第55話 教えて兄者先生!(大学祭特別講座)前準備


 あの事件以降比較的平穏に生活している。

 佑那の友達のお父さん方が食材を持ってお詫びにきたり、廣瀬氏から「調教完了したとのことです~」と連絡が入った。

 …そうか、廣瀬氏はちょくちょく秦広王や閻魔王の所に行っているからその方が良いのか。

 とりあえず奴等を獄卒達が入口付近まで連れて行くとの大盤振る舞いだったので京都府在住の久我瑞穂ひき逃げ被害者さんに協力を要請することにした。

 ───一応、獄卒とも顔見知りだし問題無いだろう。

 日本酒を数本持っていくようにと、入口の警備員に説明をした後、警備員の見える入口で引き渡しを行うようにと告げた。

 ……まあ、その警備員が説明を聞き、半信半疑で近くの警官を呼び鬼達と談笑しながらお酒と人間を交換するという光景を見て卒倒していたという情報が入ったが。


 さて問題の連中だが、調教された連中は全員剃髪し人が変わったように大人しい人間になっていたらしい。

 全員職を辞し仏門に入るとの事だったが…流石仏法の守護者。強制的に仏門に入れたわけだ。呼んだのは俺だが。

 あと、俺宛に税金の調整された1,300万円が第三者経由で渡されたときはちょっと考えてしまった。

 今回利益の減少がないどころか増えているんだよなぁ…聖水は不動産部門に卸す形だし、聖水がないなら護符だ!と言うことでそれ系の売上が8倍というね…

 現在廣瀬氏監修の元、聖水と同じ手法で作った墨汁を使い、毎日12種類各5枚…合計60枚の2人分だから120枚作っては3日に一度納品という流れに…

 廣瀬氏も特に売れ筋の護符を1日3種50枚ずつ作っているので2人は何も言わない状態だった。

 友紀にお願いしてちょっとごちそうを作って貰い差し入れをしたら2人泣いて食べてたな…廣瀬氏も喜んではいたけれど、食事ではそこまで心が動かされないのか。

 兎も角、数日程で2ヶ月分の護符生産を行ったので一度生産を止めて様子見を行うことにする。


 ───ここまでが現実逃避と現状整理のための近況。

 さて問題はここからだ。

 学祭が、あるんだ。

 サークルも何も入っていないはずの俺が、誰かさん方のせいで、学祭期間中3日間の内2日、合計4回の概論及び質疑応答形式での講義を行うことになった。

 俺も何を言っているのか分からないと思うが俺も何をやらかされたのか分からなかった…頭がどうにかなりそうだったぞ?

 いや、よく講師を殴らなかったなぁ…

 友紀達にその事を伝えると佑那はニヤニヤと笑い、友紀は目を輝かせていた。

 友紀のためにもお兄さん頑張っちゃおうかな!

 ───ただ、身バレは困るんだ。面倒くさいという意味で。

 あと、友紀や佑那達の安全を考えるとなぁ…

 そんな事を考えていたら、

[兄さん兄さん。演じたら良いんだよ。ロールプレイング?キャラになりきるやつ]

 なんて友紀が言ってきた。

 ほほう?と。

 演じる…まあ名前の方はユート先生で良いとして、キャラ設定はどうするか。

 そこら辺は友紀と佑那に聞いてみると…2人同時に

「[執事先生]」

 と、何故か息を合わせての回答があった。

 そっかー…執事先生かぁ…………分からん。全く分からん。

 教えろ画伯佑那

「画伯言わないでください!えっと、タキシード姿で白手袋な感じ?あとできればモノクル装備」

「ふむ…ただこれだけのために服を一式揃えるのはなぁ」

[兄さんの執事姿…あう、でも僕行ったら迷子に…]

「…よし、ちょっとツテを当たって仕立てて貰うか。時間はないができる奴は居る」

 材料費あわせて1~200万積めば動くだろ。

「兄さんって、ほんっとうに友紀兄さんに甘いですよね?」

 当たり前だろ何言ってるんだ?


『了承(0.8秒)』

 事情を説明し、執事服の手配を頼んだら即答以上の速さで了承を貰った。

 ただ、万が一の戦闘を考えて特殊素材で作った方が良いのではないかと言われたので少し考える。

「…いや、そのまま普通の素材でやって貰い、ここで特殊加工する」

 そう断ると納得してくれ、小物あわせて120万ということだった。

 安すぎないか?人件費や技術料低く見積もりすぎてないか?

「で、採寸はどうする?」

『4日前に見たのと変わっていなければ問題無いわ』

「分かった。いつも通り振り込ませてもらう」

 そう言って通話を終える。

 ……俺、半年以上直接会っていないはずだが…まあいい。

 服や小物は準備出来る。さて、役作りか…そうだな…いっその事友紀っぽくしてみるか?

 鏡の前で穏やかで中性的、口元には常に笑みを浮かべると…うむ。真のラスボスっぽいな。

 何よりも目が笑っていない。

 穏やかとは(哲学)。


 佑那に問う。

「は?明鏡止水の心ならいけるんじゃないの…あー…常在戦場の心と1つになっているからじゃない?」

「まあ、悟り…大悟を会得しているわけではないからな」

「悟ったらどうなるの?というよりも悟りって何?」

 悟り…なぁ…

「悟りといっても色々あるが、ある意味諦観、絶望の亜種だ。これでいいと受け入れる。そして悟りに終わりはない以上人であることを辞めなければ本当の意味で悟りを会得することは出来ないと俺は考える。

 日々静かにかつ心豊かに生活し、信心深く他者を攻撃せず、思いやる生き方がある種究極だな」

「人をやめるって…最後のは穏やかなお年寄りの余生の過ごし方だよね!?」

 佑那が吠えるが、仕方ないと思うぞ?お天道様に顔向けできないような事はせず、質素だか心満たされる生活を行い、他者を思いやって余剰分はお裾分け…これってガチで難しいことだからな?

 二件隣の三枝さん夫婦みたいな昭和な優しい老夫婦って絶滅種だからな?

 善人オブ善人。裏?ないない。友紀が100%懐いているんだぞ?

「それと近年悟ったと言った、言われていた人間がその後我欲で問題を起こす。瞬間だけ悟っても意味は無い。万年修行をしようとも堕ちるのは一瞬だ。

 生きることは欲と苦悩にまみれるという事。一切の我欲を捨て起こることに対し全てを受け入れる…それは既に人では無いぞ?まず社会生活が出来なくなる。

 先にも言ったが悟りといっても仏教以外でもインド系諸派宗教にもあるし、老荘思想の行き着く先も無為自然、ある種の悟りだ。だが、大半は今言った受け入れることでありこちらから何かするのはほぼ利他の精神となる。

 それらの意味では俺は悟る気はないが…友紀はある種悟りの道を歩き出している気がする」

 俺の回答に佑那が唸る。

「友紀兄さんを悟りの境地には行かせたくないけど…あんな感じだし…一度死ん…死にかけたから」

 言い直したのは聞かなかったことにした。

「でも───悟らなくてもその目を何とかする方法…兄さん。私を友紀兄さんだと思って?」

「?」

「そう!その目!今とても優しい目をしている!で、そのまま微笑……そうそう!うん!別人!誰!?ってレベル!」

「……悟り云々の話は要らなかったろ」

「大変勉強になりました」

「俺も常に脳内に友紀を思い浮かべていたら表情が穏やかになると学習したよ」

「うわぁ…兄さんの事知らない人がその微笑み向けられたら一発で落ちちゃうよ」

 俺を何だと思っている?


 2日経たずに執事服一式が届けられた件について。

 タキシードか…いやそれよりも2日ってお前…小物の準備もそうだが、スキルでも半日で作ることが出来るものでもなかっただろうし、それこそ各部の細かな寸法が必要になると聞いた気がする。

 早速着てみよう。

 白いシャツと黒いネクタイ、少し光沢のあるタキシード…どうなんだ?これ。

 シャツ含めフルオーダーと同じ着心地なんだが?シャツは3着あるし。

 あと、送られてきた箱にアタッシュケースとロイヤーズバッグも入っていた。

 いやこれ小物って…しかも採掘に使えって…

 小物一式装備し、無手とカバン2種それぞれ持ったバージョンの写真を撮って到着と感謝を伝えるメッセージを送る。

 そして異世界の技術を再現して防御力を上げ、固定化も掛けておこう。

『偽式:聖者の礼装』

 人気と聖光を混ぜ合わせて現在着用している全てを溢れるギリギリまで浸透させていく。

 表面張力で僅かに盛り上がるようなイメージが見える瞬間に術式を止め、光壁でコーティングをし、暫くそのままにしておく。

 数分もすれば永続的に超防御力を誇る一式防具が出来上がると…

「そこまでする必要、あったか?」

 ちょっと考えてしまう。

 まあ、講義前の試運転としてダンジョンに入るというのもありか。そうするようにバッグまで用意されているわけだしな。

 ん?メールだ。

『その微笑は反則。男女問わず被害者が出る』

 いやお前は何を言っているんだ?





悟りについてわざと穿った書き方をしています。異論は認める(むしろ異論しかない)


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