第44話 太山ハ土壌ヲ譲ラズ(史記)
一月が経ち、少し怖い方法で連絡が入ったので再度京都へ向かう。
あの警備員は居らず、若い警備員になっていた。
聞いてみるとあの後結構な騒ぎになったらしく、警備員が数名辞めさせられたとのことだった。
「警察の方もかなりゴタゴタしていたらしいですよ」と爽やかな笑顔で答える。
いやいや治安を守る警官がごたついたらマズイだろ…
「いいんですよ。アイツら数人グループで何件も冤罪で捕まえていたみたいですから!」
どうやら上や中堅は信用できるが下っ端がダメダメという府民の評価。人手不足だからとハードルを下げたらロクな連中が入ってきていないという悲しい結末になったのか?いや警察関係は審査するはずだがなぁ…
まあ其奴らから被害受けているんだが!
そんな雑談交じりの情報収集をした後にダンジョンへと入り、冥界へと移動する。
閻魔王の居る法廷まで行くと…かなりリニューアルされていた。
外観は威厳も必要だろうからとそのままだが…中がどこかで見た光景だった。
通常の裁判であれば部下にやらせ、全責任を閻魔王が負う形か…少しでも重めの物は自身で行うように各王の事前書類審査で弾ける者は弾いていると。
いや、しかしこれは…
あの人マジで大丈夫か?善意100%で両者ともWin-Winになるようにしているんだろうが、閻魔王が言い負かされたって事は一国の宰相でも無理だぞ?
民話や落語、小話のような閻魔王はいない。
舌先三寸でどうにかなるようなものではないし、何よりも自身に何処までも厳しい。
他者にも厳しいが、それにはきちんとした理由がある。
その閻魔王を納得させたのか…世界の損失デカすぎるぞ…
そんな事を思いながら受付に行くと……何故か廣瀬氏が居た。
「あっ!岩崎様!お待ちしておりました!閻魔王様の公開法廷が終わり次第、第6会議室で引き渡しの方を行いますので!」
「いや、なんで居るのかな?廣瀬さん」
「はい!秦広王様と配下の鬼さん方が「今日は休め!」と仰ったのであちらのお仕事をお休みしてこちらを手伝っています!」
すっごい笑顔で言われた。
その後ろで事務仕事をしていた鬼が「この子を休ませて!」とジェスチャーしているというカオス。
「いや、廣瀬さん。何故休まない?」
「えっ?だってここ、休まなくても死なないんですよ?24時間366日働けるんですよ?私、ここのおしごとが天職だと思うんです!」
受付待ちのこれから裁かれる人達が化け物を見るような目で…ああ、それは獄卒鬼たちも一緒か。
尤も新しい地獄『廣瀬の事務室』がオープンする日も近いかも知れない…午前刑罰、午後反省文と書類整理、夜間は地獄掃除(ついでに刑罰)とか。
───閻魔王の裁定が終わったようだ。
俺は廣瀬氏案内の元、第6会議室へと向かう。
ノックをし,廣瀬氏が来客を告げると中から「入れ」と声がした。
「あの廣瀬を何とか出来ないか?」
「閻魔王にどうにもできないのであれば無理でしょうて」
会議室に入るなりこのやりとりから始まった。
「秦広ですら投げたぞ?善意でこちらの状況を確認し、何故非効率なことをしているのかを理解した上で改善できる所を改善する案をいくつか出してきおった」
うわぁ…あの人マジで何なんだ?
「それで今その改善をしている最中と」
「ああ。労働環境の改善と効率の良い運営。そして私に対する負担軽減」
「は?」
いや、最後のは地雷だろ。
「お前と同じような事を言われたよ「自己満足に周りを巻き込まないでください。何かあったら周りにどれだけ被害と影響が行くと思っているんですか?いよいよマズイとなったら貴方より前の十王様方が忖度始めますよ」と。まったく関係のない、超越者でも達成人でもない一般人に言われるとは思わなかった」
苦笑する閻魔王。
まあ、俺も似たようなこと言ったが…
「俺は達成人でも何でもないですよ?」
「いや、お前の言葉は常に突き刺さるぞ」
「それで数千年ぶりに考え方を変えると?」
「一部緩和という程度だがな。しかし…彼女を調べるととんでもない…不遇と不幸の連鎖がああも起きている中でどこまでも善行を積んでいる…ただ本人はひたすら仕事を求めているという狂人振りだ」
まあ、うん。奉仕の精神と褒められて嬉しいというかなり低めの承認欲求なんだよなぁ…「ありがとう」だけで何処までも満足できるとか。
まあ、悪い男に騙されて悪の道に行かなかっただけマシというか…いや、救えてないな。
「なあ、今回の問題児引き取りと同時に廣瀬も引き取らないか?」
何ですと?
「お前、プライベートボックスを使っているだろう?」
「ええ。使っていますね」
「私達の権限でそれをルームへ拡張する。だから廣瀬も引き取ってくれ」
───ああ、読めたぞ。
「定期的に冥界に派遣ということでいいのですね?」
「ああ。ずっと居られると困る。なので定期派遣という形で頼む」
俺は厄介者(悪)と厄介者(善)の霊を得ることとなった。
「お兄さん、末長く宜しくお願いします!」
「岩崎さん、宜しくお願いします!」
閻魔王との話し合いを終え、閻魔王が出ていくと入れ替わりで二人が会議室に入ってきた。
「とりあえず二人と契約を結ぶんだが…暫くの間二人は俺のプライベートルームに居てもらう」
「プライベートな部屋…」
いや、何故そこで顔を赤らめる?
「何かすることはありますか?」
廣瀬氏はブレない。すぐに仕事の確認を始める。
「あー…簡単な物であれば選別作業かな。ボックスからルームになって幾つかの制限がなくなったからマジックバッグの仕分けを頼みたい」
「分かりました!」
喜々として開いたプライベートルームに廣瀬氏が入っていった。
「お兄さん」
「ん?どうした」
「あの、ありがとうございます」
「と言うと?」
「力の暴走に振り回されて…僕、とんでもない事を…」
「何時覚醒した?」
「…小学校卒業した時、だと思います」
───確かに証言と行動は一致しているようだ。過去の罪科も、初めて襲われた事実も。
「仙因によるサイコパス予備軍に対してソシオパス的後天的要因…そして半覚醒によって開花か?まあ仙因がなくとも予備軍がガチになることは偶にありはするからな」
と、俺は彼の胸ぐらを軽く掴み額と額を軽く合わせる。
「ぁ、っ…」
ふむ、やはり霊体に直接触れた方が鑑定以上に確認がしやすいな。
「秦広王は力を回収したか?」
「っあ!はいっ」
「…魂へのダメージと同時に罪悪感と恐怖感が一気に来たわけか」
彼から離れる。
んっ?顔が真っ赤だが、悪意云々はもう無いな。
「これから宜しく。早速だが、廣瀬氏と共同でマジックバッグの仕分けを頼む」
「ハイッ!分かりました!」
───何でそんな慌てた様子で駆け込む?…まあ、問題無ければそれで良いが。
と言うわけで本日は京都の別のダンジョンにトライ。
制限時間はおよそ3時間。
一時間半で何処まで行けるかだな…
ダンジョンに入ると同時に走る。
通常のダンジョンモンスターは移動しながら前に吹き飛ばして倒す。
回収できる物があれば回収する。
最低限中層域までは行って採掘したいが…しかし通常モンスターが多いな。
2分で1体の割合で遭遇しているぞ?
探索者やハンターは一応居るし戦っている者も居る。
しかし多い。
絶対数が足りないとかではないな…これは中層域以降に妖怪が要るか、ダンジョン侵攻の可能性か。
そんな事を考えながら50分ほど走り続け、中層域下部に入る。
「なんでっ!此奴ら!減らないの!」
「友美ちゃんもう撤退しようよ!私そろそろ限界だよ!」
「分かっているけど、此奴ら階層無視するじゃない!」
前方から女性2人の声がした。
見ると1人が防護盾を掲げその盾の周辺に不可視の壁を展開しているようだ。
もう一人がバカスカ火弾を打っているようだが…効いている様子がない。
そしてその先は…うん。猪とツキノワグマ、サルなどごく一般的な上層と中層域のモンスターだが…後ろに餓鬼がいるな。
「スマンが通っても良いか?ついでに駆逐したいんだが」
一応声を掛けると、魔法を使っている女性からもの凄い形相で睨まれた。
「巫山戯んじゃないわよ!できるものならやってみなさいよ!」
「逃げてください!これはスタンピードです!」
「いや、貴女の防壁は兎も角、魔法はまったく効いてないから退いて欲しいんだが」
「あ゛あ゛っ!?」
「見て分からないか?さっきから最前列のツキノワグマに火弾が当たっているのにソイツは平然と攻撃してきているだろうが」
「分かってるわよ!あと一発受けたら倒れるかも知れないじゃないの!」
「…あれっ?抵抗が、無くなった?」
「スキル解除しても良いぞ。俺が塞いでいる」
「えっ?」
「絶対にスキル解除しないでよ!?コイツきっとペテン師よ!」
「友美ちゃん!本当に抵抗がないの!私片手でも問題無いのよ!?」
「えっ!?」
「退いてくれないか?このままだと俺も邪魔で攻撃が出来ないし、後続で餓鬼どころか鬼が来るんだよ」
「「!?」」
二人は慌てて端に寄った。
よし、邪魔者はいなくなった。
ただ、今回は獅子は使わず…光棍を使う。
長さ八尺の光棍を片手に光壁目掛け走り、光壁を蹴った。
「「ええええええっっっ!?」」
蹴った瞬間に光壁にぶつかっていたモンスターは衝撃で僅かに吹き飛ばされた。
直後光壁が割れ、その破片を受けた前列から中列のモンスターが消滅していく。
あとは光棍を使って屠っていく簡単なお仕事だ。
あ、鬼が来た。
周りのモンスターを吹き飛ばし,消し飛ばしながら鬼と打ち合う。
そして退けと言ったのに後ろに二人居るせいで完全攻撃にも回れない嫌な状況だ。
「そこの二人、退けと言ったはずだぞ?お前達が邪魔で次の攻撃に移れないんだが?」
「済みません!急いで移動します!」
「腰が抜けてどうしようもないのよ!」
ええええ?
さっきまでの威勢はどうした…あ、盾の子が引き摺って下がった。
鬼の攻撃を往なしてワンステップ後ろに下がる。
光棍が64枚の呪符へと姿を変え、俺の周りを高速で回る。
「万の光迅雷を馳走しよう」
光と轟音と衝撃が周辺一帯を支配した。
「…まあ、予想できていたことだが、破壊力がありすぎだな。これなら深層域の連中にも有用だな」
大量に落ちているアイテムを一気にマジックバッグに収納する。
───多分プライベートルームにいる二人は大変だろうが…ん?
幾つかの魔水晶片は回収できなかったので小袋に入れ、少し行った所で気を失っている盾の女性を起こす。
「っ!?」
「聞こえるか?」
「…はい。なんとか」
女性は少しふらつきながらも立ち上がる。
「これは二人が倒した、もしくはダメージを与えた奴等の魔水晶片だ」
「えっ!?」
「俺が回収できなかったから間違いない。とりあえず渡しておくぞ」
「あの!これは流石に戴けません!」
慌てて返そうとする女性を手で制す。
「いや、俺もそれは流石に受け取れない。それと、それはもう少し売るのを待てば価格が跳ねるぞ」
「えっ?」
「俺はもう少し下まで降りて帰るので君らも早めに引き上げた方が良い」
「はい…今日は帰ります」
疲れ切った声でそう返事をし、倒れている女性を見る。
「ああ、もし調子が悪いようならこれを使え。精神的に余裕がなくてああもキツい言い方になったんだろう?」
「はい…本当は良い子なんですけど、少し前に男性パーティーに襲われかけて…あの、これポーションでは?それも2本…」
まあ、偶にあるな。
慌てている女性に深呼吸を促し、落ち着かせる
「下層域では比較的取れるから問題無い。この辺りは暫く浄化された状態だからモンスターは出てこない。其奴を早めに起こして撤退するのを推奨する」
「はい。ありがとうございます」
さて、少し時間を食ったが…まだもう少し行けるな。更に降りてみようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます