第39話 配信者と、拡散と、だんじょん講座

 騒動も収まり、犯人も無事神の審判の場へ引き摺られて行った。

 それから数日。今日も今日とて採掘作業…のはずだった。

 いつものダンジョンではなく、品川神社付近にあるというダンジョンへ遠征だ。

 20時という時間帯だけに、探索者がちらほら見受けられる。

 ということは結構な数の探索者がここには居るのだろう。

 俺はいつものように中層へ向かい、まずはと採掘出来そうな場所でピッケルを突き立てる。

 ガッ、という音がしてボロボロと礫が落ち、剥がれた所から鉱物が顔を覗かせる。

 その周辺を軽く叩き、鉱物を取り出す。

 そんな地味な作業を十数分したあたりで誰かがやってくる気配に気付いた。

「見て見て!採掘しているよ!こんな中層まで来て採掘って…わあ!大きい!」

 カメラをこちらに向けながら独り言のように騒ぐ女性だった。

 装備らしい物は見当たらない。

 これは、巻き込まれる前に次に行こう…手遅れだろうが。

 俺は黙って鉱物をバックパックに入れ、ポイントがないか確認し、奥へと進む。

「あ!おーい!そこの人!待ってよ!」

 女性が追いかけてくる。

「何か?」

「お願い!奥まで連れてってくれないかな!」

「お断りします」

「即答!?」

「自分はソロなので守りながら下層に行くのは無理です」

 妖魔の類が出てきたら確実にこの女性が死ぬからと断ったが…

「そこをなんとかぁ」

 わざとらしいほど甘えた声色で強請るように言う女性。

 一つ確認をする。

「小鬼を倒したことは?」

「え?あるわけないじゃん」

 ああ、調子に乗って中層に来ただけか。

「だったら早く逃げた方が良いですよ。中層からは偶に小鬼が出ますので」

「えっ!?」

「そして妖魔の類は肉の柔らかそうな者を優先的に襲う…ほら、あの奥に」

 進行方向、奥から小鬼が鼻をひくつかせながら近付いてくる。

「ひっ!?」

 女性は慌てて後退ると一目散に逃げていった。

「ギィィッ!」

 その音に反応した小鬼がこちらに向かって走り出す。

 ちょうど良い位置に小鬼の人中があるので前蹴りを放つ。

「ギィィィッ!!?」

 吹き飛ばされ、壁にぶち当たって奥へと帰っていく小鬼。

 多少のダメージは入っているだろう。

 さーて、下層で採掘するか…



 採掘を終え、新たな技を会得して地上に出ると、警備員に職質を受けた。何故?

「いや、小鬼を嗾けられたとクレームが来てね…出てきた全員に聞いているんだが…知らないか?」

 そんなクレームを入れてきたか…我先にと逃げたのに。

「カメラ構えて騒いでいた女性なら知っていますが…中層中域で採掘をしている際に下層に連れて行けと絡んできました。武器も何も持たずに」

「ほう?」

 警備員の目つきが変わった。

 あの格好で中層付近をウロウロ出来る実力者ならまだしも、ただ中域まで来ただけというのなら話は別だからなぁ…

「それで断ったのですが…しつこかったので小鬼の対処は可能かと聞いている最中、小鬼が出てきたため、彼女は俺を置いて我先にと逃げましたね」

「……ええ?聞いた話と逆なんだが…」

 困惑気味の警備員。

「もし俺が逃げたのなら彼女より先に出ていないとおかしいですよね?」

「まあ、そうだな」

「あと…不罪証明。聖光」

 聖なる光が降り注ぐ。不罪証明はこれで完了した。

「聖職者か!?」

「虚偽は言いません。自分は対妖魔特化なので。それと…」

「なっ、なんだ?」

「俺は問題事がないよう常に録画しているので、もし問題があれば手順を踏んで訴えます。警察にも何度か提出しているので問題もありませんし」

 バックパックの方に付いているカメラを見せる。

 それを見て警備員は納得したように頷いた。

「そうか。であればこちらからも相手の女性にはそのように伝えておこう」

「お願いします。もし何かあれば近隣署で刑事課、磯部課長へと伝えて戴ければ」

「…んっ?警察に直接で大丈夫なのか?所轄は問わないのか?」

「大丈夫です。その方が手間が掛からないと思います」



 ───という話をしたのが昨夜の23時過ぎ。

 現在、13時40分。

 どうやら変な噂が流れているようで?

 松本が態々それを報告しに来た。

「有名な配信者が中層域で嫌がらせを受けたらしいよ」

「ほー」

「何でも小鬼を嗾けられて死ぬ気で逃げたとか?」

「ほー」

「ありえるの?」

「ないな。そもそもそんな優しい嫌がらせがあって溜まるか」

「えっ?」

「その配信を見て俺の所に来たって事は…俺が映っていたのか?」

「映像はあったけど、岩崎君の部分は何故か白い光で消えてた!」

「声で分かった訳か。それで俺の所に来たと」

「うんっ!」

 行動力の塊は…そろそろ落ち着け。あと距離が近い。

「で、優しくない嫌がらせって?」

「ぶっちゃけ襲った後足砕いて中層域に放置すればもれなく妖魔が食べる」

「ひいっ!?」

「そういった人間を2度程助けてはいる。殺人含めそういった事をする奴等は場所によってはダンジョンに入れなくなったりするようだが…全部ではないのか入れる所もあるらしくてな、そういった所は治安最悪の危険地帯になっているらしい」

 そういった所ほど鬼が出やすいと情報屋は言っていたが…今度行ってみるか。

「まあ、嫌がらせ程度で小鬼は自殺行為だな。奴等を倒すのに上位探索者が要るとか、武装隊がいるとか言ってたな」

「え?他人事なんだけど…倒したんだよね?」

「ああ。追いかけようとしていたから蹴り飛ばした。証拠映像もあるぞ?こういう事もあると思って警察には映像データを送っている」

「見たい!」

 仕方ないので小鬼の部分だけを見せる。

 小鬼を倒した後、連鎖で餓鬼、鬼、鎌鼬と妖怪パラダイスにタイムアタック状態だったなぁ…最近多いな、タイムアタック。

「……つま先蹴りで子どもくらいの鬼ってあんなに吹き飛ぶの?しかも壁に叩きつけられて奥にボールみたいに…素手で倒せるのに上位探索者が倒せない?」

 あ、これは混乱しているな。

「鉄柱が折れ曲がるレベルの蹴りでもああやって生きている時点で通常の人間では勝てないだろ」

「………てっちゅう?おれまがる?」

「ああ。妹も漸く技を駆使して出来るようにはなったが…アレだと小鬼は相手にできても餓鬼は無理だな」

 む?松本の顔色が悪いな。

「…あの、岩崎君は何と戦ってるの?」

「ダンジョンの下層だと鬼とか普通に出るぞ?」

「……」

 顔面蒼白だなぁ…

「その情報、詳しく」

 次の講義の講師…ダンジョン情報狂の講師が目をキラキラさせて詰め寄ってきた。

「せめてお給料分の仕事をして戴けませんかね?講師なんですから」

 講義開始の時間になったんだから…


 ───子どもかと言わんばかりの駄々をこねられたので、簡潔に10分だけダンジョンの中層以降の解説をすることになった。

 多数決は駄目だろ。

 あと高い金払っているんだから講義が重要だと思うんだが?

 講義室の黒板前に立つ。

「この中で探索者もしくは探索者希望は?」

 俺の問いかけに10人程度が手を挙げる。

「探索者で中層に行っているという人間は?」

 1人だけ手を挙げた。

「…うん。ある意味間に合ったと言うべきか。少し前まで探索者協会側のダンジョンはほぼダンジョン侵攻状態だったため中層域には小鬼、餓鬼、鬼が比較的現れやすい状態だった。

 現在危険なのは銀座位だとは思うが、昨日行った品川神社付近も比較的危険だった。少し深度の低いダンジョンで少し走れば片道1時間半で下層まで行けるが、この1時間半で小鬼や餓鬼、鬼、鎌鼬などが出た」

 そう言いながらタブレットを操作して各妖魔の画像を切り抜き、プロジェクターで投影する。

 講義室内の全員がそれら妖魔の画像を見て悲鳴を上げる。

「ここは中層より数分進んだ所だが、既に下層域だ。何処のダンジョンもそうだが、下層域が存在する時点で中層域にまで鬼が出るものと思ってくれ。そして小鬼や餓鬼は中層でも低確率だが出る。

 ただしダンジョン侵攻状態になると中層域にも出てくるし、境界をまたいで活動する…こんな風に」

 俺は前の鬼達のダンジョン侵攻動画を映し出しす。

「いやいや!あんな大勢の鬼が出たら自衛隊でも壊滅だから!」

 講師が顔面蒼白で叫ぶが…俺が死ぬ気で止めたんだが?あの子等全力で作らなかったら確かに壊滅騒ぎだっただろうな…なんて少し遠い目をしてしまった。

「大変でしたよ…本当に」

『えっ?』

 全員が俺を見る。そして同時に前回のあの騒ぎを思い出したのか悟ったような顔で頷かれた。解せぬ。

 その後ダンジョンに潜るために重要なことを数点説明したが、全員いつもの講義以上に真剣だった。



「オススメのダンジョンはありますか?」

「採掘だけであれば協会本部側のダンジョン一択だ。競争率は高いが上層部はほぼ安全だからな」

「戦闘をしてスキルを鍛えたいんスけどー?」

「協会本部側であれば徒歩2~30分辺りならそこそこ人がいて安定した狩り場として使われている」

「銀座ってそんなに危険なんですかー?」

「アレは確実に人死にが出ている。下層に片輪車という即死系妖魔がいたからな?」

 簡単なダンジョン講座を終え、質疑応答をし、15分。あとは本職仕事してくれ!

 俺はプロジェクターの電源を落とし、教壇を降りる。

「さーて、俺のクソつまんない講義はーじめーるよー」

 能力は高いのになんでこんなに残念な講師なんだ…


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