第32話 Happiness depends upon ourselves

 一休みして中条邸へと向かう。

 特に問題も無く邸内に入り、建物内に…

「静留、これは最近買ったか貰ったのか?」

 玄関横に玄関オブジェと言うには小さな陶器の人形があった。

「えっ?朝はなかったけど」

 そう言いながら静留はよく見ようと凝視を…

「おっと、じっくり見るな。呪具だ」

「!?」

 俺は静留の目を片手で塞ぐ。

 コイツさては学習能力が無いな?と思ってしまう。

「落ち着いてこちらを見ろよ?」

 ソッと手を離すと静留は怖ず怖ずとこちらを見る。

「ちょうど良いデモンストレーションができる」

「えっ?」

 取り出すのは、獄卒の刺股。

 そして刺股の石突きをガツンと玄関に突き立てる。

 直後、刺股より勢いよく無音の衝撃が発せられ、邸内各所からパキン、パリン、と音がする。

 そして当然目の前にあるこの陶器の人形も粉々に割れ、砂も残らず消えた。

「えっ、なにそれ…」

「鬼に悪意・敵意判定を受けたんだよ。今頃呪詛を仕掛けた連中は愉快なことになっているだろうな」

 牽制にはちょうど良い。最高の見せしめとなるだろう。

「確か、10メートル以内だと鬼どころか阿傍羅刹を幻視し、相応の地獄を追体験する…でしたか」

「ああ。しかし、既に数カ所仕掛けられていたということは、1人では仕掛けられないだろうし、呪具を作った人間もただでは済まない」

 最低2人、恐らくは3~4名は悲惨な目に遭っているだろうな。

 中に入り一通りチェックして回る。

 流石に盗難があった場合は調査されると分かっているだけに何も盗られていない。

「盗聴やカメラまで対象だったか。襲撃前に飾っておけば良かった」

「既に襲撃を受けたの!?」

 俺の呟きにギョッとした顔をする静留。

「別の組織にな?恐らく壊滅済みだろうが」

「…本当に結羽人さんは何と戦っているんですか…」

「平穏に生活できればそれが一番なんだがな」

 揃ってため息を吐いた。



 闇の中、私はただ一人立っていた。

 あの夜、私は誰かから襲撃を受けたのだと思う。

 意識が戻っていなかったから、分からない。

 ただ、私を連れ去ろうとしたナニカと、駆け込んできたナニカを腕を振って弾いて窓から逃げた。

 夜空は気持ちが良かった。

 ちょうど月は厚い雲に隠れていて、闇に包まれている感じがして。

 私は、闇に溶け霧散する。

 あの人の元へ行きたいけれど、汚れた私では、穢れた私では、こんな私では会えないし、会うわけにはいかない。

 まずは、こんな風に私を変えた奴等に復讐をしないと気が済まない。

 でも、殺したら落ちてしまう。

 だから私は私が出来る範囲での復讐を行う。

 まずは私を見張っていた男の背後をとり、意識を奪う。

「名前は?」

「ぁ、く、さ、か…ゆう、じ、ろぅ」

 気を失っているためうわごとのようにしか聞こえないけど、名は知れた。

「所属は?」

「…ぐ、ぜ」

「ぐぜ?」

「ぉおおおおおおおおお」

 気を失っているにもかかわらず起き上がると白目を剥いたまま鼻と口からヘドロをゴボゴボ吐き出した。

 そしてそのまま倒れ込む。

「……」

 私はすぐに闇に溶け込み、その場を離れた。

 それから数分と経たずに複数の人間が来て、男を抱え上げると車に乗せてその場を去って行った。

 うん。危険だけど、後をつけてみよう。

 離れた所で様子を窺っていたいた私はその車の後を追うことにした。



「これは…」

 いつも通りダンジョンに入ろうとして足を止める。

 気配がおかしい。

 ダンジョンの、ではなく周辺の気配がおかしい。

 さあて、どうしたものか。

「おう、兄さんどうした」

 警備の男性が不思議そうな顔でやってきた。

 亡くなった警備員の上司で、まあ見知った人物だ。

「いえ、どうも妙な予感がしまして」

「妙な予感?」

「確か職業は騎士、でしたよね?」

「ん?ああ、危機察知か?」

「はい。少しダンジョンに近付いていただいても?」

「ちょっと待てよ?盾を取ってくる」

 男性は走って盾を取りに行き、盾どころかロングソードまで装備してダンジョンに近付く。

 と、

「っ!?これは…確かに変だな。嫌な予感はするが、警告にならない漠然とした不安というか…ダンジョンに入る前でこれというのは」

 首をひねりながらダンジョンから離れる。

「周辺地図、持っていますか?」

「ああ、あるが…どうした?」

「そもそもダンジョンは隔絶された異空間のはず。入る直前どころか数歩前でこれというのは…」

 俺が暗にダンジョン由来ではない可能性を伝えると、男性は微かに表情を変えた。

「まあ、そうだな…ちょっと本部に問い合わせる」

「お願いします」

「それと、ほれ、これが周辺地図だ。ちゃんと返せよ?」

 そういって渡された紙は『第二駐車場案内』の紙…確かに周辺地図の記載がある。

「ありがとうございます…周辺状況確認しました」

「良いのか?」

「覚えましたので」

「若いって良いなぁ…」

 ため息交じりに呟き、電話を掛ける男性。

 ───いや、40代はまだ若い扱いでも良いのでは?

 そんな事を思ったものの、本人の意思が重要なのでそのまま周辺の探査と位置関係を確認する。

 位置的にはここは杜門のはずだが、死門として運用するとなると───いや、無理だよな…地勢で方位を騙した疑似奇門遁甲か?

 知識が足りない。

 が、このまま放っておくわけにもいかない。

「どうした。かなり険しい顔になっちるが」

 男性が怪訝な顔で聞いてくる。

「可能性をピックアップしたのですが、知識が足りず確信には至っていません」

「可能性?」

「奇門遁甲や風水は?」

「まあ、聞いた事はあるな」

「何者かが周辺に何かを施し、このダンジョンの入口を死門という凶門にしている可能性があります」

 男性は首をかしげる。

「それで、意味はあるのか?」

「体感したとおりです。危機察知は命の危険を感じた際に事前に察知する代物です」

「……確かに…となると、これは拙いぞ」

 焦り出す男性に俺は眉をひそめる。

「入った人間がいると?」

「ああ。7組程」

「この門から入れば問答無用の死に瀕するような…何らかの強制弱体化でしょう」

「若いのに詳しいな。石田さん、とんでもない事になっているようで」

「ああ!丘野特務課長!お待ちしておりました!」

 男性…石田が破顔し丘野と呼ばれた男に駆け寄った。

「どうも。勉強不足で生兵法ですが」

「いや、その見立ては正しい。こんな方位や地脈を無視した大規模な仕掛けなんて個人では無理だし、何よりもどれだけの術者が必要か…」

 ダンジョンの方を鋭い目つきで見ながら唸る。

「既に7組の探索者が入ったのですが」

「それはいかんな。しかし入れば一切のスキルが使えなくなるだろうしな…」

「そこまでですか」

「これは八門と八神。死門と騰蛇の組み合わせだと思われる。偽りの力で相をずらし死門として確立させる。誤認させればあとは容易いが…破られれば術者どころかそれを指示した連中も死ぬぞ」

「大規模儀式呪法…であれば周辺に祭壇があるはずなんですが」

「!?伊藤、青野、二人は武装して右奥のマンション屋上に行ってくれ。もし複数人数で何かしていたら問答無用で鎮圧しろ」

「「分かりました!」」

 丘野の後ろで待機していた青年達が乗り付けてきていた車へと走る。

「あとは遠隔でとなると…何か置かれているか、埋まっているはず」

「それは俺が何とかしましょう」

「む?」

 プライベートボックスから錫杖を取り出す。

「───なんだ、それは…」

 目を見開き、錫杖を見る丘野。


【賽の錫杖】:獄卒の刺股の変異品(確率レア)。

 強力かつ瞬間的な浄化によって消滅せずに変質した。

 機能1.石突きで地を叩けばそこを基点とした半径20mを浄化する。

 機能2.使用時、魔王位以下の呪法を祓い浄める。武器として使用可。

 機能3.一定位以上の聖者職以外が持つと聖火に焼かれるような幻痛を感じる。


 使わないと思っていたが、ここではこれが有効だろう。

 まずは足元を石突きで突き立てる。

 シャンッ

「Oṃ ha ha ha vismaye svāhā」

 カシャン

「「!?」」

 ダンジョンの入口付近で何かが割れる音がした。

 石田と丘野が音のした場所へと向かうと、地面が僅かにくぼみ、中に何か埋められているようだった。

 それは先程俺や石田が足を止めた場所のすぐ手前。

「これは?」

「…触らない方が良い。これは蠱毒。そして騰蛇の役割を果たしていた蛇でしょう」

 丘野が険しい顔でそう言うが、

「もう払われているのでそのままどうぞ」

「「えっ?」」

「割れたという事は浄化されたことであり、この錫杖は魔王位以下の呪法は払うことが出来るので」

 いや、何故化け物を見るような目でこっちを見る?


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