第17話 はじめてのえんせい(ダンジョンは業務終了致しました)

 おっさん達に囲まれる事件から数日経った。

 相も変わらず大学とダンジョン通いの毎日。

 時折静留が家に来て友紀の料理を食べて凹んで帰っていったり、食材を持って来て友紀と一緒に作ったり…俺、何もしていないな。

 静留の親父さんから協会及び合同買取所にクレームを入れたらしいが、こちらへは一切回答はない。

 そして最近使っている買取所から何故か追加報酬が振り込まれていた。

 ───結構な額だ。これ、税金引かれての額なんだよな…

 いつものように家族口座と何かあった時用の口座に振り分ける。

 さて、マジックバッグも大物が消えたから結構空いている。

 少し離れたダンジョンに行くか?

 あまり規模の大きくないダンジョンがいいが…

[兄さん。遠くに出るの?]

 友紀が猫と共に俺の部屋に入ってきた。

「近場に手頃なダンジョンがないか検索していただけだ。遠出はしないぞ?」

 そう言うと、友紀は少し考える素振りをし、

[静留さんに聞いたら分かるんじゃないかな?]

 そう言ってきた。



「ありますよ」

 キッチンで後片付けをしていた静留が事もなげにそう言った。

「あるのか…」

「隣の県ですが、どうも狭いダンジョンらしく、しかも小鬼しか出ないため退治も定期的に中務省職員が駆除しているらしいのです」

「潰さないのか?」

「それがどうも最深部に続く場所が狭くて奥へ入れないようなんです」

 ───明日、行ってみるか。

「明日行かれるのですか?」

「ああ。場所は?」

「ここです。駅から歩いて20分程の…」

「…8時半ごろの電車で11時20分ごろか…往復4千〜5千円か。よし、行ってみるか」

「小鬼が出るのですよ?」

「常連となっていた敵だな」

「…そう言えるのは結羽人さんくらいかと思います。普通の探索者では勝てない相手なんですが…」

 ジト目で言われてしまった。

「明日は朝から出て11時半ごろからダンジョンへ入り、15時50分発で帰ってくる。家に着くのは…19時過ぎになるだろうな」

[兄さん。明日のおやつはガトーノワを作る予定だけど…]

「………残「私がお邪魔します!」と言うことらしい」

[ん。兄さんの分、一切れ残しておくね]

 うちの弟を嫁にしたいんだが…



 さて、現場に到着したが…本当に人気がない。

〈ニンキ〉ではなく、〈ヒトケ〉がない。

 そして禍々しい気配が入ってもいないのに感じる。

 …まあ、入ってみれば詳細は分かるか。

 光壁を展開し、中に入った。

 すると小鬼と即エンカウント。

 その十数体。前から横から上からと一斉に攻撃してきた。

「聖職者を舐めるなよ?」

 聖光を一気に放出し、全方位への聖圧を掛ける。

 光壁が弾け飛び、その破片が小鬼達に突き刺さり、更には聖光の奔流によって消滅した。

 …これ、中務省の職員来ていないんじゃないか?

 俺は落ちているアイテムを収納しながら辺りを見回す。

 幅およそ2m半程度。高さは3〜4mで地上2m付近に棚のような段差がある。

 さっき上から襲ってきた小鬼はここから跳んだのだろう。

 小鬼メインというのなら話が早い。

「聖光、獅咬拳!!」

 溜め無しで子獅子を出す。

 二頭は出てきたと同時に周辺を見まわし、目をキラキラさせる。

「ここに人はいないと思う。とりあえず周辺の掃討を頼んだ」

 俺の台詞と共に二頭が一斉に駆け出した。



 奥で何か吼える声が聞こえ、少し走って現場に向かう。

「…来ていないのでは無く、やられたのか。いや生きてはいるが」

 脇腹と太股を喰われ虫の息な状態の女性職員。

「これは…仕方ない」

 そう自分に言いながら回復薬を二本取りだし、各部位に掛ける。

 そして素早く全身を聖光でコーティングし、治癒を施す。

 組織再生は回復薬に任せ、俺は周辺のガワと維持に力を使う。

 獅子たちは俺等を守るように周辺をグルグル回っている。

「行って殲滅してきて良いぞ。俺の分は残せ」

 そう言うと二頭はすぐに奥へと駆けていった。

「…ぁ、と」

「協会から怪我を負っていても回復させないよう指導を受けているが、義によって助ける。ただ、最低限だということは理解してほしい」

「っづぅ…ぃげ、て」

 痛みに顔を引き攣らせながら必死に何かを伝えているが、言葉になっていない。

「む?回復薬の効きが悪い…臓腑の一部が欠けているのか…仕方ない」

 聖光のコーティングをしたまま追加の回復薬を投入し、更に一点集中の治癒を掛ける。

 この血溜まりを見るに出血性のショック症状が起きかねないか・・・

 あまり使いたくはないが、裏技を使おう。

 4本目の回復薬を取り出し、そこに癒しの波動と祈りを同時に掛ける。

「っ…!」

 制御が、難しい!

 同時並行でいくつものスキルを使用しているために俺にダメージがきた。

 行う事2分、青白く光る回復薬が出来上がった。

「動けるか?」

 ───いや、そんなあり得ないものを見るような目はやめて欲しいんだが?

「…まっ、だ…きつぅ、ですが…」

 手が震えている。

「これを飲め。内側からも作らないとお前の体が保たない」

 そう言って蓋を開けて口に流し込む。

「今飲ませたのは手製の回復薬だ。絶対誰にも言うなよ?」

 俺はそう念を押し、しばらく待つ。

 手製といった理由は、増血作用もある何か特別性になった回復薬だからだ。

 部位の修復スピードが上がり、増血作用もある。ただし俺が疲れる。

 多分疲れだけではなく俺が生命力か何かを多少前払いしている状態なんだろうな。

「…う、そ…」

 女性職員は呆然とした表情でそう呟いた。

 脇と太腿が剥き出しになっているな…流石に年頃の子がこれだとマズイか。

 バックパックを下ろし、中からもしもの時の着替えを取り出して女性職員に渡す。

「流石にそれだと外聞が悪いだろう」

 俺にそう言われ、初めて自分の格好を理解したようで顔を真っ赤にして服を受け取った。

「ありがとう、ございます…」

「もう大丈夫だな?」

「はい。着替えて戻るくらいは。貴方は」

「奥に行く。入り口の小鬼は始末してあるから安心して戻ってくれ」

「しかし、現状あり得ない状況ですので」

 まあ、俺のために言っているんだろうが…

「スタンピードというわけではないようだから問題はない。小鬼は散々相手したんでな」

 俺はそう言って立ち上がる。

「あっ、私は───」

「中務省職員だろ?感謝なら静留…中条のお嬢さんにしてくれ。彼女がここを紹介したんでな」

 ほぼ回復したようなので聖光のコーティングを解除する。

「無理せず病院で再確認してほしい」

「…わかりました」

「ではな」

 それだけ言って俺は子獅子たちを追った。



 ───いや、どんだけいたんだよ。

 せっせと落ちている魔水晶や包丁などを拾う。

 そして子獅子たちはまだ奥だ。

「………」

 既に50は拾っている。

 これ、奥の狭い部分が広がって出てきたとかじゃないのか?

 そうなると奥には色々いるんだろうか。

 よし。良い修行になるz…

 かなり奥の方で子獅子たちの咆哮がし、同時にダンジョンが揺れた。

「…まさか」

 嫌な予感がした。

 周辺のものは拾い終わっているため走る。

「俺はまだ一戦しかしていないのにダンジョンを攻略したのか!?」

 光壁を前面下部に展開し、落ちている物に触れて収納するという横着をしながら先へと進む。

 そして俺が入れない細い亀裂が行く手を塞いだ。

「邪魔だ!」

 聖光で創り上げた刀で斬撃を二度、左右の亀裂へ向けて縦に放つ。

 光の斬撃が裂け目の出っ張りを切り裂き、俺が通れるレベルになった。

 問題ないな?よし。

 そして突入した先は…首を食い破られ今まさに消えようとしている大鬼がいた。

 お前ら…子獅子状態でも鬼や大鬼倒せるのか…そして俺の分は?

『褒めて褒めて!』と駆け寄ってきていた二頭が俺の分を残せと言ったことを思い出したのだろう。そっと顔を逸らした。

「…遊びたい盛りだもんな。狩りの勉強だもんなぁ…」

 そう言いながら二頭を撫でる。

 切り替えが大事だ。こいつらは俺のためにやってくれたんだ。

 金棒やら刺股やらが大量にある。

 そして目立つのは一振りの剣だった。

 仏敵である鬼が持っていて良い剣ではない。禍々しいが、神々しさもある歪な剣。

「とりあえず浄化しよう」

 調べる事なく問答無用で周辺一体を聖光で清める。

 ゥン───ズズッ、

 地鳴りと共に微振動がする。

 ある程度拾い終え、周辺の確認をしている最中だったため、これがダンジョン崩壊の前兆かと警戒しながら急いで来た道を戻る。

 そして振動は激しくなり始め、奥の方から崩落が始まった。

「…ダンジョン崩壊は、中にいる連中をまとめて潰す手段なのか」

 自然崩壊ではない。

 恐らく奥の何かが失われると奥から順に崩壊するようできているのだろう。

 ダンジョンの外に飛び出し、振り返るとそこにはもう何もなかった。

「…不完全燃焼だが、まあ仕方ない」

 ため息を吐きながら時間を確認する。

 ───時刻は14時41分。かなりの時間が経過していたようだ。

「人命救助ができただけでもよしとしよう」

 俺は自身にそう言い聞かせ、駅へと向かった。


 ───中務省陰陽局監視課───


「───は?」

 中務省陰陽局監視課長はその報告に繰り返し確認をした。

「ダンジョンが、ないと?」

「はい。応援部隊が駆けつけた時には」

「小鬼が数体出ただけでも事件なんだぞ?」

「間違ってはいません。GPSで確認もしてあります。救助された井ノ原が言うには救助者は入り口にいた小鬼たちを全て倒してあったと」

「あり得ない。見間違いじゃないのか?」

 あくまで気が動転しての間違いだろうという課長に対し、

「襲われ、カメラが壊されるまでの間に転送されていたデータを見る限り、十数体は確認できています」

 報告者は映像資料によって勘違い論をバッサリと斬り捨てた

「…奇襲で重傷を負った井ノ原に惜しげもなく回復薬を…で、容体は」

「完治状態です」

「は?」

「井ノ原が言うには惜しげもなく回復薬を4本使ったと」

「どこのお大臣だ!?資産家でもそうそう持ってないぞ!?」

「探しますか?」

「…一応、確認だけはしておいてくれ。それと中条のお嬢様の指示と言ったと?」

「紹介で、と」

「…中条グループか。他と違ってあちらはあまり探れないんだが」

「何かありましたか?」

「送り込んでいた人間がクビになった」

「は?」

「とんでもない不手際をしたようでな…社長の大切な恩人であり商談相手をぞんざいに扱うどころか追い返そうとしたらしい」

「それは…」

「しかもその時の取引額が数千万だ。それも最低価格でらしい。それを無しにされそうになったと」

「しかしそれだけでクビには」

「過去にやっていた情報供与がバレていた」

「………」

「だから探れないんだよ」

 疲れたように言う課長に報告者は何とも言えない顔をする。

「どうも協会が色々とやらかしているみたいでな…あそこは防犯カメラ含め色々見直しているようだ」

「───協会のやらかしについてですが、どうも回復職にダンジョン内での救援活動を行わないよう指示が出ているらしいのですが」

「馬鹿な!そんな事すればとんでもない事になるぞ!?」

「どうやら本当のことらしいのです。情報が拡散されていました。恐らく井ノ原を救助した人物は直接そう指導されたようですが、義によって助けると」

「今現代に生きている人間じゃないだろ.絶対!…あー、とりあえず協会に指導行うよう経産省経由でクレーム入れてくれ。うちの局員殺す気かって」

 色々突っ込み疲れたのか椅子に深々ともたれかかり課長は大きなため息を吐いた。

 ───そして30分もしないうちに別からのとんでもない情報に悲鳴を上げることとなる。


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