第15話 戦々兢々として深淵に臨むが如く薄氷を履むが如し

 あの騒ぎから数日が経った。

 毎日ダンジョンへと入ってはいるが、アレ以降妖魔の類は出てこない。

 ただ、ダンジョンモンスターとしての獣は少し強くなった気がする。

 中層部に入ってくる人も増えたものの、連携して襲ってくる獣達に重傷を負って撤退を繰り返している。

 俺の横で。

 獣も探索者も俺を避ける。

 探索者は分かるが、獣。お前はダメだろ。

 両者とも俺の側に来た瞬間「あっやべっ!」って顔して距離を取るとかイジメか?

 何が原因だろうか。

 やはり大熊の攻撃を1時間耐久受け流しの後、通常攻撃でボコボコにして倒したのが拙かったか?

 それとも狼の群を1時間いなし続け、その後飛びかかって来たら鼻先捕まえて投げたのがいけなかったか?

 スキル無しでのいい練習だったんだが…まあ、無理に俺の修行に付き合わせる必要は無いか。


 一通り採掘を終え、いつもの買取所へと向かう。

 あれ以降合同買取所へは行っていない。が、そろそろ行かないとマズイか…収納バッグが限界だ。それに、

「…いらっしゃいませぇ…」

 この買取所の受付嬢がかなりオーバーワーク気味のようなのだ。

「大丈夫か?」

「まだまだいけます…こんな貴重な物に触れられるチャンスを手放すなんて…」

 いやダメだろ。後ろに転がっている高そうな栄養ドリンクを片付けてから言って欲しい。

「それにうちみたいな木っ端会社は人手が足りないので私が倒れたらここを閉めなきゃ…」

「ブラックでは?」

「毎日何往復もしているお客様ほどでは…」

「俺は個人事業主。そちらは?」

「一般社員です…」

「明らかにオーバーワークですよね?」

「……はい…」

「もし買取量が足りないというのであればすぐにでも解決出来るのですが」

「!?」

 受付嬢がもの凄い勢いで俺を見る。

「買い取れますか?」

「はいっ!」

 外に聞こえるのでは無いかという大きな返事だった。

 いや、ちょうど良かった。あの時の魔石や鉱石が大量にあって既に収納バッグがパンパンだ。

「まだ行ける。イケルイケル!、諦めんなよ!」など声を掛けると頑張ってくれたんだが、流石に限界はあったらしい。

 今日とうとう入りきらずにバックパック満載だ。

「収納バッグに入っているのですが、そのまま出しても?」

「しゅっ!?…少々お待ちください!」

 バタバタと大急ぎで奥に行き…カートにポリバケツを載せてやってきた。

「こちらにっ!お願いします!」

「まとめて出すので鉱石と魔水晶が混ざりますが?」

「大丈夫ですっ!」

「では」

 俺は勢いよくポリバケツに中身を出す。

 数秒で一杯になった。

「しょ、うしょうお待ちください!」

 ガラガラとカートを押して奥へと入っていき、奥から数人の悲鳴が上がった。

 そして再度からのポリバケツを載せてやってきた。

 再び中身を出し、すぐに一杯になる。

 受付嬢は狂喜乱舞しながら奥に行き、再び奥から悲鳴が上がる。

 鉱石より魔水晶の方が多いはずなので、恐らく現時点で100万円は超えていると思う。

「ひぇぇぇっ!」

 あ、鬼の魔水晶も入っていたな?…と言うか、まだまだあるんだが…

 3杯目は流石に厳しいらしく、今日はもう臨時閉店らしい。

 買取額は300万を少し超えた程度だったが…経営状況大丈夫かと少し不安になった。

 いや、考えてみればバックパック6~8回分で300万越えは高くないか?

 …ますます合同買取所に行きたくなくなってきたぞ?

 だが、鉱石の金額は恐らく同じだろうし、容量も少し空いた。もう一度潜るか。



 事件なんてそう起きるものでは無いし、事故もそうだ。

 そうだよな?

 現状確認。

 朝8時40分。通学中の歩道。

 俺目掛けて車が車道より突っ込んできて大破。

 正確に言えば突っ込んできた車を避けた所、その車がそのまま壁にぶつかって前面が完全に潰れている。

 まあ、よくある事故だ。

 おっと、抱きかかえていた女性をゆっくり降ろす。

「お怪我は?」

「あ、はい…大丈夫、です」

 無事らしい。

 そのまま救急車を要請。場所と状況、名前を言ったら『5分以内に!』との回答があったため、仕方なく待つ───っっ!?

 車等を囲むように光壁を展開する。

 直後、洒落にならない大爆発を起こした。

 ……おいおい。洒落にならんぞ?

 スマートフォンを取り出し、磯部課長へ電話を掛ける。

『なんだ?テロに巻き込まれたか?』

 開口一番にそんなジョークが飛び出したが、

「はい。車に爆発物を詰めての自爆テロです。相手はスイッチを押して自爆しました」

『何処だ!?』

 場所を言い、救急車を先に呼んであると伝えると『すぐ向かう』と言われ通話を切られた。

「失礼。現在救急、警察の両方を呼んでおりますので皆さま急いでこの場を離れてください。

 写真撮影などされた場合、犯行組織に狙われる可能性がありますのでご注意願います」

 そう言った瞬間に数人の野次馬が慌ててスマートフォンを片付けた。

 あ、救急車と消防車が来た。



 ───消防士───



 車が完全に大破してほとんど原形を残しておらず、爆発のすさまじさを物語っていた。

 そんな中一人の青年が駆けつけた我々に手を上げる。

「今ここの部分だけ解除しますので、急ぎ消火をお願いします」

 何か特殊なスキルを持っているのか、青年はそう言ってきた。

「分かりました!」

 俺達は急いで車に戻り、ホースを伸ばして再び駆けつける。

 俺等の後ろには救急隊員が来ていたが愕然としていた。

 そりゃそうだ。こんな状態だと生存は絶望的だろう。

「開けますよ。一気に炎が噴き出します」

 青年がそう言ったと同時に炎が一箇所から吹き上がった。

「放水開始!」

 俺の台詞に一気に放水がなされ、炎を消し去っていく。

「救急隊員の皆さん。中の人を拘束し、病院へお願いします」

 ───は?

 何を言っているのか分からないという顔の救急隊員。そして俺等。

「運転席のテロリストは隔離していますので無事だと思いますが、事故のダメージは確実に負っています。

 テロリストですので他に何か仕込んでいる可能性もありますので細心の注意を」

 と、言っている側からパトカーが数台やってきた。

「マジか…マジだよおい」

 と言いながら刑事がやってきた。

「事故だろ?事故だと言ってくれ」

「残念ながら自爆テロです。目の前でスイッチ押されましたし、後部座席部分に仕込まれていた爆弾が爆発しましたから」

 呻く刑事に青年が事もなげに言い放つ。

「済みませんが、犯人確保と同時に救急搬送お願いします」

「……分かった。大学には俺から連絡を入れておく」

「───と、言うことは、同行ですか?」

「当たり前だろうが…数日前の件も合わせて説明するから。と言うか恐らくそれ絡みだ」

「…分かりました」

 ため息を吐く青年に、それ以上のため息を吐き返す刑事。

「おい、水、止めろ止めろ!」

「っ、ああ、放水止め!」

 救急隊員が俺の肩を叩き、俺は慌てて放水を止めた。

 車は原形を留めていないが、運転席があったと思しき所に中年男性が何かを握ったまま気を失っているのが見て取れた。

 警官二名と救急隊員がその男性を運び出して救急車の方へとストレッチャーで運んでいく。

「…映画とかであるような事って、現実でも起きるんだな」

「なんたって岩崎案件ですから」

「…えっ?マジであったのか!?」

「岩崎案件だから緊急出動で尚且つかっ飛ばしたんじゃ無いッスか。俺二回目ッスけど、凄いっすよねぇ…あの人全然平然としているというか、歴戦の兵士みたいな感じで」

 驚く俺に同僚は事もなげにそう言うと、「ホース巻き終えたそうっすよ」と言って消防車に戻っていった。

 救急車が発進し、青年の乗ったパトカーも発進。現場検証等の警官や今到着した鑑識の皆さんが車や周辺を確認し始める。

「───本当に、現実なんだな」

 俺はそう呟きながら車へと戻った。



「今回も完全に巻き込まれですか?」

「お前さん関連を巻き込まれと言って良いのかどうなのか…ただまあ、巻き込まれと言えばそうだな」

 後部座席ではなく助手席に乗った俺は世間話がてら数日前の事件について聞いた。

「お前さんが救出したボロボロの女性がいただろ?あの明らかに助からないレベルの」

「協会と揉めた時の?」

「そう。その人物はイギリスの大企業のトップだったらしい。若くして経営を引き継ぎ、更に業績を伸ばしたバケモノだそうだ」

「それが何故あんな所に?」

「魔水晶が大量に取れると聞いて来たらしい。現にいくつか買取所で見せてもらい、発掘出来ると───どうした?」

「魔水晶は発掘出来ませんが?」

「は?」

 驚いて此方を見る磯部課長に「前、前」と言って安全運転を促す。

 前見て運転しろって…

「魔水晶は餓鬼や小鬼、鬼などを倒した際に体感7~8割の確率で落とす代物です。間違っても採掘されることはありませんし、恐らく俺が売ったものかと」

「………ああ!あの映像に映っていたやつか!アレが魔水晶…」

「あのビー玉のような大きさで33000円らしい」

「水晶球よりは高い…か?」

「それを幾らで売りつけているかは知らん。ただ、合同買取所以外だとそれ以上の価格で買い取っているな」

「ほぉ…話を戻すが、それを確認に行くと言った結果らしいが…これらのことは仕組まれていたらしい」

「………」

 だろうな。

「しかもお前さんを馬鹿にした男が絡んでいたようだ。夕方に大声でハズレ職の学生でも採れますとほざいていたみたいだからな」

 うわぁ…協会大変な事になってないか?

「まあ、アレ以降言われたとおり救助活動はしないことにしているが」

「おまっ!マジか!?」

「前を見ろ。前を」

「っとぉ!?」

「協会にとっても、仕掛けた相手さんにしても、お前さんは天敵だな」

 これ見よがしに大きくため息を吐く磯部課長。

 まあ、良く言われる事だから言い返すのも何だが、力のない聖者系職に怯えている時点で自身にやましいことがあると明言しているようなものなんだがな…

 聖者系の根底にあると言われている『因果応報』概念。

 これが作用している以上、聖者系に対して悪意などを向けなければ問題はない。

 ただそれだけなんだがなぁ…


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