第31話 Where there's life, there's hope.

「どうなっている!?」

「……」

 驚いている刑事2人。

 磯部課長は驚いている部分が違うようだが…

 俺と静留は頷き合い、レシートを取って席を立った。


 店の前、歩道は大パニックだった。

 店の目の前で車がナニカにぶつかって大破していたのだ。

 そして、その車には人が乗っていなかった。

「何で人が乗ってないんだ!?」

「…いや、それよりも何で俺等の前で車が大破したんだよ…」

 歩行者があまり居なかったためか、そこまで騒ぎにはなっていないものの、車両の往来はそこそこあり、かなりの騒ぎになっていた。

「事前に光壁を展開していたんだが…引っかかるとは」

「「お前か!」」

 いや、責める前に二人して殺されかけたんだが?

 しかし、

「本当にあの組織が再結成したんだな…ほとんど残っていないと思ったが」

「と、言いますと?」

「蠱毒を使った毒殺や式神を使った車両テロ。まったく変わらない手口なんだよ…磯部課長、店に戻ってみてください」

 不安げな静留の肩を抱き、磯部課長に確認を頼む。

「はぁ!?今それどころじゃあ…「俺が呼んでおくから行ってこい」…分かった」

 ブツブツ言いながら走って店内に入り、

「おい!おい!?店員が立ったまま泡吹いて気絶してるぞ!?」

「ずっと操られていましたからね。警察含め各所に宣戦布告した連中の後ろには何が居るのか…」

「今中務省に連絡したが、向こうも把握していた。至急ここに来るそうだ」

「おーいこっちだ!車の移動と事故処理を…は?運転者不在なんだよ!そこの防犯カメラ見てみろ!」

 臣永さんが俺等に簡単な説明をし、磯部課長がやってきた事故処理班を呼び寄せる。

 さて、俺等は…

「じゃ、俺等は失礼します」

「「待て待て待て!」」

「事故に遭ったのはお二人ですよね?」

「まあ、そうなんだけどさ、そうなんだけどさ!」

「あの店員の状態含めてあるだろ!」

「犯人は厨房から既に逃走していますよ」

「「!?」」

「こちらも相手も分かっていますから…中務省の担当官が来たら大和川の翁が所属していた組織の上部組織が復活したと伝えてもらえれば分かるので」

「だから帰ろうとするな!」

「民間人をゴタゴタに巻き込んでどうするんですか…こうやっている間にも注目を集めるだけなんですが?」

「せめてお前はいろ」

「…今静留を返せば攫われますよ?それとも警官の中でそういった守りにも長けた人間がいますか?」

 実行犯は離脱済みだが、見張りは複数いる。連中のことだから一人一人引き剥がしていくだろう。

「…何かあったら連絡する」

「暫くはいつも通りの日常を送っているのでそこで」

「!?…分かった」

「磯部!?」

 磯部課長は俺の警戒態勢が2段階上がったことに気付いたようだ。

 警察内部、もしくは関係組織に協力者がいるという合図。

 理由は簡単。喫茶店の件だ。

 リアルタイムで通信が筒抜け。更に周辺で既に張り込んでいる状態。

 ほぼ全てが筒抜けなのだろう。

 相手は俺を知っており、警察含め動き始めた全員をマークできるほどの人員を導入できる。

 相手のことを知り、己の現状を知っている状態。

 唯一の不安要素は俺のスキル類だろうが、聖者職と言う事は方々に知られている以上、これも厳しい。

 さて、どうするか…

「結羽人さん…」

「静留。詳しい話は俺の家でしよう」

 詳細を聞きたいのだろうが、往来で出来るような話ではない。

 静留の台詞を遮って少し早足で自宅へと向かった。



 自宅に着き、リビングに入って漸く一息吐く。

「結論から言うと、巨大な裏組織と全面戦争状態になっている」

「…それは分かるんだけど、結羽人さんは相手のことを知っているみたいなのは」

「中条家も関係しているぞ?」

「えっ!?」

「企業情報売買組織…その話をしたのは覚えているだろ?」

「あ、うん。いつの間にか自宅に侵入されてたり、催眠に掛かっていたり…」

「あの組織だ。爺さんが殺られた報復…ではなく、力量を測ったんだろうな」

「でも、警察含め全員後手状態なのよね?」

「ああ。完全に守ることすら出来ない状態のようだな」

「…?」

 俺のニュアンスに静留は首をかしげる。

「結羽人さんは、違う?」

「少なくともこの家は問題無い。三重の防御が出来ているからな」

 一つは怪猫。今はここに居ないが、アイツの基本テリトリーはこの家を基点に半径4~500mだが、そこから更に部下情報網があるため、最大5~6キロ。しかもこの空気を感じ取っているのか、かなり動き回っている。

 二つ目は最近放し飼いにしている白獅子達だ。

 姿を隠しているが、2頭はもしものために自宅警備をさせている。

 怪猫はどん引きしていたが、相応の強さだから良いだろう。

 …現在一頭は怪猫と同じように周辺パトロールに行っているようだが。

 そして最後。それはリビングの壁に掛かっている刺股だった。

 獄卒の刺股。刺股基点とした半径50m以内の段階的浄化効果。

 この浄化効果というのが何かと言えば「敵意、悪意の浄化」であり、穢れた心やその類に穢されたモノは3段階で浄化されるため、催眠状態や洗脳状態であっても掛けた者の悪意や敵意があれば判定は通る。

 50~25メートルがナニカに確実に監視されているという軽い恐怖。25~10メートルは獄卒の気配を感じ、聖属性に焼かれるような幻痛を感じる。10メートル以内だと鬼どころか阿傍羅刹を幻視し、相応の地獄を追体験するらしい。

 怪猫であるうちのネコは生きるための殺生等はあるものの、意味の無い罪の判定からは外れているらしく、問題は無かった。人を殺すか、悪戯に他者を殺していたら判定が通っていただろうが…

「静留。家にこれはもう無いんだよな?」

 刺股に目を向けると、静留はこれが特殊アイテムだと思いだし「ああ…」と納得したような声を上げる。

「うん。持って行かれたわ」

「…これがあればあの時侵入されることもなかったんだがな…」

「………」

 いや、そんな微妙な顔しないで欲しいんだが?

「渡したら、絶対に持って行かれるだろ?」

「持っていくでしょうね…こんな状態であっても」

 命より研究と言いそうだからな…静留の親父さんは。そしてお袋さんにぶっ飛ばされるまでがワンセット。

 というか、本社ビル地下まで敵が襲撃してこなかった最大の理由はこの刺股だったのではないか?

「静留の部屋に置いてもらうしかないんだが…」

「え゛……仕方、ない、よね…」

 女性の部屋に置くような代物では無いが。

 ───佑那の部屋?ハハッ!

「ああ、それと一応説明しておかなければならないが…」

「えっ?…何か、凄く嫌な予感がする」

「ああ。かなり不快な話をする」

「……どうぞ」

「あの喫茶店の話だが、全ての飲食物に蠱毒が仕込まれていた。今回はムカデだったな。それをすり潰しそれぞれの飲食物に───」

 静留の顔色が悪くなり、フラフラと立ち上がるとトイレの方へと行った。

 …さて、ミルクティーでも作っておくか。


 戻って来た静留にミルクティーを差し出す。

「安心しろ。出された時点でフィルター状の光壁を張って飲食物を全てスキャン駆除してある。学食で受けた件の応用だな。普通の味だっただろ?」

「……分からなかったけど、分からなかったけど!」

 まあ、言いたいことは分かる。

「うっかり気付かれていることがバレると自爆してこないとも限らないからなぁ」

「そこまでの!?」

「ああ。昔とは違って今は大々的に動いている宗教法人だ。昔は天久遠会という利益至上主義犯罪組織で人身売買はしてもそこまで人体実験等はしていなかったが…

 今は救世人道教会という新興宗教団体で西日本、九州地方から徐々に勢力を伸ばしているそうだ」

「九州…あっ!」

「気付いたか?」

 静留は強張った表情で頷く。

「あの…源川さん、確か熊本って!」

「そうだ。そして今その宗教団体は大阪に支部を作り、次は東京だろうな…」

「こんな危険な団体が勢力を拡大させているのに、なんで…」

「裏は見せないからな。まあ、裏を見てしまったら消されるか、道具として使われるだろうが…」

 俺の台詞に静留は身震いし、それを振り払うように温かなミルクティーを口にした。

「ああ、それと念のためにこれをカバンに入れて置いてくれ」

 俺はカバンから鉄の縄を取り出して静留に手渡す。

「えっと、これは?」

「絶対に親父さん達には見せるなよ?」

「あ、あの刺股と同じ代物なのね」

「最悪を想定した場合、これが保険になる」

 そう言うと静留は小さく頷いてその鉄の縄をカバンに入れた。



【獄卒の黒縄】:元渇欲の金棒付属品(確率レア)

 黒縄地獄の獄卒が使用する鉄の縄。

 機能1.黒縄基点とした半径5m以内の浄化・霊的緊縛効果

 機能2.攻撃を受けた際、即座に獄卒鬼が召喚され、相手を縛り上げる。

 機能3.分解時、素材は妖魔全体に対特防機能


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