第68話 應該以正直報答怨恨、以恩德報答恩德(論語:憲問35)
大学の講義室に入ろうとしたとき、静留に呼び止められた。
「刺された?」
「うん…帰宅しようと車に乗り込むときに…」
それは静留の父親が知人に刺されたことを告げる話だった。
「で、無事なのか?」
「傷自体はそんなに大したことではないのですが、刺したナイフがないと。あと、取り押さえられて警察に連行された直後にその人亡くなっているらしく…」
静留の顔色が悪い。
恐らくだが、父親に異変が起きているのだろう。
傷は大したことが無い。しかし刺した物が無く、犯人も死んだ。
「…もしや性格が変わってきていないか?」
「!?どうしてそれを!?何か知っているの!?」
「病院に居るのなら自宅療養に切り替えた方が良い。自宅には金棒があるだろ?」
「あっ…えっ?もしかしてそういう事なの?」
「恐らくそういった道具を使ったのかも知れないな…刺した傷口から入り込み相手を乗っ取るという呪具の類を」
数年前に2度見たし、1度は受けた。
憑依の短刀とその上位武器、
前者は刺した者を操る武器だが、都度憑依しなければならずしかも傷が完治したら操ることができない。更に精神力で弾けるというちょっと不便な代物。
しかし後者は厄介だ。
短剣に命を移し、刺した傷口から体内へと侵蝕して相手を乗っ取るという代物だ。
ただ、アレは魔剣の類であり得物は消滅しなかったはず…
それにアレには重大な欠点があるんだが…
っと、予鈴が鳴った。
「詳しい話を後で聞きたい。とりあえず急ぎ自宅療養に切り替えるよう手配を」
「私はこれから本社なの。できれば…本社に来て欲しいのですけど…」
「…分かった。講義が終わり次第向かう」
俺はそう言って講義室へと入った。
で、今見知らぬ男達に取り囲まれている。
そしてそのタイミングで静留から連絡が入った。
どうやら静留の親父さんは無事自宅療養出来たようだ。
もし此奴らがただの怨恨による襲撃で無いとすれば、問題のヤツは組織の関係者だったというわけだ。
しかしどうして此奴らに俺のことがバレたのか…場合によってはまだ親父さんは危険な状態かも知れない。
まあ、静留は間違っても危険な状態では無いだろうが。
さて俺はどうしようか…
とりあえず此奴らが逃げられないように周りを光壁で囲んでおくか。
「…ああ磯部課長、岩崎ですが…今大原通りのコンビニ付近にいるんですが、襲撃者14名の送迎をお願いしたいんですけど可能でしょうか」
『多いな…分かった、すぐに応援連れて向かう』
慌てだしたな。
光壁を叩いたり俺に殴りかかってきたりと忙しいな…
「何処の組織だ?」
「っるせー!」
必死に俺を殴ってくる。
随分と喧嘩慣れした殴り方だが、クズレといったところか…
「須藤智宏27歳、元ボクサーか。借金返済のために仲介屋から仕事を貰う?…成る程組織も考えたな」
クズレや愚連隊を雇って俺にぶつけたわけか。
俺のことをよく調べている組織だな…潰したことのあるところか、それとも合流組か…どちらにせよ此奴らは連行されるわけだが。
「…?」
1人だけ妙な奴が居た。
どこかを見つめ小さく頷いている。
念のためコイツも調べるか…
「ああ、成る程遠見のスキルで指示を受けているのか」
「!?」
「おや、耳も良いようだな?谷岡和朗34歳、前科4犯か。恐喝をはじめとして妻への虐待…ああ、お前が組織の中継役か。成る程、警察が来た時に俺がスキルを悪用したと訴え、聖光による不罪証明時に隠し持っているスキル阻害アイテムで俺を犯罪者に仕立て上げようとしている訳か。余程貴重品だから紛れ込んだと…」
谷岡がビクリと震え、化け物を見るような目で俺を見る。
警察、中務省、自衛隊合わせても100は無いらしいんだがな…スキル無効化アイテムは。
「残念ながらその類は俺には効かないぞ。上位アイテムの首輪タイプも無意味だったからな」
阻害の仕組みはだいたい3通りある。
周辺に邪神というか悪魔由来の逆聖域を展開するタイプ。
装着させて体外へ出す放出系を阻害するタイプ。
そして体内に入れることによってその人間を人ならざるモノにする事でスキルでは無くその大元となる全てのモノを破壊するタイプ。
最後のものは更に幾つか系統があるが、どれもロクデモナイ代物だ。
スキルなんて使えない頃に上の2つは使われた。
最後のやつは───去年使われた。
修行は大事だ。
それが日常になっていれば尚良い。
最後のやつ、口に入れた瞬間に瞬殺で駆除された。
何せ常時体内に聖光や気、その他を回しているため呪詛の類は即座に浄化される。
更に言えばとある事情で毒や害になる物はほぼ受け付けない体になっている。
そのため食事に仕込まれるなどで口に入れた際に、それは毒物系の判定を下されたらしく即座に駆除された。
「で、誰から依頼された?」
「!?」
またビクリと谷岡が反応した。
「お前等の組織は1度潰したが…怨み云々ではなく金でしか動かない組織だった事は良く覚えている」
緊張からなのか谷岡の呼吸が荒い。
周りの連中も谷岡を見ている。
「な、にを…」
「アント」
「!?」
「そうか。まだ日本にいるのか…うちの家族を殺そうとした連中は。ということは、お前達との戦闘は継続という事で…良いんだよな?」
『ひいいっ!?』
俺の滲み出た
「ははははは…そうか、本隊も潰されたいのか。そうかそうか…貴様らアントには法の光なんぞ優しいものは与えんからな?…聞いているんだろ?アドニス」
「なに、を…っぐあ!?」
「その通話状態でポケットに入れているスマートフォン、通話を終了して貰おうか」
谷岡が通話状態で隠し持っていたスマートフォンの通話を切らせる。
そして見計らったかのようにパトカーと護送車がやってきた。
「おいおいおいおい…猛獣が檻の中で暴れているぞ」
「磯部課長、1人ずつ外に出すので全員縛り上げて個別に事情を聞いて下さい。此奴ら斡旋を受けて雇われたバイトです」
「はあ!?斡旋屋絡みか!?…おい、全員署まで連れて行け」
磯部課長の指示で警官達が動き出す。
そして最後に残った谷岡の番になった時、
「動くな。お前、組織の人間だな。そうか、警察にも入り込んでいたか」
俺はその警官を制止する。
「何を言っているんですか?早く加害者を「アント」っ!?」
ビクリと警官が反応した。
「親の借金返済のためか…回収屋というのはお前か。うちの妹を刺し殺そうとしたのも…回収屋の部隊だったな」
「っ…」
「おい、糸川?」
糸川と呼ばれた警察官は素早く銃を抜くと、銃口を口に咥え引き金を引いた。
が、
銃が暴発し、口では無く指や手がズタズタになった。
まあ、そうなるように銃口とその周辺を光壁でコーティングしたからだが。
糸川は悲鳴を上げて踞る。
磯部は急ぎ救急車を手配し、止血を始めた。
他の警官達も駆けつけてきて少しパニック状態になっていた。
「磯部課長、ソイツも組織の人間ですよ。此奴の使う予定だった貴重品を回収する予定だった回収屋だ」
「おまっ、そんな事よりコイツの止血を…」
「それの存在が邪魔だが殺せない。だから足止めか…俺に喧嘩を売ったのでは無く俺が現在関係している事件、中条グループの件で間違いなさそうだな。磯部課長、コイツを絶対に逃がさないで下さい。スキル阻害アイテムを持っていますから」
「なに!?おい!おまっ、どこへ行く!」
「中条グループ本社ですよ。乗っ取り犯が何かする前に止めないといけないんで」
俺は周辺に展開していた光壁を全て解除し、その場を去った。
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