第40話 倫理観や恐怖心のない自己中程危難な者は無い(上)

「すまんが老い先の短い爺を助けると思って、手伝ってもらえんか?」

 呼ばれた教会に行くと、松谷神父から突然の仕事依頼があった。

「老い先…30年以上生きそうなのに老い先とは一体…」

 余命宣告受けていたはずなのにこの神父、孫が元気になった途端気力で病気を押し返しやがったのだ。

 現在順調に治療が進んでいる。

「え?マジ?そんなに生きるの?…亜希恵さん、結婚する?」

 松谷神父は秘書でありシスターでもある真壁さんへ声を掛ける。

 スカプラリオを身に纏っており、シスターとは呼ばれているものの、彼女は松谷神父の秘書兼護衛と言うだけである。

 松谷神父より背が高く、177~8センチあり、短く刈り上げられた髪にクールな目元の武闘派聖職者である。

「世迷い言を言うほど耄碌したのでしょうか…結羽人様、先は長くても耄碌してしまったら意味は無いのですよ?」

 そしてそこそこ毒舌だ。

「秘書なシスターにそう言われた感想は?」

「何故こんなに言われなきゃならない!?」

「無論、結羽人様との結婚であれば大歓迎ですが」

「貴女のように美人で何でもそつなく出来る人なら引く手数多でしょうに、自分のような労働者よりも良い人がいますよ」

「「……ハァ…」」

 いや何故そこで2人揃ってため息を吐く?


 で、本題に入る。

「こちらの関係者として捜査に協力して欲しい」

 松谷神父はそう言って真壁さんを見る。

「こちらがその事件の資料になります」

 結構ぶ厚めの資料を手渡された。

「誘拐事件…しかも昨日ですか」

「警察は初動が遅れ、探索者協会の方も連絡が遅かったせいもあって今朝からしか動いていない」

「まあ、誘拐事件は気付くのが遅いのはいつもの事だが…藤岡康の義子か…」

 日本トップクラスの探索者と言われていた彼が亡くなったというニュースは聞いたが、すぐに誘拐騒ぎとは。

「メディアのせいですね。遺産云々を騒ぎ立てたせいでこうなったと一部では騒いでいるが…まあ、謝罪する気は無いでしょう」

 資料を読み進めていく。

 娘の方も優秀な探索者か…討伐系探索者。で、後妻と義子は籍を入れて間もないと。

「普通なら相続トラブルなどから疑うが、今回ばかりは違うようだ…しかし、後妻の詳細情報はあるのに義子の方はほぼないのですか?」

「ああ、どうも大人しい子のようでな…現状分かるのはその程度だった」

 ───ふむ。

 妻子共々儚気というか、幸薄そうな顔ではあるが…特に息子の方は女性に間違われそうな、妖艶さすらあるが…

「誘拐されたこの少年の他の写真は?」

「何か気になることでもあるのか?」

「いえ、この写真の目がおかしいだけです。できれば他の写真があれば確認したいのですが?」

 俺の台詞に松谷神父は暫く思案し、

「ちょっと待て───コレはどうだ?」

 数枚の画像をプリントアウトしてくれた。

 それらをジッと見て、違和感がハッキリと分かった。

「後妻の元旦那、事故死ですが───この子に殺られていますね」

「「!?」」

 絶句する2人だが、これは間違いの無い事実だ。

 なぜなら写真に思い切り元親が写り込んでいる。

 しかも鬼の形相で首を絞めているが、それだけではない執着を感じる。

「分かるレベルで霊障が出ているはずなんですが…」

「どの写真だ?」

「これです。4枚目の写真。これが一番新しいんでしょうね」

「……確かにこれは2ヶ月前の写真だが…雨の中非常階段から降りた理由もエレベーターホールの清掃看板を点検中と見間違えたんじゃないかとなっていたが」

 色々仕掛けていたんだろう。他の犠牲者が出ても「不慮の事故」もしくは「管理側の責任」になるような仕掛けを…

「ならコイツに関しては自作自演の可能性があると?」

「それはないかと。ですが、そうなるように仕向けた可能性もあります。その場合は自身の命を失う可能性も考慮しているはずですね」

 成績含め立ち振る舞いに問題は見受けられない。

 さて、可能性は基本5つ。


 一つ、通り魔的犯行。

 二つ、営利目的

 三つ、怨恨(それぞれへの)

 四つ、母親への恨み(精神的に追い詰める為)

 五つ、義姉への恨み(4同様)

 そして可能性が無いことも無いが…あったら悍ましい事になるものが2つ。

 六つ、遺産強奪のために犯人と結託している。

 七つ、2人の愛情を獲得するために悲劇のヒーローとなる。


 自作自演の可能性は誘拐の映像及び逃走車両と犯人からの身代金要求があるため除外されるわけだが、まあ、複合的なものだろうな…んっ?

「───お前さんの方がよっぽど悪人じゃないか?」

「結羽人様…」

 ああ、口に出していたか。

「警察もそれぞれの線を洗っているはずですが?」

「警察は1~3番目だけだろう。いくらなんでもそれ以降は考えんと思うぞ」

「まあ、彼が死んだ場合は4以降は闇に葬った方が良いでしょうし」

「可能性あるのか…」

「あの、結羽人様。結羽人様の考えている割合をお聞かせ戴いても?」

「15%、45%、15%、5%、8%、2%、10%だ」

「……最後の方の可能性がそこそこ高いんだが?」

 プロファイリングの結果なんだが…まあ、伝えておいた方が良いか。

「可能性を考慮した結果です。最後のものに関しては自身が誘拐された時点でそう企む可能性もあるので」

「しかしそれは本人以外分からんだろう…いや、そうでもないか」

「我々であれば分かります。態々聞き出すまでもないことですが」

 険しい顔の松谷神父にそう答えると神父は大きなため息を吐く。

「生存の可能性は?」

「ほぼゼロですね。しかも7が関わっていた場合、少し悲惨な目にあっている可能性すらある」

「悲惨な目とは?」

「性的暴行です。営利誘拐、怨恨の場合はその場殺人までセットでしょうね」

「「……」」

 いや、何故引く?

「それと、何故この件に関与するのですか?」

「…実際はお前さんへの依頼なんだよ。できるだけ早く片付けたいらしくてな」

 なんて迷惑な…

「一応、私見として被害者は既に殺害されている可能性が高い旨は伝えておいてください」

 俺はそれだけ言い、資料の横に置かれている服を手に取り席を立った。



 犯行現場を確認し、周辺を視る。

「…いたか」

 少し離れた所に立っているソレの元へと向かう。

「ちょっと良いかな?」

『…神父様?』

 彼女は俺の姿を見てそう聞いてきた。

 まあ、この衣装である以上はそう言われるだろうが…

「まあ、モドキではあるが、神職者なのは間違いない。聞きたいことがあるが、良いかな?」

『うん』

「昨日の夕方、そこの通りで誘拐があったのだが…」

 と、彼女は少し目を見開きしゃべり出した。

『あ、お兄ちゃんがさらわれたの見たよ!白い車から男の人が出てきてお兄ちゃんつかまえた後、しばらくしてからその男の人が運転する車がこっち来たの!』

「その白い車の番号は覚えているかな?」

『えっとね───』

 車の番号と男性の特徴をメモに書き取る。

「ふむ…情報感謝する。さて、礼と言ってはなんだが、成仏、いや、天に召されたくはないか?」

『えっ?良いの?』

「ああ、ずっと苦しかっただろう?親が定期的に来ても話すことすら出来ないというのは」

 彼女の足元には花とジュースが置かれている。

 それはこまめに交換されているのが見て取れた。

『うん…お母さんがずっとごめんなさいってあやまってるの、すごくいやだったの』

「では、汝の道行きに、幸あらんことを…」

 聖光を彼女に掛け、誓文を使い神霊へこの子の道行きを依頼する。

 淡い光の柱が現れ、そして消える。

 スマートフォンを取りだし、松谷神父へ電話をする。

 勿論今聞いたナンバープレートの照会依頼のためだ。

「あの子の視線は左に向いていたか…」

 車の向かったであろう方向へ歩く。

 数分歩いた所でまた別の存在を───

「戒」

 破邪の気を籠めソレを滅する。

「純真な被害者というのはなかなか…ドス黒い念を持つ者しか居ないようだ」

 そう独りごちながら更に歩く。

 大通りへ出る手前、歩道の建物側に立つ着物姿の男性を見付ける。

「もし、話を聞きたいのだが?」

『ぁんだ?おらぁ、忙しい』

「この番号の車を見なかったかね?」

『真っ直ぐ行っただ』

「そうか、感謝する」

 大通りを真っ直ぐ進む。と、着信が入った。

「はい。岩崎です」

『車の持ち主が分かった。現在警察がその所有者の元へと向かっているらしい。ただ、犯行は2人以上の可能性が…』

「1人のようです」

『何?』

「誘拐された所を見ていた子が車に詰め込まれて発進するまで時間が掛かったとのことと、彼を捕まえた男性と運転していた男性が同一とのことでした」

『…そうか。ああ、住所は───だ。警察の方には伝えてあるから渡した身分証を見せてくれ』

「分かりました。現在地からそう離れていないのでそのまま向かいます」

『は?どういう───』

 通話を切り、そのまま歩いて向かうことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る