第51話 兄者、物件相談を受ける(1/2)


「…スペイン語講師なのに何故そんな類を俺に斡旋する?」

「怪異だよ!?ダンジョン以外では本来あり得ないなんて馬鹿なことを言っていた学者連中の顔面を正面から殴れる良い機会じゃないか!」

 テンションの高い講師の顔面を殴りたいんだが…

「土地にまつわる心霊事件なんだ!」

「専門家に連絡を」

「断られたらしい」

 ほう?

 陰陽局が拒否する案件と?

「あちらに確認するので、住所を教えてもらっても?」

「ああ、場所は───」

 講師に効いた場所を検索すると、成る程これは問題確定の物件だ。

「この場所なのに断られたと?」

「?どういう事だい?」

 不思議そうな顔の講師にマップのアプリで該当場所を見せる。

「神社から鳥居の先に川があるが…参道から川までの直線上に唯一あるこの物件…ここの問題は、参道を塞いでいるという事だ」

「鳥居の先だから問題無いのでは?」

 首をかしげる講師。

「いや、この地図を見れば分かると思うが元々その先、川まで真っ直ぐ神の通り道だったハズなんだ。しかしそんな通り道を遮るようにこの物件が建っている」

「聞いたことがあるけど…鳥居の外も駄目なのか。そうか、そりゃあマズイ」

「駄目と言うよりも、初期の設定がどうであったのか含めた問題だ。ただ、それこそ中務省案件なんだが…」

 いつもの奴に電話を掛ける。

『はい、井ノ原です。何か問題事ですか?』

「ああ、済まないが聞きたいことがあってな。都内某所の神社参道を塞ぐ物件…と言えば分かるか?」

『えっと…はい。あちらの件であれば…はい』

 なんだかもの凄く言いにくそうな感じだな。

「まあ、そこの物件の話が俺の所にきているんだが…」

『えっ!?ちょ、マズイですよ!』

 かなり焦った声を上げる井ノ原技官。

『すぐに書類を持って伺いますので!…あっ、どちらに居られますか?』

「大学の食堂だ」

『すぐ伺います!』

 通話を切られた。

「よし。足が出来た」

「……なんという策士」

 講師が震えた。



「失礼します」

「…失礼」

 食堂に井ノ原技官と…いつもと違う男性が来た。

「…えっと、実はいつも一緒に居た笠原上級技官が今回の被害者でして…」

 なに?

「過去視で確認した際に、見てはいけない者達を見たようでして…」

 そう言いながら井ノ原技官は書類を渡してきた。

 ページをめくる。

「────まあ、確かに人間は力ある魔物や精霊を神と称して祀るからなぁ…それで見てはいけないモノを見たか、それとも土地の記録を見たか…死んだのか?」

「…死んではいませんが、再起不能かと思われます」

 ああ、これアカンヤツか。

 ページをめくる。捲る。

「…了解した。要はあの神社には危険な連中を封じていたと。しかし神と見做していたが、何らかの事情があり参道を邪魔するように建物を建て問題が発生したと」

 しかしこれ、生け贄を求めて建てさせてないか?

「祟り神なのか妖魔の類なのか…十中八九後者だろうが、伝播系の呪いではなかったんだな?」

「はい。ただ実は笠原上級技官の少し前に私達の上司…部長がこの件に関与していまして」

「井ノ原技官!」

 声を荒げる男性技官を井ノ原技官が軽く睨む。

「彼に対しては下手に隠し立てするなと局長から釘を刺されたんです」

「!?」

「で?」

「はい。それ以降認識阻害や記憶操作などを行い数々の妖怪案件を隠蔽していましたが、以前偽神上洛の話があったときに記憶を取り戻し、課長に報告後局長に直談判して一時的に龍脈結界を起動してもらったところ…部長と数人の技官が屍となり…」

「そんな防御態勢激弱な陰陽局にピッタリのアイテムがある。2年しか保たないし魔力か法力保有者でなければ補充できないが…」

 俺はストレージから銀色に光るオーブ…水晶玉を取りだした。

「2年限定だが、半径200メートル範囲内を浄化する白銀のオーブという。

 ただ、先にも言ったが魔力や法力を消費して浄化を行う代物だし、起動後2年しか使えない。これを、幾らで買う?」

「えっ!?あの、そんなトンデモナイモノは局長に聞かないと判断できませんっ!」

 慌てる井ノ原技官。

「購入する気があれば連絡をと伝えてくれ…で、問題の物件の所有者は?」

「この6年で4名程所有者が変わっています。

「現在は骨董商田之中 宰たのなか おさむ氏だ。岩崎君のは依頼者だ」

「……中務省が無理となると俺に回ってくるってルート、止めて欲しいんだが」

「うちはあと4~5年しないと育たないと思います」

 井ノ原技官、分かりましたとは絶対に言わないな?

「離職率の高い職場だからな…そっちは」

 探索者やハンターより稼げず、死亡率は同じとか笑えんぞ。

 救いは回復と福祉が充実しているらしいが、限度がある。

 任務中死亡時には見舞金が。そして以降死後10年は給料が振り込まれるとか───これ、手厚いか?

 ほぼ使命感で動いているんだろうな…あとは陰陽尞の、かつての陰陽師の家柄か。

「最悪知神に頼み込む」

「今絶対人じゃなくて神でしたよね!?怖いんですけど!?」

「であれば一緒に行くか?目付として」

「えっ?」



 閑静な住宅街、だったという言葉が似合う。

 高齢化の進み寂れた住宅街と言い換えた方が良いか。

 そんな寂れた空気を醸し出している住宅街を一台の車が走る。

「ここが目的の神社です」

 数メートル程度の小山の頂上に建つ神社を前に井ノ原技官が車を進める。

「そのまま通り過ぎた所にコンビニがある。そこに車を駐めてくれ」

「ぅえ!?はい!」

 車を停めようとしたので俺はそのまま指示を出す。

 コンビニエンスストアの駐車場に車を駐め、井ノ原技官と共に店員に1時間ほど駐車する旨伝え、ついでにと3000円分の弁当と紙パックの日本酒を購入する。

「…良い笑顔で了承していただきましたね」

「まあ、帰りにも買うと明言したんだ。良い客だろう」

 少し納得がいかないような顔の井ノ原技官。

「さて、陰陽局のお二方。俺が何故ここに車を駐めるよう言ったか分かるか?」

「悪霊が居たからか?」

 男性技官がそう答える。

「正解…と言いたい所だが、そちらの基準で言うところでの悪霊…と言うのなら間違いと言わざるを得ない」

「何?」

「陰陽局の言う霊の基準は霊、悪霊、怨霊、御霊だな?」

「ああ」

「であれはあれは怨霊以上御霊以下…下級妖怪の類いが神社の鳥居前に数体。神社の中には鬼と同格のナニカが2体こちらを見ていたぞ」

「馬鹿な!?」

「笠原上級技官はずっと呆けた状態だろう?」

「「!?」」

 井ノ原技官等の顔色が変わる。

「神社の中に囚われていたぞ。まあ、喰われている最中だが」

「そんな!」

 サトリと、目一つと…縊鬼も居たか。あとは貴族姿の…

「貴族姿の妖怪…昔付喪神にいたと見た気がするが、蛇神の可能性もあるか…まあ、神社の前に物件が先だな」

「待て、あの一瞬で何を視た!?」

「鳥居の前は悪霊の集合体がいくつかまとまって物理に影響する怨霊となっていた。そして鳥居の奥はサトリ、目一つ、縊鬼。そして貴族姿のナニカだ」

 俺はそう説明しながら講師の腕にしめ縄の腕輪を着ける。

「それは…何ですか?」

「簡易的な結界だ。作成に20日掛かるので量は作れないが、効果は保証する」

「保証と言われても…」

「最低限悪霊程度が蔓延る心霊スポットなら2日は身を守り取り憑かれない。今回だと…鬼程度もそうだが、サトリに思考を読まれないという利点もある」

「馬鹿な!たかが手首に巻いた程度でそこまでの物があるはずが無い!」

「見鬼の才は?」

「勿論ある」

「では見てみろ」

 俺に言われ男性技官は不機嫌な表情を隠そうともせずに講師を見て…愕然とした顔をする。

「な、ぜ…何故神が見える!?」

「塞ノ神、岐の神とも言うか?…まあ、その神気を僅かながら帯びている以上、塞ぐ事と、しめ縄の意味を合わせ術式を組んでいるこの代物は相応の力があるわけだ」

 講師は一般人だから確実に殺されるならば隠形で誤魔化すか遮断するしかないわけだが、サトリがいる以上隠形ではマズイ。

 何よりも鳥居の外から件の物件までの道だが、昼にもかかわらず百鬼夜行かと言いたくなるレベルの異界化と霊道が出来ており、その物件を往復していたのだ。

「講師。問題の物件に今住んでいる人は?」

「今日戻ってくる予定だよ」

「急ごう。下手をすると喰われている可能性もある。技官2名、絶対に喋らず隠形の術を掛けながら見鬼で講師だけを見続けて進め。道はとんでもない事になっているのをその目で見ろ」

 それだけ言い、講師に摩利支天の護符を渡し、俺は講師の横を普通に歩いて物件へと向かった。


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