第11話 精神的ダメージを受けたので10分休み

 静留と共に家路につく。

「今日も、ダンジョン?」

「ああ。今週に入ってようやく色々な苦労が形になってきたからな」

「…貴方が苦労している所を見た事がない気がするんだけど…」

「いや、かなり苦労しているんだが?」

 具体的には今現在も眠くて仕方ない。

 この三日間で睡眠時間は…4時間か。それで動き回っているわけだからそれは疲れも溜まるか。

 家に着き、それぞれ荷物を降ろして思い思いの事をする。

 うちの家では静留達は本当の自宅のように自由気ままに過ごしている。

 それを是としているし、息抜きくらいはしても良いと思っている。

 ───息抜きの限度を超えて人の部屋でおいたは駄目だが。

 ギリで俺のベッドで勝手に寝るのは…昔からされていたな。うん。

 夕食を準備して静留と佑那の団欒を眺めながら洗濯物をたたむ。

『妾の紹介はどうするのだ?』

 姿を隠していた怪猫が横に立って聞いて来た。

「あー…弟が来たらな」

 小声でそう返し、たたみ終わった洗濯物を片付けて先に明日の準備でもしようかと考えていると、

[ただいま戻りました]

 どうやら弟が帰ってきたようだ。


「二人に一つ報告がある」

「なんでしょう」

[?]

 不思議そうな顔をする二人に俺はスッと視線を右下に落とす。

「猫?」

[ねこ…?]

 猫と言うには大きい猫が姿を見せる。

「怪我をしていたので暫く面倒を見る」

[ん。了解]

「えっ!?」

[いつもの事でしょ?少し大きな猫でしょ?多分凄く賢いよ?]

「ええええ?」

[第一、静留さんが普通の反応なんだよ?安全という事なんだよ]

「───ずっといる事、気付かなかったんですが…?」

[佑那が?まあ、野性には付け焼き刃は通用しないという事じゃないかな?]

「むぅ…」

 呻く佑那に友紀が小さく息を吐く。

[夕ご飯の前に、この子洗っても良い?]

『!?』

[少し臭いよ?]

『!!?』

 洗うと言う言葉以上に臭いと言う言葉に衝撃を受けたようだ。

「どうせシャワーだけだろ?夕飯の用意をしておくぞ」

[うん。兄さんありがとう]

 友紀はそう言って怪猫と一緒に風呂場へと向かった。

 暫くして、

『ふにゃーーーーっ!!?』

 ああ、何か、『男ぉぉっ!!?』って副音声が聞こえた気がした。



 四人で食事をする。怪猫は俺の隣で塩抜きした煮干しをかじっている。

「そういえば、真子が捜索願出されていたのは知っているか?」

「えっ?」

[そうなの?]

「らしいぞ?まあ、見つかったが」

「では政人さんも?」

「いや、アレは下半身問題で実家に監禁されているらしい」

「ちょっ!?」

「話しておかないと拙いだろ?」

「あー…悪評は聞いていますが」

[そうなの?ちょっと変なお兄さんってだけじゃなかったんだ]

「ん?友紀、どういうことだ?」

[抱きついてきたりしてきたから組み手の練習かな?って投げていたんだけど…まだまだぁっ!って正面から抱きついてきたり?]

「何もされなかったか!?」

[?普通に崩して動けなくしたよ?なんか、ご褒美ありがとうっ!って]

「「「………」」」

[???]

「……凄く、聞きたくなかったわ…いや、友紀くんが狂わせたと言った方がいいのかしら…」

「友紀兄さんは……」

「何もされてないよな?変な所を触られたりとか」

[ないよ?痴漢とかじゃないんだから…はじめは色欲混じっていたけど、投げていたらそういうのもなくなっていたし]

「健全な運動で発散されたというのか…?」

「友紀兄さんの癒しオーラが欲望を凌駕した?」

「ああ、屈服に喜びを覚え始めたわけですか」

[えっ?]

 静留の台詞に友紀が首をかしげた。

「恐らく崩して倒した後、鍛えるから腕立ての間上に乗って欲しいとか言われませんでしたか?」

[二度ほど言われましたね]

「……当たって欲しくなかった…恐らくそれは友紀くんに乗られていることを喜んでいるんです…」

「「うわぁ…」」

 俺と佑那は同時にドン引きしてしまった。

[??楽しいんですか?]

「えっ?」

[僕が上に乗って、腕立てして、喜ぶ…意味が分からないんですが…]

「………ああ、友紀くんはどうかこのままで居てください…」

「結羽人兄さん…私、汚れているのかな…」

「現実を知っているだけだ。俺は友紀が心配だよ…」

[えっ?なんで!?]



 ダンジョンに行くついでにと静留を自宅まで送る。

「しかし…罪状が増えましたね。あの発情魔」

「何もなかったようだが、ある意味改心させていたとは…」

「改心していたら結羽人さんの部屋であんな事しないと思うけど?」

「発情期に入ったんだろうな」

「ありえそうで怖いわ…」

「でも、よかった」

「何がだ?」

「真子が見つかってです。何があったのかは今後分かるとは思いますが、とりあえず無事でよかったと」

「まあ、そうだな」

 会話が止まる。

「そういえば、親父さんはご在宅かな?」

「えっ?今日は恐らく居るかと思いますが…」

「色々迷惑を掛けているのでね…ちょっとした研究素材を提供しようと思ってな」

「研究素材、ですか?」

「ああ。恐らく必要では無いかと思ってな…早々手に入らない代物だ」

「ご挨拶ではないのですね」

「ん?普通に挨拶はするさ」

「そうではなくてですね…」

「……後ろに二人、か」

 練度は低い。ナンパか、突発的な強盗等の犯罪者か…

「すぐに気付くものですか?」

 前を向いたまま驚く静留だが、簡単な理由がある。

「ああ。周辺にいる霊が教えてくれるんでな」

「えっ?」

 ギョッとした顔で俺を見る。

「スキルの余波で暫く色々見えるんだ。だからなのか、わざわざ教えに来てくれる」

「……それは」

「狙いは静留らしいぞ?…ほう?」

 スマートフォンを取り出して昼にも世話になった人に電話を掛ける。

 2コールで電話に出た。

『はい磯部。今度は何だ?強盗か?』

「似たような件ですね。折井伸次郎という中年男性に聞き覚えは?」

『折井…折井…連続婦女暴行で手配中の男か!?』

「今、昼一緒だった友人と歩いているのですが、その人物ともう一人が後ろから付いてきています」

『場所は!』

「中条邸はご存じですか?」

『勿論だ』

「今そこに向かっています」

『……ルートは分かった。すぐ向かう』

 通話が切れた。

「今度お祓いに行きませんか?二人で」

「……そうだな」

 静留の気遣うような台詞に俺はため息交じりに頷いた。



「何というか、普通に捕まったな…もう一人も手配中の男だったし…兎も角無事で助かった。犯人とそちらの女性が」

「危険を教えてくれた方々がいたので」

「警察に一報せず?」

「……折井という男、暴行以上のことをしています。少なくとも四人」

「何?」

「メモを」

「あ?ああ…良いぞ」

「会社員、菊池秋26歳。女子大生、岡江玲奈20歳。主婦、氷川恵美31歳。高校生、叶井留奈17歳…二人は発見されていると思いますが、調べてください」

「………何が見えた?」

「見えたのではなく、今見えているのですよ。昼に使ったスキルの反動で」

 ゆっくり聖光を辺りに降らせる。

「君達に安らぎがあるよう願う…」

 聖光が数カ所、人の形を作るとそのまま上へと上がっていった。

「……犯罪を未然に防げないこの無力感は、辛いな」

 磯部課長の悔しげな呟きは聞かなかった事にして俺達は歩き出す。

「余罪含めて確認を頼みます。なんなら審判者として出廷しても構いませんので」

「分かった。今回も協力に感謝する」

 磯部課長はそう言ってすぐに引き上げた。

「結羽人さん…」

「運が悪かった。そうとしか言いようがないな。彼女らの最期を全て見たが、あの道を通らなければ、バスを1本ずらさなければ、戸締まりをしていれば、夜遊びをしていなければ…など、な」

「その可能性は今日の私にもあった」

「普段なら絶対に車だろ?俺が送るといったから歩いているだけで」

「ええ。しかし可能性というものはやはりあります」

「そう、だな。手の届く範囲にいる限りは、間に合うのなら守るよ」

「そこはもう少し格好付けて欲しかった…」

「あまり無理はするなと友人に言われているのでね」

 ニヤリと笑うと、静留はわざとらしく大きなため息を吐いた。


「おお、結羽人くん!久しぶりだな!」

「お久しぶりです」

 中条の邸宅に入るなり親父さんに捕まった。

「静留がいつも世話になっている。あの発情猿の件は迷惑掛けた…」

「いえ、今日新たにロクデモナイ事が判明したのでちょっとその事は…」

「ん?…まあいい。その格好という事は、今日もかい?」

「はい。日課のようなものですから」

「いや、日課でも君レベルのハードワークは…上級でも居ないぞ?」

「ご冗談を…ああ、静留さんにも言ったのですが、研究にちょうどよい素材があるのですが…」

 俺はそう言って辺りを見回す。

「素材?まあ、ここに出してもらっても構わないが」

「…大分大きく、重い物ですが…では」

 鬼が使い、浄化してしまった刺股をその場に出した。

「ちょ!?えっ?ええええええっ!?」

 恐らく中条グループの誰もが絶対に聞いたことのない情けない声が辺りに響いた。


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