第38話 閉門屋裏坐,禍從天上來(朱子語類 巻71)
あの事件以降特に何が起きるともなく1週間が過ぎた。
真子は無事とのことだったが、中務省が何かを感知したのか襲撃時以上に真子をガードしているらしい。
いや、貴方がた今回役に立ってないよな?むしろ次席の元経産省横入組が捕まっているのに問題無いってどんな構造なのかと問いたい。
そして平和が───とはいかないのがここ数ヶ月の流れ。
これでも数ヶ月に一度程度のトラブルだったのに、最近は月一どころの話ではないペースで厄介事が舞い込んできているんだが?
その厄介事を持ってきたのがこちらの女性になります。
「ううう…済みません…」
大学の講堂中心で彼女と俺のみ。
そして周囲に生徒や講師が見守るも近付くことが出来ない。
無理もない。
彼女───山瀬が今朝方見知らぬ男性に赤い封筒を渡され、受け取った直後黒い茨で左腕を縛られるという訳の分からない状態になったらしい。
男性はその場で消失。
多くの通勤、通学者がその一部始終を見ていたようでちょっとしたパニックになったらしい。
しかし、その赤い封筒も消えて無くなったらしいし…これは、なぁ?
「男性が近付くと茨が襲いかかる。攻撃範囲は30センチなのが救いか…いや救えないが」
山瀬が半泣きで何故か俺に助けを求めて来た。
中務省に呪詛案件として電話をしたらしいが、現在似た案件が複数発生しているため、確認のため暫く待つよう言われたとのこと。
しかし複数発生?
講義は?と問うと講師が「聖者職がどのように解呪するのか見たい!」と興味を示してしまい、現在に至る。
マジで笑えねぇ…タダ働き状態だぞ?まあ、それは良いんだが。
「…これは、おかしいな…」
黒い茨は薄く張った光壁を通り抜けた。
ほぼ全ての攻撃を弾く光壁を透過する。
これがどういう意味かというと───祝福もしくは回復系統である可能性があるという事だ。
「これは、迂闊に聖属性や祝福系を掛けるとまずいかも知れないな」
「岩崎君、何か分かったのかね!?」
講師が興味津々で声を掛けてくる。
「ええ、これは下手をするととんでもない事態になるかも知れません。この茨は祝福もしくは回復系統…あるいは聖属性の可能性があるため、迂闊に聖属性等で解呪を行うとややこしいことになる可能性があります」
講堂内がどよめく。
「山瀬、そのまま動くなよ?」
俺はそう断り、彼女の茨に鑑定を掛ける。
【契約の茨】祝福:死者との婚姻契約受理の証。
婚姻届を左手で受け取った場合、契約成立となり冥婚が結ばれる。
機能1.冥王の名において結ばれ、十日以内に冥界へ召される。
機能2.祝福や聖属性を受けた場合、現世の祝福として契約履行が早まる。
機能3.契約は絶対で───
「ふむ?」
おかしな点が複数箇所ある。
冥婚に関して十王等は関与しないはずだ。
基本祖先霊の流れで行うべき祭祀であるものだ。
そして青森・山形等や中国・韓国・台湾・沖縄で見られる、もしくは見られた風習のため左手云々は…いや、ここは可能性もあるのでグレーにしておこう。
そして機能3が項目エラーのような状態になっている。
───これは、光が見えたぞ。
「…冥婚は未成年の婚姻だった気がするが…いや、それは大陸か。資料が欲しいな」
「んんっ?冥婚?あの世の結婚だよな?フランスで認められている」
?
講師が何かとんでもないことを言ったぞ?
「フランスで、認められているんですか?」
「ああ。法律で認められている」
「あぁ…これは…かなりマズイ」
ここまで仕込むとは思わなかったぞ…
「どうした岩崎。何が拙いんだ?」
「これは儀式呪術であってスキル云々ではないのですよ…更に言えば解呪するためには最低2~3カ国の冥婚に関しての呪法知識が無ければいけません。しかも赤い封筒を受け取って十日以内です」
「…んっ?その言い方だと、十日以内に解決しなければどうにかなるような言い方だぞ?」
「ええ。死にます」
「ほーん……………あんだって?」
「死にます」
講堂内がざわつく。
「本気で言っているのか?」
「ええ。しかも祝福や聖属性を受けた場合、現世もそれを祝福していると見做されカウントが速まるそうです」
「最悪じゃないか!」
そんな講師とのやりとりの中、山瀬は真っ青になって震えていた。
「うーん…あまりしたくはないが、山瀬。午後時間はあるか?」
「………」
「山瀬?」
「えっ!?」
「午後時間はあるか?」
「えっと、あります…けど」
「解呪の前に交渉を試みたい。ちょっと付き合って貰っても?」
「えっ?待って?何とかなるの?」
「何とかなるか分からないから、その前の交渉だ」
「待て待て岩崎。交渉?面白そうなんだが!?今ここで出来ないのか?」
講師が介入して来た。
いやアンタは講義しろと言いたい。こっちは金払っているんだから…
「中務省の技官に連絡をして立ち会いの下で儀式を行うのですぐには…」
「あ~~~~っ!立ち会わせてくれ!ファンタジー過ぎて仕事が手に着かないぞ!」
いやだから
───いや中務省技官。お前等忙しいというのは口だけだろ。
念のために電話をしたら20分で4名も技官がやって来た。
うち2名が見知った人物である。
そして開口一番、
「もしかして事件の糸口を見付けたのですか!?」
うーん。こやつめ…
とりあえず現状と今回の術式について軽く説明する。
…4人とも顔色悪いが…まあ、分かる。聖光使って破邪を試みたんだろうな。
「で?解呪は聖属性が無理となれば…出番はないだろう?」
そんな事を言ってくるが…
「聞けばいいだろ」
『えっ?』
俺の台詞の意味を理解出来なかったようで4人が同時に聞き返してきた。
「まあ、詳しくは講堂で」
それだけ告げ、俺は講堂へと急いだ。
……まだ講義時間中なんだよなぁ…しかも講師が大学側に掛けあってあと1講義分場所を借り切った。
その情熱を受講生への授業に頼むよ…マジで。
講堂に到着する。
中央に山瀬が椅子に座っており、足元には魔方陣が描かれている。
そしてそれを囲むように八角形の祭壇を設け、仏式、神道式、中国式に対応させておく。洋式は基本必要ない。
「4人いるので四方に立って警戒をお願いします」
4人は頷き速やかに移動する。
「さて───」
やることは前回とほぼ同じ。
白紙祭文を広げ質問状として読み上げる。ただ、光壁を張り巡らせながらも魔方陣より外を聖光で満たし、疑似聖域を作るというかなり難易度の高いことをする。
「問う。常道を外れし不当契約を以て生者を冥府へと引き摺り込まんとするモノよ。我は交渉代理人であり、弁護人である。不当で無いと言うのであれば姿を現し給え」
魔方陣の外、聖域の空間が揺らぐ。
『…ぬっ?我を現世に降ろせる、だと?』
……これは、成る程。
姿を表したのは目つきの鋭い美丈夫
『むっ?呼んだのはお前か』
「ええ。冥界の神であったはずの貴方が何故冥界の王として呼ばれたのでしょうか?ハーデース」
神名を看破し、そう告げる。
見た目も含め間違いは無い。
『いやぁ…その、なぁ?』
「ペルセポネー神とはまだギクシャクしているのですか?口下手にも程があるでしょうて。あの時の事故をゼウス神以外に告げていないからそうなるのです。アレも面白がって言わないから本神も大慌ての大惨事になったのですよ?」
『…うむ…いやしかし、言う機会はとうに過ぎて…って何故知っている!?』
「神眼と記録の整合、プロファイリングですね。ハーデースでなければもう知識が足りず難儀するところでした」
『いや、お前…本当に人か?結構な神威を有していると思うのだが』
「これくらいであれば問題ありません。雑談はこれくらいにして、異議があるためお越し戴いたわけですが…」
『求婚の文を受け取ったのだから成立では駄目なのか?一応態々左手という文言を入れたのも…』
「道端で何の脈絡もなく渡されて受け取った被害者が多数いるのですが…この国ではチラシやポケットティッシュなど…まあ、こういう物です。これらを街頭で配る事が間々あります。
突然渡され、反射的に受け取って契約履行せよは…どう思います?」
チラシとポケットティッシュを渡す。
『ふむ…人はここまで…いや、確かにこれは想定外だな。しかし今後の物に関して停止することは出来てもこれまでのものに対しての解除はな』
「それに関してはそちらから術式の方を見て欲しいのです」
俺にそう言われ、ハーデースは山瀬の方を見、僅かに顔をしかめた。
『むう?…これは、なんだこれは。内容が差し替えられているぞ!?』
ハーデースは怒りを露わにする。
恐らくは術式の契約構成直前に差し替えを行ったのだろう。
それは神を欺く行為ではあるが、神代の契約関係だと割とあったりもする…しかしそれは神代から古代に移る際に悪魔契約という代物が出た際にかなり厳格化された。
神々も悪魔と一緒くたにされたくなかったのだろう。
神々は契約前にコピーを取ることを覚えた!…らしい。
そしてそれでもやらかした場合は審判神などがジャッジするという二段構えにしている。
───と、誓文スキルを進化させた際にあちらさんから教えられた。
誓文スキルを使う際の7条49項の誓約と共に神々の苦労の歴史が記されていた。
『神を欺くとは、許さぬ。この儀式及び術式は全て無効だ!』
よし。言質取った。
「ありがとうございます。それと、管轄が違うところでこれが成されたことも問題でして…」
『確かにな…ただこれは世界のあり方が変わって以降、ある程度の協力態勢は取れているためこちらで対処と布令と通達を出す』
その台詞を以て山瀬の左腕にあった茨が消滅した。
「ありがとうございます。こちらをご査収ください」
俺は対価として浄化をした中型魔水晶をハーデースに渡す。
『おまっ、これは…貰いすぎだぞ?』
「余剰分は奥様とどうぞ」
『…本当に、お前は何者だ…礼は言わぬぞ』
それだけ言うとハーデースは姿を消し、同時に全ての祭壇がボロボロと崩れ去っていった。
危なかった…よく見たら魔方陣もギリギリだったか…神を現界させるにはやはり聖域ではなく超高濃度の聖域か神域クラスで無ければ無理か。
流石に無理をしすぎたせいか軽くふらついたが、辺りの光壁を解除する。
「これでもう問題はない。冥界の神が上位の権限で他地域の術式を破棄したようだからな」
山瀬にそう言う。が、動かない。
「ああ、気を失っているか…」
まあ、超至近距離で神威を受けていたんだ。そんな経験の無い一般人はキツいか。
と言うことは…
受講席に居る講師含めた受講生の方を見る。
死屍累々だった。
そして中務省の職員は流石と言って良いのかは分からないが、片膝を着くレベル程度で耐えきっていた。
いや、不甲斐ないな!?神職は神との対話があるだろ?
ちょっとため息が漏れ出てしまった。
「これで問題は解決し、恐らくだが…この儀式呪法を考案した奴はかなり厳しいペナルティか、神罰を受けるだろう」
「お前っ…神と堂々と交渉し勝利するとかどういう…」
いや、今回はあの神だから何とかなったレベルだからな?
「下手すると拳で解決とか言い出す神も居るしなぁ…」
いや、何故どん引きする?
「……協力、感謝します。貴方をスカウトしたいのですが、上から止められているので…」
そう言いながら少し白髪の交ざったオールバックの男性が名刺を取りだし、俺に渡してきた。
名刺には中務省陰陽局監視上席専門官
「お恥ずかしい話、これまでのセオリーが通用しない術者や呪法、スキルに手間取っておりまして…今後ともご助力戴ければと」
「出来ることしかしませんし、身辺者に降りかかった火の粉をたまたま払っただけですので」
俺の言葉に辰巳が一瞬だけ口角をひくつかせた。
「あまり露骨なことをすると、先の源流の方のように注意されるかも知れませんね」
ああ、盛大に引きつった。
「ではっ!私達は呪詛を受けた方々への聞き取りを行いますので!失礼しました!」
井ノ原が元気よくそう言い、辰巳の手を引き去っていった。
───さて、これで多少はおさまると良いが…
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