第60話 NINJANIJA

 人知れず免許を取り移動手段を確保した。

 大型バイクも注文し、カスタム中。

 これで、電車で行ってバイクで帰るという手段も…

『私が言うのもなんですけど、働き過ぎでは?』

 言うほど仕事はしていないと思うが…

 弟たちとの食事やふれあいの時間は仕事ではない。むしろ眠っている間こそ仕事の時間だろう。

 それに週一で友紀と一緒に寝ているんだからこれ以上休息があるか?

『あの子の体からは絶対癒やしホルモンが出ているに違いないんです~絶対』

 絶対の所だけ無茶苦茶素だったぞコイツ…


 バイクが届いたので改造を施そうと思う。

 物理的な改造は既に終わっているので術式的な改造をしなければ…

 改造したのは中条グループ本社ビル地下に潜むマッドな連中なので問題は無い。

 各種申請も通してあると言っていたので…信じよう。

 ただ、検査を受ける際はバッテリーを正規品と取り替えてくれと言う不穏な言伝を…まあ、このバッテリーにマギトロンをぶち込むだけで大きさにもよるが数百キロは走れるモンスターになっている訳だから…いやな企業秘密の詰まったマシンだ。

 ただ、おかげで燃料を現地調達出来るという強味があり、栃木辺りまでなら3時間程度だ。

 ───と、思っていた俺が悪いのか。

「埼玉の松山町のダンジョンがおかしいって…そちらの管轄ですらないでしょうが」

 辰巳上席から緊急の対応要請が来た。

『妖怪の群がいるそうなんだよ…』

「oh…」

 ちょっと泣けてきた。

 対応出来なさすぎだろ…いや、少し前の件で人手が壊滅的に足りないのは分かっているが。

「相手方の編成は」

『小鬼と餓鬼が群れを成してゆっくりと上がってきているらしい。その後ろに鬼が居たとの目撃情報も入っている』

「で、探索者達は?」

『元々浅いダンジョンのため丙種の採掘者しかいない所なので既に避難完了済みでゲートを封鎖している』

「ダンジョン殲滅部隊は」

『現在北海道でダンジョン侵攻が起きていてそちらに全部隊行っているらしい』

 ああ、成る程。

「妖怪を理由に押しつけられたか」

『……その通りだ』

 力関係が良く分かる。しかし、妖怪だからそっちでやれ、ねぇ…予備の部隊もいるだろうに。

「分かった。部隊への嫌がらせは後でする事にして、ダンジョン管理者側にいくつか融通は利かせることは出来るか?」

『最大限行わせてもらう。無論報酬も出そう』

「今回は最新機器起動実験のため、今からおよそ3時間後に一台のバイクがゲートに突っ込むのでそれを素通りさせてくれ」

『………は?あ、いや…ぇえー?』

 まあ、そんな反応だよな。知ってた。

「そう言う訳なので申し送りを宜しく。尚、止められた場合突入を断念して引き返すことも有り得るからな?突入時に原価およそ60万円分の聖水晶片使うからな」

『ッ!?分かった!すぐに職員を派遣しゲートに待機させる!』

 原価では60万円。但し聖水晶というところが問題だったりする。

 前回神降ろしを体験している上席ならすぐに理解しただろう。

 現在確かに原価60万かも知れないが、どこから流通しているのか分からない特殊な魔水晶亜種。

 まもなくとんでもない金額になるのは目に見えている。

 それが1時間後かも知れないという恐怖。

 確実に価値は下がらない。むしろ上がる代物だ。それを湯水の如く使っている俺は脅威以外何者でも無いだろう。

 ただ、その聖水晶をダンジョンから持ち帰り、売っているのも俺だという事は分かっているはずだ。

 さて、慣らし運転序でに行くとする…その前に夕飯を作っておいて置き手紙もしておこう。



 バイクは快調に自動車道を走る。

 このままだと予定よりも20分ほど早く到着した俺は目的地の手前でバイクを止めて電話を掛ける。

 ワンコールで相手が出た。

『───準備は出来ている』

「では、これから突入する」

 通話を切り、再びバイクに跨がる。

「しかし、このライダースーツ…もうちょっと何とかならなかったのだろうか」

『観光客と僕、大歓喜』

『ただ、本当に色々強化素材が使われているっぽいのが凄いな』

『その分お値段も…といいたいところですが、材料は半分こちらの持ち込みでしたし、実験協力という事もありかなりお安くなりましたー』

 バイク同様かなり魔改造されているからな…ただそれでも妖怪を撃退するレベルではないのが悲しいところだ。

 さて、行くか

 バイクを走らせ、一路松山町ダンジョンへと走らせる。

 ダンジョンゲートへとそのままバイクを走らせる。

 確かに封鎖はされているが両サイドに警備の人間と、協会の人間、そして恐らく中務省の人間が待ち構えていた。

 協会の人間に至ってはカメラを構えて居たが…驚愕の表情のまま固まっていた。

「NINJA!?ナンデ!?」

 ───まあ、そうなるだろうな。

 バイク含め完全に忍者。

「征くぞ、光壁前面湾曲展開」

 バイクの前に光壁が展開され、そのままダンジョンへと突っ込んだ。

 直後、凄まじい衝撃音と共に小鬼や餓鬼達が全て吹き飛ばされた。

 すぐにバイクをしまい、周りを見渡す。

 数メートル範囲内にいた奴等は吹き飛んだようだが、鬼や屍鬼は全く削れては居なかった。

『偽式:扇風裂刃』

 扇子を取り出し聖光を発しながら周囲に風を巻き起こす。

 再び近寄ってきていた小鬼や餓鬼達はズタズタに斬り裂かれ、消滅していく。

『偽式:火遁、大瀑斧』

 扇風裂刃で周辺に行き渡らせた聖光の属性を変更する。

 光の霧が爆煙となり辺りを焼き尽くした。

「…これで、5割」

 獅子達は自宅の防衛にまわしている。

 ああ、手はある。

 インベントリから砂糖壺を取り出し、蓋を開けて取りだした砂糖を中に入れる。

 と、俺の周辺空間が歪み、6体の夜叉が姿を現した。

「敵を殲滅せよ」

『諾』

 夜叉達6体のうち5体はそれぞれ武器を手に鬼達へ襲いかかる。

 1体は俺の横で周辺の警護を行っているようだ。

「そうだ。黒糖も大丈夫か?」

 そう問うと夜叉は重々しく頷いた。

 もしかすると、砂糖よりも黒糖の方が良いのか?

「であれば…ボーナスとして黒糖500グラム袋を追加しよう」

 沖縄がああなってしまった今となっては黒糖はそこそこ稀少品ではあるが、他の地域で生産しているので手に入りはする。

 黒糖の袋を取り出すと夜叉が甲高い声で吠えた。

 途端、5体の夜叉の動きが機敏になり、あっという間に鬼や屍鬼達を屠っていった。

「…やはり数は正義だな」

 数分で全てを片付けドロップ品まで持ってきてくれた夜叉達に白砂糖1キロと黒糖500グラムを渡すと6体全員が深々と頭を下げ姿を消した。

「…安上がりが過ぎないか?」

『上質の黒糖含めおよそ千円そこらで鬼退治ですか…発狂モノですね!』

「だよなぁ…やはりこれを自宅警備にしよう」

 そうでないと修行にならない。

 砂糖壺をしまい、周辺を見渡す。

 しんと静まりかえったダンジョン内に足音が聞こえる。

 咄嗟に不動明王倶利迦羅剣を取り出し右に回転しながら振るう。

 ギィンという音と共に1人の鎧武者が姿を現した。

「見事。よくも初太刀を受け流した」

 総面の面頬に鎧を身に纏ったその姿は異様だったが、もっと異様だったのは───

「戦装束と刀の九十九神…だと?」

 九十九神の集合体と言うべきか?いや、これは1つのカタチだ。

「否、我が名は八幡太郎也」

「それは無理がある。そもそもその鎧がその時代の代物ではないし、何よりも人霊が籠もっていないその姿に何の意味がある」

「くっ、ハハハハ!やはり知性ある者は良い!その方の血肉を糧に人へと至ろうぞ」

 鎧武者はそう言うと刀を縦横無尽に振るう。

 一見乱雑に振るっているように見えるが全てが無駄なく繋がっており弾いた瞬間には次の斬撃がこちらに到達しているという有様だった。

 ああ、これは貴重だ。

 幾つかの流派の元となる動きが見て取れる。

「……」

 無数の斬り合いを行う中、相手の意図に気付く。

 足運び、呼吸音、そして斬撃時の手の内の使い方。

 ああ、成る程───

「失伝した流派の復興。それは不可能だ…だが、ご時世で数百年と続く家伝流派が表に出て来ている。そして何よりも過去の流派の見直しが起きている現在、それはきっと無駄ではない」

 そしてなによりあの爺様の剣は神道流と京八流の両方を陰陽二面で捉えている。

 不動明王倶利迦羅剣をしまい、練習用の木刀ならぬ鉄刀を大小取り出す。

「我を愚弄するか」

「いや、俺はそもそも神聖職。先の武器は宝具のため使えたがあちらは剣。従ってここからは刀で行かせてもらう」

「その構え、二天一流か」

「いや、香椎の二太刀構え…陰陽自在のこの太刀を馳走しよう」

「ッシィィィッッ!」

 独特の歩法で一気に間合いに入った鎧武者は縦に切り下ろすと瞬時に下からの切り上げ動作を行う。

 対してこちらは小太刀で初太刀をいなし、斬り上げてきた斬撃を太刀で絡め取り、脇楯を蹴る。

 思いのほか軽く、鎧武者は吹き飛んだ。

「小太刀が思いのほか厄介よ…面白い、面白いぞ!」

 再び刀を構える鎧武者。

 俺は小刀をしまい、太刀だけを正眼に構え体内の気を回し、全身に行き渡らせる。

「征くぞ」

 一歩。

 3間(およそ5.5メートル)の距離を平行移動レベルの間の詰め方で真っ直ぐ移動し、正眼の構えのままで鎧武者の喉に鉄刀を突き立てる。

 相手は慌てて下がろうとしたがその前に半身引き、刀の鎺辺りを鉄刀で強打して叩き折り、返しの斬り上げで総面ごと兜を吹き飛ばした。

 それで、お終い。

 起こりなく距離もない。相手は構えて3間先の俺が来るのを待ち、そのまま死に絶える。

 頸と刀を失ったそれらはガシャリとその場に崩れ落ちた。

「聖光」

 鎧武者だったモノ達に聖光を浴びせて浄化すると消滅した。

 ただ、ポツンと丁寧な装飾の施された飾り太刀が落ちていた。

「…廣瀬氏、鑑定確認を頼む」

 俺はそれを両手で拾い上げ、一度掲げあげた後にしまった。



 ダンジョンから出ると警備員、協会職員、中務省職員の他、軍服を着た男が立っていた。

「依頼は完了した。小鬼、餓鬼、鬼、屍鬼、戦装束の九十九神全て処理完了した。確認の後辰巳上席に宜しく伝えてくれ」

 中務省職人にそう伝えると軍人が行く手を阻む。が、俺はそれをスルリと避けバイクを取りだして走り出す。

 背後で何か言っていたが俺の依頼は終了している。止められる謂れはないのでそのまま自宅へと戻った。


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