第23話 顛末と…鬼退治
「───大和川の翁…まさかこんな大物が」
…なにその時代劇の盗人に出てきそうな二つ名。
ただ、相手の顔を写真撮ったら手配中の人物かどうか判別できるなんて凄いな…
「そこの源川明代に関しては、7ヶ月前から捜索願が出されています。ただ、熊本の特殊な巫女の家系でして」
いや、そんな危険な情報を一般人に言うなよ。
そう思いながら言いにくそうにしている井ノ原に顔を向け、小さく頷く。
「鬼の手の所有者…つまりは生贄扱いだな?」
「!?」
よほど真っ当な人間なのだろう。
「その鬼の手ならそこの旅行カバンに入っているし、一時的に封印を施してある。ただ、彼女は誓文により一年間は力の行使を封じられている」
「そんなっ!?ソレでは鬼を…」
「その鬼は彼女を守る。彼女の血筋を祟り、守る妖魔だ」
「えっ?」
「数代前の巫女に「一族を守って欲しい。代わりに巫女が死した時はその屍肉を喰らっても構わない」とでも言われたのだろうな」
「!?」
源川がビクリと反応した。
「ただ、そこの爺は呪法の専門家。隙を突いてその魍魎代雛を依代とし、一時封印をして鬼の腕の方に何かを封じたんだろうな」
「貴方は…専門の方ですか?」
「いいや、ただの学生だ。そこの爺とは多少因縁はあるが…企業情報売買組織の件で」
「ああ!高木係長が現場に少年がいたと……えっ?」
あり得ないといった顔でこちらを見る。
井ノ原技官、こっち見んな。
「ご、ろくねんほどまえのじけん、なんですが…」
「ああ。あの頃はスキルも何もなかったせいで大変だった。そのせいで数人取り逃がしたしな」
「…翁の呪法は時に鬼をも縛ると言われていましたが」
「その体に呪詛の塊。そしてその呪詛の塊が蛭だったせいだな」
「と、言いますと?」
「伝承などの中に鬼との契約で蛭に食いつかれないという契約を結んだとかある場合、鬼はその周辺域、もしくは自身の関係周辺に回状を送る。そうすると鬼は周知徹底することによってスキル誓文と似た効果を…原初の誓文を行う」
「???」
その場に居た全員が首をひねる。
「そしてその誓文によって周辺一帯の虫などの生物に「鬼の誓文を破るな」と圧を掛けることによって効果を発揮させる。まあ、鬼にとっては容易いものだ。ただ、呪法を持って蛭を体内に住まわせ、養分を与える。それはどう思う?」
「…鬼は誓文を破ったことになる?」
「自ら飼った場合はならないが、襲われた場合。特にその地域の蛭に襲われた場合は誓文が発動する。結果、鬼は一時的に力を失うか、封印される」
「鬼を縛るって…」
「その事だろうな。この爺は情報収集で一切の手抜きはしない。恐らく文献か何かでその事を知り、鬼を使役しようと画策したが、別の契約が先になされており呪法で縛り弱体化させた上で今回の仕事に使い捨てるつもりだったんだろう。声を奪ったのも何か意図があってだろうが…ふむ」
少し考える。
「静留。少し庭を借りて良いか?ちょっとした儀式を行いたい」
『えっ?』
その場に居たほぼ全員が「何言ってんだオメェ」という顔をしていた。
「いやぁ、凄いモノが見られるって聞いて慌てて帰ってきたよ」
「儀式とか鬼とかトンデモナイモノが見られるのなら勿論観戦させて貰うわ」
よりにもよって反対どころか静留の両親がやってきた。
そして警察と中務省の技官2名立ち会いのもととある儀式を行うこととなった。
儀式といっても行うことは単純だ。
鬼から聞き出し、正常な状態に戻した上で退治なり何なりを行う。
一見無謀なように思えるかも知れないが、勝算は90%。
とんでもない邪魔が入ったとして70%だ。
念のためにあの爺は中務省の部隊が護送していった。
魍魎代雛と源川さん、旅行カバンを少し離した位置に置き、広めの光壁で隔離する。
そして用意した白紙祭文を広げ質問状として読み上げる。
それをしながら光壁内の地面を光壁で封じ、天井もゆっくりと閉じる。
白紙祭文を読み終える頃には三箇所の光壁は前後左右天地全てを光壁で封じられた。
「問う。魍魎代雛よ。何故声を発さぬ」
「問う。源川明代よ。何故声を発さぬ」
「問う。川面の鬼よ。何故声を発さぬ」
それぞれに対し問いかける。
しかし答えない。
「───これにて祭文は意味をなさず、状況異議の申し立てを契約神へと行う」
俺は白紙祭文を祭壇両脇に立ててある蝋燭の火で交互に焼き、中央に設置している魔水晶にその灰を被せる。
魔水晶が淡く光り、消滅する。
周辺の人達がどよめく。
それは隔離したそれぞれの1m程度上空に黒い文章の鞠がグルグルと回転していたからだ。
文章と言ってもほぼ漢文で形成されており、漢文による呪術プログラムなのだろう。
「…………」
その漢文を眺めること7分。うっすらとだが理解がで来た。
「中務省技官の方に聞きたい。源川さんの親は健在か?」
「えっ?あ、はい母親が。ただ、現在意識不明で入院しております」
井ノ原技官がすぐに答える。
「……うん。あー…しくじったな。まあ良い」
「何が起きているのか説明を」
少し焦れたように言うもう一人の男性技官に俺は小さく頷く。
「呪法は三つ。あの爺さんはそこの魍魎代雛に源川さんの親の魂を上に貼っている呪符で死霊の、魍魎の魂と歪めて登録し、封印。源川さんと紐付けを行った。
その紐付けは言霊によってなされているため彼女は声が出せない。そしてその結果、源川家の特性である認識阻害等の疑偽効果がその魍魎代雛に色濃くでている。
次は源川さんに掛けられた呪法は魍魎代雛と旅行カバンに入っている鬼の手に対するもので、あの爺さんに危害を加えられないような呪言で縛っているだけ。言わば二つを結ぶハブの役割だ。
そして最後は鬼に対しての禁止条項違反による弱体文言…要は糾弾文。
更には自分は悪くない。自分は悪くない。破ったのはお前なのだからというヘタレな文章が続き、最後に契約は絶対のはずだから彼女を守れなかったら責任取って俺の式神になれという無茶苦茶な文で終わっている」
「ぇえ?」
「ただ、鬼のモノに関してはただの言いがかりのため…無効」
旅行カバンの上に浮いていた文章の鞠が弾ける。
「そして源川さんと鬼を結ぶ契約以外も、本来は母親が生きている以上は彼女が負うものでは無い。よってこの繋がりも…断たれる」
旅行カバンが突如開き、中から鬼が姿を現した。
「ぬうっ!?出られぬ!?」
その姿は無手の黒鬼だが、これまであった鬼よりも一回り小さかった。
「さて次に源川さんと魍魎代雛だが…どうしたモノか」
「おのれ!出せ!」
「出したら人を襲うだろうが…技官二人の中で、強力な依代もしくはスキル式神を使えるのは?」
「俺が式神を使えるが…」
「形代の形では?」
「可能だ」
「ではその状態でこちらに」
「何をするつもりだ?」
「魍魎代雛を無理矢理解除すれば源川さんは声を失い、母親の魂は死霊…肉体との繋がりを本当に断たれてしまう。なのでそれぞれを形代に移した後、魍魎代雛を浄化する」
「しかし、此処で式神を使った場合この鬼は…」
「その式神で鬼を倒せるのならどうぞ」
「できるわけがない!」
強く否定され、ため息しか出ない。
「武器を持たない鬼に?この光壁を破れない鬼に?」
恐らくは何かの力を持っているのだろう。だがそれは関係ない。
「スキル無しでこれくらい倒せなければ今後、前回みたいな事が起きても蹂躙されるだけだな」
ため息を吐き、鬼の方へ歩み寄り───瞬時に頂肘を喰らわせた。
瞬間的に練り上げた気と体内にある神気を瞬時に肘先、つまり頂肘に集約し打ち込んだのだ。
「こぉ、っ…」
黒鬼は口からどす黒い魔水晶のようなモノを吐き出し、そのまま消えた。
「鬼を…?」
「おいおいおいおい…前は手刀で斬ったが、今回はスキル無しで倒しやがったぞ!?」
「鬼を斬った!?手刀で!?」
「今回の鬼は小鬼以上黒鬼以下。ただ術を使うタイプというだけでそこまで強くは無い」
「人が妖魔を倒すなんて無理だからな!?」
「今スキルは使っていないぞ?」
「………お前くらいだろ」
「あのくらいの鬼であれば香椎の翁なら素手もしくは脇差しで行けると思うが…これで式神を渡してもらえるな?」
「……ああ。用意する」
呆然とした顔のまま式神の形代を作り出す。
俺はそれを受け取り、魍魎代雛下へ行くと光壁の天井が魍魎代雛を押し潰した。
何でっっ!?
全員が叫ぶ。
と、魍魎代雛から黒い靄が湧き上がり、光壁にぶつかる。
「…やはりか」
次に鬼が吐き出したどす黒い魔水晶のようなモノの下に行き鑑定を行う。
【鬼哭結晶】伝説級:魂の牢獄であり、収集装置。
捕らえた魂より効率よく力を奪うための水晶。現在一名収容。
「見つけた」
嘘を吐く鬼。幾重ものトラップの仕掛けられた人形。
あの爺は恐らく口約束で鬼に源川母の魂を契約に掛からない形でくれてやる約束をしたのだろう。もし人形を先に壊せば晴れて源川の鬼との契約が爺の新たな契約に書き換わる予定だった…悪辣な爺だ。
形代をそれに触れさせる前に軽く聖光を浴びせて浄化を掛ける。
そして形代を押し当てると形代が青白く光った。
「体へ戻れ」
そう言って空へと解き放つと鳥となって南の方角へ飛び去った。
「あとは…源川さん。もう喋ることができるぞ」
「えっ?」
「先程叫んだだろ?」
「あっ…」
「母親は明日には目を覚ますだろう。あとは」
源川さん以外の光壁を消す。
魍魎代雛から出ていた靄が北へと飛んでいった。
「呪詛は正しく返さないとな」
「「ちょっ!?それは!?」」
「あの爺の元に行くだけだ。そうしなければ飛び散る性質のモノだったし、なにより浄化する義理はない」
旅行カバンを閉じて源川さんに渡しながらそう言って息を吐く。
「磯部課長。源川さんを頼む」
「…ああ」
俺ができるのはここまで。
あとはご自由にどうぞ、というやつだ。
「これで万事終了。静留、これで良いか?」
「…うん。ありがとう」
「どういたしまして。さて、友紀の夕飯が待っているので帰らせて貰うぞ」
祭壇等をしまい俺は中条邸を後にした。
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