第10話 理不尽という言葉はどの道理に合わないかによる。

 食堂がお通夜状態になったので席を立つ。そろそろ講義の時間だ。

「後は教室で話をしよう」

「あ、はい」

 静留は何度か食堂の奥を見ていたが、ため息を吐くと席を立った。

 教室に入り、ノートとテキストを取り出す。

「朝の件で言い忘れてしまいましたが、昨夜買取所でトラブルがあったとの事ですが…ご存知ですか?」

「深夜の不正査定の事か?」

「やはり結羽人さんでしたか…過去に一度買取査定について聞かれたことがあったのでもしやと父が」

 いや、買取所は複数の企業が出資してやっている所であって、連絡が回るのは早すぎないか?

「結羽人さん。貴方は各企業から最重要人物と見られているのですよ?」

「?どういうことだ?」

「鉱石と水晶球の納品実績が上級探索者及び上級ハンターに近いとの事です」

 小声で言いはしているが…それって、言って良い情報ではないだろ…

「漏れ聞こえてきた情報ですから」

 俺の表情から察したのかニヤリと笑う静留。

「…まあ、俺も聞きたいことがあったから不問にする」

「何でしょう」

 ───っと、教授が入ってきた。

「講義の後で」

 俺はそう言ってテキストを開いた。


「どうしてあの教授は税法と犯罪学を結びつけたがるんでしょうか…」

 講義が終わり、生徒が次々と教室を出ていく中、静留は少しゲンナリした顔で呟く。

「税を取りたい側と払いたくない側の戦いの歴史だからだろ」

 ただ、嬉々として当時の法の抜け道について説明しすぎるのは…まあ、面白い講義ではある。

「まあ、それはそうですが…そう言えば聞きたいこととは?」

「ああ、鉱石についてなんだが、だいぶ上層と中層の鉱石買取額がだいぶ違うんだが…何故だ?」

「あー…それは含有率というか、上層部の鉱石片は本当に小石に混ざっているんですけど、中層の鉱石は石片を剥がすとインゴットレベルなんです」

 ほう?

「そして現在世界規模で足りないんですけど、価格を上げすぎると問題が起こるので諸外国含め価格をまとめています」

「ふむ…なら暫くは急な下落はないと」

「ないと思います。水晶球や妖怪などが稀に落とす武器などに至っては超高価買取ですね」

「鬼の金棒や刺股などはどうだろうな」

「おそらくかなりの金額になります。流石に武器としては厳しいですが、金棒も刺股も共に特殊素材としてかなり有用かと大きさもあると思いますし」

「ある程度蓄えがあれば二人が苦労せずに済むな…」

「結羽人さん…あまり無理をしないでください」

 何故か思い詰めた顔で俺の手を握ってくる。

「無理はしていないが?」

「…本当に?」

「ああ。無理のない範囲で採掘をしている」

「中層へ平然と入っていって大量採掘をするのは無理のない範囲ではないんですよ?」

 ジト目で俺を見る静留に苦笑してしまう。

「いや、全然無理のない範囲なんだが…昨日もあの騒ぎの後、2周して水晶球を他の買取所で買ってもらったぞ?」

「えっ!?」

「どうした?」

「あ、えっと…買取所でですか?」

「ああ。合同買取所の近くにある小さな買取所で買い取ってもらったぞ」

「……問題は無かったですか?」

「酷い買い叩きもない。振込も…見てのとおり振り込まれているぞ」

 銀行のアプリを開き、入出金履歴を見せる。

 そこには確かに振り込まれていた。

「何かあるのか?」

「ええ。最近買取詐欺もありますので…ただ、やはり合同買取所に入りきれなかった中小企業もあって対処し辛い状況らしいです」

「それこそ協会で一度管理して分配するようにすれば早いんだがな…昔のように」

 ダンジョンが姿を現してすぐに官民共同で協会を設立。

 ただ、鉱物やアイテム獲得をする中で汚職などが増え、協会は緊急時の救出・治療などのサポート業務のみとなった。

 出資が極端に落ち、自力で稼ぐ事も出来ない状態となっている。

 医療チームや情報管理を行っている部署は有能だけに解体はないが、再編待ったなしと言われて数年経っている。

「少なくともその方が全体の利益にはなるでしょうね。あの時の被害者や合同買取所を急いで全国に作ったダンジョン企業の方々は良い顔しないでしょうけど」

「その買取所も似たような事を始めている以上、売り先は複数あった方が安心なんだが」

「…そうですね」

 少し苦い顔をする静留の肩をポンポンと叩いて教室から出ようと提案する。


 教室を出てスマートフォンのマナーモードを解除するため視線を画面に落とすと、着信がかなり入っていた。

 そのほとんどが磯部課長からだった。

「結羽人さん?」

「磯部課長から着信が大量に入っていた…っと」

 また着信があったので取る。

「はい。岩崎です」

『おまっ!ありゃなんだ!?協会の強行班も出張る騒ぎになっているぞ!?』

 いや、突然何の話を?と、言いたい所だが…何に対して言っているのか分かるだけにその回答も簡潔だ。

「一応友人ですね。ただ、数日前から行方不明だったようなんですが」

『それは聞いた!取り憑いているアレは何だと聞いているんだ!』

 いや知らんがな。

「いや知らんがな」

『…知っていたら先に情報寄越すもんなぁ…ちなみに強行班は武器使用も検討を始めている』

「実力者揃いと聞いていましたが?張子の虎ですか?」

『それだけの動きと力なんだよ!投網ですら一瞬で切り裂くんだぞ!?捕まえても一瞬で投げ飛ばされている!』

「頑張れ。というよりも合気や古武術経験者はどうしたんですか?その手合いであれば何とかなると思うんですが?」

『合気道やっているヤツが真っ先に力でねじ伏せられた』

「そのタイプか…合戦古武術系でないと無理なタイプですね」

『うちのところにそんなヤツぁ居ねぇ!』

 でしょうね。居ても機動隊ですわ。

 そんな事を思いながら静留とのんびり家路につく。

「あれ?えっ!?」

 静留が声をあげた。

 前が騒がしい。

「あー…スタンロッドも意味ないですよ。恐らく複合型の憑依ですから」

 真偽眼を行使し、そのまま伝える。

『ぁあ!?…強行班さん!徒歩式戦術核が複合型憑依とか言ってますが!?』

 俺はいつから戦術核になったんだ?

 通話を通さずとも磯部課長の声が聞こえ、静留が苦笑する。

「中層…下手すると下層で出会す鵺タイプじゃないですか!修験者や大聖女でも居ない限り封印対処不可能ですよ!?」

 強行班と思しき青年が悲鳴を上げた。

『───岩崎。これから機動隊に連絡する。済まないがこれは』

「ああ、いいです。此方で対処しますので」

「!?」

 慌てて後ろを振り返る磯部課長に通話を切って片手をあげる。

「おまっ!」

「まずは引き剥がしだけ行いますので、周辺全員意識を強く保ってください」

「何をするつもりだ!?」

 慌てる磯部課長の横からスルリと現場に入る。

 警官が当たり前のように規制テープをあげる。いやダメだろ。と、内心ツッコミを入れる。

 気を取り直して…ここ数日あの危険すぎる対狙撃レーザーを色々調整する方法を考え、一つの結論に達した。

 対憑依妖魔用と対物理用の技で作り替えれば良いじゃないか。と。

 密度を薄くし、通常出力より少し高めにした聖光をどこぞの必殺技みたいに出力するのが霊体系妖魔への技。

 これだと確実に人を貫通する。

 自分と小鬼を実験台にしたので間違いない。

 密度は薄く、しかし勢いは強く───

「では、いきますよ」

 真子をロックオンし、スキル聖光を自身に掛ける。

「総員、意識を強く保てぇぇぇっ!」

 磯部課長が大音声を発する。

「聖光───至高拳!」

 俺の突き出した両手から奔流の如き聖光が発せられ、前方にいる全員を飲み込んだ。

 そして

「おおおおおおおおおあああああああああああああああっっっっ!!」

 真子の体から猫と猿の妖怪が吹き飛ばされる。

「っ!バケモノがでたぞ!」

 磯部課長の声に強行班が慌ててそのバケモノ目掛けて各々の武器を突き立てた。

 通常であれば並の武器などは刺し貫くことすら不可能だが、何せ聖光を受け、かつ、全員が聖光の恩恵を受けている今ならば───

「「ぎぃぃぃぃぃっっっ!!?」」

 剣や槍などが易々と刺し貫く。

 だが、やはりというべきか、手傷を負わせても消滅には至っておらず、二体が暴れ出す。

「四方鏡!」

 強行班が吹き飛ばされたのを確認し、妖怪を囲むように光壁を展開する。

「これは!?」

 驚く強行班の方々を横に警察官達が真子の元へと駆け寄り、救急車の手配を始めた。

「さて、これどうしましょう…非常事態ということで往来で散々やらかしてしまいましたが…」

 一応現場責任者の磯部課長に確認する。

 実は緊急時以外でのダンジョン外のスキル行使は違法となる場合もある。

「いや、もうお前一人でよかっただろ…こんなバケモノが往来にいる時点で討伐対象なんだから確認せずに倒してくれ」

 疲れ切った表情で許可を出してくれた磯部課長に礼を言い、二体の妖怪の元へと向かう。

「何故彼女に憑いた?」

「「……」」

「閉じよ」

 光壁が少しずつ狭まっていく。

「!?」

「我等が住処に落ちてきたからだ!」

 喋ったのは猿ではなく猫の妖怪だった。

「ダンジョンに、落ちてきた?」

「我等は人に住処を追われあの洞窟に行き着いた!もし人が来たらまた追われると思いコイツを外に出すために憑いたのだ!」

「……」

 猫の妖怪───怪猫がそう言っている中、猿の妖怪は一瞬薄くなり、空へ逃げるように跳躍した。

「四方鏡とは言ったが、天井がないとは言っていないが…」

 断末魔の悲鳴とともに猿の妖怪が消滅した。

「───馬鹿者め」

 怪猫が呟く。

「人を喰ったことのある妖怪は違うな…退治される恐怖がより顕著だ」

「なっ!?」

「で?」

 驚く怪猫を無視して続きを促す。

「外に出たのは良いが、そこから先どうしたものかと思案していると体が勝手に動き出してな…」

 んんん?

「まさか、妖怪が二体も憑依していたのに、動いたのか?」

「ああ、猿のヤツは勝手に憑いてきたのだ。そうか…ヤツは人を喰ったことがあるのか…」

 項垂れる怪猫に俺は光壁を解除して近付く。

「なあ、暫くうちに来ないか?」

「なぁっ!?」


「ある程度回復するまでうちの猫にならないか?」

「それは…良いのか?」

「なに。江戸の頃はそれこそ家猫が怪猫となることも多々あったんだ。形だけの使い魔契約をすればいい。あと、うちの家族の前では喋るなよ?」

「───分かった」

「と言うわけです。化け物は退治しましたので」

 振り返りながらにこやかな笑顔で磯部課長にそう言ったが、

「待て待て待て待て!ソイツは!?」

 やはり止められてしまった。

「使い魔ですが、何か?」

「妖怪だったよな!?」

「妖怪はあの猿ですよ。コイツは猫神が零落し怪猫となっているだけです」

「そりゃもう妖怪だろ…」

「精霊亜種なんですよ…そもそも人が神と崇めてすぐに神になるわけではないのでコイツは神と勝手に名付けられ崇められた精霊なんですよ」

「じゃああの猿もか?」

「アレは人喰い猿でした。幼子を喰い、鬼と化した化け猿です。ただ、騙すことに特化していたため、誰も気づけなかったというだけです」

 おそらく取り憑いたまま少しずつ支配と食事を摂り、最終的には中身を全部喰らって擬態するタイプだろうな…

「まあ、野良を拾ったという事で」

「…そちらで管理してくれよ?頼むから」

 磯部課長は観念したようにそう言うと現場撤収指示を出し始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る