第35話 結羽人、上洛ス。
警察署に着き、のんびりとコーヒーを飲みながら待つこと40分、各所から情報が集まってきた。
まず、俺を狙撃した狙撃手は腰を撃ち抜かれて身動きが取れなくなっている所を確保したらしい。
そして協会の丘野より祭壇を抑えそこにいた11名のうち8名を捕まえたとのこと。
半数が呪詛返しを受けたような状態で軽く地獄だったようだ。
術者は協会に居た人物含め合計5名。祭壇で儀式呪法を行っていた連中はそこそこ以上の術者だろうからかなりの痛手のはず。
さてどう動く?
「地域の連中から応援要請。岩崎家周辺で複数の人間が倒れているらしい」
連絡を受けた当直員がそう言うと、全員が俺の方を見た。
「その場で捕まえて動けなくすることを推奨する。奴等は地獄の獄卒の影に怯えて動けなくなっているだけの可能性がある」
『えっ…?』
全員がほぼ同時に戸惑いの声を発した。
「うちの家に現在特殊なアイテムを置いているんだが、害意や敵意を持ってその近辺に近付けば近付くほど地獄の獄卒に監視されていると言う恐怖を感じる」
「あの、それは…」
「リアルで鬼に背後から睨まれている感覚の5~60倍は危険と思ってくれ。鬼よりも地獄の獄卒鬼の方が当然上だ」
誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「これだけというわけは、ないよなぁ」
3杯目のコーヒーを持ってきた磯部課長に一応の礼を言い受け取る。
「ない。恐らく一部署だろうな。もしこれが痛手でなかった場合、中務省は役立たず宣言をしなければならないだろうが」
「それほどか?」
「ああ。儀式系の術を施せるレベルの人間がいれば向こうはどんな手段を使ってでも引き込むレベルだ。それを数人とは言え出来るのならな」
「お前、出来るだろ」
自身のコーヒーを飲みながらジロリと見る磯部課長に小さく肩をすくめて見せる。
「見ていただろ?まあ、中務省の連中も見ていたが」
「大丈夫なのか?」
「少なくともあちらの上層部は今のところ中条とやり合う気はないだろう。最近もやらかしたばかりでの二連戦はなぁ」
「奴ら何をやらかしたんだ…」
「スパイというか、連絡係を送り込んでそいつがやらかしたらしい」
やらかしたと言うよりも、情報屋が言うには「億単位の損失を出しかけた」と言っていたな…
何をやっているんだか。
「最悪、九州や関西の組織連合とやり合うとなるとこっちの兵が足りんぞ」
兵どころか術者がわんさかいた場合即詰みなんだが。
あまり使いたくはない手を使わなければならなくなる。
「…偽神上洛の件、確認するしかないのか」
「確認?」
「ああ、都の知人に今回の件に関することをな」
「警察関係ではなくか?」
「警察も中務省も力が届かないなら、届くような所に助力を依頼するしかないだろ?」
部署内がシン、となる。
「…あるのか?そんな組織が」
「今回の件で言えばあちらは動く。ただ、コンタクトも含め色々なぁ…貸しを1つ返してもらうだけで済めば良いんだが」
「待て。公権からの依頼ではどうにかできないのか?」
「公権より古い公権からの流れに?無理だな」
「…マジでそんな所あるのか」
「都市伝説系ではなくて?」
「あの人嘘や冗談は言わないでしょ…」
俺の即答に周囲の職員がざわつく。
「旅費位は出すぞ」
「そこからバレるのは拙い。特に中務省辺りはあちらとの連絡網が千年前に断たれているらしいからな」
「せんっ…」
明日朝に出て3時間、話し合いで2時間、帰りに3時間、予備時間2時間として…
「夕飯には間に合うか」
「おまっ、日帰りする気か!?」
「勿論だが?」
また周辺がざわつく。別の意味で。
「俺等案件がなかったらこうもホイホイ県を跨げないよなぁ…」
「大変ではあるけど、警察内で自由すぎるって凄いよなぁ」
「でも彼は警察でも何でも無い件について」
「だよなぁ」
「おいオマエ等ァ!…なあ、あちらさんに手土産とかはいるか?」
「要らん。こちらで見繕う。これも貸し借りの交渉に入るレベルだからな」
「マジでか…組織どころかもっと上レベルじゃねぇか…」
頭を抱える磯部課長の元に取調室から出てきた刑事が耳打ちをする。
「───何?」
磯部課長の表情が変わった。
「…組対全体案件だぞこれは…」
その台詞に全員が磯部課長に注目する。
ただ俺だけは首をかしげる。
「今更では?」
『………』
磯部課長含めた全員が俺を見る。
いや、その目は分かる。
『お前が言うか!?』という目だ。
ただちょっと待って貰いたい。俺が自ら首を突っ込んだ事件なんて両手で数える位しかない。
あとは巻き込まれた類だ。
そして今回の件は昔の因果だ。
昔の因果なのでカウントに入らない。OK。
バックパックから携帯筆と和紙を取り出す。
「いやお前サラッと無視したな!?」
磯部課長が何か言っているがちょっと集中させて欲しい。
巳正刻、稲荷前にて君を待つ。偽神上洛、いぬがそでひく。
ただそれだけを書き、手で仰いで乾かす。
そして折りたたんで聖光を当てると形が変わっていく。
その場にいた全員が呆気にとられる中、俺は窓を開けてそれを外へと飛ばした。
「───よし」
「ヨシじゃねぇが!?なんだ今のは!」
「相手さんの式神だ。メール代わりだ」
「昔の方が、先取りしていた!?」
「いや無茶苦茶だな!」
「なあ、一つ聞きたいが」
それぞれがワイのワイの言い合う中、磯部課長が俺に問う。
「稲荷前って、大阪にもなかったか?」
「問題ありません。あちらにとって大阪は合流地ではないので」
「は?」
「あちらにとっては、です」
『…………』
俺の台詞を聞き、察したであろう全員の顔色を見て思った。
あ、これマジでアカンヤツだったのだ…と。
翌朝5時半過ぎ
俺は大船行きに乗っていた。
このままのペースで行けば9時前には着くだろう。
あのまま直で向かっても良かったが、色々事情がありそれは諦めた。
まあ、事故がないことを祈ろ───いや、祈ると問題が起きそうだ。
小さく息を吐く。
「喜んでもらえると良いが…」
今回土産として公私2種類の土産を用意した。
それは何かが大量に入った封筒と、中身の入った大和錦の剣包だった。
「私的なものはなぁ…まあ、うん」
封を厳重にしているが、俺としてはあまり多人数に見られたくはない。
「…友紀が紡いだ縁でもあるしなぁ…」
悪い人間でもないのであまり無碍にもできない。しかし、相手が相手だ。
「っと、東神奈川か…」
乗り換えのために電車を降りる。
もし知り合いが俺の顔を見たら驚いただろう。
きっと疲れ切った顔をしていただろうから。
AM9時前 京都稲荷駅
そこに一人の女性が降り立った。
着物姿のその女性は辺りを軽く見渡すと一人の男性の方へと真っ直ぐに向かう。
「お待たせしたようで…済みません」
「いえ、まだ一時間前ですよ」
青年、結羽人が微苦笑しながらそう返す。
「そうですか。どうしましょう…」
女性は少し困ったような素振りを見せる。
「少し疲れを取ってから本宅へと伺いましょうか…公的な物は後程お渡ししますが、私的にお渡ししたい物もありますので」
「お土産ですか?」
不思議そうな所作はどこまでも計算されている。
往来の人々の目を惹き付けるだけの存在感があるのだ。
「ええ。写真と、あの子が作ったお「戴きます」…では、レンタルスペースを借りているので、こちらへ」
秒で崩れたが、それも一瞬。
「しかし、この近辺にも貸家をすぐに用意出来るなんて、手の長い情報屋さんもいたものですねぇ」
「ええ、ご縁があって良かった…」
「もう少し南の方であれば私共も…」
「そちらへ直でお邪魔すると色々とご迷惑かと思いましたので」
「まあ、急を要する事ですから、仕方ないとは思いますが、そうですね」
「そちらにも関係する件だと思いましたので、念のためお声がけをと」
「子犬の忠告は重要ですから、勿論ありがたいことです」
どこまで知っているのかのやりとり。
他愛もない会話をしながら二人はすぐ近くにある貸家へと入っていった。
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