第66話 ダンジョンを殴りたいと思うのは俺だけだろうか


 全力で殴った。

 轟音が響き渡り、壁と天井が崩落する。

 崩落音が反響し奥からモンスターが現れるのを待つ。

 ここは檜原村にある

 俺はとある省のお偉いさん(のみ)公認闇バイトとしてここの破壊を行っていた。


 宜しくない連中が周辺の森を買い上げ何かの処分場にしようとしたところ、ダンジョンを見付けたのだという。

 はじめこそダンジョン産の代物や鉱物等を得られると喜んでいた連中だったが、入口付近に小鬼などが現れ仲間が食われる事態になると流石にマズイと慌て出す。

 ただ、知らない振りをして通報というのもかなりマズイ。

 裏市場に結構な量の鉱石等を流してしまったためもし細かく調べられると足が付く可能性があった。


「───というわけでうちに泣きついてきたんですが、岩崎の兄さん…そのダンジョンを潰すの、引き受けてはくれませんか?」

 大学で松本から話を聞き、玉光研究会の東京オフィスで林からいきさつを聞いた訳だが…自分勝手が過ぎんか?相手方。

 まあどこもかしこもそうではあるんだが。

「前金1億、成功報酬2億用意させました」

「…お前達の取り分はどうした」

「300万ほど紹介料頂きました」

「だいぶ出させたな」

「向こうは傘下の者あわせて17名やられているらしいです。直前までかなり儲けていたらしいのでこれくらいは出せたという事でしょうが…」

 成る程。闇市場のダンジョンアイテムは洒落にならないほど価格が高騰しているらしいからな。

 マギトロンも市場買取価格の2~3倍で取引されているらしいからだいぶ派手に採掘したんだろう。

「踏破の際に得た物は俺が貰っても構わないんだな?」

「それはもう。書面にもそう書いています」

「分かった。引き受けよう。ただ、金はダンジョン踏破後に受け取る」

 その台詞に林は安堵のため息を吐いた。が、すぐに不安げな顔をする。

「岩崎の兄さんならできると信じていますが…」

「実績はある」

「えっ!?じゃあ本当に…!?」

 だから呼んだわけではないのか?

「ああ。土日で何とかする。月曜にでも確認してくれ。場所は?」

「ああ、場所はですね───」

 軽い打ち合わせをしてその日は帰り…にいつものダンジョンで採掘をした。


 そして土曜、現在。

 ダンジョンを手動掘削しながらのんびりと奥へ向かって進んでいる。

 マギトロンや鉱石の類はすぐに回収し、岩などは両サイドに退かしていく。

 現れた小鬼は指弾で仕留め、狼などは…何故か逃げていくので追わない。

 しかしなぁ…中務省に連絡したら

『その件は任せた!こちらからは何も言わない。場所は確認するが、踏破後は情報を破棄しなかった事にする』

 と上席が言ったのは驚いた。

 どうやら時折情報が上がっているようだが、その全てを部隊の方に投げまくっているらしい。

 前回の腹いせなんだろうな…

 潰す経緯を説明すると暫く唸ってはいたが、潰すという点では変わらないので納得していた。

 そんな事を思い出しながら先に進んでいると在る事に気付いた。

「……」

 ここは、マズイ。

 階層の落差がありすぎる。

 真っ直ぐ進んでいたが、今踏み出した地点から先は深層域。そして今まで歩いていたところは上層の空気感だった。

 そして眼前にはいつの間にか大刀、正確には偃月刀か…を持った鬼が俺の頭を縦に両断せんとそれを振り下ろしていた。

 踏み出した足のつま先を軸に回転させその一撃目を躱しながら背後を取る、かに見せてそのまま正面へと戻る。

 なんて事はないぐるりと周辺を回っただけだが、鬼は縦の一撃のあと迷わず後ろに居るであろう俺に対して回転撃を繰り出した。

 元の位置に戻った俺は間髪入れずがら空きだった鬼の脇腹目掛けてえぐり込む一撃を繰り出す。

 ボンッという音と共に鬼が吹き飛び壁にぶつかり、そのまま消滅した。

「…日本の言う鬼とは違ったが…大陸系の霊が妖怪となった姿か?」

 だとしたら非常に厄介だ。

 あちらの鬼は姿を消せる。

 霊であり妖怪である存在。

 しかも境界を利用してこちらの察知をかいくぐってきた挙げ句、その瞬間的な判断力は通常の鬼とは一線を画していた。

「…罠か?」

 その可能性はある。

 であればどうするか。

 やる事はまったく変わらない。

 ダンジョン一杯の結界壁を形成し、全力で殴る。

 トラップがあればそこで反応するだろうし、地面を削り多少は歩きやすくなっているから問題無い。

 例え相手が隠れていても結界壁によって弾かれる。

 防御も最大の攻撃だ。

 30センチ大の魔石を拾い、辺りを見渡す。

 結構マギトロンが露出している。

「ああ、これがよく聞くボーナスステージというやつか」

 成る程これはおいしいな。

 周辺の壁や天井を破壊しながらマギトロンや鉱石等を回収しつつ最奥へとのんびりと進む。



「貴様、この儂を馬鹿にしているのか!?」

 最深部に着くなり怒鳴られた。

 恰幅の良すぎる古代中国の戦装束を纏った鬼に。

「我が眷属を打ち倒しておきながらあっちをウロウロこっちをウロウロしおって…貴様は挑戦者であろうが!」

 挑戦者?

「?何の事だ?俺はただ依頼でここを踏破しに来ただけだが?」

「…何?」

 ソイツは険しい表情を更に険しくする。

「依頼だと?」

「ああ、依頼だ。犠牲者が結構出たらしいのと公にバレたら拙いという事で第三者経由で俺に回ってきた。ただし俺は専門機関に報告をした上で踏破許可を受けてここに来た訳だが…」

「…奴等、嘘を吐きおったのか!おのれ!」

 怒りを露わにし、地面を鉄鞭で殴るが、地面が簡単に抉れあちらこちらにその破片が飛び散る。

「堅気の人間ではないしペテン恐喝何でもござれの連中だ。少し頭の良いやつが舌先三寸で誤魔化したという事だろう」

 歯をむき出しにし、周りに当たり散らすソイツを見て少し息を吐く。

 確かにまともに埋葬されなかったが…太師だったか相国だったか…

 眼を使う。

 …董太師で間違いない。

 武勇に優れていたと言うが、後期は専横を極め悪の限りを…とあるが、その辺りは全部とは言わんが民族性の違いや偏見もあるだろう。

 仲間には優しく敵には残酷に。それは殆どがそうだっただろうが…曹操の一族なんてもっと酷いだろうが。やり過ぎた結果があの結末だ。

「まあ、踏破が仕事だ。貴方と敵対するのは間違いない」

「そうか…主を倒した後、奴等に対してこの儂を騙した報いを受けさせるとしよう」

 董太師は鉄鞭を構えこちらを見る。

 まずは…

 縦横2メートル四方の結界壁を形成し、それを殴り飛ばす。

 董太師は結界壁を見切ったのか当たる手前で鉄鞭を振るい結界壁を止めた。

「不可思議な術を使う…」

「死者である貴方がこうして俺の前に立っている事自体不可思議でしょう」

「…違いない!」

 そう言って笑うと再び鉄鞭を構えた。

 しかし残念。俺は更に広く結界壁を次々と形成し全力で殴り、そして蹴る。

 結界壁と鉄鞭がぶち当たるが、物量に勝つ事はできず董太師はそのまま押し潰される結果となった。

 通常まともに戦えばかなり恐ろしい敵だったとは思うが、今回は仕事だ。

 効率的に終わらせる。

「仕事なんでな」

 それだけ言うと呻いていた董太師は何度か頷くと消滅した。

 鉄鞭と魔水晶が残ったのでそれを収納し辺りを調べる。

 コアはない。となると…急いで脱出しなければ。

 走り出すと共に辺りが薄暗くなりフロア全体が震動する。

 ダンジョン崩壊の合図だ。


 ダンジョンの外に出ると十数名の男が俺の周りを取り囲んでいた。

 それぞれの銃を構え勝ち誇ったような顔をしている。

「おい、ダンジョンで手に入れた物を出せ」

 前に居た男がそう言って隣に居る男に荷物を渡すよう指示を出す。

「何故渡さなければならない?契約では俺の物のはず。それに───貴様らまた全面戦争をお望みのようだな?」

「何?全面戦争だ?ま………ま゛っ…あっ、あっ、いわっ、岩崎様でっ、ごじゃりましょうか?」

 男の顔色がサァァッと青くなり、ガクガク震えながら良く分からない口調でこちらに問いかけてきた。

「ああ。岩崎だ「大変失礼致しますた!岩崎しゃま!これっ、これは私の勝手な暴走です!指を、いえ、命を持って償いますのでどうか!どうか組と家族だけは!」

 突然土下座をしだした男の行動に周りの仲間達が固まる。

 そして、

「ぅ、わあああああああっっ岩崎だ!」

「俺らの腕もなくなるぅぅぅぅッッ!」

「だずげでぇぇぇぇぇっっ!」

「えっ?は?ええっ!?」

「おい!?お前等!?」

 人を化け物のように扱う者、何が何だか分からず戸惑う者、逃げ出した奴等を呼び戻そうとする者様々だった。

 …何だこれ。

「今回は見逃す。ただ、次はない」

 俺はそれだけ言ってその場を後にした。


「岩崎の兄さん、先方から迷惑掛けたという事で更に1億積まれましたが…」

「ああ…ちょっとあってな。前金はそのまま受け取るが、成功報酬含めその金を元に曰く付き物件を買ってうちの不動産部門に回してくれ」

「えっ!?良いんですかい!?」

「ああ。そちらの損が無いようにな」

 俺はそう言い残してその場を後にした。


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