第21話 一服の清涼剤的な弟と危険物。そして逆鱗

 自宅に戻り、夕食の席で今日のことを伝える。

「うん。気を付けるね」

[僕も、気を付ける]

「この辺りでそれほどのことは起きないと思うし、クズ警官なんてそんなには居ない………と思うからな」

((言い淀んだ!))

 友紀と佑那がジトッとした目でこちらを見る。

「…前歴があるからなぁ、断言は出来ないさ」

「まあ、そうよね。今回の警官だって聞くと過去の犯罪警官の濃縮還元みたいな奴っぽいし」

[そんな警官が居たら怖いよね…]

「友紀兄さんは絶対に人気のない所に行かないように!」

[佑那もだよ!?]

「私は兄さんみたいに落ちている人拾わないから」

[僕拾ってないよ!?]

「───どちらかというと俺は佑那を心配しているんだが?」

「えっ!?」

「誘拐されそうだと見せかけてその女性もグルだった…そう言った手を使ってくる連中も居るんだよ」

「何その犯罪組織…国内?」

「昔の事件であるぞ。俺も最近都内での出来事だが、経験したぞ」

「…結羽人兄さん一人で日本の厄災全部請け負ってない?」

「そんなに多いか?」

[一位結羽人兄さん、二位は佑那かな。二人ともどれだけの事件に巻き込まれていると思っているのさ…]

「私は…私くらいなら結構いると思うんだけど?」

[本当に?]

「……ごめんなさい。友達にドン引きされました」

[もうっ、二人ともあまり無茶したらダメだよ?特に兄さん]

「俺か?」

[この前、磯部さんが泣きそうな声で「俺たち警察にありがとうって言ってくれるのは君くらいだ」って。

 兄さんが事件を解決してくれるのは嬉しいけど、無茶させ過ぎて異動申請が多いって言ってたよ?]

「あの野郎…友紀にチクリやがって…向こうが軟弱なだけだ」

[いつもお世話になってますって新宿の洋菓子店のプリンセット持ってきてくれたんだよ?]

「食材だったら友紀兄さんがもっと美味しく作ってくれるのに…」

[職人さんの方が上手だからね!?その発言は世の職人さんや料理人さんに失礼だよ!?]

「…軽率でした」

 シュンとする佑那に友紀が頭を撫でる。

 年頃の女性は頭を撫でられると怒るらしいが…うちはうち。他所は他所だな。

 そんな事を思いながら食事をしていたが、突然意味の分からない不安感に襲われた。

 ───何だ?敵襲というわけでもない。近い将来起きることの予兆か?

 猫が顔を上げた。

『殺意を持った不審者が彷徨いておる。少し出るぞ』

 俺は小さく頷く。

「あれ?何処行くの?」

 佑那が猫の行動に気付いた。

「パトロールのようだな」

 なんて事無いように俺が言うと「あー…猫ってそういうのするって聞いた事ある」と納得した。



 ─── 猫 ───



「人数は、9名か。何やら屋敷周辺に仕掛けている輩と侵入しようとしている輩がおるな」

 屋根に登って観察していたが、その耳がトンデモナイ発言を聞き取った。

「なあ、ヤベぇのは兄貴一人なんだろ?美少女二人は持ち帰らねぇか?」

「ばっか。一人は野郎だぞ?」

「それが良いじゃねぇか。兄貴の寝室側に爆弾仕掛けてあと周辺仕掛けたんだから兄貴のところ先に爆破して混乱している中戴くとかよぉ…」

「…まあ、問題は無いな。よし、攫うか」


 い ま な ん て い っ た?


 今攫うと?あのいつも美味しいご飯をくれる愛らしい少年を攫うと?

 妹はどうやっても攫えないだろうが、あの子は違う。

 しかも下卑た思考であの子を穢すとは、万死に値する。

 姿を消し、奴等の仕掛けた何かを全て爪で切り裂く。

 気が逸って設置している輩ごと切ってしまったが、まあ死んではいないので些事だ。

 五匹は潰したが、残り四匹…と、ここで主が動いたようだ。

 瞬時に四匹の気配が消えた。

 いや、離れた場所で、どうやったらそんな同時に倒せる?

「警察は呼んであるが…爆弾を仕掛けていたのか。逃げられないように手足の腱を切るとは、やるな。しかし爆弾か…襲撃ではあるが襲撃ではない…いや家族が巻き込まれる可能性に対しての不安感だったか」

 主が息を吐く。

「で?何故そんなに殺気立っていた?」

「一部の愚か者どもがお主を殺し、残り二人を攫おうと計画していたのでな」

「───何?」

 瞬時に濃密な殺気が辺りを覆う。

「娘の方は自力で何とでもなると思うが、あの子には食事の恩もあるし何よりも危なっかしいのでな」

「そうか。すまんな」

 主は何か思案する。

 そして何を思いついたのか悶え苦しんでいる狼藉者のもとに行き、

「助かりたいか?」

 突然とんでもない事をそやつに聞いた。

「ああっ!勿論だ!」

「ならば組織として俺やこの家に住む者達を襲わないと誓えるか?」

「誓う!」

「この中型魔水晶1つを捧げ、契約を聞き届け給え」

【もし一方的に契約を破棄した場合、その者の組織に属する全員が二刻の間、目から血の涙が止まらないであろう】

「!?」

 主、今何をした!?

 主は何も言わずにポケットから小瓶を取り出し、男に振り掛ける。

 と、男の怪我が治り、動けるようになった。

「っ!」

 男は仲間を置いて慌てて逃げ去っていった。

「───さて、どうなることやら…」

「いや、今何をした?」

「通常はしないんだが、このスキルを司るナニカに財等を捧げて依頼をしただけだ。「俺は此奴を助けるが、恩を仇で返した場合にこの捧げた対価に適した罰を下してくれ」とな」

「結果は二刻の間、目から血の涙が止まらなくなると?…それは軽すぎないか?」

「全員だぞ?しかも量は言われていないが、止まらなくなると言っている以上、結構な量だろうな」

「……神のさじ加減という事か」

 昔も今も、神とは恐ろしいモノよ…

「神かどうか分からんが、そうなるな…ようやく来たようだ」

「警察か。サイレンやピカピカ光らせてはいないな」

「夜に近所迷惑なことはしたくないんだろう。毎度過ぎてな」

 バンッとドアを勢いよく閉める音がし、誰かが走ってきたようだ。

「襲撃はどうした!」

「9名だが1名逃がして残り8名だ。それと爆弾が数カ所に設置されている」

「爆弾処理班呼ばないといけないのか!」

「ああ、いや、コイツが切り裂いているから問題は無い」

 そう言って主がこちらを見る。

「………ああ」

 もの凄く納得したように頷く───ああ、思い出した。磯部、だったか。

 その磯部が後ろから駆けてきた男達に指示を出して全員を拘束し、連れて行った。

「そのまま回収しても良いか?」

「設置したばかりのようだから…問題無い」

「了解した。とっととこちらで回収したら帰らせて貰うぞ」

「ああ───ああ、友紀にチクったな?」

「!?」

「あの子に要らないことを言うなよ?」

「………うッス…」

 警察って脅して良かった?

 そんな事思いながら磯部が去っていくのを見送っていると、

「いつものように友紀の所に行ってやってくれ」

 バレてるぅ…

 毎日あの子の隣で寝るのがバレていた…

「恐らく来るなら今夜だろうからな」

「まさか」

「早めに戻ってくるが、来た時は宜しく」

 主はそう言ってニヤリと笑った。



「───さて」

 ダンジョンに入り一周だけ回り、すぐに外に出る。

 そして少し早足で家へと向かうと20名あまりの武装集団が事故を起こしていた。

 やはりか。

 道路で横転している車や炎上しているワンボックスカーなど数台あり、全員が外に出てもがき苦しんでいた。

 両目からは大量の血が流れ落ち、恐らく視界はほとんど見えないだろう。

 車と武装集団を光壁で囲み、動けないようにした後に俺はスマートフォンを取り出し、磯部課長へ連絡を入れる。

『今度は何だ?』

「───先程車の大規模事故の通報があったかの確認ですが」

『ああ、あったが…まさかお前の仕業か?』

「違うとは言い切れません…うちを襲撃してきた連中で確定です。誓文を破った結果、目から血を流しています」

『…俺等もすぐに向かう。さっき捕まえた連中もそうなっている可能性は?』

「あるでしょうね。組織に属する全員二刻の間、目から血を流すという誓文ですから」

『…分かった。相手は武装しているんだよな?』

「ええ。現在隔離していますので早めにお願いします」

 それだけ伝え、通話を終える。

 十中八九来るとは思っていた。

 もし確実に来るとしても人員手配と武装準備に3~4時間は掛かると考えていたし、襲うと判定した時もしくは殺意を持って俺もしくは襲撃対象を視界に収めた時発動するのだろうと思っていた。

 でなければ目から血を流すなんて殺意の高い処断を下さない。

 超常的なナニカは友紀に対して過保護なのだろう。

 そしてこの組織全員がこのまま何もしなければ目から血を流し続けて失血死する。

 それくらいの勢いで両目から血を流しているのだ。

 集団の周りは血溜まりが出来ている。たかだか血の涙…のはずだが、結構な量だ。

 救急車が数台来た。

「岩崎さん!?」

 見知った救急隊員が俺の元に駆け寄ってきた。

「見てのとおりテロリスト達のようですが…拘束して搬送する必要がある」

「…全員、目から血が出ているんですが…あれは…」

「誓文によるものです。恐らくここに居る人間だけでは無くあちこちでこのテロリストの関係者も同じように血涙を流して助けを求めているはずです」

「…血が足りなくなりますね」

「でしょうね。磯部課長がそろそろ来ますが、拘束はどうします?」

「……危険があるので、もう少しこのままで」

 隊員の言う通り警察が来るまで暫く現場に待機することにした。


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