第67話 以貌取人~ドッペルゲンガーはどうなのか。
男は無言でその骸を抱きしめる。
月が見えているのに、どうしてこうも雨が降っているのだろうか。
男は月を見上げていた顔を骸へと向ける。
その骸は、自分だった。
それを認識した瞬間、男は───
世の中受験シーズン本番となってきた。
まあ、俺はいつも通り大学へ行き、夜はダンジョンで採掘をするという毎日だ。
そんな中、妙な噂が俺の耳に届いた。
「ねえねえ岩崎君、昨日うち来た?」
松本が俺に駆け寄ってきてそんな事を聞いてきた。
「昨日は大学から自宅に戻り、20時に家を出て真っ直ぐ協会本部側のダンジョンに入り…2時37分にダンジョンから出て家に帰ったぞ」
「あれぇ?」
「どうした?」
「昨日23時頃岩崎君が訪ねてきたって兄さんが言ってたんだけど、何も話さずに書類を渡そうと目を離した数秒で消えたって」
「消えた?」
「うん。「ドアも開けずに居なくなった。岩崎の兄さんは無事か確かめてきてくれ!」…って言われたの」
「この通り俺は無事だが…俺に似た何かか…」
「アレじゃない?えっと、ドップラー効果?」
「あー…ドッペルゲンガーか」
「そうそれ!」
「二重体であれば俺に喧嘩を売らないはずだが…妖怪としてのドッペルゲンガーか…面白い」
「……あの、岩崎君。今、もんの凄く好戦的な笑顔だよ?」
松本が顔面蒼白で俺にツッコミを入れてきた。
とても楽しみじゃないか。どのタイミングで出会すのか。
「岩崎岩崎岩崎岩崎っ!」
お騒がせ講師がやってきた。
「さっき君のドッペルゲンガーに会ったぞ!そしてちょっと殺されかけた!」
何故生きているこの講師…
「先生、よく生きてましたね」
「ああ、それが部屋に会った御守りとルーンが弾けて、同時に消えたんだ」
「へぇ~…先生のオカルト好きに助けられたという事ですね!」
「私はドッペルゲンガーを見ることができて感無量だよ!ただ、目がおかしかったから忠告しに来たんだ」
「目、ですか?」
「そう、目。目が真似出来ていなかった。というか人の目じゃなかった」
ああ、そういう…
「まだ完全なドッペルゲンガーになってはいない、もしくは別の者という事ですね」
「えっ?えっ?」
俺達のやりとりに松本が困惑した表情をする。
姿を模す妖怪の類いは色々いる。
日本で有名なのは鬼だが、狐や狸、夜叉、トモカヅキ色々いるが、完璧に化けるのはほぼいない。
例えドッペルゲンガーであっても注意深く見ると違和感を覚えるものらしい。
一節には喋らないとも言われているが、話をしたという例もある。
ただ、話をした場合は最終形態というべきか…ほぼ成り代わっている状態なので相手は死ぬ。
「情報提供ありがとうございます。松本も、もし俺に似た何かと出会したら「香椎のご老の所には行ったのか?」と聞いてくれ」
「?どういう事?」
「近所に住む妖怪バスターな爺さんだ。非公式ながら鬼を倒す強者だ」
「是非一度お目にかかりたい!」
講師の目が輝いた。
だが残念。あの爺様は基本引き籠もりの人間嫌いだ。
「そう会えるような立場の人では無いので」
「そんなー…」
ガッカリしている講師と松本と別れ、自宅へと急いだ。
[兄さん、今日兄さんに似た人がうちの近くをうろいろしていたよ]
家に帰るとまさかの友紀接触後だった。
「何もされなかったか?」
「?うん。兄さんの真似してるのかな?って。ただ目が怖かったし、猫に引っかかれてた」
…よし。餌のグレードアップをしてやろう。
「兄さんに勝った!」
佑那が大はしゃぎで帰ってきて…俺を見て固まった。
「………アレ偽者かぁ…どうりで中途半端な強さだったんだ」
かなりガッカリした顔で靴を片付け、俺の横を通り過ぎ───
「逃がさん」
「あー……ごめんなさい?」
「ではなく、事情聴取だ」
佑那をリビングへと連行する。
「どんな奴だった?会話はしたのか?」
俺の問いに佑那は首をかしげる。
「その質問に、何の意味があるの?」
「重要な意味がある」
「……兄さんの顔だったけど、兄さんではない気配だったわ。何よりも獣臭かった」
獣臭い?
「技を使って勝ったのか?」
「純粋にパワーとスピード」
脳筋が居る…全うに育てても思考回路がおかしいとこうなるのか…
「…お前、何をやらかしたのか分かっていないな?」
「えっ?何?マズかったの?」
「相手に「人間はこれくらい動きます」って教えたわけだ。気功や術式は奴等使えないから諦めるが、身体能力は基本奴等が上だからな?」
「兄さんの顔で犯罪行為…マズいわ」
俺の姿をした何かが犯罪を犯し俺が捕まるパターンは避けたい。
しかし、友紀も佑那も遭遇したとなればあとは俺になるが…
電話が鳴った。
『あっ、やっぱりいた結羽人さん。貴方の偽者が私に接触してきましたが何か心当たりはありませんか?』
それは静留からの電話だった。
奴はよりにもよって静留の所に現れたようだ。
「他でも聞いたが、俺の二重体…ドッペルゲンガーが現れたらしい」
『随分と獣臭いドッペルゲンガーですね…』
「それ、佑那も言っていたが他の人はそんな話していなかったぞ?」
『他にも居るという事ですか?結羽人さんに似た何かが』
ゾッとしないな。
『口を開けて何か喋っていましたが、言葉ではない音でした。音に意味を持たせようとしている感じでしたね』
……だいぶマズイ状態になっているな。
あと相手は2体居るとして、1体は夜叉で間違いなさそうだ。
死体食いが俺の姿をしているという時点で十分におかしいんだが…何がしたいんだろうか。
「しかし、俺では無いと気付いたのは分かったが、よく撃退出来たな」
『?鬼に縛られて連れて行かれましたよ?』
───あっ。
獄卒の黒縄か…
「獄卒の黒縄持っていて良かったな、アレがなかったら危険だったかも知れないぞ」
『SPが慌てていたから何かあるとは思っていたけど…そういう事だったのね』
情報の礼を言い、息を吐く。
「友紀、お前が会った俺に似た奴は…獣臭かったか?」
友紀は少し考える素振りを見せた後、首を横に振った。
[匂い?無かったよ]
これでドッペルゲンガーもいる事が確定した。
離魂病ではなく怪異。
それは実体を有し他者と成り代わろうとするも永遠に成り代わることのできない存在である。
「見たら死ぬ、殺される…色々言われているが、実際はどうなのか」
ドアのベルが鳴った。
「はーい」
佑那が玄関へと向かう。
そして、
「兄さん、お客さん。ドッペルゲンガーさん」
[あ、じゃあ僕紅茶用意するね]
いや、2人とも普通に受け入れすぎじゃ無いか?
「…こちらに通してくれ」
俺はそう佑那に言った。
リビングに2人は入るなと伝え、俺はソレと向き合う。
そのドッペルゲンガーは俺ではあったが俺では無かった。
俺を中性化し髪を伸ばした存在…そう言えば伝わるだろうか。
そんな存在だった。
『初めまして。私は境界の防人という者です』
「境界?では、ダンジョンの先の?」
ドッペルゲンガーどころの話ではなかった。
だが、悪意や敵意を一切持っていないのは刺股が証明しているし、俺もそれらを感じていないので俺は対話を続ける事にした。
『それはYesともNoとも言える。貴方に話しても詮無きことかも知れないけど、貴方という存在自体希有なもの。2度も乗り越えた貴方には一応真実を伝える必要があると思いこの体を乗っ取ってこちらへやってきたんだ』
にこりと境界の守人が微笑む。
と、ここで扉がノックされた。
[お茶をお持ちしました]
「…ああ、頼む」
入るなと言いはしたがその前に紅茶を淹れると言っていたな、と思い許可を出すと友紀が紅茶とスコーンを持って入ってきた。
[生クリームとベリージャムもあるのでどうぞ]
友紀は一礼して部屋を出ていく。
『…うん。君達自体が異端だと分かっているんだけど、度胸あるね、あの子』
「…俺もそう思う」
『これ、食べても?』
「そのために出されているんだ。食べて飲んで構わないが…食べ方は分かるか?」
『横に切って生クリームやジャムを載せて食べる?』
「…まあ、それでいい」
『私達は物体を情報として取り込むだけの存在だからこういった食事というものを体験するのは楽しみだ』
そう言ってそれはまず紅茶を一口のみ、軽く頷く。
そしてスコーンに生クリームとジャムを載せて食べ、固まった。
『え…っ?え?』
驚いた顔でこちらを見、スコーンを見た後に手に持っていたスコーンを全て食べて紅茶を飲む。
『ズルイ!』
いやズルイ言われてもな…
『味覚と嗅覚があればこそこんなに良い食事を楽しめるのか…情報として摂取してはいけない物だよこれは』
重々しく頷く防人に首をかしげる。
「そもそも俺の知る侵略者たるダンジョンと防人が居ることの整合性がとれないんだが」
防人とは入らないように守る者であり、ダンジョンにそんな者はいない。
『まあ、そうだよね…そもそもの話からするとあちらの世界とこちらの世界の神々がやらかした結果、生きたままその神々を取り込み我々が生まれた。
これが全ての原因であり救いと絶望の始まりだった』
救いと絶望、ねぇ?
『この神々は片方は知の探求のためでそれ以上のことは一切考えていなかったが、もう一方は違った。渡った先の侵略、そして自身がその世界群の頂点に立つことを目論んでいた。こちらの世界群の神は前者で、あちらの世界群の神が後者だ』
成る程…やらかしの度合いもそうだが、真偽は兎も角これは神々には伝えてはいけない話だな。
『更に言えばこちらの世界群の神の方が強く境界を7割削り、あちらの神は3割削ってとうとう繋がってしまった。そして私達システムがそれらを危険物として通常処理をしないまま喰らってしまった。あちらの神は即座に喰われたもののこちらの神は瞬時に退避したが結局我々に喰われた』
ああ、これはもしや…
「その時にそれぞれ思考汚染を受けたと?」
『まあ、それに近いかな?以降専守防衛を旨として通常通りと自分たちは思って活動するA群体と侵略をしいつかは神になり世界を統べることを主とするB群体に別れてしまった。ただしそれはそれ、境界という存在からすればそうだなぁ…この世界の宇宙と2粒の砂くらいの感覚かな。境界そのものには何の影響もない』
「であれば良かった。アレはそれぞれの世界の生死を分かつ壁、循環のためのシステムだ。絶対に失ってはならない物だというのは分かっている」
防人のスコーンを口に運ぶ手が止まった。
『…驚いた。何故それを知っている?』
「あちらに行った際にそれらしきことを聞いた。女神と、あちらの世界を侵略する者から…それらを合わせて考察した結果その結論に達した」
俺の台詞に防人はウンウンと頷く。
『ああ、恐らく大いなる意思は君に何かを託したんだろうね…君なら何かやってくれると』
「迷惑な話だが、家族を守るためなら動かざるを得ないからな…この世界もだいぶ侵蝕を受けているらしい」
『まあ、8割はやられていたね。今はなんとか6割まで戻っているけど』
「そこまでか…」
『それも我々がルールを策定した結果だ。崇め敬いたまえ』
「それらをする気は無いが、そこにあるスコーンは全部やろう」
『そっちの方が断然嬉しいよ!』
世界群の危機安いな…
『一応ルールについて説明しておくけど、最初に取り込んだ彼等の言っていた世界のランクに応じた侵攻を行うこと。ただし、それ以上の世界の神が複数応援に来た場合はその侵略割合に対してランク上の侵略増援を1度行える。
そして、侵略は汚染群体のみが拠点を作り行うこと…だ。奴等は境界の中には2度と戻れないが…あちらとこちらに拠点があり行き来出来る』
「つまりは階級にあった攻撃をしろ。上の世界の応援があったらランク上の侵略増援を1度しても良い。そして最後に自分たちに迷惑をかけるな…と」
紅茶を飲み、ほぅ…と息を吐くと防人は嬉しそうな顔で頷いた。
『そういう事。私としてはここに来たときにこの体を壊されるつもりで来たけど、こんな良い経験させて貰ってありがたいよ』
ああ、そうか。基本不介入な防人がここに来ていること自体イレギュラーか。
「その体、もう少し弄れるか?」
『というと?』
「女性体に近づけることは?」
『えっ?こう?』
俺の目の前で俺によく似た顔のナニカに胸ができた。
「そんな感じだな。それだけで俺に似ている女性に見える。その体、すぐに破棄するわけではないんだろ?」
『私の役割は終わったから、破棄予定だけど?』
「おいしいもの、食べる気は?」
『え』
「俺にできる貴重な情報の礼だ。この地域…日本国内であの程度の飲み食い出来る金額を渡しておこう。ホテルに食事付きで泊まればそれなりのものが食べられるし、食べ歩きも良いだろう。情報を摂取では無く経験するのは貴重だろ?」
そう言いながら50万を渡す。
「姿だけでは無く身分証も偽造可能だろ?」
『まあ、それくらいはね…でも良いのかい?』
「良き隣人であれば俺は歓迎するし、敵対しない存在が居る事を知れたことも貴重だ。それにその体…そのままだと4~5日しか保たないんだろ?」
『そうだね。そういった存在みたいだね…数日しか存在出来ないのに同じ姿の者に成り代われば存在し続けられると思い込んで行動する存在…興味深くあるが哀れな存在だよ。ところで、このスコーンセットだといくら位するのかな?』
うん。コイツは食い気に汚染されてるな…友紀、お前ある意味やらかしたぞ。
俺はそんな事を思いながら近場の旨いモノを食べられる店と価格帯を教える。
あと、何かあれば俺の経営している店経由で連絡するようにとも一応伝えると防人は嬉しそうに感謝を伝え家を出ていった。
───奴は絶対に何度か来るという確信を持ち、それと同時に確証が得られるまで防人の話の内容は保留という事にした。
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