第58話 棄信忘義(北史・周本紀下第十 45)
「お願いです!助けてくださいっ!」
大学入り口で女性の大声が響き渡った。
往来を行き交う人や学生達が何事かとこちらを見るが、何人かは「またコイツか」と素通りする。
あと警備員、助けろ。
無視して大学構内に入ろうとしたら更に泣きつかれ、警備員と揉めているうちに静留がやってきた。
「…往来で何をやっているんですか」
「俺に言うな」
「インフルエンサーであり人気動画配信者でもある貴女が何騒ぎを起こしているんですか。スポンサーが離れますよ?」
「……何よアンタ」
女性はジロリと静留を睨む。
「コイツは中条グループのお嬢さんだが?一応部門も任されたって?おめでとう」
「ええ、貴方の
「人柱部門に10億か…豪勢だな」
「何でもコンテナ街の近くにあった加工工場をリフォーム後、格安で貸してくれる不動産屋さんが居たらしくて…トントン拍子に進んだみたいなんですけど?」
「へぇ…日頃の行いか?」
「きっとそうなんでしょうねぇ…で、コレは?」
「ひっ!?」
格の違いを見せつけられた挙げ句静留ににらみ返されたため、女性は悲鳴を上げて後退った。
「知らん。前にダンジョンで絡まれたり、最近中務省の仕事の付き添いで行った先に突撃してきたろくでなしとしか」
「鈴村こずえ。先に話したようにインフルエンサーであり動画配信者。少し前にダンジョン内で騒ぎを起こして炎上したりしていましたけど…本当に何なのです?」
「助けてください!あの時からずっと変なモノばかり見て…」
涙目で俺に縋り付こうとしていたが躱して距離を取る。
「陰陽局に連絡しろ。向こうが専門であって一介のダンジョン労働者にする依頼じゃないだろ」
「…まだそれを公言していたのですか?」
呆れたように言う静留を尻目に陰陽局の代表番号の入った相談専用名刺を鈴村に渡し、大学構内へと入った。
「あれは、大丈夫なのですか?」
警備員に阻まれ立ち尽くしていた女性をチラリと見て静留が聞いて来た。
「問題があろうが知ったことではないよ。アレは分かっていてそういった所に突撃しているんだ。何があっても祓える奴が居ると都合よく解釈しているんだよ」
「あら、なんだかんだ言いながら助けてきた貴方の台詞とは思えないのですが?」
「俺は正規の祓い師でもなければ公僕でもない。それに、お願いすらも動画にしようとしている魂胆の輩を助けるなんて広い心は持ち合わせていない」
「えっ?…私達の話、かなりマズイと思うんですけど!?」
「安心しろ。映像も音声も全部ノイズだらけだ」
「えっ?」
「アレの周りはそれくらい色々憑いている。それこそ悪霊から妖怪までな」
「とんでもない事じゃないですか!?」
「話の分かる連中だったぞ?それに奴に迷惑を掛けられた連中で恨みは奴にだけ行くようだ」
「彼女、本当にこれまで何をやらかしてきたのよ…」
「悪霊の擦り付け行為や善良な坊さんを食い物にして何度も除霊させた挙げ句エセ坊主だったと動画で公表したりしていたらしい…かなりの悪霊を祓ったのにその翌日別の心霊スポットに突撃して違う霊に憑かれていただけなんだがな…結果、坊さんはシンパ達から散々風評被害を受けて檀家達はそれを信じて解任騒ぎを起こし、その坊さんは命を絶ったよ」
「えっ?」
「シンパが勝手にやったことであって本人は関係ないと本人も取り巻きも言っているようだが、坊さんの霊は完全に反転して怨霊と化している。どうやら何度も除霊を依頼され都度注意を行っていたらしいがそれを良く思っていなかったんだろうな」
「───酷い」
「よくあることだ。この話は静留とのやりとり中にその坊さんの怨霊から聞き取りした情報だ」
俺が聞き取りしたわけではないが。
話の分かる怨霊とは一体何なんだと…
講義も終わりさて帰ろうかと思ったら遠くの方に鈴村が見えた。
自然な感じで隣の棟に入り、非常口から出て別の門経由で外へと出る。
念のために確認取ってみるか…
『はい、井ノ原です。岩崎さん、何か問題でも起きましたか?』
「少し確認を取りたいんだが、今日鈴村という女性から電話相談か何かはなかったか?」
『鈴村さん、ですか?…幹森さーん、今日鈴村という女性から…はい。あー…その方でしたか。分かりましたありがとうございます……
岩崎さん。鈴村さんという方から電話はあったらしいんですけど、各所出禁人物とのことで…』
「いやホントあいつ何したんだ…」
『お知り合いですか?』
「神社の一件で動画配信者がいたと思うんだが…」
『あの彼女が鈴村さんですか!?えっ?じゃあ有名配信者が同姓同名だなぁって…本人でした!?』
「らしいぞ。今朝大学前で俺に泣きついてきたから陰陽尞相談用の名刺を渡したんだが、さっきも大学前に奴がいてな」
『とある宗派から絶縁状が来ていまして…あと神社の方からも』
「坊さんが怨霊化して彼女に取り憑いているよ。世のためにも彼女だけは許すわけには行かないらしい」
『うわぁ…コレ除霊無理なやつぅ』
「中務省で関係したり把握している所に顔写真付きで回しておいた方が良いぞ。マジで自分以外はどうなってもいいとしか思っていない人間だ」
『情報提供ありがとうございました』
通話を終える。
「───俺も念のために店に寄ってから帰ろう」
念のためにブラックリストの追加を指示しておかないと、来た時が怖い。
ブラックリストの更新序でに鈴村某の各所出禁の事を話すと、
「うえ!?そんな人だったなんて信じられない…あ、でも確かに」
「うわ、私チャンネル登録解除する!」
「あの件もそういった人として最低です…」
言葉こそ
「…皆知っているんだな」
「まさか社長は知らなかったんですか!?」
「ああ。ガッツリ迷惑しか被っていない奴だからな」
「………まさかダンジョンでの騒ぎって、社長?」
「ああ。奴に絡まれた」
「なのにまた絡んできてるんですか。最低ですね」
「その後で中務省関連の事案中にもな…」
「「「………」」」
全員に憐れみの目で見られた。
公的機関が出禁を言い渡すって無理だろ。
と言いたい所だが、中務省案件…つまりは怨霊物の怪案件に関しては個人が引き起こす一部トンデモ案件…呪物コレクターの暴発事故や複合霊からの怨霊昇華、妖怪被害の擦り付け行為等に関しては拒否や逆に逮捕したりする事もある。
このレベルまでなると正直自衛隊含めて対応不可となるせいで関西にいる某方々に依頼が行ったりする、らしい。
今回はギリギリ拒否レベルらしいが、逮捕秒読みの可能性ありだろう。
「他の子達にも伝えておきます」
「なんかこうなるとすぐにやってきそうだよね。社長は通用口からでた方が良い気がしてきたよ?」
「俺もそう思う」
そう言いながら通用口へと向かうと、店の扉が開き客が来た。
「あのぉ、こちらに除霊関連のアイテムが売っていると…」
聞きたくない声がした。
「お客様、動画配信者の鈴村様でいらっしゃいますか?」
「えっ?あっ、はい。そうですが…」
「大変申し訳ありません。動画配信者の鈴村様への当店アイテム販売対応は致しかねます」
「えっ!?」
まさか断られるとは思っていたのだろう。鈴村は目を見開き対応している店員、田口を見る。
「各宗派、及び中務省より注意喚起の連絡が来ておりまして」
言いたいことが分かったのだろう。彼女は即座に反応した。
「あの件は私は悪くなくて!あのお坊さんが…ひうううっ!?」
カウンター前には自動で結界が張られる。
恐らく彼女の耳元では読経が聞こえているのだろう。
「貴女の仰るお坊さんとは自殺されたあのお坊様ですよね?退魔師の職を得て貧しき者達からお代を戴かないという素晴らしい御方でした…
そのような方をインチキだ嘘吐きだと罵り周りに拡散させた事で貴女は宗派を敵に回し、彼の僧侶を同志と頼っていた他宗派も敵に回したのです。
私共のような小さな店舗では仕入れ先の関係などもございますのでこの様なご対応となってしまいますこと深くお詫び申し上げます」
まさかそんな事態にまで発展しているとは思っていなかったのだろう。
鈴村は涙目で「そこを何とかならない!?」など叫んでいるが田口も悲しげな顔で「申し訳ありません」と頭を下げるだけだ。
さっきまで「最低です」って言っていたのに、うん。女性は天性の役者だな。
暫くして項垂れて店を出て行く鈴村を見送り三人の元へと戻る。
「───アイツ、店内無断撮影していたな」
「えっ!?」
「まあ、撮影許可を取っていないのに動画を上げた場合は法的に対応するだけだな。入口と店内にしっかりと書いてあるし」
「…ですね」
「それに一般の客がここに来てもなぁ…安価だが少し気を籠めたパワーストーンや悪霊が忌避する臭いが微かにする香木を少しだけ練り込んだアロマ系だけだろ?」
「…考えてみたらうちって、一般のお客様よりも専門のお客様向け…ですよね」
「割合的には一般2、専門7ですね」
残り1?なんだろうねぇ…
「…数年前はその7もなかったわけで」
いや、どうしてこちらを見る?
「そういえば札の類の在庫は問題無いか?」
「ええ、だいぶ落ち着きました。少し前であれば3ヶ月分ですが…今だと1ヶ月分くらいかと」
「暫くは持つか…在庫も少しはあるらしいから何かあれば連絡をくれ」
俺はそれだけ伝えて店を出る。
───念のために弁護士に連絡を入れておこう。相手が公開したと同時に連絡してもらう手筈で…
翌日、予想通り都合のよい編集がされた動画が公開され、直後に訴えられて公開停止となった。
同時に暴露系動画配信者から彼女の行ったとある事件がリークされ、配信者鈴村こずえは完膚なきまで大炎上した。
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