第28話 富貴には他人も集まり貧賤には親戚も離る

「金を貸して欲しい?」

「そうなの。今月ちょっとお小遣いが足りなくって…一週間だけで良いから貸して?」

「親しき仲でもないのに何故金を貸さなければならない?」

「っぐ…」

「まあ、親しき仲であってもよほどのことがない限り金は貸さないが」

 今週に入ってコレで4件目の金の無心である。

 しかも大学の同じ授業を受けているという間柄から、である。

 それもこれもとある講義を受けた際に同じ受講生が発した台詞からこういった事態に発展したのだ。


「お前、毎日数十万稼いでるんだろ?なあ、10万くらい貸してくんない?」


 この台詞が静かな教室内に響き、全員がこちらを見た。

「なあ、貸してくれよ」

 ニヤニヤと人を食ったような態度で、尚且つ俺は一切面識の無い輩だった。

 そしてとてもじゃないが人から10万円という大金を借りるような雰囲気では無くむしろたかり行為をしているようにしか見えない。

「俺はお前が誰だかも知らないのだが?そんな奴に金を貸すというのは正気の沙汰ではないと思わないか?」

「いやあ、俺今月ピンチでさ…ダンジョンの買取所をウロウロしていたらお前、なんか沢山換金してたじゃねーか」

 こちらの話を一切聞かず、そのまま話し続ける。

「───俺は言ったぞ?誰だかも知らないと。それにこの大学の学生では無いな?」

 軽く殺気を当てると男は顔を真っ青にして教室を出て行った。

 そこから、金の無心や返す気のない借金申請など非常に面倒なことになった。



「大変な事になっているみたいですね…結構噂が広まっていますが…」

 学食で静留と共に食事をしていると、言いにくそうにそう口にした。

「成金の宿命だな。元より金のある人間の場合はそもそもこの様な害虫はそんなには寄ってこない。違うか?」

「…ゼロではありませんが、そうですね」

 苦笑する静留に俺は肩をすくめる。

「まあ、与し易しと思ってそう言ってきているんだろうが…俺から意味も無く金を借りるとどうなるか…」

「うわぁ…しかし、お金貸すつもりなのですか?」

「本当に切羽詰まっている人間や返済する気がある人間なら特に何も言わない。ただ、初対面でいきなり金貸せと言うのは、常識人では無いだろう」

「まあ、そうですね…しかしそのお金は友紀くんや祐奈ちゃん達の今後のためのお金、ですよね?」

「ああ。ただ、それらの目標は既に達成しているし、既に個別の通帳に定期で入れてある」

「えっ!?」

「例え俺が死んでも二人ともそれぞれの通帳に入れている。これだけあれば数年は問題無く暮らせるだろう。それに家もあるし生活費専用の共同口座にもそこそこの額は入れている」

「そっか、4~5年前に家族口座って出来るようになったのでしたね」

「ああ。探索者は急に死にかねないからなぁ…三人の共同口座を作りそこに1200入れたから破綻しなければ問題無いだろう。破綻しても1000は保障されるしな」

「……本当にどれだけ稼いでいるの」

 呆れたようにボソリと呟く静留。

 いや、この金のおよそ6割はおたくの両親の会社からなんだが?

 あと、聞き耳立てている輩が鬱陶しい。

「あ、そう言えば刑事課の人来てましたよ。刑事課なのに巡回で」

 俺のアイコンタクトに気付いたのかコーヒーを一口飲み、話題を変えてきた。

「あー…そっちの巡回は今週いっぱいだな。前回の件があったからうちのついでに頼んだ」

「いや、刑事課に頼むって何?」

「地域課と刑事課が回っているぞ?前に襲撃があっただろ。やり過ぎるなって言われたんだが、そう思うなら事前に捕まえてくれって言って以降巡回が密になった」

「……一番安全な住宅街になってる…」

「一番安全な住宅街なら武装勢力の発砲事件は無いだろ」

「えっ!?」

「近くの大通り、道路工事しているだろ?」

「そう言えば、急にあの部分だけ……まさか」

「車2台爆発炎上だな。処理班が凄い勢いで来ていたぞ」

「……本社爆弾テロとか、襲撃とか…結羽人さん、どれだけのことに巻き込まれているのですか?」

 それをお前が言うか?

 そう思ったが、静留は精々2~3度か。

「静留の10倍くらい、かな?大きな事件に関しては」

「うわぁ…」

 何故かどんびかれた。解せぬ。



「岩崎君お願いしますっ!お金貸してください!」

 ゼミ生の山瀬が俺にそう頼み込んできたのは静留とのランチから二日後のことだった。

「突然だがどうした?」

「あの、お母さんが倒れて…それで、アルバイトを始めようにも…すぐには,お金はいらないし、入院費だって…」

 ポロポロと涙をこぼす山瀬に俺は首をかしげる。

「高額療養費の支給申請はしたのか?」

「えっ?なにそれ…」

「区のページで高額医療費の支給申請と検索してくれ。分からなければ窓口で聞けば細かく教えてくれる」

「うっ、うん…ありがとう」

 彼女に対してソッと鑑定を掛ける。

 うん。母子家庭で弟がいると…確かに一昨日母親が倒れて運ばれているようだな…成る程。親が勉強に専念して欲しくて無理をしたパターンか。生活費が足りないと。

「───成る程。生活費での不安か…20あれば問題無いか?」

「あ、うん…その、大丈夫?」

「問題無い。ただ、借用書は書いてもらうが、大丈夫か?」

「うん。当然だよ」

 彼女は頷いて俺の前の席に着く。

「誓文…具現」

 取り出した白紙に対して誓文を発動させる。

 すると白紙が契約書───この場合は借用書と変化する。

 借用書、本日の日付、20万、返済期日は…10年後に設定されている。そして彼女の名前と住所の欄は空白で、その下に貸主である俺の名が入っていると…後で400円の収入印紙を貼っておこう。

「借主欄に名前と住所を記入してくれ」

 そう言いながら俺はカバンの中に手を入れ、一万円札を20枚程封筒に入れ替える。

「書けました」

 ご丁寧に印鑑まで確り捺印されている。

「では、これを」

 カバンから20万円の入った封筒を取り出し、山瀬に渡す。

「本当に、大丈夫なの?岩崎君が苦しくなるとか…」

 確かに入っているのを確認した後、山瀬は不安そうに聞いてくる。

「問題無い。期限に関しては限度一杯になっている。余計な物は記載なしだから期日までに20万返してもらえたら良い」

「うん。うんっ…ありがとう…」

「アルバイトは確り選べ。無理なく、変なモノに引っかからないようにな」

「うん…ありがとう」

 山瀬はそう言って教室を出て行った。

 恐らくは手元にあるのは怖いからとATMにでも行ったのだろう。

「い~わ~さ~き~く~ん」

 と、近くにいたゼミ生の松本が猫なで声でこちらにすり寄ってきた。

「お金貸してっ!」

 可愛らしい仕草でお願いしてくる。しかも胸元を強調するようにやっている所があざとい。

「確か…金には困っていないと周りに言ってなかったか?」

「普通なら困らないけど、一昨日ちょっと使い過ぎちゃって…だから、貸してっ!」

「幾ら借りるつもりなんだ?」

「50万円!」

 馬鹿か?うん馬鹿だな。

「何に貢いでいるからそんな額なんだ…返せないだろうが」

「えー?多分返せるよ」

「一月後でもか?」

「来週バイト代はいるし、パパからお小遣いもらって、実家から振り込まれてぇ…うん。いける!」

 まったく信用無いどころかかなり危険域に足を踏み入れてないか?コイツ。

「そこまでホストに入れ込むものかねぇ…」

 俺はそう呟きながら白紙を取り出し誓文を発動させる。

「……そうきたか」

 今回は期日を1月後にしたが、以降10日で1年の老化と記されていた。

 こんなに恐ろしいトイチは見た事無いな。

「ちょちょちょちょーっと…え、ナニコレ」

「誓文だ。具現化できるのは俺くらいだが、誓文自体は裁判所でも認められている」

 そう言いながら松本の方に借用書を向ける。

「え、待って。この10日で1年の老化って、何?」

「まんまだろうな。延滞すると寿命が1年削られるのか、それとも純粋に老化するのか…まあ、一月遅延でおよそ3年の老化か…大して変わらんな」

「待って!これ本当にホントなの!?」

「ああ。過去に魔水晶を対価に誓文で虚偽申告をした奴が内臓腐らせて大変な事になったぞ?」

 それを聞いた松本の顔が青ざめる。

「…あのぉ、現物支給とか…肉体労働奉仕とかぁ…」

「そこら辺は何も記入していないので自由だ。ただ、俺は鑑定が使えるぞ?」

「あーうー……うん。でも、借りる…」

 散々悩んだ結果、松本はサインし俺から50万を借りた。

「貸す俺も俺だが…本当に大丈夫か?お前が入れ込んでいるホスト、昨日の夜に手を出したら拙い所の娘さんに無茶苦茶な取り立てをしてとんでもない事になっているから、下手すると巻き込まれるぞ?」

「え゛!?」

「───本気で拙くなったら俺の名前を出せ。相手は多分俺を知っているはずだから必ず電話してくる。ただし、俺が助けられるのは松本、お前だけだからな?」

 そう念押しをして彼女に50万円を渡した。


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