第42話 蛇足:ちょっとした裏話~京都編

 ダンジョンへ入り下層や深層で必要物資を収穫し、翌日。

 俺は早朝から京都に来ていた。

 場所は京都市東山区某所にある寺の側にあるダンジョンだ。

 寺の隣を通る細い路地を進み、民家が軒を並べる中にそれはある。

 元々あった寺の東門が消え、幅4~5メートルの唐門があり、そこがダンジョンゲートとなっている。

「んっ?ああ、君かぁ…年1で来るんじゃないか?付近の人間でも無いのにご苦労だねぇ」

 警備員が感心したように声を掛けてくる。

「ここはなかなか面白いダンジョンなので」

「そうかい?年に2~300人しか来ないような所だぞ?」

「ええ。それでもここで得られる物は大きい」

 そう言うと警備員は首をかしげる。

「無闇に人を襲わないらしいが、鬼が居るダンジョンなんだぞ?」

「獄卒達は悪人以外は早々襲いませんし、ダンジョンの妖魔を逆に退治してくれますよ。日本酒でも捧げれば喜んで物々交換してくれるので…ただ、ダンジョン由来の鬼に酒を渡そうとしても襲われるだけなので気を付けてください」

「…誰もそんな怖い事しないよ」

 失敗すれば命がない。そんな自分の命をかけるような酔狂な交渉は誰もしたくないだろう。

「まあ、鬼同士が争っていたら良い鬼と悪い鬼が戦っている程度に考えてください」

 俺はそう言って門を潜った。


 さて、俺がここにきた理由。それはこのダンジョンが「9割占拠されたダンジョン」だからである。

 何に占拠されているのか…それは仏教勢力及び日本勢力に、である。

 実はこのダンジョン、世界でおそらく数ヶ所しかないであろう「やらかしダンジョン」である。

 その理由は…地獄へ通じる井戸の側にできたダンジョンだからだ。

 冗談でもなんでもなく、昔は井戸の底から地獄へと行けたのだ。

 ただある人物の死後にそこを封鎖し、さらに三重の結界で行き来できないようにしていただけだ。

 しかしある時ダンジョンが現れた。

 目と鼻の先に。

 それを感知した地獄勢が夜中に獄卒鬼達を次々と派遣。完全武装した獄卒鬼はその殆どを占拠し、更には地獄の入口を深層の奥に設置。何かあればすぐさま破棄もしくは制圧が出来るように獄卒鬼を常駐させている徹底ぶりだった。

 定期的に沸くモンスターなどを巡回している獄卒鬼が狩り、そこそこの益を出していたが、ダンジョン側はほぼ乗っ取られている場所に無駄なリソースを消費したくない訳で、ここ最近はあまりモンスターが沸かないらしい。

 巡回しているはずの獄卒鬼達に遇うこと無く深層に着いてしまった。

 深層を更に下り、最下層の広場に辿り着く。

 そこには冠木門とその両脇に獄卒鬼達が4体程武器を構えて立っていた。

「おおおっ!?岩崎の兄貴!どうしました!?」

 獄卒鬼の1人が俺を見て声を上げた。

「用事があってな…五郎、今巡回している鬼は居ないのか?」

「おりやせんぜ。殆ど現れない挙げ句、地上の人間が俺らを見て攻撃したり悲鳴を上げて逃げるので2日に1度程度の巡回にしてまさぁ」

「そうか」

 俺は来る際に購入した四合瓶の日本酒を4本五郎へ渡す。

「4人で呑め。ただ、2人ずつの交代で呑んでくれよ?」

「ありがてぇ!流石は岩崎の兄貴だ!ささ、どうぞ!」

 五郎は酒を受け取り、手にしていた矛を門の手前に突き刺す。

 冠木門の向こう側に通路が現れた。

「どうぞ!」

「ああ、3~4時間程度だが、行ってくる」

 俺はそう言い残して通路へと足を踏み入れた。



 さて、地獄。

 とはいえスタートダッシュで閻魔大王の下へ行くわけではなければ閻魔王らが居る場所は地獄では無い。

 まずは秦広王の元で間違いなく死んだ人間かの確認と、殺人等を行ったかの事情聴取が行われる。

 尚、この際に生まれて死ぬまでの間各個人に宿っている二柱一対の倶生神が善悪それぞれを見聞きし、死後秦広王にそれを伝える。

 そして秦広王はそれを閻魔帳に書き取る作業をする。

 ───まあ、要は入国(獄)審査官と、素行調査及び書記官といった所か?

 まあ、現在の日本国内の死亡者数は1日およそ3600~4000人。その程度の審査と聴取だ。忙しいのは確かだろうが無茶な数字ではない。

 何よりも今は倶生神の内容は思考ダイレクトに閻魔帳へのトレースだし。

 部下14名と秦広王の15名×3交代体制で審査と聴取、そして転写。1人5分程度として…1日の死者数がこれ以上増えないことを祈ろうか。

 そんなくだらないことを考えながら庁舎内へ入る。

 庁舎に入った瞬間、ざわめきが大きくなった。

「何で生者が」や「間違えてここに来たにしては…」など、きちんと自身の死を理解している死者達が主なようだ。

 窓口に居た廣瀬氏(元社畜、死因:過労死)が俺を見付け、慌てだした。

「貴方様は!」

「どうも。秦広王は居るかな?恐らく休憩中だとは思うが」

「はい!第4会議室で食事をしています」

「ありがとう」

 俺は廣瀬氏に礼を言い、廊下を進む。

 第4会議室を見付け、扉をノックすると「何だ?」と言われたので「岩崎です」と返した。

「やっぱり来やがったか!…まあ良い。入れ」

 許可を得たので会議室内へと入る。

 そこには心底疲れ切った顔の秦広王がいた。

「やはり閻魔王のダメージを肩代わりし続けているのですか…」

「…当たり前だ。あの頑固者は裁いた者全員の責め苦と同等の苦痛を一身に受けておる。我等が肩代わりせずに誰が肩代わりする」

 コトン、と仙薬を机の上に置き、息を吐く。

「───最近は特に罪過の重い者が多い…ここ20年あまりは特に」

 俺は何も言わず栄養ドリンクをドンドンとテーブルの上に積み上げる。

「前回も持ってきましたが、祈りと癒しの波動を各5分流し込んだ代物です。1度お試し下さい」

「生者からの施しは規定に反する。前回のアレもグレーなんだぞ」

 そう言って手で追い払う仕草をするが、

「閻魔王および泰山王からの許可は得ていますよ。なのでこれらを各王へ配って戴ければと」

「…お前、本当に何なんだよ…閻魔や泰山と会って話す人間なんざ数える程度だぞ」

 呆れた顔で言われたが、まあそれはそれだ。

「最近あの世関連の神々の召喚が多いせいか慣れてしまいましたねぇ」

「慣れたら死ぬぞ…まったく。で、奴の件か?」

「ええ。仙の因子を没収していただき、そのまま次へ回して戴きたい」

「は?…どういう事だ?」

 まさか俺がそんな事を言うと思っていなかったのか、秦広王は俺をマジマジと見る。

「アレはまだ本当にここがどういう所なのか分かっていない。所謂サイコパス…予備軍と言うよりもそのものだと思われます。

 感情が希薄で人を騙し、共感性が無く自己中心的…ただ、彼の場合は寄生と言うよりも依存型に近く、自身のことすら他人事のようでしたね」

 何か企んで甘えてきた際にわからせたらベッタリ依存してきたからなぁ…本当に、アレが地下組織関係に居たら最悪の暗殺者が生まれていたぞ…

「で、お前の真の目的は?」

「閻魔王の所まで行った頃には自身の状況と結末は分かっているでしょう。それに仙の因子を失った後であれば特に後悔と恐怖しか無いでしょう」

「…半端に仙の因子があり、半覚醒した結果か…情状酌量の余地が無いとは言えんが、罪は重い」

 過ぎた力自体に振り回され、地獄へ落ちた者達は多い。

 そういった人間を多く見たからこその苦悩の表情なのだろう。ただ、

「ええ。なので暫く閻魔王の側で小間使いをして貰い、頃合いを見て俺が身請けしようかと」

「はぁっ!?」

 ガタガタンッ!

「そろそろ人型の式神や陽神を作成したくなりまして、完全な陽神だと何かと面倒なのでうちの白獅子達みたいに意思疎通できて自分で動ける存在が必要なのです」

「お前…サラッと禁忌を…それにそんな簡単に御せると?」

「1~2年掛けてじっくりわからせますので」

 ───いや、秦広王様?なんでそんな青ざめた顔で俺を見るんですかねぇ?

「ああ、アイツ終わったな…それと、お前マジで獄卒衆を舎弟にしてないよな!?」

「してませんって。何故か兄貴兄貴煩いですけど」

 心当たりが無いわけでは無いが…俺が何かしたわけではないんだよなぁ…

「まあ、いい。閻魔の方には伝えておく。連絡があればまた来るが良い」

「お手数掛けます」

「本当にな?」

 会議室を出て受付に戻る。

 おや?

 妙な女性を見付けた。

「そこの20代女性。白のパーカー姿の君だ」

「えっ?私ですか?」

「廣瀬さん、この人生者だぞ。しかも生身」

「「えっ!?」」

 他よりも生気があるので間違いは無い。

 ただ、もう少しで死にそうだが。

 危ないので聖光でコーティングをし、癒しの波動を浴びせておく。

 その間廣瀬氏が照合作業をし…

「確かに生者です!何故!?」

 生者認定となり、悲鳴を上げる。

 数年に一度あるらしいが…生身の人間がここまで来るのはソンナニ無かったはずだ。

「いきなり何かにぶつかったと思ったら岩場に立っていて…ここに居る人達の後を付いてきていたら…」

「……火車だな」

「また杜撰なことをしているんですね」

 あまりにも分かりやすい犯人に呆れる俺と、プリプリ怒る廣瀬氏。

「じゃあ、俺は彼女を連れて帰るが…手続きは不要だよな?」

「はい。問題ありません」

「では、現世まで送ろう」

「えっ!?私、生き返ることが出来るんですか!?」

「生き返る以前に君は生者だ。生身の肉体なんだ」

「じゃあ、これって臨死体験じゃ無くて…リアル?」

「ああ。運が良いことに火車にひき逃げされただけだ。良かったな。肉体を喰う奴や魂…幽体を喰う奴とか色々いるからな。因みに何処でぶつかった?」

「えっと、近衛通りの歩道を通学で歩いていたら後ろからドンって」

「医大生か?災難だったな…まあ、俺が出る先は東区のダンジョンだからまあ、そこまで離れているというわけではないな」

 そんな話をしながら庁舎を出て来た道を戻る。

 途中、何人かの死者が俺の後を追ってきたが、もれなく巡回をしている獄卒鬼に捕まっていた。

「…何であの鬼達って警備員の格好しているんですか?」

「悪い事をしない正規の鬼だとアピールしたいらしい」

「確かに屈強な警備員って感じでしたけど、なんで兄ィって呼ばれているんですか!?」

「それはさっき秦広王にも言われたな。俺が何かやったわけではないんだが…」

 出会った獄卒鬼達にはもれなく黄色い桜の300ml普通酒をあげている。

「貴方は陰陽師か何かなんですか?」

「いいや、普通のダンジョン労働者だな…っと、着いた」

 冠木門が見えたのでそのまま通り抜け───

「ひいぃっ!?」

「おお、岩崎の兄貴お帰りなせぇ!…人!?」

 The鬼の出迎えに女性が悲鳴を上げた。

「ああ、左京の方で火車にはねられたらしい」

「…嬢ちゃん運が良いな。生きていたこともだが、兄貴が居なかったらちょっと厄介だったぜ?」

「まあ、受付の廣瀬氏がすぐに調べて問題無いと帰還許可出していたから大丈夫だ」

「あの社畜の嬢ちゃん、何時休んでるんだろうなぁ…俺ら以上に社畜なんだが…」

「あ、俺兄貴がチョコレートバー渡すの見たことあるが、凄い笑顔で「これがあればあと4年は不休で戦えます」って…俺あの台詞聞いて泣きそうになった」

「マジで休んでくれ…死後更に働きたがるとか頭おかしいって!」

 鬼達からしても廣瀬氏は度を超した元人間らしい。

「…だが、彼女のおかげで俺らの仕事に余裕が出来た」

「それはそうだけどよぉ…嬢ちゃん、嬢ちゃんはそうなるなよ?聞いた話だと一月690時間労働1年続けて死んだ猛者中の猛者だからな?」

「なにそれ怖い…」

「流石にそれは俺でも引くぞ」

 多分それ、睡眠時間、食事風呂含めたら…いや、語るまい。

 今は活き活きと仕事しているんだ。死んでいるが。

「近々また来る事になると思うが、その時はよろしく」

「おうっ!」

 気の良い獄卒鬼達に見送られ、その場を後にする。

「…鬼のイメージが変わりました」

「ああいった連中は獄卒鬼の一部だからな?普通の人間を見たら襲うのが妖怪の鬼であり、ダンジョンの鬼だ」

「私はダンジョンのことは詳しくなくて…」

 普通に生きているのならそこまで詳しくなくても良いが…ふむ。

「ダンジョンに関してはそこまで詳しくなくても構わないが、今後君の身に起きうる事を帰りがてら話す。あくまでも可能性という事を頭に入れて置いて欲しい」

「はい!」

 女性に今回の件がきっかけで見鬼(幽霊や妖怪が見えるようになる)可能性が高い事と、簡単な護身法。

 そして死霊や妖魔達への知識を少しでも良いから得るようにと忠告をする。

 話の途中で珍しく鬼が出てきたので手刀で斬り捨て、アイテムを回収しつつだが。

「…本当に、迷わず襲いかかってくるんですね…」

「後はさっき話した野良の妖怪達だな。悪いヤツでなくても戯れに人生を駄目にしたり命を奪ってくる。

 俺が鬼に渡したような酒を渡して交渉すれば助かる可能性もあるが…騙されて酷い目にあうこともあるから御守り程度として持っておくのも手だな」

「勉強になります」

 まあ、人生勉強というか…死ぬ確率を2~3%下げる方法と思った方が良いが。

 …いや、獄卒達と話をしたから少しは度胸がついたかも知れないな。

「無いとは思うが、もし何かそう言ったトラブルが起きた場合は中務省へ連絡するか、それでも無理という場合は中務省の人間に東京の岩崎に連絡を頼め。袖振り合うも多生の縁、もしかすると…ということもある。それと、あの世界のことは秘密だ」

「はい。もしもの時はよろしくお願いします」

 ダンジョンのゲートを抜ける。

「は?」

 警備員に驚かれた。

「待て待て!その子は!?」

「近衛通りの歩道で妖怪の火車に攫われたらしい。下に居たので保護してきた」

「おいおいおいおい…待ってくれ。それは大事なんだが?」

「あの辺りなら監視カメラがあると思うんだが」

「あっ、ああ、そうだな…お嬢さん。ちょっと話を聞かせてもらっても?」

 警備員はそう言うとどこかへ連絡をし、5分と経たずに他の警備員と、警察官が駆けつけてきた。

 ───これ、俺疑われてないか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る