第49話 人衆者勝天、天定亦能破人(史記)
「───懐かしくも、悲しい夢…か」
床に就いて2時間程度で目を覚ましてしまった。
まさかあの時の事を夢に見るとは思わなかった。
時計を見ると午前5時。
…仕方ない。朝練して朝食でも作るか。
俺はベッドから降り、キッチンへと向かった。
[あれ?兄さんおはよう]
「ああ、おはよう。早く起きてしまったから暇つぶしに朝食を作ったぞ」
俺の台詞に友紀は首をかしげ、少し不安げな顔をする。
[兄さん、嫌な夢見た?]
「まあ、少しな」
[………]
トテトテと俺の側に来てギュッと抱きしめてくる。
[兄さんのせいじゃないよ。きっとそれは自業自得…蜘蛛の糸が、見えるんだ]
ドキリとした。
確かに俺が示したのは救いの道。
しかし彼等が、奴等がそれを私利私欲のために我が物としようとした結果俺は排除され───。
ああ、確かにアレは蜘蛛の糸だ。そしてその糸を切ったのは彼等だ。
「…友紀。ありがとう」
俺は友紀を抱きしめ返す。
[少しでも、兄さんの役に立てて良かった]
はにかむような笑顔に癒やされる。
友紀にはあんな目にあって欲しくはないし、ああいった状況に巻き込まれて欲しくはない。
ただ、俺の直感が告げている。友紀は俺と同じようにとんでもない事に巻き込まれる。そういった運命だと。
「友紀はこのまま穏やかに成長してくれ」
[えっ?やだ。筋肉鍛えてマッチョになりたい]
「頼むからそれは、それだけは止めてくれ!」
[…まさか兄さんが全力で止めるなんて思わなかったよ…]
「それ以前にうちの家系は筋肉が付かない家系だろうがな」
[あー…確かに]
騒ぎが部屋まで届いたのか佑那が部屋から出てきた。
「何騒いでるの…起きちゃったじゃない…おはよ」
「おはよう。騒ぎたくもなる。友紀が筋肉鍛えてマッチョになりたいそう「それだけは止めて!?」…な?」
[う~~~っ!]
本当に良い家だよ。
友紀の頭を撫でながら俺は改めてそう思った。
「以上が我が社の財務状況になります」
「特に問題は無い、か…しかし業者が28%中間取っている形で更に税が天引き…直の方がそりゃあ儲かるな」
中条グループとダンジョン素材等の取引業務をメインにした会社の方はまずまずの状態のようだ。
「提供はこれ以上増やす必要は無い。あまり増やすと値崩れや他者との抗争に発展する可能性があるからな」
「たしゃ、ですか」
事務員が首をかしげる。
「会社ではなく個人だな。下手に恨みを買う可能性が出るのはマズイだろ?俺やもう一人なら襲われても返り討ちに出来るが…君らはそうもいかない。
まあ、全員が普通の生活が出来る位の稼ぎは常に出しているんだ。偶に大きな取引をする程度でそれより上は見るつもりはない」
「しかし、中条グループから切られた場合は…」
「うちは中条グループ1本ではないだろ?先方了承の元わざと取引量を絞っているんだよ」
「えっ?」
「少なくとももう一箇所はトップ一族が切ると言わない限りは無理だ。あのアイテム自体こちらしか取り扱いがないからな」
ニヤリと笑ってみせ、一人で地下の保管庫へと向かった。
「マギトロン、魔石、聖水晶数量ピッタリです。。追加は各40ですかー?」
「ああ。あとは鬼難避けの霊符20枚だが…消費が増えているな」
「和歌山で妖怪が出たとの情報がありますよ」
「4~8枚で事足りると思うんだがなぁ」
まあ、俺の利益にはなるんだから問題は無いんだが…と自分を納得させて木箱に霊符を入れる。
「呪符に関しては…依頼は無かったようで」
「まあ、今回だけで中条の取引割合7か…最悪俺がいなくても半年はここの在庫で儲けは出るからなぁ」
「現在ここにある全てを販売すれば2億はいきますね」
「…俺の半月の稼ぎと手慰みの札で2億…まあ、それの5~8%位なんだが」
「社保税対策含め税理士に丸投げですからね。ついでに弁護士契約や情報屋との契約もこちらの会社ですよね?」
廣瀬氏は俺の収入から何かを悟ったようだ。
「それに未だに直接買取所にも行っているじゃないですか」
「まあ、買取所に関しては行かないと変に疑われるからな」
「それもあわせて年収幾らだと?」
「知らん。家族3人が普通に暮らす事の出来る生活費とある程度の貯えがあれば問題無い。ああ、あと3人も居るな幽霊従業員が」
「その幽霊従業員分のお給料を毎日の買取所売上分から捻出しているお兄さんが、好きですよ?」
「年収、しかも手取り5~6千万以上の人が何言ってるんですかー?」
「極端に増えたのはこの数ヶ月だぞ?」
それまではこの半分くらいだった。
何せこの会社自体元々呪符・霊符や霊水を売る店としてオープンさせている。
霊水は超短時間の魔除け効果だ。
作り方は簡単で水晶瓶の中に天然水を入れて両手に持ち、全身に気を巡らせる。
その際に両手及び水晶瓶にも気を通し続けて10分ほどすれば完成だ。
年若く通常の悪霊であれば強制浄化可能で中級悪霊は祓う程度。周囲に撒けば30分そこらは2~300年クラスの悪霊でも近付かない。
大量に作ると疲れるし、2~3ヶ月しか保たないので月産5リットル位だ。
……1本100ミリリットル1万円というボッタクリ価格だがそこそこ売れている。
「元のオカルトグッズショップでも月に400万売り上げていたんだよなぁ…」
「従業員4名でそれだとだいぶキツいですよね、それ」
「2人はアルバイトだったしなぁ…今も1人はアルバイトのままが良いと言ってるから無理強いはしないが」
「現在社員5名ですか…お札の売上と霊水の増産でも月600万狙えますね」
「やらないからな?霊水は増産できるがやっても倍程度だ」
「倍では足りないと思いますけど…予約名簿があるくらいですから全国から殺到しているはずですよ?」
何?聞いてないぞ?
地下倉庫を出て事務所へ戻る。
「霊水の予約とかあるのか?」
俺の問いに事務の保科が驚いたようにこちらを見る。
「えっ?あ、はい…ただ、社長が作るのが大変そうなので…待って戴いてます」
「どれくらいだ?」
「えっと…4ヶ月待ちです」
リストを受け取り見ると、神社仏閣や教会等々…待て、中務省もあるぞ?
電話を掛けてみる。
『はい井ノ原です。岩崎さん何か事件でもありましたか?』
「いや、一つ聞きたいんだが…ムーンライトという店に何か予約していないか?」
『岩崎さんもご存じでしたか!?あちらの霊水、凄いんですよ!私も個人で買ったりしていましたけど、今は半年待ちくらいで…特殊部隊の方々もかなり待っていると聞きました』
「…そうか。今現地にいるんだが、関係者なんでな…少し急かす事にしよう」
『本当ですか!?あ、出来れば少し高くても構わないので容量が倍くらいあればともお伝えください』
「……分かった。伝えよう」
通話を終える。
「社長?」
「ガラス瓶、どれだけある?」
「200程ありますが…」
「追加で300注文してくれ。それと、中務省用に200ml瓶を1ケース発注頼む」
「えっ!?…あの、大丈夫ですか?」
「ああ。地下倉庫の一角に10リットルのガラス製ドリンクサーバーを置いて今後はそこに霊水を補充しておく」
「ッ!ありがとうございます!1日数件の問い合わせの電話があって、昨日も急ぎの方が乗り込んできて…」
涙目になる保科。その横で同じく涙目の田口に少し頭が痛くなった。
「いや、そう言う事は頼むから早く言ってくれ。確かに数ヶ月前は厳しかったが、今なら倍はいけるし、製造法変更も考えている」
「「ありがとうございます!」」
「…少しガラス製のドリンクサーバーを買ってくる」
俺はそう言って買い出しに走った。
ガラス製のドリンクサーバーを買い、会社に戻ると…入口には20人ほどの人が列を成していた。
俺は裏口から入り地下倉庫へと降りる。
天然水の容器を開けて聖光で形成した容器に水を移し替える。
そして空いているテーブルの上に聖光容器を置いてその横にガラス製のドリンクサーバーを置く。
蓋を開けて中に聖水晶片を投下し、続いて聖光の容器内の水を注ぎ込み…気を注入する。
その工程、僅か3~4分。
少し鑑定してみよう。
【霊水(人気)】レア:強力な人の気と聖属性の籠もった水。
人体に影響を及ぼすレベルの人気が籠められており、僅かに聖者の気も籠められているため中級悪霊までダメージを与えられる代物。
周囲に撒けば3~40分は退魔効果が期待できる(3ヶ月有効)
これが
【聖霊水(聖人)】レア:強力な聖属性と人気の籠もった水。
聖水晶の入った容器に聖光と人気の混ざった水を注いだ結果、聖属性の強い人に優しい聖霊水となった。中級悪霊等にダメージを与えられる代物。
周囲に撒けば1時間は退魔効果が期待できる(4ヶ月有効)
呪詛汚染者にも解呪や効果軽減等効果も期待できる。
こうなった。
───これは…
「…さて、頑張って容器詰め作業を行おうか」
「私やります!2人とも蓋を開ける係と締める係お願い!」
「「あっ、はい」」
うーわ…やる気満々だ。
「追加の霊水準備お願いしますね!」
廣瀬氏の指示に俺も頷くしかなかった。
とりあえず、230本は作成した所で瓶が枯渇。100本入り1ケースを持って事務所に行くと2人から泣きながらお礼を言われた。
地下倉庫に残り130本とドリンクサーバーにも入れている旨説明し、無くなったら無理せず連絡するようにと伝えて会社を後にした。
───4日後に空になったと連絡が来るとは思わなかったが…いや、マジでこれ以上は増産しないぞ!?月産20リットル限界と厳命しておこう。
まさかあの夢は暴動が起きそうだと暗示するものだったのか?
…だとしたらあの記憶は止めて欲しかった…
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