第181話 起死回生の一手

 は!?私は一体何を!?あまりの可愛さと尊さに暴走した岡本鈴は、北の地でも早々体感できない冷ややかな声音によって正気に戻された。既に目の前の推しは威嚇のポーズを止めており、まるで汚物を視界から消し去りたいけど、視線を外したらぶつけられそうだから目を逸らせないといった視線で自分を監視していた。


 これはこれで…良い!!天月ありすが何をやってもご褒美状態。まさに無敵の人と化した脳内絶賛フィーバー中の岡本鈴はしかし、推しの本気で嫌がっている雰囲気から、とある可能性が頭を過ぎってしまい、興奮から一転、一気に奈落の底へと叩き落された。


 この状況、非常に不味いのでは?過ぎったのはそう、二カ月ほど前に行われた伝説の決闘である。あの決闘の発端は、関東禁忌領域守護家の大道寺家のドラ息子が、何を血迷ったかありす様に粘着ストーカーし、泣かせたのが原因というのは有名な話であった。大道寺のドラ息子の自業自得と言うには結末は悲惨なものだったが、冷静になって考えると一つの疑問が浮かび上がる。


 ありす様に惹かれ、懸想するのは仕方ない。あの性格とあの容姿、むしろ当然だろう。だがしかし、であるならばなお更に、同様の事件がもっと前から多発していなくてはおかしいのだ。家から一歩も外に出ない世間知らずの箱入り娘のような育ち方をされていればまだしも、ありす様はそうではない。ありす様は私達と同様、普通に共学の学校に通われていた。ならば当然、羽虫の100や200は寄ってくるだろう。現にアレナちゃんねるで日向さんが、ありす様が1000人斬りを達成したと言っていたから間違いない。


 にも関わらず、大道寺家のドラ息子がやらかすまで、ありす様の周りで似たような決闘騒ぎや粛清は発生していない。万魔央様と関東探学で再会するまで別々に暮らしていたからと考えれば一応辻褄は合うが、果たしてそうだろうか?こう言っては不敬かもしれないが、万魔央様のありす様に対するシスコ…過保護っぷりは、少し過剰だと思える。ありす様を泣かせただけで、怖がらせただけで、北条家が消し飛び掛けたのだ。そんな過保護な万魔央様が、離れて暮らすからといって何ら対策をしていないとは到底考えられない。


 つまり、万魔央様が直接出張ってくる何かしらの条件があると考えらえる。例えばありす様の感情がマイナス方向に大きくブレた場合、ありす様自身で対処不能な状況に陥った場合等に、裁きの鉄槌が強制執行されるのでは?というのが私たちの出した推論であり、八車様からの定期報告、万魔央様ファンクラブ会報vol.11付属の、天獄杯予選における万魔央様の実況解説動画によって少なくとも大きく外れていないだろうというのが証明されている。


 翻って今の状況はどうだろうか。ありす様の感情は間違いなくマイナス方向に大きくぶれているが、ありす様自身で対処不能な状況ではないように思える。つまりイエローカード。だがもし仮に、ここで泣かれでもしたら一発退場だ。その場合一体どうなるのか…


 私は一応万生教徒だから手加減くらいはしてくれるだろうか?いや、日向さんの行動を見る限り、その可能性は低いだろう。つまり終わる。先例に倣えば、天獄郷や万生教にその力の矛先が向かう事はないだろうが、東北探学が終わる。生徒への教育怠慢や、不良生徒の言動に対する学校の責任を問われて。当事者が理不尽だ筋違いだと言った所で意味はない。何故なら北条家もそういった申し開きをしただろうから。


 当然、そうなった場合、誰も味方になってくれない。天獄郷からしたらいい迷惑だし、万生教からは身内の恥として、何なら万魔央様以上に苛烈な制裁が下されかねない。万魔様は…一言くらいは庇ってくださるかもしれないけど、最終的には万魔央様の好きなようにさせるだろう。


 探索者協会は…決闘の時に静観したとはいえ、この場合はどうだろうか。探学は探索者協会が運営しており、天獄杯も探索者協会が主催である以上、無関係という訳ではない。とはいえ、敵対するだろうか?万魔の後継者、万魔様と同格の万王様に?ありえない。


 寝た子と万魔央を起こすなと言われるくらいには、こちらから手出ししない限り無害な存在なのは、これまで万魔央様の存在が世間に一切知れ渡っていなかった事から証明されている。わざわざ火中の栗を拾う愚行はしまい。つまり、東北探学が消滅するでファイナルアンサー。当事者である私だけではなく、先輩たちも監督不行き届きを問われ、連帯責任を負わされるのではなかろうか?


 馬鹿な…私の推し活が発端で、東北探学が消滅するどころか、先輩たちの将来も消滅するだと…!?こんなのもう、ドン勝して万魔様に仲裁してくれるよう頼むしかないじゃない…!それが出来ないからこんな状況になっているのでは!?そもそもそんな事にお願いを使った場合、私の人生が詰むのだけど!?


 こうしている間にも状況は刻一刻と悪化を辿る。次の私の一言で全てが決まる。天月ありすが先に動いても全てが終わる。この絶体絶命のピンチにおいて、岡本鈴の脳細胞は未だかつてない程にフル回転する。自分の命、先輩たちの就職先、東北探学の存続―――そのか弱い双肩におわされるには重すぎる未来。だがこの絶望的な状況は、今この場にいるおかりんにしか打破できないのだ!!

 

 おかりんの脳細胞が結論を導き出すまで、僅かゼロコンマ三秒。走馬灯にも似た圧倒的な情報の奔流から彼女が導き出した結論。それは……


「付き合ってくださいって言うのはですね。お付き合いとかそういう事じゃなくて、そう!ここで会ったのも何かの縁、天月ありす様を私たちの拠点に案内したいんです!いえいえ、ご安心ください。別にいかがわしい事をしたりするわけじゃないですよ?ほら、この天獄杯バトルロイヤルは全国放送されているわけですし、そんな不埒な真似するわけないじゃないですか!!え、信用できない?えへへへ、それはごもっともです。しかしご安心ください!こう見えて、何を隠そう私は万生教徒なんです。

見れば分かる?ご慧眼痛み入ります!!当然私の先輩たちも万生教徒です。万魔様の御前、天獄郷内にて不埒な行動など起こすわけがありません!!納得頂けましたでしょうか?あ、申し遅れました。私、東北探学1年生の岡本鈴と申します、おかりんと呼んでください!」


 万生教と先輩、そして自分の愛称を売る事であった。

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