第33話 周囲に惑わされず、自分の心に従いなさい
「───兎も角、相手の呪法は破れただろう。急ぎ救援を」
「前回の二の舞にならないよう、入口に数名配置しておいた方が良いかと」
丘野がすぐにでも少数応援を依頼しようとしていた所に待ったを掛ける。
「襲撃事件か、そうだな…ああ、こちら丘野。ダンジョン周辺に妙な結界や呪法を仕掛けられていた。念のため中の人間の確認と入口の警備強化を…
あぁ?伊藤と青野は大規模な祭壇を築いているであろう辺りへ行かせた!とっとと5~6人連れてこい」
通話を切り、ため息を吐く。
「言いたいことは分かるが、ここはそんなに待てる状態じゃねぇんだよ」
そうぼやく丘野。
その姿に中間管理職の悲哀のようなものを感じた。
さて、錫杖を持ったまま現在下層を探索している。
ダンジョン内救助活動は彼等の仕事であって俺の仕事ではない。
一応協会から謝罪はあったので見つけたら救助活動は行う。
しかし、なあ…
敵対されている時はどうしたら良いんだ?これ。
眼前には銃器を構えている3人の男を中心に良い装備をした探索者4人がナイフを構えて逃がすまいと両サイドから射線に入らぬようにしながらも囲みに掛かっていた。
俺を警戒しているとかそう言うレベルではない。確実に殺しに来ている。
発砲しないのは俺が矢避けのアイテムを持っているのを警戒してだろう。
「…馬鹿なことを」
さて、ここで執れる手段と選択肢は何か。
下層に入ったばかりの位置なので広さは幅8メートル程度。
洞窟型と言うよりも坑道型なため上の方にも窪みがあり、そこからチラチラと小動物(肉食)が銃を構えている連中をロックオンしている。
「下層は初めてか?」
「……」
当然答えはない。
「頭上注意だぞ」
俺はそれだけ言い、彼等の間をすり抜けた。
『!?』
全員何が起きたのか分からなかったのか俺を一瞬見失い、そしてその動揺を見て取った小動物達が襲いかかる。
タンッ、という物音に気付いた3名は咄嗟にその小さな襲撃者へ銃口を向け、即座に発砲する。
しかし対象は小さく、そして多かった。
「ぎっっ!?」
咄嗟に発砲しながら跳び退いた2名は問題無かったが、硬直した男の命運は決まっていた。
僅か数秒。
一人の男が首から上を食い尽くされ、命の灯火を消した。
そこからは俺を襲うどころの話ではない。
小回りのきく小動物相手に為す術もなく2人目、3人目と奴等の腹を満たしていく。
散開していた4人は武器を持ち替えて対応するも、すぐに撤退行動を取った。
そして俺はというと、普通に小動物どもに囲まれている。
殺人ネズミ、飢餓ネズミ。
此奴らは妖怪などではなく、動物の範疇だ。だいぶ弄られている感はあるが。
何百も居るそれらを無視して奥へと進む。
奴等は俺を食べることを諦め、餌のある方へと向かい横たわっているそれらを食べるために移動をする。
たった数分の間に数人の人間が消える。
下層はそんな所だが、深層はそれ以上だ。
弱肉強食を目の前で見せられ、何とも言えない気分だ。
そして下層に入り現れた妖怪は…
「おう、お前は美味そうじゃな」
一つ目の鬼がそこには居た。
「鍛冶鬼が何の用だ?」
ピクリと鬼の表情が動いた。
「少なくとも山神の零落した姿ではない。かといってここで転写された通常の鬼よりも知性がある」
「警戒はすれど怯えは一切無い、か。面白い!」
一つ目鬼は呵々大笑しニィッと口を歪ませて笑う。
「酒はないか?」
「ある」
「それをくれないか?」
「ほらよ」
俺は紙パックの鬼ごろしを一つ目鬼へと投げ渡す。
「むっ?これは…どう飲むのだ?」
「そこの赤い部分を捻り開け、中のツマミを引張れ」
「む…っ、おお!酒じゃ!確かに酒の香りじゃ!」
一つ目鬼は大きく口を開け2リットルの紙パック酒を勢いよく飲む。
「なかなかに美味い酒じゃ!」
「ん?もう満足か?」
「何?」
「同じ物ならあと3本はあるぞ?」
「なんと!くれるのか!?」
「ああ、2本置いておく。そこで飲んでいてくれ。俺はそこの採掘場所で掘っているから」
そう言いながら鬼ごろしを2箱置き、錫杖をしまってピッケルを取り出す。
「うん?なんじゃ、そこの鉱石が欲しいのか?あああ、くれてやるくれてやる。ほれ、精錬された物と宝物じゃ。やるから飲もう!」
一つ目鬼は何処からともなく精錬された鉱物や宝石サンゴ、玉などをドンと置き、俺を招く。
「そんなには要らん。見合うだけの酒もないしな…ただ、日本酒以外にこんな酒もあるぞ?」
俺は業務用の4リットルウイスキーを取り出す。因みにアルコール度数は50%だ。
「むぅっ!?透き通っているが、色付きかぁ」
「日本酒の色付きとはわけが違うぞ」
そう言いながらコップを取り出しキャップを開けて注ぎ、飲む。
「…うん。多少荒々しいが、美味い」
「また妙な香りだな…酒精は強いか…ええい飲むぞ!」
一つ目鬼はドカリと座り込むと持ち手を掴み、大口を開けて一気に半分程口に注ぎ込み、
「!!?」
のたうち回った。
「そう焦るように飲むからだ」
「ッハ!ゴホッ、ゴフッ…っ~~~キツい!が、美味い!木の味も昔の酒を思わせて良いな!」
「それはもう1本あるぞ」
「あるのか!?貰っても良いか?」
「ほら」
もう一本取りだし、一つ目鬼の前に置く。
「儂が言うのもなんじゃが、お主豪胆すぎぬか?」
「色々な物の怪や神に遇っているんだ。今更だ」
「何!?」
「鬼が驚いてどうする。とりあえず飲め」
「おっ、おう」
何故か気圧されたような一つ目鬼と共に坑道のど真ん中で酒盛りを始めた。
──50分後
「だから儂は襲っておらぬと言うのに喰うた喰うたと騒ぎ弓を───」
「まあ、お前さんが邪なモノでは無いことは分かっていた。さあ、飲め」
「ぉう…済まぬなァ…美味い、美味い酒じゃあ…」
この一つ目鬼、涙もろい。
と言うか、珍しいほどの善鬼だった。
見立て通り鍛冶鬼だったが、人を襲うことはなく、村はずれにいた炭焼きの男と物々交換をして居たという。
しかし、その業物の刀を欲した者達が炭焼きの男を殺し、鬼が喰らったと言いふらして襲いかかったらしい。
一つ目鬼は即座に鍛冶場を廃棄し、一帯に鉱山封じの
「ふむ…そこまで長生きなら霞化は出来るか?」
「おう、出来るぞ」
「…山陰に犬神が居るが、其奴の元に身を寄せるか?千年以上生きる苦労性の犬神だ。話は合うだろうよ」
「千年妖怪!?犬神でそれだけの時を生きれば大妖となろう…ここを追われることがあれば頼む」
一つ目鬼が頭を下げてきたので俺はアレの居場所と俺の符合仮名を記した書状認め、渡した。
「人が大妖を知り神と交わるとは…長生きはするものだな」
「大多数の人間は変わらんぞ?」
「お主が変わり者だったと言うだけか!」
笑いながら大盃に鬼ごろしを入れて飲む一つ目鬼。
「話せる相手であれば術合戦でなければとりあえず話すだろう?」
5杯目のウイスキーをストレートで飲む俺。
「儂は問答無用で襲われたがな?」
「相手が夜盗のような武士勢だからだろう」
「違いない!」
泣いたり笑ったり忙しい鬼だ。
「しかし…うむ」
「どうした?」
「いや、実は先程の小競り合いを見ておったのよ」
ああ、あれか。
「───お主は鉄弓を前に相手の心配をしておったのに、助けなかったのが分からなくてな」
「難しい話ではない。襲ってきた相手に情けを掛けなかったが、まだ襲われてはいなかったので老婆心ながら忠告をした。それだけだ」
「…成る程。追い剥ぎの後ろに夜盗が迫っていることを注意しただけ、と」
「まあ、そんな感じだな。下層に貧弱な武器で彷徨くような連中だ。4人生き残っただけでも御の字だろう」
「確かに。ここ最近はこの道を使う者は少ない。お主もここは来たこと無かろう?」
「そうだな。普段は一つ奥の坑道から深層へ入るな」
「人払いを掛けておるからな」
「呪法も使える鬼とは貴重だな」
昔は結構居たと聞くが、平安期の大討伐で地方に散り、身を隠しているのだろう。
「久しぶりに楽しかった。酒も尽きたことだし、終いにしよう」
一つ目鬼はフラフラと立ち上がり、酒臭い息を吐くとそのまま奥へと歩き出す。
「宝の半分は持って帰れ」
「鬼が出した宝を引っ込められるか。書状と酒の代金だ」
足を止めずそう言い、一つ目鬼は去っていった。
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