第64話 蓬生麻中、不扶而直(荀子・勸學5)
さて、大晦日である。
クリスマスの翌日には既に商店街含めほとんどの人が早くも正月の準備に明け暮れているわけだが…
まあ、俺はいつも通りダンジョン通いだ。
日課と言えば日課だが、願掛けであり修行でもある。
淡々と採掘をしつつ襲ってくる獣やモンスター、そして妖怪を駆逐する。
通常深層での作業、5~6時間まで短縮されたが、やり方次第ではあと30分は短縮出来るだろう。
バイクを使えば1時間は縮まる。
下層からしかバイクを使えないから大幅な短縮ではないが…仕方ない。
時刻は12月31日午前3時。
家に戻ると友紀が料理を作り始めていた。
「ただいま。早くないか?」
[お帰り、兄さん。三が日はお客さん来るかなぁって…もう兄さんのお友達2人は来ないかも知れないけど、他の人達は来るでしょ?]
エプロン姿の友紀が御節の用意をしていた。
[黒豆は事前に戻していたし、数の子も昆布も準備はできている…うん。栗きんとん多めだよね?]
キッチンには作りかけの料理がいくつも並んでいた。
…正直、一般家庭の範疇を超えている。量が多すぎるんだが…業者か?業者よりも専門的なんだが?
そんな事を思いながらも本人が作りたいと作っているわけだからと何も言わないし、無理をするなとも伝えてある。
「だな。恐らく佑那の友人らも来るだろうしな」
初詣を誘いに来る序で…なのに何故か年賀を持ってやってくる。
それは静留もそうなんだが…友紀の友人?もそうだ。
[お年賀持って態々来るの、やっぱり僕たちの家庭の事を心配してかなぁ]
「絶対にそれはない。言える事はうちのお土産がオーバーキルなだけだ」
[??]
首をかしげる友紀にちょっとため息を吐く。
友紀が毎回来た人に対してお返しというかお土産を持たせるが、年一度しか作らない和・洋菓子詰め合わせは来た者全員を魅了している。
店を出して欲しいなんて言う人もいるが…本人は趣味の範疇と言っている以上その望みは叶わない。
「今回も和菓子や洋菓子の詰め合わせをするのか?」
[うん。今回は金玉羹のアレンジをつくっているんだ]
「友紀が良いというなら…ただ、頑張りすぎるなよ?なにもそれらは用意しなければならない物では無いんだからな?」
[うん。無理してないよ?]
この時間から起きて作っている時点で無理していないという言葉に説得力はないんだが…
「手伝えるものはあるか?」
[兄さんはお仕事してきたんだから寝てて?]
「そうは言ってもなぁ…」
[寝てて?]
「…了解」
これは何を言っても無駄だと悟り大人しく寝る事にした。
まあ、2時間で起きる予定だが。
2時間で起きたら案の定友紀に叱られたが、寝た事には変わりない。
そして六時過ぎに佑那が起きてきた。
「おはよぉ…兄さん達早くない?」
俺らが騒いでいたせいか佑那は少し迷惑そうだ。
「友紀に至っては恐らく1~2時辺りから御節含め料理しているぞ」
「それは早すぎない!?」
そこで手伝うといわないのが佑那だ。
佑那は料理が余り?全く?できない。
適材適所。コイツは完全にオフェンス&ディフェンス担当だからこれからも友紀を守ってくれ。
「去年よりも早い。これが一段落したら寝てくれ頼むから」
[うーん…じゃあ裏ごし終わったら兄さんに任せるね]
「ああ。今出ている物であれば作り方は分かる」
「……結羽人兄さんも大概だと思うんだ、私」
呆れたように呟く佑那。
お前はもっと外交担当してくれ。頼むから。
午後2時
玄関のチャイムが鳴り、佑那が出ると、
「今年も1年お世話になりました。来年もよろしくお願い致します」
静留がやってきたらしい。
此奴、御節等の偵察に来やがったな?
大きなお歳暮を持ってやってきた静留を追い返すわけにも行かず客間へ…本人が行かずにダイニングテーブルに座る。
勝手知ったるなんとやらだが、遠慮がなくなってきたな?
「結羽人さん何を作っているのですか?」
「今日の年越し蕎麦の準備だ。鴨南蛮だな」
「!?」
「来てしまったのは仕方ない…食事は?」
「お昼食べていません!」
やっぱり狙っていやがった。
佑那も苦笑している。
「……だったら鴨南蛮…いや、鴨丼はどうだ?」
「ご飯!?頂きます!」
おっと軽食だったせいか友紀達もちょっとソワソワしているな。
「2人も小丼で良いか?」
そう聞くと嬉しそうに頷いた。
食べ盛りだたんと食え。
鴨肉はある程度用意しているから問題は無い。
そしてタレは日本酒多めにして微かにアルコールが香る濃いめで甘いタレを作る。
白ネギや山葵は自分の好きにトッピングしてくれ。
序でにお茶も用意しておこう。
「「[……]」」
静留には普通のどんぶりで。友紀達には小さなどんぶりに入れて出したが、全員がジッとその丼を見たまま動かない。
「どうした?」
お昼はおにぎりと三枚肉とゴボウ巻きだけだったから食べられるだろうと思ったが、多かったか?
「これは、狡いですよ」
何が狡いんだよ。
「茶漬けも良いけどそのままも良い。でも食べ始めたら止まらないって分かっているから悩んでるの!」
佑那の叫びに友紀も頷く。
そんな事言われてもなぁ…
「とっとと食べてくれ」
「ぅああああ!タレが!タレが背徳的なんです!」
そんなタレは存在しない。
「だし汁出さなかっただけマシだと思え…どうした?」
3人とも涙ぐんでいるんだが?
「後出し攻撃は反則ですよ!?」
「いやだから出さないって」
「出してください!」
どうして静留はここまで食いしん坊になったのだろうか…2人もか…
俺は諦めてあごだしベースのだし汁を作り、提供した。
静留が帰り、静かになる。
「夕飯の年越し蕎麦は20時前で良いか?」
リビングに棲息しているこたつむり2匹にそう声を掛けると同時に頷いたので事前準備を終え、俺もリビングへと向かう。
コタツをスルーしてソファーに座る。
と、友紀がコタツから出て俺の膝を枕にした。
「どうした?」
[んーん]
友紀の頭を撫でると少し眠そうな顔をする。
さっきも仮眠程度だっただろうからなぁ…
「夕飯まで寝ておけ」
言うまでもなく、友紀は眠ったようだ。
「…友紀兄さん、寝た?」
「ああ」
佑那がため息を吐いた。
「2人とも無理しすぎだからね?」
「無理をしているつもりはないんだが」
「その無意識に限界ギリギリは全て問題なしって考えやめて?友紀兄さんも結羽人兄さん見て育っているからかその傾向が強いんだから」
「俺は3歩手前で止めるぞ?」
「その見極めが難しすぎるの!」
まあ、そうだろうな…
「佑那が止めてくれ」
「無理」
「だよなぁ…誰に似たのか強情なところがあるからなぁ」
「結羽人兄さんはかなり柔軟だよね」
「…そうでなければ生きていけなかったからなぁ、異世界は」
ありのまま受け止め、ぶん投げたり殴り返す。
脳は麻痺しても思考は止めない。
出来る事の最大限を見極め、その3歩前を限界点とする。
これが俺が異世界から学んだ事だ。
「それよ。兄さんは異世界に行ってから色々変わったと思うの」
「お前殆ど覚えて無いだろ…というかお前の方がグロ耐性は高いからな?」
「香椎道場が異世界より蛮族なのがいけないと思います!」
「ワイルド過ぎはするが、異世界の神官達の方が蛮族だったからなぁ…両方とも」
「なにそれ怖い」
「戦闘中に腕が千切れ飛んでも攻撃しながら回復して戦い続けるバーサーカー。それが神官だぞ?」
「…兄さんが聖者になった理由がよく分かるエピソードですね!」
殴ったろか…
「兄さんがそうなってからずっと友紀兄さんは結羽人兄さんの姿を見続けているし、無理して欲しくないからって頑張っているの」
「そういうお前は?」
「無理な事はしない!通常は4割、頑張って6割仕事を常とする精神です!」
コイツは要領が良いからそれでも人並み以上なんだよなぁ…
「まあ、その調子でやってくれ。ただ、友紀の事は妹として───いや、お前に任せるといけない気がしてきた」
「なんで!?」
今年1年で7回、友紀の風呂に乱入しようとしたの俺は忘れんぞ…
「姉さんと呼んだりしてスキンシップ多めにしているとお前その内友紀にガチギレされるぞ?」
「……来年の課題にしようと思います」
コイツ直す気は無いな…
「来年か…来年は平和な年に…………無理そうだが、初詣に行って拝んでみようか」
「行きます!」
佑那が食い気味に反応した。
「明日7時に近くの神社で初詣するか…」
日が昇ってからが初詣だしな。
「…もしかして兄さん」
「俺は1時から3時半までは日課を熟してくるさ」
「どれだけダンジョンに入っているんですか…」
「お前達のお年玉分を稼ごうと思ってな」
まあ、2人のお年玉は既に準備出来ているが。
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