第59話 興一利不如除一害 (元史 列伝第33耶律楚材伝)


「───成る程。廣瀬氏としてはこれが言いたかったのか」

『違いますけど結果的にはそうですねー…私の場合は新しいセクションなりを作ってリスク回避と新たな販路確保、状況に応じてパージ出来るようにと』

 何の話かというと、利を求め新たに作り増やすのではなく、問題事を取り除くことを主とせよと言う先人の教えを改めて話し合っていた訳で。

「…魔水晶もだいぶ稀少品扱いだったが、聖水晶関係も作りきれないならあのクラスの聖水は作れないよなぁ…」

 そして再び方々から泣きつかれていると言うことに頭を痛めていた。



 さて、あの事件の発端の話をしよう。

 全てはとある高名な術者の弟子がやらかした。

 殆どの術者や利用者はあの聖水を消費期限付き消耗品として適切に管理し、処分していた。

 何とも贅沢な話…と言いたい所だが、ほぼ1ヶ月以内で使い切り再度注文するレベルだったのだから何とも言えない。

 だが、その高名な術者はタイミング悪く購入後病気で寝込み、更には通院時に事故に巻き込まれるという不幸が重なり数ヶ月休業することとなった。

 そして聖水のことを思いだし、アシスタント兼弟子に処分を頼む。

 しっかりと注意事項含め絶対に破棄するようにと言伝を行い…弟子はその指示を破りあろうことか師の不在時に訪ねてきた富豪にそれを内密にと売りつけた。

 甘く見ていたのだろう。

 弟子もお叱り程度で済む行為であり、販売側は所詮売り手だから注意程度だと高を括っていたのだろう。


 結果、現在も死傷者を出し続ける事態となっている。

 同業他者及び中務省等の犯人捜しは常軌を逸するレベルだった…らしい。

 そして俺が襲撃された後に行方不明になった富豪が懇意にしていた術者と言うことで吊し上げが起き…弟子が犯行を自白しゲロった。

 その後は大惨事。弟子は性格に多少難のある人物だったが能力・職業共にマッチしており、今後の退魔業界?に必要不可欠とされていたらしい。

 まあ、だからこそ調子に乗ったのだろうが…

 で、だ。ソイツを処分するには惜しいが、術師達にとって契約とは何よりも重い。

 何よりも俺が頷かないだろうと思った連中は何をしたか。

 俺がキレない程度に泣きついてきた。

 再発防止云々言われても起きている以上は再び起こるだろうし、何よりも───

「契約書記入時に何も感じていないのは問題なんだがな…誓文処理している以上は始めにこれらの契約書を作成した際に確認を取った神に再度出張ってもらわなければならないんだが…」

 ああ、面倒だ。

 何よりも手間と金が掛かりすぎる…

 呼び出すのには術者の格が必要で、呼び出したら結果がどうであれ相応のものを手土産に渡さなければならない。

 友情召喚なんて99%あり得ない…1%残したのはやらかしそうなヤツが居ないとも限らないからだが、余程の縁があり、かつ思われている状況か…フットワークが軽すぎて面白半分で憑いているか、特殊事情くらいだろう。

 そうなってくると1%でも多いな…

 ───仕方ない。中務省に連絡を入れて神を説得できるのならどうぞとでも伝えておくか…



 阿呆が居た。いや、マジか…呼ぶのに4~500万掛かると伝えたのに即金で出したぞアイツら…

 いやまあ、6名連名でやってはいたんだがそれでも1人100万近く出すとか。

 仕方ないから呼ぶけど。

 場所も中務省が指定してくれた。そして日時は明日とかね…

 俺はダンジョンに突撃して急ぎ大物妖怪をぶちのめして魔水晶を強制浄化しなければならなくなった…魔水晶自体あまり取れないのになぁ!

 深層を2時間回って漸く目標とする大きさのものを得ることができたので安心して呼ぶ事が出来る。

 途中、よい子が見ちゃいけないレベルの凄惨な現場でギリ生きていた人を救助し協会へ送り届けたあと真っ直ぐ家に帰って状態を整えた。

 廣瀬氏から『深層って、こんなにサクサクいける物でしたかね~?』とか『アイテムガッツリで整理しがいがありますよー』という台詞と共に2人の悲鳴と2体の笑い声が聞こえたが放っておこう。


 指定の場所が採石場跡地なのは周辺に人が寄りつかないのと、何かあっても誤魔化せるからか?

 朝食を作って急いで目的地へと向かう。

 こういう時に車やバイクの必要性が出てくるな…そんな事を思いながら途中幾つかの買い物をし、一路千葉へと向かった。


 現地に到着すると10名以上の人間が既に待機して俺を待っていた。

「ああ、済みません予定の時間より早く来たつもりでしたが…」

「いえいえ、我々が早く来すぎただけですから…それよりも人数的に大丈夫ですかね?上司らが興味を示して…」

 俺の元に駆け寄ってきた井ノ原技官が申し訳なさそうにそう言ってきた。

「これからお越し戴く神に対して余程の無礼を働かなければ問題ありません。儀式の前に再度忠告はしますが、主神級の方なので本当に気を付けてください。見てくれに騙されないよう全員に念押しをお願いします」

 いやマジで。頼むぞ?

 主神級とガチバトルなんてしたくないから不敬働いた奴を差し出すからな?

 井ノ原技官は急いで戻っていき、全員にそう伝えると神妙な顔で頷く数名と胡散臭そうな顔をする数名、そして僅かに敵意を向ける数名がいた。

 ───一騒動、決定。

 マジで金額に見合わない。

 俺はそんな事を思いながら現場へと向かった。


「こちらでお願いします」

「おい?悪霊が彷徨いているんだが?」

「良い場所がここしかなくてデスネ…」

「ちゃんと俺の眼を見て言え…討伐料取るぞ」

「それでお願いします(ボソッ)」

 俺の台詞に井ノ原技官は小声で了解と返してきたので場を浄める意味でまずは聖光を周囲一帯に放つ。

 後ろに居た数人が「ぐっ!?」と圧に負けて呻いていたようだが知るか。

 この程度の圧に負けるようだと降臨の際は完全土下座状態になるぞ?

 浄化が完了したので聖水を周辺に振りまき、簡易祭壇を設置する。

 呼ぶ対象が決まっていると楽で良いな…と思いながら結界を三重に構築し、更にその外に光壁を展開する。

 そして台帳を祭壇において一歩下がる。

「契約者が破棄に対する異議申し立てがあるとのことで───」

「ふぅん?契約を相手が破棄したのにその相手方が再度契約したいと言ってきたの?僕を舐めてるの?ああ、それといつも通りで」

 なんの前触れもなく降臨したその神は台帳を手に取り俺を一瞥したあと後ろに居た全員を見る。

 美少年の神だが、無性の神である彼は表情を消し、右手を前に出した。

 同時に神威が全員にのしかかり、全員が瞬時に地面に膝を突く。

「どうせペテンだ何だと思っている人間や言い負かせると思っていた奴等が僕を呼ばせたんでしょ?」

「否定はしない」

「しないんだ」

「俺個人としては舐められたら終わりなこの業界でそう思われていたのなら契約は絶対だと鉄槌を下して欲しいというのもある」

「君はいつもブレないねぇ!彼等が気に入るわけだよ!」

 カラカラと笑う少年神。

「いや、あの呑兵衛共は俺をダシに飲みたいだけだ」

 そう言うとまた笑う。

「で、君としては契約は絶対だと言いたい。しかし利益が減るのもどうかという所かな?」

「聖水販売事業は破棄したが利益は減っていない。関連会社融通し、利益を上げているからな」

「…ホント君、そう言う所だよ?神々から目を付けられるのは。前にも君が契約書の偽造について物申したでしょ?あれ結構騒ぎになったからね?」

「知人が巻き込まれたので首を突っ込まざるを得なかったので。それにアレを放っておけば神々の信用も失墜する」

「今更なんだけどね…僕たちの存在すら疑う連中が殆どだしおかげで人以外の生き物に加護を与える神が増えて増えて…」

 大きくため息を吐く少年神。

「まあ、仕方ないのでは?それ以上にこの世界を見限る神々も多いようだが?」

「まあね…ダンジョンに囚われている神も居るから見付けたら解放してやって?」

「関東圏で二柱既に救助済みだ」

「…本当に君人かな?戦歴見ると戦神かと言いたくなるよ。ああ、話が飛びまくっているけど、僕を呼んだのは君ではないのなら後ろの連中かな?」

「そうだ。ミトラ神との契約に異議申し立てを行う者達は…少し神威を抑えきれないか?」

「イ・ヤ」

 ニパァと常人ならば見惚れる程の笑顔で拒否を示すミトラ神に俺はため息を吐く。

「…まあ、交渉の場を用意しただけだ。ああ、先に手間賃を渡しておく」

 俺は用意していた聖水晶をミトラ神へ渡す。

「いつもありがとう。因みに人の世界でこれっていくらくらい?」

「さあ?今回は原価感覚で500万と言ったが」

「は?これが?なら僕が1000万渡すからあと2個頂戴」

「無茶言うな。そのクラスの魔水晶を得るためにどれだけのバケモンと戦ったと思ってる?」

「つまりはそう言う事だよ。安すぎる。僕を呼ぶのにその程度と思われたくないし」

「そもそも呼んでも来ないだろ…格が足りないと言って」

「まあね…で、異議ある者は?」

 ビクッと全員の肩が震える。

「……本当に、今の人間って弱くなったなぁ…昔はもうちょっとこう…」

「そこまで変わらんだろ。聞いたぞ?」

「いやいや気概はあったよ?二言三言は発せたし」

「…ぉ」

 と、か細いながらも誰かが声を発した。

「ん?」

「気概のある人間が出たぞ」

「ああ、うん。聞こうじゃないか」

「ぉそれながら、もうしあげ、ますっ」

 そう声を発したのは井ノ原技官だった。

 恐らく何度か立ち会ったという事もあり少しだけ耐性が着いていたのだろう。

「異議、ではなく再契約を…せめて時限的でも、お願いっ、出来ませんでしょうか」

「まあ。それが異議なんだけどねぇ…君、契約に関係していないほぼ部外者でしょ?でも僕にそう言える君に敬意を表して…うん。時限的と言わなかったら即突っぱねていたよ。

 ユート、君の所からこの子のところに独占的に卸し、そこから支給販売というのは可能かな?…いや、そんな嫌そうな顔しないでよ」

「まあ、俺は出来ますが、役所的なシステムでそれが出来るかどうか…ですね」

「あー…彼女に対して独占的に卸売りって事で。10年ほど」

「そこの上席及びその上司方、それらに対して発言どうぞ」

 俺の台詞と共に僅かに神威が弱まる。

「わっ、我々としましては…それらを全て買い上げ販売することは…」

「私が職を辞してお店を立ち上げます!それで救われる人がいるなら!」

「───ユート、助け船」

「箱船でよければ」

「…もう好きにして」

「井ノ原技官、うちに雇用される気は?」

「えっ?」

「うちの店で働けば全てはいつも通りという事になる。職員を辞めることにはなるが、外部嘱託員として連絡係でもしながら君が皆に販売をする。態々買い取る云々しなくて済むぞ」

 井ノ原技官は「あっ」と小さく声を上げた。

 聖水を買うために周りは彼女を守らなければならないし、俺としても良い札書きを手に入れることが出来る。

 まあ、あの店ではなくちょっと特殊な場所に隠れ家店舗を用意しようか…

 そんな事を考えているとミトラ神は再び神威を増した。

「そう言う訳で、異論はないね?これを破棄した場合、今度こそ問答無用で打ち切りをし、破った者に罰を与える。異論は?」

「異論も何も神がそう言えばほぼ決定事項だろ」

「君がノーと言って殴りかかってきたら僕は決定できないよ?」

「だいぶ優しい罰則だから何も言わないさ。契約者全員に死を賜るとか死後我が元に~とかなら全力で殴ろうと思ってた」

「あっぶな…ナイス判断。よかったぁ…」

 いや、マジ何しようとしてたんだ?

 ミトラ神は新たな台帳を作成し、俺に渡す。

「じゃ、あと宜しく」

「相変わらず軽いな…あとこれ、別の手土産だ」

 買い物袋を2つミトラ神に手渡す。

「おお!お菓子にジュース、お酒におつまみ!やっぱり持つべきものは理解のある信者カレだね!」

「信者になった覚えはないが。あとなんか可笑しくなかったか?」

 そう言うも聞かずはしゃいだまま消えていった。

 急に静まりかえった採石場跡に複数人の安堵のため息が聞こえた。

「井ノ原技官」

「はいっ!?」

「この台帳は貴女が持っていて欲しい。神の作った契約書…契約台帳だ。盗まれた所で君以外が何かできるわけでもないが、並の悪霊は寄りつかない」

「あっ、ありがとうございます」

 ヨロヨロと立ち上がり、生まれたての子鹿のようにガクブルしながらこちらへとゆっくり歩み寄り台帳を受け取った。

 俺を敵視するように見ていた連中は怯えすぎてこちらに目を向けようともしていなかった。

 何かをするだろうと思っていたが、気のせいだったか?

 …まさか彷徨いていた悪霊がそれとか…ないよな?

 すべき事は終わったし、特に何も言われなかったので俺は待たせていたタクシーに乗り込みその場を後にした。

 あとの面倒事はそっちで片付けて欲しい。




 興一利不如除一害,生一事不如省一事   『元史 卷一百四十六』

 利益になることを起こすことよりも害をなくすことの方が大事である。

 何かを生むよりも何かを省くことの方が重要である。


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