第30話 mens sana in corpore sano.

「病院から姿を消した?そしてまた捜索願が出てると」

 学食に連れ込まれた俺に静留の口から告げられたのは旧友、小川真子の再失踪だった。

「何か連絡とか、来ていませんか?」

「いや、まったく来ていないな…しかし家族から捜索願が出たとなると勝手に居なくなったのではないのか?」

「それが、病室には争った跡があって窓も開いていたらしいわ」

 虚無顔でホットミルクティーを飲みながら言わないで欲しい。

 まあ、俺も似たような顔で出涸らし感満載のアイスコーヒーを飲んでいるが。

「防犯カメラは?」

「深夜過ぎに小さな人のようなモノが病室に入っていく映像だけ」

「その映像を中務省に持っていけば良いだけでは?」

「…無理なの」

「何故?」

「その小さな人のようなモノは中務省の技官が防犯のために置いていたモノで、入口でバラバラにされていたのよ」

「……面倒な案件のようだ」

 静留の言葉が終わるのと着信を知らせるマナーモードの振動を感知したのは同時だった。

 相手は、磯部課長。

「はい。岩崎です」

『磯部だが、今大丈夫か?』

「はい。小川真子の件ですか?」

『ああ。何故知ってる?』

「今静留から聞いているところでした」

『それなら話が早い。嬢ちゃんと今日、大学帰りにでも署に寄って欲しい』

「何か分かったんですか?」

『警察の形式的な聞き取りだ』

「成る程?では───」

 静留を見ると『午後は大丈夫』とジェスチャーをしている。

「これから伺います」

『分かった。迎えを寄越そうか?』

「下手な騒ぎになりそうなので結構です」

『だよなぁ…じゃあ、待ってるぞ』

 通話が切れる。

「───行くか。いや、そんなに美味しくなかったら無理して飲むなよ」

 飲食物を粗末に出来ない良いお嬢様だ。



 警察署に着くとどうも物々しい様子だった。

 警察署手前で足を止め、そのまま電話を掛けてみる。

『どうした?もう着いたのか?』

「もうすぐ着きますが、警察署の方で何かあったのですか?」

『?いや…ちょっと待て』

 通話から保留音が鳴り数分。

『なあ、お前何かやらかしたか?他の所轄が来て今署長室に居るらしいんだが』

「外にも物々しい連中が居ますが?」

『なにっ!?…ちょっと近くの喫茶店で待っててくれ。すぐ行く』

 通話が切れる。

「どうかしたの?」

「どうもトラブルらしいが、そこの喫茶店で待っていて欲しいそうだ」

「じゃあ、早く行きましょ?」

 急に嬉しそうになった静留を見てああ、口直ししたかったんだな。と納得してしまった。


 喫茶店に入って12分。ストレートティーセットとエスプレッソコーヒーを飲んでいると磯部課長が刑事を一人連れて入ってきた。

「岩崎さん、お久しぶり」

臣永とみながさん、お久しぶりです。組対がここに出張ってくる案件でもあり、俺が関係していると?」

「まあ、今回の件でね。うちも関わることになったんだ」

「彼女に薬物反応があったと?」

「ああ。しかも致死量相当と思われる」

「病院に入れて調べていたのはそれなんですか?」

「ああ。ただ、お二人が問題と思ってはいない。特に岩崎さんは彼女を確保して以降、不罪証明をしているわけだから不法所持、使用はあり得ないと考えている」

「今回は1課と5課が動いている。が、物々しいのはマトリも動いている挙げ句、お前が喧嘩を買った組織絡みだからだ」

「どの組織ですかね…パッと出てくるだけで大きな所は6箇所ありますが」

「「待て」」

 大の大人2人が喫茶店に響くような大声を上げる。

「店に迷惑が掛かりますよ」

「いや、待て。待ってくれ…俺が把握しているのは4箇所だ。いつ2箇所増えた?しかも大きな所?」

「───磯部さんも頼むからもっと連絡を密にしてくれ…俺は1箇所しか知らないぞ?」

「5課に関係する所が1箇所なんだよ」

「……これは、組対合同の連絡網を強化しないと拙いな」

 頭を抱える2人と何か思考を巡らせているのか、酷くゆっくりとした動作で紅茶を飲む静留。

「お客様。ご注文は」

「コーヒーを2つ」

「畏まりました」

「結羽人さん。3箇所までしか分からないのですが…もしかして、中南米の所と中部地域の所もですか?」

「ああ。イギリス、フランス、東南アジア、中近東、中南米、そして日本だな」

「見事にばらけていますね…」

「これらに関与していない中規模と小規模組織を入れたなら20を越えるが」

「「待って」」

 おっさん2人が声を揃えて涙目というのは…うん。キモいな。

「中南米も麻薬だろ?」

「いえ、あちらは武器と人身売買であって麻薬は別組織がやっているらしいです」

「…じゃあ、俺が知っているのは東南アジアの方だけか…」

「一応中近東の方も薬物関連はしているようですよ。薬物取り扱い部署と臓器、人身売買部署壊滅していますが」

「えっ?磯部!?」

 臣永さん。声、裏返ってますよ。

 そして磯部さん。これ見よがしに胃薬を取り出さないで欲しいものです。

「で、本題に入って欲しいのですが、何処なんですか?今回関係しているのは」

「東南アジアと日本のどこかの組織らしいんだが…マトリの捜査員が2名消された」

「…」

「今アタリを付けているのが東南アジア系と言うだけで、彼女の薬物反応についても何度目かの再検査で分かったんだ」

「毒劇物の反応が出たのも同じタイミングだが…何故再検査時に検出されたのか」

「あとは、何故生きているのか」

 刑事2人がビクリと反応し、こちらを見る。

 静留も頬を引きつらせ、こちらを見ている。

 まあ、訳が分からないだろうな。

「この件は中務省からは?」

「取り逃がし以降は何も」

「聞いた方が良い。この件はマトリと中務省含めて情報共有をしながらやらなければ、犠牲者は爆発的に増えるだろうな」

「……」

 緊張した面持ちの磯部が詳細を問おうと口を開k…

「コーヒーお待たせしました」

「「あ、ども」」

 関係の無い一般人にはあまり聞かせたくはないな。



 気を取り直し、話を続ける。

「毒は水銀を含めた複数の鉱物毒。そして植物毒…おそらく中務省側は仙丹術を疑っただろう。そして問題の組織は人工的な尸解仙を作ろうとしている可能性もある。更に言えば彼女はその完成体に最も近いと組織から目されているんだろうな」

「中務省はなぜなにも言わないんだ?」

「確証がないからでしょうね。鉱物毒の確認は出来てもだからこうだ!と断言は出来ない。そして確証がないのだから協力要請も難しい」

「「………」」

 警察官2人からすれば耳の痛い話だ。

「犠牲になったマトリの方々の死因は?」

「変死としか」

「もしこれが呪術由来だった場合、操られる可能性もあります。これらを引き合いに出して協力を要請した方が良い」

「結羽人さん…尸解仙って、真子は死んでいるって事なんですか?」

 静留の台詞に場の空気が凍る。

「いいや?まだ死んではないだろうな。ただ、アレは自分の体を外部から操っている。静留と磯部さんはそれを見たはずだ」

「見た?…あの取り憑かれているという時か?」

「ええ。あの時憑いていた怪猫がこう言っていた「外に出たのは良いが、そこから先どうしたものかと思案していると体が勝手に動き出した」と」

「!?」

「組織は数少ないアタリを引き当てた。しかしそれに気付かず廃棄。そこに奇跡的な確率で化け物が取り憑いて安全にダンジョンを出た」

「まさか死後何らかのショックで蘇ったものの異物が入ったために…」

「まあ、可能性の話だが、中務省の職員が食事やトイレについても聞いていたら尸解仙を疑っていると思って良いだろう」

「…分かった。情報感謝する」

「俺も、他の課とマトリに連絡を取ってみる」

「臣永さん。磯部さん使った方が早いですよ」

「オイ!?」

 慌てる磯部課長と「ああ!」と笑みを浮かべる臣永さん。

 2人は揃って喫茶店を出、直後事故に遭った。


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