第7話 往来でその道の人に土下座され、狙撃される程度の人間

「本当にすまなかったっ!」

 現在、大学側の往来。そしてそこで身なりの良い明らかにカタギではない老年の男性に土下座されている。

 この人物はそこそこ大きな組織のトップだが…

「貴方の立場もあるでしょう。こんな往来で…それに、土下座という事は、首を落とされても構わないという所作ですが、

「っ!?」

 うなじからビリビリとした感覚がしたのか男がバッと顔を上げた。

 その顔は真っ青でダラダラと汗を垂らしていた。

「ッ、失礼しました…我々は、彼、馬部には一報を入れていた。恐らく馬部は貴方と知らずに仲間に言われるがまま出張っただけだと思われます」

 ふむ?

「組や愚連隊にキッチリ言って聞かせた、というのは話しただけだったと。大下さん、言葉遊びをしたかったのですか?」

「いやっ!違う!違います!」

 慌てて否定する老人、大下さんを一瞥し「今回は不幸な事故だったと言うことで終わりましょう」とだけ言って一歩踏み出し、

 ィンッ

 ヘッドショットを受けた。

「へぇ・・・」

 先の襲撃以降そのままにしていた膜壁が見事に銃弾を弾いた。

「…向こうか」

 狙撃したであろうだいたいの位置を割り出し、そこ目掛けて圧縮した光線を放った。

 直後、遠くから男性の悲鳴が上がった。

「ひっ!?」

「そうか。何処と何処が繋がっているのかはわからないが、全面戦争をお望みのようだ。これは、平穏を脅かす強襲型宣戦布告であり、こちらは絶対的な被害者である」

 特殊スキルを発動させる。

 聖者の宣言。誓文が発動する。

 これは不罪証明に関する法律が施行されるきっかけになった特殊スキルで、聖職者側に一切の瑕疵がない場合に強力な効果を発揮する。

 更に過去に交わした誓文が破られた場合、

「!?」

 大下さんはビクリと体を震わせガタガタと震えだした。

「誓文を甘く見ていたな?戻ったら聞いてみろ。家族を含め全ての関係者にそれがでているだろうな」

「あ、ああ…ああああああああああっっ!」

 膝から頽れて慟哭する。

 俺はそのまま大下を無視して大学へ向かって歩き出した。

 ───念のために磯部課長に電話をし、先程遭ったことと狙撃手を急ぎ回収して貰うよう伝えた。


 ~~磯部課長~~


 電話を切り、深いため息を吐いた後、

「テメェ等!5分以内に現場行くぞ!岩崎兄が狙撃を受けた!」

「撃たれた!?」

「反撃をしたらしく場所は聞いた!大学付近で神籐組の大下組長が居るはずだ!即確保せよ!」

「車は三台用意出来てます!」

「救急車は!?」

「本人から普通に電話があったんだぞ!?講義があるからヨロシクだそうだ!」

「ガチで一人軍隊ですか!?」

「頭撃たれて電話掛けてきている時点で不死身だろ!」

「急げ!狙撃者が逃げるぞ!」

 バタバタと刑事達が駆けていく。

 ───彼奴ら馬鹿なんじゃないかな?馬鹿だな。確か誓文を使ったんだからそんな裏切りをしたらどぎついペナルティが発生するんだぞ?

 席を立ち、自分も車へ向かおうとして…

「課長!岩崎さんの弟さんが迷子を連れてきたようなんですが…」

「は?そこは地域課だろうが」

「それが…その迷子のお子さん、中東の富豪の息子さんのようなんです…」

「岩崎家はなんで爆弾だらけなんだ!?頼むから地域課に言ってくれ!俺は今から岩崎兄の襲撃事件で出なければならないんだ!」

 痛み出す胃を抑えながらそう叫んで走り出した。



 ロクデモナイ講師なんて早々居ない。

 普通に講義を終えて家へと歩き出す。

 今日はやけにトラブル続きな一日だったが、流石にこれ以上無いと信じたい。

「岩崎!」

「磯部さん。何かありましたか?」

「例の狙撃犯は捕まえたぞ。あとな、各署がパニックになっているぞ」

「でしょうね。誓文の内容が内容なので」

「一体何を対価に交わしたんだよ…」

「俺の命と個人資産を対価に、平穏を脅かす行為をした場合、宣戦布告と判断し、誓文は破棄される。その際、一方的に破った側は立証可能な己の最大の罪を証拠付きで自白しなければ48時間以内に体の部位が一箇所削れていく…というペナルティです。一門一族郎党全てですので、親兄弟にも伝播しているでしょうね。犯罪を起こしていなければ罪歴一覧とカウントも出ないので安心安全です」

 どんな仕組みかは知りませんが、と伝えると磯部課長は天を見上げて長いため息を吐いた。

「…お前とうとう裁判所すら要らなくなったのか」

「対価が対価なので」

「いやそれにしても規模が大きすぎだろ」

「せいぜい2~3万人でしょう?」

「お前なぁ…東京で準構成員含め1万3~4千人としてだ。家族入れたら倍以上するだろうが」

「かき入れ時で潰すチャンスですね」

「うわぁ…イイエガオだ」

 ちなみにカウント後2時間で手か足のどこかが指先から削れていく感覚を味わうと伝えたら「説明しないでくれ!」と涙目で言われてしまった。

 オッサンの涙目は要らないんだが…

「そんな状態の中、刑事課の課長がここで雑談なんてしていて良いんですか?」

「確認作業も立派な業務だからな」

「他に何かあるんですよね?」

「……お前の弟が署に来ているんだよ」

 もの凄く複雑そうな表情でそう言った。

「───拾得物か、迷子を連れて来たといった所ですか」

「ああ。迷子になっていた中東の富豪の息子さんを連れて来ているんだよ」

「…急いで夕飯の支度しないとマズいな」

「よもやそんな返しが来るとは思わなかったぞ!?」

「絶対に変な事に巻き込まれて帰るのが遅くなるんですよ」

「確定事項のように言わないでくれ…頼むから」

「もしかすると新たなストーカーの誕生かも知れませんので、相手の顔チェックお願いしますよ?」

「聞きたくない聞きたくない!」

「いい加減仕事しろ」

「俺の胃を潰そうとしてないか!?」

「癒しの波動」

「………わぁ…病休すら取れねぇ……」

 がくりと項垂れ、パトカーへと向かう。

「犯人、今度こそ逃がさないでくださいよ?」

「ああ。毎回協力に感謝する。いい加減溜まりに溜まった感謝状を受け取って欲しいんだが?」

「褒章を渡そうと画策しているという噂があったが?」

「あー…今回の件でその話がまた出るかもなぁ…じゃ、その時は頼んだ!」

「行かないと思いますよ。とっとと仕事に戻れ刑事課長」

 磯部課長はそれ以上何も言わずパトカーに乗り込んだ。

 さて、俺は急いで夕飯の買い物と支度をしなければ…


 ~~端から見ていた大学生達の会話~~


「警察にため口や顎で使ってたぞ?」

「俺、2時間くらい前にその道の人っぽいスーツの爺さんがあの人に土下座してるの見たぞ!」

「マジか…どんだけヤバイ人間なんだよ…」

「は?俺、アイツと同じ講義受けているんだけど、講師の先生にアイツめっちゃ嫌われているんだが?」

「その教授終わったな。お前、嫌がらせとかしてたらマジでどうなるか分からんぞ?」

「マジか…俺も土下座した方が良いのかな」

「私昼過ぎにあの人が複数の人に囲まれてるのみたよ!数分もしないうちに全員倒してた!で、すぐに警察が来て相手を連れて行ったよ」

「マジか…100%警察関係者だろ。もしかして影の警察官とか」

「中二病乙」

「今日食堂で無茶苦茶な話をしていたけど、あれ、事実な気がしてきたぞ…」

「無茶苦茶な話ってなんだよ…」

「誘拐未遂事件を解決したとか、組織壊滅とか」

「聞き間違いじゃねぇの?」

「中条のお嬢様との会話でそう言ってたんだぞ?しかもお嬢様が助けられた側」

「マジか…ヤベぇ奴確定じゃねぇか…警察関係者で中条のお嬢様と仲いいとか最強だろ…」

「外道って聞いたんだけど…なんかまったく違う?」

「アレじゃね?敵には容赦しない的な」

「あー…」

「おい、顔色悪いぞ?」

「……俺、ちょっと先生の研究室行ってくるわ」


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