第26話 内容確認と(協会上層部での話し合い)
その日は協会にとって最悪のスタートとなった。
「鮫島会長、どういうことですかな?」
「どう、と申しますと?」
鮫島は男の差し出した写真を見て首をかしげる。
「協会職員に対して暴言を吐き、勝手に治療義務を怠った探索者に対して呼び出しをして指導をする…それの何処がおかしいのですかな?」
本人はそう言いつつも、それだけのために目の前の人物がここまで来ない事くらい分かっている。
中央省庁と協会とのパイプ役…経済産業省の人間だ。
「7件だ」
「7件、ですか?」
「私に直接来たクレームの数だ」
たった7件のクレームのためにこの男はここまで足を運んだというのか?
ため息を吐きたくなった鮫島だったが、待てよ?と思い直す。
直接来たクレーム。と言った。
と、言うことは間違いなく相応の所か、それ以上の所から来たはずだ。
「中条グループ、中務省、警視庁、警察庁、検察庁、日弁連、商工族の議員複数名からもどうなっているのかと来ている」
いや、中務省や警視庁、警察庁、検察庁、日弁連は何故だ!?しかも族議員から!?
「いや、この呼び出した者は権力者かなにかですか?」
微かに声が震える。
「最近ネットを騒がせている映像は?」
「ネット、ですか?」
そういった類に疎い鮫島は首をかしげる。
「この協会がしでかした件ですよ?緊急医療を施しながら駆け込んできた青年に罵声を浴びせ、更には医療行為を止めさせた。トドメはその青年に対して犯人扱いだ…」
「まさかそれが…」
「この手紙を受け取った人間だ。しかも被治療者はとある海外企業のお嬢様だ。しかし確認もせずに医療担当者の許可も無く病院へ移送。そこで誘拐にあった…外務省からもクレームは来ているから8件か…」
「……初耳です。少々お待ちください」
鮫島は内線で事業部長と一般広報課の課長を呼び出す。
数分と経たずに二人の男性が会長室へと入ってきた。
「至急との事でしたが…」
事業部長がソファーに座っている男に一礼し、険しい表情で会長へと顔を向ける。
「───これを見たまえ」
鮫島がテーブルの上にある写真を指さす。
「……呼び出し文、ですか。これは前に言っていた件の?」
部長がそれを手に取り課長へと渡す。
「ええ。ロクデモナイ奴だと評判の探索者でして、私の方から注意をお願いしますと…何かありましたでしょうか…?」
「……裏付けは取れているのかね?」
念を押すような鮫島の台詞に課長は頷く。
「ええ、職員数名からの裏付けが取れておりますが…」
「本当なんだな?間違いないんだな相手は聖職者だ。誓文して貰う可能性も考慮して言っているんだな?」
ソファーに座っていた男が立ち上がって課長へと詰め寄る。
「…あの、失礼ですが、どちら様でしょうか」
「経済産業省の方だ。その手紙の件で警察含め8件のクレームが来ているそうだ」
「ああ、あの動画ですか。フェイク動画ですよ」
「……動画が警察からの提出でもか?」
「えっ?」
「ネット上に出回っている動画の別角度…その探索者のカメラからの動画もある。そしてそれは警察が真偽判定も行っているんだよ」
「……えっ?」
「聖職者を散々馬鹿にした挙げ句、「救援活動を断って良いのか?」と言う問いに「要らねぇな」と、更には「テメェの回復スキルなんざ何の役にもたたない」と宣言しているぞ?しかも、しかもだ。その聖職者は小鬼どころか鬼まで倒せる戦力を持っているんだぞ!?警察や中務省からは「我々は彼が悪だと断じた場合は手を出すつもりは無い」とまで言われたぞ!?」
男の剣幕以上に鬼と戦える戦力と言われたことにその場にいた一同は驚きを隠せなかった。
「───今拡散されている情報を昨日確認したよ。2種類の動画があり、1件がこの医療行為についてだ。そしてもう1件は買取所を出た所で警官に職質されているが、協会からの通報で殺人未遂の容疑が掛かっていると…
あろうことか救出した人物に殺人未遂の容疑を掛けたんだよ。しかも相手はスキルを実行していたにもかかわらずだ!不罪証明は協会に来た時点で既に証明されているにもかかわらずここの職員は不罪証明を無視したんだぞ!?」
男はどんどんヒートアップしていく。
そんな中、課長はとんでも無いことを言い出す。
「…は、ははっ、いやいや…フェイク動画に踊らされすぎですよ。警察すらも騙されるレベルなんですねぇ…」
「何?」
「聖職者は鬼どころか小鬼も倒せませんよ。何を馬鹿な…」
「ダンジョン前襲撃事件」
ビクリと全員が反応する。
「あの事件でゲート職員以外の被害者がいなかったのは彼のおかげだが?他にもあるぞ?中務省の職員が小鬼の群に襲われ死にかけていた所を一人でそれらを倒し、救助している。
まだあるぞ?爆弾テロ未遂事件。爆弾を聖者のスキルを駆使して食い止めた。これは爆弾処理班立ち会いの下で行われた。
…私を馬鹿にしているのか?鮫島会長にも言ったが、このクレームは中条グループ、中務省、警視庁、警察庁、検察庁、日弁連、商工族の議員、そして外務省からだ。彼等が何の根拠もなしにクレームを入れると思うか?
しかも警視庁に至っては烈火の如く怒っていたぞ?身内の恥をさらしてまで用意した提出資料を無視しているのかと」
全員の顔面は蒼白状態だった。
「は、か、確認してきますっ!」
課長は大慌てで会長室を出て行き、室内は静寂に包まれる。
三人が三人とも最悪を想定しているが、その想定の度合いは協会と官公庁との間ではかなりの温度差があった。
まだどこか楽観的な雰囲気の二人にトドメを刺すべく男が静かに声を掛ける。
「───今のうちに言っておく。彼は私なんぞ消し飛ばせるだけの繋がりもあり、裁判に出られたら甚大な被害を受けるだろう。最近警察が不罪証明を無視した不当な行いを連続して行ったと謝罪した件も、彼の一言で大物達が動いた結果、誓文などを行う聖職者がストライキを起こし、裁判所等が麻痺した。
そして極めつけは岩崎案件というものがあってな…彼の案件として受理された場合は担当官は関東甲信越地域で警視正と同等の権限を与えられている。邪魔するなら容赦するなという警察庁長官、検事総長及び警視総監から特務許可証も与えられている」
二人は同時に「えっ?」と男を見る。
前時代的な超法規的措置に二人の表情が強張った。
そして最悪を想定し直す。
彼がこの件を案件と捉えた場合。全てが敵に回る可能性がある。
「君らの課長がまともに仕事をしておらず、部長はその課長から上がってきたもののみしか見ていないことも分かった」
否定したくても否定出来ない部長をチラリと見る。
「おかげさまで私は退職を前に首のすげ替えだろうよ…鮫島会長もただでは済まないだろうが、まあソレは最悪の想定だ」
男は出されていた茶を飲み、深いため息を吐く。
「撤回と謝罪では…」
部長が怯えた様子でそう提案するが、
「ここまで大事になっても動かない協会が今更か?しかもこの件が流出した場合、協会の信頼はただでさえ低くなっているのに地の底まで落ちるぞ?すぐに謝罪せず放置し、しかも濡れ衣を着せ断罪しようとしていたんだからな」
「「………」」
再び無言の時間が訪れる。
課長が出て行ってから9分が経過し、未だ戻ってこない。
諦めの境地に入る男の方はのんびりとお茶を飲んでいるが、協会組の二人は気が気では無かった。
───更に17分が経過した所で扉が開く。
そして土気色の顔をした課長を見て大体のことを察した二人は「終わった」と同時に呟いた。
「さて、この状態でも呼び出して責めるのかね?」
男の台詞に三人がビクリと体を震わせる。
「…いえ、正式な場を用意し、謝罪を…」
課長がそう言ったが、
「相手はこちらに対して不信感しか持っていないのにか?」
男はジロリと課長の方を見る。
その瞬間、課長は何かがキレたように憤怒の表情を見せた。
「ではどうすれば良いんですかっ!」
「おいっ!山室っ!」
部長が慌てて課長───山室を抑える。
一方ソファーに座ったままの男は冷たい目で山室を見る。
「君は被害者にここまで来い、詫びてやると言っているんだよ?こちらから出向くことは一切考えていないようだね」
「あっ…」
言われて気付く。
「───この組織も一度解体した方が良いのではないか?中条グループとうちが手を引いた場合、どうなるのか…」
「え、っ!?」
「言い忘れたが、彼をバックアップしているのは中条家と松谷神父だ。鮫島会長は知っていると思うが…」
「まさか…息子さんを事故で亡くされて…引退を…」
「2年前から活動を再開されているよ。今では政財界だけではなく法曹界にかなりの影響力を持っている。しかも復帰理由は件の彼らしいぞ」
「終わった…千里眼が付いているのなら、どう策を弄しても無駄だ…謝りに行こう」
そう言うなり鮫島は立ち上がる。
「私も行きますよ…あなた方がいかなかった場合、私一人で行こうと事前に話を通してあるのでね」
男も立ち上がる。
「それは…我々に対しての最後通牒でしたか…申し訳ありません」
二人は連れだって会長室を出て行った。
───部長と課長は気付かなかった。
男は「あなた方がいかなかった場合」と言い、鮫島は「我々に対しての最後通牒」といった事を。
結局、部長と課長はアクションを起こすことはなかった。
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