第41話 倫理観や恐怖心のない自己中程危難な者は無い(下)

 現場に到着すると、警察と報道各社でごった返していた。

 車一台がギリギリ通る路地の手前には規制線が張られ、道を塞ぐ警官3名と何とか情報を得ようとする報道陣が触れないレベルの押し問答をしていた。

「失礼、松谷教会から派遣された岩崎ですが…」

「ぁあ!?…ああ、失礼。話は伺っております。どうぞ…っと、報道陣は入るな!」

 俺の後ろについて入ろうとしてきたカメラマンが警察に怒られている。

 俺はそのまま真っ直ぐ進み、突き当たりの家へと入る。

 都内の住宅地内で駐車場とそこそこ広い庭、家庭菜園がある。

 敷地の中央に家屋があるが…厳重に全てが閉じられていた。

 そして今まさに令状を持って家宅捜索をする警官達が───数人吹き飛ばされた。

「探索業務法第2条3項に抵触したために拘束させてもらう」

 俺は男を光壁で囲む。

 そこで俺の存在に気付いたらしい警官達が俺の方を見る。

「貴方は…松谷教会の?」

「ええ。応援で来た岩崎です」

「岩崎…っ!?磯部さんの所の!」

 あー…そう言う言われ方してるのかぁ…とうとう何処の所轄かすら言われなくなっている磯部課長が哀れだ。

「まあ、磯部刑事課長にはお世話になっております」

「いや、助かりました…おい、借りてきた封印の手縄はどうした!」

「ああ、少々お待ちください…」

 おれは光壁を操り男の両手を前に突き出させる。

「…なんか、凄い便利ッスね、それ」

「扱いを間違えればミンチになる程度には難しいですが」

 光壁の操作性を物珍しげに見ていた刑事の軽口に応えただけだが、全員が「ひっ」と息を呑んでしまった。


 室内に入ると、すぐに獣臭というか…饐えた臭いと精液の臭いが玄関先まで漂ってきた。

 警官らは顔をしかめながら中へと突入し、そこで変わり果てた姿となった被害者を発見する。

 全裸で体の至る所を穢され、息絶えているその姿を。

 数人が急ぎ側へと行き、生体反応を確認後、無念そうに首を横に振った。

「なんて、酷い…」

 刑事の一人がそう呟く。

「黙祷!」

 誰かがそう大喝するとそこに居た俺以外が黙祷を捧げる。

  ───ああ、そうか。成る程…これすらお前の仕込みだったと。

 警察らが慌ただしく動き始めた中、俺はソレを見る。

 全裸で口元に笑みを浮かべ警官らを見る被害者の霊を。

 そこには写真に写っていた父親の霊は居ない。

 恐らくは犯人に憑依、もしくは閉じ込められているのだろう。

「やはり、死ぬことまで織り込み済みか…」

 俺の呟きにそこで初めて見られていると気付いたのかバッとこちらを見た。

 そして首を傾げる。

 さも見えているのかな?といった表情で。

  ───お前のしようとしていた事は全て把握済みだ。

『へぇ?幽霊になってもこうして話したりできるんだ』

  ───お前もしていたよな?父親に対して。

 その台詞に首を僅かに傾げる。

  ───奴はお前に対する殺意以上に執着していた。色欲による執着だ。

『ああ…僕、ずっと犯されていたから…』

 目を伏せて寂しげに語るが、

  ───誘ったのはお前からだろうが。1年前、学校で性的な嫌がらせを受けたと相談し、父親を酒と言葉で巧みに籠絡。

 元々酒乱の気があり酒を控えていた元父親は酒とお前の体に溺れ母親が離婚を決意したタイミングを見計らって雨の中一緒に外出へと誘い出し非常階段から転落させ殺害した。きちんとお前の魂の記録に記載されているぞ。

『しかしそれは証拠にならない』

 その言葉と共に部屋の室温が下がり、捜査員達も異変に気付く。

「ああ、済みません。そこに立っている被害者の霊とやりとりをしているので…少しご迷惑を掛けるかも知れません」

「えっ!?」

 そう断りを入れ、再び向き合う。

  ───別にお前を現在の人の法で裁くつもりは無い。が、あの世の法で裁く。

『えっ?』

  ───お前の倫理観は破綻しており、その状態になった今も母親と義姉に対し異様な執着を見せている…渇愛、愛欲か。

 継父殺害計画まで企んだものの失敗。そして義姉を襲う計画も見直すどころか気付かれる畏れが出てきた…こうなるとずっと自分を見てくれない…成る程。

 無理にでも襲い肉欲に溺れさせるのは不可能、憎しみも早々は無理と悟り永遠に心の傷となるべく仕組んだか…しかもお前、外法を何処で知った?

『………』

 何も言わずこちらを睨む。

 そして周辺の空間が揺らぎ始める。

 素早く彼の周辺に光壁を展開すると室内の異常が一瞬にして消え去った。

 ざわつく捜査関係者に「今怨霊と化している彼を留めているので早めにお願いします」と言うと刑事達も含め全員が一丸となって作業を始めた。

 俺は彼をジッと見つめる。

 父親を殺し、その霊を自身に憑かせ、そして今回犯人に貼り付ける…恐らくコイツは肉体にそこまでの価値を見出していない。下手をすると執着している2人に付き纏い、心を得、男性が現れればその体を乗っ取り己の果てなき欲を満たそうと動くだろう事は想像に難くない。

 …んっ?

 彼を解析し続けて違和感を覚えた。

  ───ああ成る程先祖返りか…房中術。それも性秘術側の流れを持っていたと。

『………』

 こちらへの睨みに憎悪が加わる。

 となると…コイツは…

 外がにわかに騒がしくなり、玄関が乱暴に開けられたかと思うと警官達の怒声が飛んだ。

 そして───

 先程逮捕された人間が刃物を持って俺に体当たりをしてきた。



「見事に操られているな…成る程。性的関係を持った相手の性を内に仕舞うことで相手を操れると…いや、力の限度はあるだろうが」

 俺は白目を剥いたまま刃物を持って体当たりしてきた犯人の手を軽く振れ、回転ドアのように反転。

 そして相手の背に指で崩し字の『縛』と書く。

 途端に男は倒れかけの状態のまま不自然に動きを止めた。

「…仙術には仙術だな。やはり」

『えっ…』

 気の抜けた声を出す彼。

  ───仙術や道術を使えないと言った覚えは無いが?残念ながら俺は専門外だが使える。

 彼にニヤリと笑い、警察を見る。

「早くコイツをしっかり拘束して連れていてください。まあ、通常の拘束を破ってきたはずなので筋断裂など起きているとは思いますが…」

「あっ、ああ…」

 刑事達はおっかなびっくり俺の側に来て男を再度拘束、連れて行った。

「さて、まずはお前に地獄の刑罰を説明しておこう」

 俺は彼に向けて態と声でそう伝える。

「リアルの肉体は死ねば終わりだ。だが、霊魂は違う。なにせ霊魂では自死が出来ない。そして消滅なんてそう簡単にはできない。

 まあ、生前浄化不可能なレベルの業を得た人間は死後諸管轄の法廷へと連れて行かれるか…ここから逃げて悪霊や妖怪にゆっくりゆっくり苦しみ怨嗟の声を上げながら食い殺され、奴等の腹の中で長く存在するか…

 奴等にとっては浮遊霊なんて等しく餌らしいからな。それに、法廷に遅参すればするほど罪科は重くなる」

『………』

 まあ、知らなかったんだろうな。下手に霊が見えていたせいであの世がないと思っていたのかも知れない。

「さて、お前の罪科を数えようか…何、これも聖職者の仕事だ」

 俺はちょっと作った声でそう言い、アルカイックスマイルをすると、彼は何故か泣きそうな顔をした。

 そして捜査員達もまったく同じように泣きそうな顔で俺を見ている…解せぬ。


 部屋を変えて地獄落ちのプランを話しておく。

 キリスト教系と仏教系、神道系…いや、神道は根の国、底の国、黄泉などがあっても地獄の概念は…なぁ?昔は閑散として昏くジメジメしていたらしいが、今は違うらしいからなぁ…あと、何故か死後の刑罰、神道側は仏教へ一度投げてるんだよなぁ…アウトソーシングの一環みたいに。

 また京都方面に行って確認するかな。

「さて、あまり時間も無いから言っておく。現在の死後裁判システムは管轄別で行われているが、国籍や宗派によって加味され、合議制で管轄決定後にそれらの法で裁かれる。そして天国も地獄も永遠ではなく一部を除き有期滞在となっている」

 少しは聞く態度になったようだが…此奴は隙を見て逃げようと考えているな。

「有期刑と言っても千年単位だったり、罪人の体感引き延ばしやら時間概念の引き延ばしなどしている以上罪人からすれば大して変わらん」

 滞在期間制限も「領域は増やせるが、此奴ら増えすぎるとウザイ!」と言うだけで階層分けたり、元々無かった輪廻転生システムを突然導入したり…神側都合なんだよなぁ。

 少しげんなりしながらもに対して規定通りの説明をしていく。

「お前の場合は十中八九阿鼻地獄確定だろう。情状酌量の余地無く、な」

『そんな…犯され、殺されたんですよ?』

「だが、五逆罪及び不貞、邪見、妄言…ん?邪淫判定が出ていないのは作業的かつ修行の一環として、か…そういった捉え方も出来ると」

 となると…ふむ。

「大逆罪1と諸罪が11、軽微な罪はこの場合は上位罰に吸収されるか…以前聞いた阿鼻地獄の実時間は2000年に短縮されていたか…まあ、弁明・口添え無しだと1800年辺りが妥当だな」

『っ!?待ってください!どうしてそんなに!』

「ん?親殺しという大罪と諸々の罪が圧倒的に酷いからだが?」

『…被害者側でもあるのですが?』

「あの親は自身を必死に律していたぞ?しかしそれを破らせ、堕落させ、殺したのはお前だが?更に言えばお前の最期もそう仕向けたよな?首を絞められながら自身も息を止めて」

『……』

 ツイッと目を逸らす彼。

 ため息を吐く。

「刑期を、少しでも縮めたいか?」

『っ!?』

 バッと顔を上げ、こちらを見る。

「遺族に最期の別れを綺麗な形で行う。これが条件だ」

『でも、本当にそんな事出来るんですか?縮めるなんて』

 おっと、やはり疑われるか…であれば。

 祭壇を取りだし、聖域結界を張って誓文スキルで契約書を作り上げる。

 そして白紙祭文を用意して読み上げる。

『我を秦広王と知って…何だお前か。久しいな』

 そこに現れたのは地獄の十王が一、秦広王だった。

 一瞬、建物が揺れるほどの圧を発したものの、俺を見て軽く息を吐いた。

「ええ、お久しぶりです。早速ですがご相談が…」

 俺はそう言いながら契約書を差し出す。

『ふむ…この者の減免か…確かに見立てでは…待て、お前現代所獄の判例集を持っているな!?部外秘だぞアレは!』

「普通に戴きましたが?ああ、去年までのものですので…彼の件もあるため近々地獄へ赴こうかと」

『来るなよ!?絶対に来るなよ!?フリじゃ無いからな!?』

 いや、行かないと弁護できないんですが?

 あと、秦広王様。そんな全力で拒否しなくても…

『…我の方から多少の減免依頼を各王へ回しておく。ただし、此奴が契約を破棄した場合は更に重くする。それで良いな?』

「はい。では…この契約書に…おや?」

 彼の方を見ると秦広王へ頭を垂れていた。

「顔を上げてこちらにサインを」

『顔を上げるなんて…すぐに書かせて戴きます!』

 いや、どんだけ怯えているんだ?

『お前…冗談は存在とその服装だけにしておけよ?我を平然と呼び出しておきながら別宗教の服とか…ふむ。書いたようだぞ』

 どこか疲れたような秦広王様。リ〇インでも差し入れに持っていこうか…

「ああ、ありがとうございます。立ち会っていただいた方が彼も分かってもらえると思いまして」

『ふん、こんな奴は阿鼻地獄一択だろうが』

「一応、仙の血脈を覚醒させているので、それをそちらで移植してもらおうという話もあわせてお願いします」

 秦広王の表情が変わった。

『何?…分かった。我が前に来た時改めて調べ、交換条件として減免を図る』

「ありがとうございます。こちらを」

 俺はストックの少なくなった回復薬類と魔水晶10個を捧げる。

『…いつも済まぬ』

「裁くという事は自身もその刑を受けるという事…御身が少しでも永らえますよう」

『言いよるわ…さらばだ』

 圧が消え、元の小汚い部屋に戻る。

 そして、

「───なあ、マジで勘弁してくれ…危うく漏らす所だったんだからな…」

 扉を開け、情けない声を出しながら入ってくる捜査員ら。

「慣れて欲しいですね。貴方がたは今降臨して戴いた十王…地獄の裁判官達の苦労を少しでも和らげる事の出来る職業の人間なのだから」

 捜査員達はハッとした顔をし、全員が顔を見合わせると頷いた。



 二日後。


 一時は大人しくなったのにまた何やら企んだり俺をオトしに掛かろうとしたので返り討ちにしたら懐かれた。

 一線は越えていない。断じて。

 そして問題無いだろうと葬儀を終えた被害者家族へ接触を図る。

「失礼、藤岡様で宜しかったでしょうか」

 声を掛けると、もの凄い形相をし、殺気立った雰囲気で姉の方がこちらを向いた。

 年の頃は俺と同じか少し上か…憔悴しきった母を守るため…と言うよりも周り全てが敵だという意識が刺さる。

「私は松谷教会より派遣された者です。この度は…」

「帰れ。私達に用はない」

 そう言いながら更に殺気をぶつけてくる。脳内では何度俺を殺すモーションを行っていることやら…

「捜査協力者として被害者の最期の声を届けるのが聖者職としての務めでしたが…ご遺族の意思であれば仕方ありません」

「待って!…待って、下さい…あの、捜査協力者って…警察の方が言っていた」

「はい。今回捜査に協力させて戴いた松谷教会非常勤、岩崎と申します」

 母親の方は少しは聞く耳を持っていそうだ。

「あのっ、ここではちょっと…斎場で」

 そう言われ人気の無くなった斎場へ向かった。

「で?」

「博子さん!」

 斎場に着くなり姉の方がぶっきらぼうに聞いて来た。

「いえ、気にしていませんので…では、最期の別れをどうぞ」

 俺はそう言って聖光と見鬼の術式を広域展開する。

 瞬間、藤岡家の2人が息を呑んだ。

 そこには見える姿で彼が立っていたのだから2人は驚いたんだろう。

「現場にいたのでこちらで確保したのですが、最期の語らいをするといい」

 俺はそう言って少し離れた席に座る。

 藤岡家3名が話をし、母親が時折泣き、姉の方はチラチラと俺を見ながら会話をしていたものの、やがてあり得ないといった顔で話を始めた。

 と、

「んっ?」

 契約書がチリチリと音を立て始めた。

 ───頃合いか。

 ゆっくりと席を立つ。

「時間だ」

 そう言うと彼はしまったという顔を一瞬したが、何故か顔を赤らめながら俺の元へと来た。

『聖光』

 彼に聖光を掛けるとウットリとした顔をして天へと上がっていった。

「汝の道行きに、幸あらんことを…」

 まあ、無理だとは思うが。

 心の中でそう付け加えながら何もない天井を見上げる。

「では、失礼する」

「待ってくれ!」

 軽く一礼し、斎場を出ようとすると姉が声を上げた。

「あのっ、先程は申し訳ありませんでした!そしてありがとうございました!」

 姉は勢いよく頭を下げてきた。

「怒りは当然、謝罪は受けよう。ただ感謝は不要。己が善を成せ」

 それだけ伝え、斎場を出た。

 ───さぁて、俺は一週間以内に京都行かないとなぁ…

 ため息を吐いて行く予定を立てることにした。


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