第52話 兄者、物件相談を受ける(2/2)


 技官2名は顔面蒼白で講師の後ろを歩く。

 僅かに下がっている坂道を真っ直ぐ進み、Y字路に差し掛かる頃には技官2名は涙目で震えていた。

 講師は兎も角、技官2人は───妖怪達に見られているな。

 そのまま真っ直ぐ進み、一軒のごく一般的な自宅兼店舗に到着した。

 建物の横には車が2台駐まっており、その周辺も含め悪霊がウロウロしていた。

 ただ、駐車場の端、砂利が敷き詰められた所で2人の人間がブルブル震えながら固まっていた。

 1人は恐らく依頼者の田之中氏。そして1人は見た事ある人物だ。

 思い切り会いたくない奴だが。

 しかし…ウザイ。

「喝ッ!」

 周辺に群がっていた悪霊の類を気合いで吹き飛ばす。

「技官2名。駐車場の端を見てみろ。鳥居の跡がある」

「!?」

「これは…であれはここも参道ではないか…!」

「しかもここは神社庁の調査入っていないんだよなぁ…」

「「えっ!?」」

「いやホント調べておけよ…何のために神社庁を復活させたんだよ…」

 神社本庁ではなく、中務省外局の神社庁である。

 色々問題があったらしいが、政教分離以前にあの事件再発を防ぐための中務省情報収集部隊として神社仏閣の再調査を行う…ということで発足され、およそ十年。

 とんでもない事がゴロゴロ出て来ており、現在急遽明治期以前の資料をひっくり返して再調査をしているらしいが…一番機能不全を起こしている部署であることには違いない。

 更に言えば外局としてしまったために陰陽尞から中務省経由で話を通した方が早いという超悪循環が出来上がっているらしい。

 この神社に関しては恐らく霊などを川へと流すことで神社に封印していたモノの力を削いでいたんだろうな。

 まあ、あんなに妖怪の根城になっていたら…いや、それでもおかしい。

 一応都心から離れているとはいえそこそこ人のいる住宅街だ。ああいった手合いがいるのはどういう事だ?そこそこ犠牲者が出ていてもおかしくはない。

 しかも管理されていないのは誰が見ても明らかだ。

 …まあ、今は物件に関してだな。

 技官2人が一般人2名から事情を聞いている。

「井ノ原技官その女性は配信者だ。下手に情報を渡すな。大量の死者を量産するぞ」

 俺の忠告に女性がキッとこちらを見、目を見開いた。

「よう、命を捨てに来たか?妖怪に喰われた場合は死すら救いではないぞ?」

 俺は女性に“好戦的な”笑みを向ける。

「依頼者の方から話を聞いたが、どうやらこの駐車場込みで格安だと不動産屋が勧めてきたらしい」

「格安…ねぇ?。技官、幾らならこの土地建物付き物件を買う?」

「1億出されても買いません」

「法務局で調べたら過去の土地所有者も分かるよな?不動産屋は心理的瑕疵物件だと言わなかったか?」

「はい。ただ、前オーナーが行方不明だと。財産管理人から了承は得ているので問題無いと…」

「複数形ですらないのか。あからさまだな…とりあえず講師、依頼者の腕を掴んでおいてくれ。これから全員にどうなっているか見せる」

 マジックバッグからグロレィ式法水を取り出す。


 これは聖水ではなく法水。

 見えざるモノをグロレィ法王の名のもとで詳らかにする…つまりは見えるようにする代物だ。

 視えるヤツ以外が見えざる者達を相手する際には必須アイテムだった。

 価格は日本円換算…1万1千円。高い!

 しかも原価は677円というね…瓶代が400円だ。ギルドと国がバカみたいな関税や中間マージンを掛けた結果なんだが…もしもの時の為にと法国で200樽程買ったなぁ…現地、しかも大聖堂だと700円位だし。瓶無しで200樽ほど通常価格で買ったら大司教方に泣かれたな…これで全国の孤児院に支給できるって。

 二大聖教の片方がガチ聖人なのに経済制裁とヘイトを受けている訳の分からない状態だったなぁ…いや、もう片方も聖人ではあったが。


 まあ、そんな思い出はいい。

 俺は法水を道路側に振り掛ける。

『グロレィ法国国主の名のもとに一切の陰邪潜魔を白日の下に晒せ』

 聖句と魔力、そして法水を使ったことによって異相に隠れていたモノ、そしてその異相との狭間を彷徨う霊や悪霊、怨霊達が白日の下に晒された。

「ひいいいいいいっっ!?」

「「「「!!!??」」」」

 悲鳴を上げる女性配信者。そしてあまりの光景に絶句する4名。

 これは、2人の目でもここまでは視えていなかったという事か。

 そしてこの法水のメリット&デメリットは…相手の声までもがフラットに、つまりは聞こえるようになることだ。

 妖魔の呪歌すらも普通に聞こえるようになる。そしてまあ、視た・聞いた以上は縁が出来るという事で。

「というかこの配信者、生き霊に憑かれまくってるなぁ…」

「岩崎さん!今それどころじゃないですよ!?私が視えていたモノより多いです!」

「先程吹き飛ばしたが、神社からゾクゾク来るからなぁ…」

「これは…部長や彼がああなるのも分かるな」

 技官2人は2人掛かりで配信者と自身等の周辺を祓い続けている。

 流石というべきなのかはさておき、巷の霊能力者と違いバンバン祓っているわけだからそこそこ力はある。が…

「妖怪達が笑いながら嗾けているんだから祓うだけ無駄だぞ?」

「しかしそう言う訳にも!」

「そこの配信者は自業自得だ。生き霊の大半はロクデモナイ手段で貢がせた男達だ。それにこの場所から出せばこの件に関しては逃れることが出来るんだ。さっさと逃がせばいいだろ」

 俺がそう言った瞬間、ソイツは弾かれたように車に駆け込み、勢いよく車を発進させて逃げ去った。

「…脱兎の如くとはこの事だな」

「───岩崎さん。悪意満載でしたね?」

「言ったはずだぞ?と」

 取り憑かれている生き霊達の事や、一時的でも見聞き出来るようになってしまったこの状態を閉じる術をしなかったわけだから…まあ、霊や妖怪と縁ができたのは配信者として良い事だろう。

「さて、邪魔者がいなくなったので…」

 俺は素早く一軒家を光壁で囲む。

「お二方は妖怪と縁を作るのはマズイ。そこで待機していてくれ。中には普通の霊は居ても人を殺すレベルの悪霊は居ない」

 それだけ伝え技官2人と共に神社へと向かう。

「これが、貴方が普通視ている世界ですか…」

 井ノ原技官が険しい顔で辺りを見回すが、その顔色は悪い。

「いや、俺も流石にある程度は閉じて生活しているぞ?さて、そろそろ目・耳・鼻・口に自身の人気…霊力を籠めろ」

 二の鳥居前に立つ.怨霊達がウゾウゾとこちらにやってきたので聖光を浴びせて浄化する。

「さて、妖怪の皆々様は事を構えるつもりはあるのか?」

 俺の問いにその場に居た人も妖怪もギョッとした反応をする。

「岩崎さん!?」

「いや、こちらは被害は出ているものの、挑んだ結果でもある。手打ちは出来る範囲だ。話が出来るのならば話し合いをする。ダンジョン外での妖怪との不文律だろ」

「「……」」

 そう言われては技官2人も言い返せない。

「さて、どうする?」

「我等相手にその大言、気は確かか?」

「鬼退治は何度もしたんでな」

 俺の言に貴族姿のソレがチラリとサトリを見る。

「…この男、確かに鬼を倒したようだ」

 大狒狒…いや、サトリは俺を見てそう言う。

「因みにサトリ如きの思考読み取りは…」

「ぬぅっ!?」

「この様にブロックできる」

「っ!?」

「サトリよ。悔しければ彼女の思考を読み取ってみろ」

 俺はそう言い、疑似結界を張り、廣瀬氏をその中に召喚する。

「えっ?あの、私お仕事中なんですが…」

「廣瀬氏。今日のスケジュールは?」

「それはですね~秦広王様の所で業務改善の進捗状況の確認と、ヒアリング。そして再提案。あとは入域手続き及び事故防止策第4案の提出です!それと…」

「かはっ!?」

 サトリが口から血を吐いた。

「何事だ!?」

 妖怪達がざわめく。

「うううう…お腹が…お腹が痛い…これが、ストレス…仕事が、仕事が…なんでその女子は仕事のことのみしか頭にないんだ!?」

「あ、サトリさんですか?ちょうど良かったです!獄卒の皆さん偶に嘘吐いてでも私を休ませようとするので貴方がいたら思考を読めますよね!?一緒に来て戴きたいのですが!」

「おまっ!本当の地獄へ出入りしているだろうが!やめろ…止めてくれ!その思考は…ああっ、あ、あああああああああああああああああさああああああああっっ!」

 頭をかきむしり絶叫下の血に踞るサトリ。

 端から見ても分かるレベルで震えている。

「…廣瀬氏。ありがとう」

「なんだか良く分かりませんが、軟弱なサトリさんですね…では、戻りますね~」

 廣瀬氏が消え、結界を消して妖怪達を見る。

 どん引きだった。超どん引きだった。

「今、地獄と…」

「獄卒鬼が嘘を吐いてまで休めという?有り得るのか?」

「しかし、サトリがあそこまで…おい?サトリ、痙攣して…」

 よせば良いのにサトリのやつ…廣瀬氏の思考を全部読もうとしたんだろうな…分割思考を。

 死後リミッターが外れまくった挙げ句冥界であそこまで鍛え上げた化け物だ。

 俺はあえてスケジュールを聞いた。

 彼女の中でのイレギュラー無しスケジュールというのは冥界及び地獄の万年スケジュールだ。

 地獄の光景や効率の良い刑罰指導法まで彼女の頭の中にはある。

『お仕事だから』如何なる業務も平然と熟す。鋼のビジネスウーマン。

 業務中の場合、人の心は休業。それが彼女。

 つまり───24時間366日業務中な現在、人の心?そんなものはない。

「さて、次は…笠原上級技官を捕まえている目一つを始末しようか…それとも全員が良いか?」

 俺は右手に神気と人気、そして魔力を籠める。

 ギチギチと二の鳥居のボロボロな結界が更に悲鳴を上げる。

「貴様…人ではあるまい!?」

「人だが何か?で、どうする?」

「断る!」

 目一つがそう啖呵を切ったので迷わず拳を振り抜く。

 轟音と共に目一つの肩口から上が消し飛び、ヤツに囚われていた幾つかの魂や霊体が天へ昇ったり、体へと戻っていく。

「で?縊鬼と、白蛇神の魔化零落した存在よ。先の目一つの回答が総意ということで良いのだな?」

 白蛇神は苦悶の表情を浮かべ、縊鬼が何か言おうと口を開く。

「ああ、ただ縊鬼。貴様は駄目だ」

 生け贄を求めたのはコイツだ。

 目一つとサトリは通り魔的犯行…というよりも山賊だ。そして最近来た奴だ。

 しかし縊鬼はその前より居た。

 純粋にコイツが元凶だったわけだ。

 神社に心の弱った者を送り込み、幾人も首を括らせ、信仰と力を落として白蛇を零落させる。

 そして神社を乗っ取ったのだ。

「俺の眼は万象を見通す。汝の罪過は神罰執行に値すると」

 縊鬼は踵を返し、本殿に向かい駆ける。

 この小山を囲むように光壁で囲む。

高御産巣日神たかみむすひのかみよ。その理を以て彼の神敵に罰を下し給え」

 一言。

 神敵と見做された対象は天の気による拳によって跡形もなく消滅した。

 そしてその余波は光壁を吹き飛ばしかけるレベルで猛威を震い…白蛇神の魔化を浄化し、穢れを祓い、気枯れを正常に満たした。

「あ、ああ…私は…」

 そこに居たのは巫女の姿をした白蛇神だった。

「高御産巣日神は汝を滅するには惜しいとの事のようだ。励めとのことだろう」

「ありがとう、ございます…!」

「ここも天の気脈が変わった。じきに地の気脈も変わる。力を蓄え戦に備えるよう」

「畏まりました」

 巫女が深々と一礼する。

「井ノ原技官。彼女に名刺を渡してくれ」

「………」

「井ノ原技官」

「ぅえ!?はいぃっ!」

 慌てて石段を駆け上がってきた井ノ原技官は白蛇神に名刺を渡す。

「もし何かありましたら中務省の方で承ります。私共でもどうしようもなければ、岩崎さんに連絡を入れますので…」

「はい。よろしくお願い致します」

 白蛇神にお辞儀され慌てる井ノ原技官。

「あの!神社庁へ掛けあい、本殿等の補修依頼致しますので!」

「まあ、ありがとうございます」

 ボロボロの神社だからなぁ…少しは善行積むか。

「業者が決まったら教えてくれ。寄進ということで俺も少しは融通する」

「!?」

 白蛇神が驚いた顔をし、何故か顔を赤らめた。

「さて、ここは完了だ。あとはあの物件だけだ。とっとと終わらせよう」

 俺は白蛇神に来る際に購入した弁当と酒を渡し、井ノ原技官と共に石段を下った。



 建物は特に問題無く浄化は完了した。

 何よりも土地神となっている白蛇神がOKしたのだ。この家と駐車場は守られていると言っても過言ではない。

「…世の中には、本当に人知を超えたモノが溢れているとこの年にして学びました」

 オーナーの田之中氏が息を吐く。

「恐れ敬うことは重要です。神と妖怪は表裏一体…というよりもこの日本の神は力ある者が神であるという国。

 ただ、土地を治めるよう指示を受けた者が穢されるとああいった事が起きる。もしこの土地と建物を手放す際はI・W不動産へご連絡戴ければ適正価格で買い取らせて戴きます」

 名刺を田之中氏に渡す。

「これはこれは…っ!」

「そろそろ時間だ。コンビニの店員から嫌味を言われてしまう」

 講師から護符と腕輪を回収し、全員で坂の上にあるコンビニへと歩を進めた。



 それから3日後に笠原上級技官は正気に返ったものの、暫く職務復帰は出来ず内勤すると態々連絡があった。



 蛇足だが、あの周辺の土地を所有する大地主は住まう者を生け贄として差し出す意味であの土地建物を売っていたことが分かったので、すぐさま周辺の土地建物を安く買い取った。やったぜ!(棒読み)


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