第48話 タダ働き駄目、絶対。

 軽く周辺を調べたが、高さ4メートルのところに小さな洞穴があったので恐らくはその奥にこのダンジョンのコアがあるのだろう。

 人もそこそこいる以上、下手をすれば巻き込んでしまい多数の犠牲者を出す事になりかねない。

「今日は大人しく帰るか…」

 俺はため息を吐いて地上へと引き返す事にした。



 翌日、大学に行って早々食堂へ拉致された。

「…俺は拝み屋でも霊能力者でもないぞ?」

 盛大にため息を吐く。

 目の前では申し訳無さそうに静留が頭を下げている。

 そしてその横には同年の女性───伊藤真琴が不貞腐れたような顔でそっぽを向いていた。

「別に、出来ないなら出来ないって言えばいいのに」

「一昨日午前1時過ぎに八王子城跡に5人で行って1人行方不明だろう?警察にも連絡してないな?」

 伊藤が息を呑む。

「霊は憑いている。特にお前ともう1人の女性にな…良かったな、その程度で」

「っ!その程度って何よ!私がどれだけ!」

「自業自得だろうが。それにな、残りの男性2人だが…喰われた1人の親友らしいな。その縁を辿って妖怪がゆっくりと向かってきているぞ」

 相手に悟られないよう簡易行動履歴から辿っているためにその程度しか分からない。

「えっ!?」

「喰わ、れた?〜〜〜〜!!」

 驚く静留と涙目で声にならない悲鳴をあげる伊藤。

「女子は中条家に泊まれば問題ない。ただなぁ…問題は妖怪だ」

「あの刺股でも無理なの?」

「いや、あの守りはそうそう突破できないが…」

 ため息を吐く。

 藪を突いてどころの話ではない。

 触れてはいけないものに触れた状態なんだよなぁ…被害が甚大だ。

 其奴は祟り鬼の類で見た場合は呪術感染を起こす。

 そのせいで見た者は呪いで死に、その鬼はその屍肉を食べる。

 昔はすぐには死ななかったが…現代だとなぁ…一般人なら数日で死ぬだろう。

「率直に言おう。行った全員その妖怪に目を付けられている。縁が出来た場合はひたすら付き纏われる。

 そしてその妖怪はまずは喰った奴との縁の深い者の元へと向かっており、更に言えば…その道中で既に一人何の関係もない一般人を喰らっている」

 通り沿いにいた奴を後ろから襲い、喰らっているらしい。流石に気付かれそうになったので行動履歴を確認するのを止める。

「「!!?」」

 顔面蒼白の二人。

 呪いや怨霊の類であればまずは対象だが…相手が相手だ。

「中務省に回したいが…奴等では無理だな。まあ、事情を説明しないといけないか…ハァ」

 俺の領分でもなければ俺がすべき事ではないんだが…

 電話を掛ける。

『はい、井ノ原です。岩崎さん何かありましたか?』

「ああ。大惨事な事が起きている。そちらにも話は行っていないか?昨夜の八王子の事件とか」

『あっ、アレ何ですか!?鬼ですが仏法耐性とか陰陽道耐性もあるんですが!?』

「俺も詳しくは知らん。やらかしたヤツの行動から辿って視ただけだからな」

『やらかした人達が居るんですか!?』

「ああ。八王子城跡に肝試しに行って出会したらしい」

『馬鹿ですか!?妖怪跋扈の現代でそんな馬鹿な事をする人がいるなんて』

「まあ、そうだろうな…5人で肝試しに行き1人が喰われたようだ。残りは4人で男2女2だな」

『…陰陽局とは別部署が討伐に向かったのですが、職員が2名ほど殺されています』

「どうする?」

『……少し上司と話し合いをさせて下さい。後程折り返させて戴きます』

「分かった」

 通話を切り、2人を見る。

「どうする?」

「私は伊藤さんしか知らないから…もう1人は」

 静留がチラリと気遣わしげに伊藤を見る。

 伊藤は震える手でスマートフォンを手に取り、一緒に行った友人に連絡を入れる。

 数分と経たずに返答があったようだが、恐らく否定的な返答だったのだろう。泣きそうな顔で静留と俺を見た。

「まあ、助かる方に行くか、安心できる方に行くかだな」

 拒否するのならば無理に助ける必要は無いわけだ。

「その妖怪は地獄の獄卒よりは弱いって事なの?」

「その辺りの判定は難しいが…獄卒鬼、そして閻魔王よりは弱いだろうな」

 ただ不安要素が一つ。仏教系及び陰陽道系に耐性があるという話だ。

 西洋系の妖怪だった場合、もしくは対仏教系の妖怪だった場合。更に怖いのは呪法系に耐性があり元祀られていたモノだった場合か。

 道教系の落神という可能性は捨てておく。その場合仏教系の術に耐性というのはどうなんだろうかと。疑問が湧く。

 まあ、それ以前に術者の力が足りなかった可能性の方が高いと思うが…

「どうして閻魔様が出るの?」

 考えていると静留が更に突っ込んだ質問をしてきた。

「獄卒鬼達を管理監督しているのが閻魔王だからだ」

「部下が駄目なら上司が出てくるという事ですか?」

「出てくるのは確率だろうがな…それでも獄卒達の数が数だから問題無いだろう」

 最悪相討ち狙いで地獄に引き込むだろうし。

「あの、私…」

 伊藤が何かを言おうとしていた所で着信が入った。

「はい。岩崎です」

『あっ、井ノ原です。上司から許可が出たので協力の方、よろしくお願い致します』

「幾らだ?」

『えっと、67万円です…』

「器物損壊の際はそちらで頼むぞ?」

『はい!では午後9時にお伺い───』

「その前に、昨夜の戦闘場所は何処だった?」

『JR小宮駅を過ぎた所…多摩大橋の手前です』

「橋を渡ったのかどうかが分からないか…すぐに折り返す」

 これはマズイ。

 橋を渡ったのか、それとも進路を変えたのか分からない。

「伊藤さん、友人達の大まかな住所は?」

「えっ?えっと、分かんない…」

 挙動不審になりながらそう返す伊藤にため息を吐いて、それぞれの名前と学科を聞き出してメモを取る。

「金が掛かるが仕方ないか」

 俺はいつもの情報屋に連絡をする。

『どしたん?』

「緊急で調べて欲しい」

『んんっ?もしかして昨夜騒ぎになった陰陽局の職員が2人食い殺された事件についてかな?』

「ああ。ただ、それと最初に出会した連中が居るんだが…八王子城跡へ肝試しに行った連中だ」

『ああ、そう言う事か。で、私に聞きたい事はその連中の住所と?』

「ああ。1人は食い殺されているのは確定だが、念のため教えて欲しい」

 そう断った上で聞いた全員の学科と名前を告げると暫くして、全員の住所を口頭で伝えてきた。

 それらを全て書き留める。

「いつも通り引き落としてくれ」

『今回は良い情報を得られたのでそれで差し引き無しという事で』

「───分かった。できる限り力を振るわせてもらおう」

 通話を終え息を吐く。

「…結羽人さん、もしかして、それ全部…」

「ああ。参加者の住所だ」

「「えっ…!?」」

「杉並と練馬、目黒か…これはまずいな…範囲が広すぎる」

 奴が大橋前に居るのであれば…いや、方法はあるか。

 再度井ノ原に電話を掛ける。

『はい井ノ原です。何かありましたか?』

「午後に数分で良いから多摩大橋を封鎖できないか?」

『午後、ですか…調査のためと言えば5~10分程度であれば可能かと』

「では頼んだ。化け物の行方と出現場所を調査したい。時間は…16時20分から30分までだ」

『…分かりました。申請を出しておきます』

 まあ苦労してくれ。

 提出書類関係を考えながら心の中で合掌しながら通話を終える。

「逃げるとしても多摩や八王子方面には絶対に行かないでくれ。こういった類の連中は執念深い。こちらと戦っている最中であっても襲いかかる可能性がある」

「私は…中条さんと一晩を…」

 伊藤は初めは信じていなかったんだろうな…まあ、知った事ではないんだが。

「そうしてくれ。念のために言うが静留、今回は俺がそっちの家に行く事はない」

「偽者対策ですか。分かりました」

「何かあれば佑那を寄越す」

「それはそれでどうなんですか…」



 2、3限目を終わらせて多摩大橋へと急ぐ。

 大橋の手前に見知った中務省職員3名がいた。

「態々辰巳上席まで…暇なのか?」

「…ああ、誰かが無理矢理短時間で往来の多い橋を止めろと言ってきたらしくてな」

「まあ止めなくても良かったんだが、ここに奴が潜んでいる可能性があるんだぞ?」

「「「!?」」」

 慌てる3人を背に橋の中央まで進む。

 素早く祭壇を設置し、身支度を調える。

 そして兎歩によって場を浄め、縁切りの法を以て対象妖怪と目撃者達との縁を断ち切る。

 更に九字を切り界を別け、障礙払いの祈念呪を唱える。

『ォ、オオオ…何故、何故…』

 九字法で境界を開いていたためか空間を割って大柄の喰屍鬼が姿を現した。

「まあ、予想はしていたが…ピシャーチャへ戻ったという事か?…だとしたら持国天が泣くぞ」

『貴様ァ…』

「namaḥ sarvatathāgatebhyaḥ sarvamukhebhyaḥ sarvathā traṭ caṇḍamahāroṣaṇa khaṃ khāhi khāhi sarvavighanaṃ hūṃ traṭ hāṃ māṃ」

 不動明王火界咒を唱えピシャーチャを睨む。

 仏教系に耐性があるというよりも相手が悪過ぎたんだろう。

 ピシャーチャを囲むように四方に炎の壁が現れ、その身を焼いていく。

『不動明王の威を得られるだと!?』

 焦り異相へと退避しようとするピシャーチャだが、逃げる事は出来ない。

 何故なら、

「agaṇe gaṇe gauri gāndhāri caṇḍāli mātangi jaṅguli saṃkule vrūsali agasti」

 持国天王呪によってピシャーチャを縛したからだ。

『何故だ!何故…!』

 大気を震わせる程の大音声が辺りに響く。

 ただ、俺の心は動かない。

「それに答える意味があるのかと逆に問いたい」

 炎壁越しにピシャーチャをジッと見つめる。

「あの城跡で出会した者でも無く、道の側にいた異国人。他宗教という縁も由縁もない者を喰った。そのため退治のために術者が遣わされ、更には俺が来た」

『………』

「時間稼ぎをし、姿を変えてどうにかしようと思ったか?時間だ」

 不動明王の炎がピシャーチャを覆い、完全に焼き尽くす。

 そして炎が消え、其処には何も残ってはいなかった。

「───任務完了」

 術式を全て解き、大きく息を吐いて中務省の職員達の元へと向かった。

「……デタラメにも程があるが、あの鬼…いや、ピシャーチャは」

 辰巳上席が険しい顔で俺を見る。

「きちんと消滅した。アレは本物のハグレ…しかも妖怪仙人のような進化個体だ」

「なら術者達の術が効かなかったのは」

「ただの力量不足だな。そちらの術者は小鬼を倒すのも苦戦するのに鬼を、しかも姿を変えられるような厄介な奴を倒す事が出来るか?」

「……無理だろうな」

 苦々しげに言う辰巳上席。

「ただ運が良かったのは奴がハグレだった事。通常は群れるハズだ」

「群れる…!?」

 井ノ原技官は何かに気付いたようだ。

「もしかして、他にもいる可能性がある…という事ですか?」

「下手をするといるだろうな。ただし、この周辺には居ないはずだ」

「その根拠は?」

「奴は何者かに八王子城跡へ放たれた。その際周辺に仲間の気配はなかったようだ。奴の思考履歴と行動履歴を確認した」

「「「………」」」

 俺の台詞に3人とも固まる。

「アレを封じたのか捕まえたのかは分からないが、無力化して解き放てる奴、もしくは組織がいる。確かに驚くのも無理はない」

 先程対峙したときに詳細行動履歴と思考履歴を確認したので間違いは無いはずだ。

「「「いや、そこじゃない」」」

「?」

「…異常性を理解して、ない?」

「妖怪の行動や思考の履歴を見るなんてどんだけとんでもない事なのか分からないのか!?」

「お前は閻魔王か!」

「……本人にも似たような事言われたなぁ…いや、出来るんだから仕方ないだろ」

 そこはもう開き直るしかない。

「上席。この人本人にって言いましたよ!?」

「本人って、閻魔王って事か…」

「マジか…マジかぁ…もうコイツ小野篁の転生者で良いだろ…」

「失礼な。俺以上に十王をどん引きさせた女傑がいるからな?秦広王や閻魔王を筆頭に十王達や獄卒鬼達すら「いや頼むから休め!」と言われた奴が」

「「「なにそれこわい」」」

 ほら廣瀬氏。これが一般人の感想だぞ?

『解せません!きっとこの人達は公務員だからでは?』

 いや、中務省はかなりブラックだぞ?金払いはそこそこ良いが。

『あ、さっきの鬼がアイテム落としていたからすぐに拾っておいたから後で確認お願いします』

 ───本当に仕事好きだなぁ…しかもいつの間に…俺もまだ未熟か。

「これが八王子城跡へ肝試しに行ったメンバーのリストだ。後で事情聴取と忠告をしてくれ」

 リストをカバンから取りだして井ノ原技官へ手渡す。

「えっ?あ、はい。わかりました」

 井ノ原技官はリストを受け取りそれを見て「え゛っ!?」と変な声を上げたがそれは放っておこう。あの後追加で連絡のあった情報を書き込んだヤツだからなぁ…

 俺は静留へ中務省の人間立ち会いの下での討伐完了の報告を入れた。


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