪な結末しか無い。

 誓文の最後の一文にはこう書いてあった。

 ”この誓文を敗者側が一方的に破棄した場合、該当組織本部への通告と共に神雷を降らす。以降関係者は全て永年戦闘状態による敵対関係と看做す”

 破棄されているのでこの事は既にアントとサクルへと伝わり、神雷が降っているはずだ。

『もうお前如きの命で云々の規模では済まされなくなっているんだよ』

 こちとら誓文作るのに聖水晶片を在庫処分レベルで使用したんだぞ?

 だからこその神々の大盤振る舞いなんだが…絶対単独神では無いな。管轄区を跨いで協力したんだろうな…これ。

『……』

 ロベールは諦めたように銃口を咥え、引き金を引いた。

「…銃を咥えて死ぬのが流行りなのか?」

 今回は止めなかった。が、ロベールは慌ててしまったのだろう。撃ちどころが悪く即死ではなく顎の左半分を吹き飛ばしただけだった。

「…後処理も仕事なんだよな…」

 俺はため息をつきながらを行った。


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