第13話 超必殺技を使わざるを得ない件と女難フラグについて

 何百もの獲物を狙う目に晒された女性二人はその場にへたり込んでしまった。

「そこの護衛!この二人を連れて急いで逃げろ!こいつらは階層を無視する。時間は稼ぐ!」

 そう叫んだが、人間性が出たのか、護衛の一人が突如踵を返し走り出す。

 それに釣られて男たちは一斉に同じように駆け出した。

 足手纏いを連れて逃げても逃げきれないと悟ったのだろう。

 まあ、生きる上では間違いではないが、護衛としては最悪だろう。

 民間の警備なんだろうが…いや、そもそも日本人ではなかったな。

 心が落ち着いてきた。

 諦観ではない。守らなければならない者がいる。死力を尽くすには良い技もいくつかある。

「二人とも、俺の後ろに。そこに居ては奴らの殺気をモロに浴びる」

 静かにそう言うと女性二人は這うように俺の後ろへと移動してきた。

「彼等が全力で援軍を連れてくるのが先か───俺がこいつらを滅するのが先か……」

 全身に力を巡らせる。

 密度を極限まで高め、出力を高めにした聖光を敵へとぶつける。昼に使った技の対物用の技。

 力を巡らせながら聖光をその身に纏わせては体内に取り込む。

 それを4度。

 実験段階では2度取り込んだ時点で限界だったが、訓練はするものだ。

 全身の血管に小さな針が刺さり、血液が通る度に引っかかるような痛みがあるがさっきの真偽眼鑑定の時ほどではない。

「───心は無念無想に非ず。ただひたすらに不退転…今この時は聖者に非ず」

 守るべき者を守れず倒れる聖者ならば不要。

 あと一段階聖光を追加する。

 ブチブチと幻聴が聞こえる。視界が赤くなる。

 頃合いか…

「聖光ゥゥゥッ…獅咬拳ンッッ!!」

 俺の突き出した両手から聖光でできた巨大な雄雌一対の獅子が現れ、妖魔の群の前にある光壁を体当たりでぶつかり───まとめて押し流してしまった。


 ───女性視点───


 それはあり得ない光景だった。

 絶望だった。

 あの方こそ我々が捜していた方だと思い中層まで急いで向かった。

 護衛達は「我々のこの装備では上層部が限界です!中層に入れば守ることは不可能です!」と言っていたがそもそもの契約は中層上部までの往復護衛契約だ。その事を告げると渋々と着いてきた。

 少し彷徨いながら中層をくぐり、暫く歩いているとあの人らしき姿が遠くに見えた。

「見つけましたわ!本当に───」

 駆け寄りながらその先を言おうとしてあの人が何をしているのかが分かった。

 たった一人でダンジョンスタンピードを食い止めていたのだ。

 そして化け物達の目が声を上げた私を見て全員が興奮したように騒ぎ出した。

「急いで協会に連絡をっ!ダンジョンスタンピードが起きていると!」

 彼は大声を張り上げたのはモンスター達から少しでも私達への目を引き離そうとしていたのでしょう。

 そして私達に対して「逃げろ」と言いたかったのでしょう。

 しかし、私とメイドのアンは一斉に向けられた殺意の視線に晒されたことで逃げることは愚か動くことすら出来ずその場にへたり込んでしまった。

 その後彼は私達の護衛に私達を連れて行くよう言うが、全員逃げ出してしまった。

 ───護衛失格とは即断出来ない。中層上部と言うよりもここは中層中部だろうし、元々彼等は装備が装備なのでと渋っていた。

 まあ、最低でもつれて逃げてもらえたら私は聖女職でアンは看護師。自力で回復をし、足手まといにはならなかったはずですが…そう考えると失格ですね。

 どこか諦めてしまっていたようで他人事のようにへたり込んだままボーッと見ていたら彼から優しげな声で自分の後ろに移動するようにと声を掛けられた。

 私はアンを見、アンも震えながら頷いて何とか彼の後ろへと移動しました。

 彼はまだ諦めてはいない。

 こんな絶望的な状況で。

 好戦的な笑み…いえ、苦しい時だからこそ私達に絶望を見せまいと気丈に振る舞っているのでしょう。

 その時まではそう思っていました。

 しかし、次の瞬間、馬鹿みたいな。本当に馬鹿みたいな力が彼に降りかかり、それが彼に吸収されていった。

 無茶です。

 聖光スキルは破邪で、体内に取り込めば多少なりとも自身が聖属性となり対デーモンの切り札となるのは知られていますが、限度を超えると属性変動に体が耐えきれず崩壊もしくは聖骸化すると最近の研究データが出ています。

 しかし彼は4度も行った。

 常人であればあのレベルの聖光を1度でも取り込めば崩壊は間違いない。

 痛みに一瞬でも屈してしまえば聖光が体から吹き出す。

 しかし彼はまったく屈していない。

「───心は無念無想に非ず。ただひたすらに不退転…今この時は聖者に非ず」

 難しい言葉があり、全ては分からないまでも後ろに下がらない。聖者であることを今は破棄すると自身に告げていた。

 職業破棄の宣言に等しいその言葉を言いながら───彼は更に二度聖光を身に纏った。

 周辺が彼から発する聖気によって浄化され、その異常さに光の壁を焼かれながらも叩いていた狂気の小鬼達すら気圧されていた。

 そしてついに。

「聖光ゥゥゥッ…獅咬拳ンッッ!!」

 魂からの咆吼と共に両手を前に突き出し、そこから体高2メートル以上、体長は尻尾を入れずとも4~5メートルはあろうかという大きな光のライオンの雄と雌が咆吼と共に跳びだし、光の壁に激突してそのままそれを押したまま駆けだした。



「「ええええええええええええっっ!?」」

 後ろで今まで震えていた二人がまさかの展開に困惑の声を上げた。

 うん。俺もはじめは思った。

 極太レーザー砲イメージだったのに光の獅子とは…ってな。

 ただなぁ…あの子達やんちゃなんだよ。

 通常で出すと子ライオンなんだが、餓鬼を引っ掻いたり転がして遊ぶ。

 次の段階だとちょっと成長するものの、やはりやんちゃ盛りなのか光壁をすり抜けたり光壁を蹴って三角跳びしたりする。

 今が4段階目だから今後は3段階限界がベストだな。

 そんな事を思いながらあの子等を追おうと足を前に踏み出そうとしたが、力が入らずガクリと片膝を着く。

「っぐ…」

「大丈夫ですか!?癒しを!」

「気を確かに!治療を行います!」

 女性二人は回復を使えるようだ。

 ただ、まだ未熟なのかそれとも俺が力を使いすぎたからなのか、回復が遅い。

「……大丈夫だ」

 ポーションを取り出してそれを飲み、立ち上がる。

「歩けるか?」

 二人を見ると、先程のトンデモナイ光景に色々吹っ切れたのか僅かな怯えはあるものの、こくりと頷いた。

 そして進んだ先は…ある意味大惨事だった。

 鬼達が縦横回転で転がされたり、猫パンチでバッサリ切り裂かれたり、餓鬼や小鬼が右往左往している中、尻尾で弾かれて消えたり…

 金砕棒や刺股、薙刀、斧まであるな…ノコギリはないのか…ふむ。全て浄化されているな。周辺にも水晶球や包丁、短刀なども浄化されて転がっている。

 やはり同じ物を複数収納しても複数のスペースを取らないのは有り難いが…むっ?

 ポーチが落ちている。

 試しに収納してみる。

 …所有権は俺のものか、破棄されているのか…

 このポーチの中身は…空か。ならドロップ品の可能性が高いか。

 とりあえず周辺の小物を一気にポーチの中へ取り込む。

「それは…収納バッグ!?」

「お嬢様…夢を見ているのでしょうか…」

「夢…そうね。夢なら今頃私達はあの化け物達に食べられている最中なのでは?」

「───そう、ですね。失礼致しました」

 いや、そんなやりとり要らないから細かな物を回収するのを手伝って欲しいんだが…


「まさか全部入るとは…」

「収納バッグはやはり凄いわ…」

 彼女達は5分くらいは手伝ってくれた。5分くらいは。

 いや、確かに回収している最中にまだ逃げ惑っている小鬼達が…とか考えると確かにと思うが、俺が回収をはじめたら雄の方が側に来て手伝いはじめたからな?

 オマエ等は獅子以下となってしまっていたぞ?

『ガウ』

 お疲れさん…どうする?前回同様入口まで散歩するか?

『ガウッ!』

 …元気だなぁ…まあ、中層階なら全然問題無いことも分かったし、

『ガガウッ!』

「ん?今日は友紀手製クッキーはないぞ。また今度…ってオマエ等分かってるだろ」

『ガウゥ…』

「───ねえ、アン。私、あの人が使い魔?と普通に会話しているように見えるんだけど」

「お嬢様…ように、では無くそうとしか見えません」

「しかし、ダンジョンスタンピードが起きたと連絡していたとして、救出に来ると思うか?」

「来ないでしょうね」

「私もそう思います」

「…まあ、そうだよなぁ…普通に行くか」

 雄獅子を先頭に、雌獅子を最後尾にして入口へ向かって俺達は歩き出した。


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