第182話 成長

 百面相よろしく表情と顔色を変えながら弁明する少女の言い分を聞くに、とりあえず嘘はついてなさそうだなと天月ありすは判断した。そもそも自分を様付けて呼ぶような人など、万生教の人達しか存在しない。騙りの可能性もあるかもしれないが、万生教のお膝元でそんな事をする度胸があるなら、驚かされたぐらいで尻もちをついたりしないだろう。


 ここで考えるべきは、なぜ私を彼女たちの拠点とやらに案内しようとしているのかだ。考えられるのは二つ。一つ目は単純に私を味方、もしくは味方よりの存在だと認識しており、共闘を持ちかけようとしている場合。確かに万生教の人達にはお世話になっているし、私に出来る事なら協力するのも吝かではないが、今回は駄目だ。


 万魔様が叶えてくれるお願いは一つだけ。私達と東北探学の人達でお願いが被っているとは思えない。というか被っていれば大問題だ。それこそ共闘ではなく殲滅せねばならないだろう。これ以上れーくんの周りに、女性が増えても困るのだ。結果として増えるのと放置して増えるのとでは月とすっぽんくらい違うのだ。


 二つ目は、私を騙して集団で襲い掛かる場合。とはいえこれはまずないだろう。幾らなんでもありとは言え、万生教的に私を騙して集団でリンチとか、絵面的にも心情的にも非常に不味いのではなかろうか。そうなったらそうなったで、私は全力で抵抗するし、勝つ為の手段としてありとは思うけれど、果たしてそれを万生狂信者が行って、万生教に受け入れられるかと言われれば、無理なんじゃないかなと思う。


 私としても戦う気のない人達と無理して戦おうとは思わない、かといって慣れ合うのも何か違うんじゃないかと思う。そもそも私が彼女の先輩たちとやらに会って一体どうするのか。否定したり訂正するのが面倒くさくて流されるままに受け入れていたけれど、そもそもの話、万生教と私に関係性など一切ないのだ。れーくんを万魔様が特別扱いをされているから、その流れで私も一緒に何故か持ち上げられているだけなのだ。

  

 そんな私が東北探学の万生教信者の人達と会って、一体何を話せばいいのだろうか。うちのれーくんがお世話になっていますとでも言えばいい…!?


 己の何気ない思考に、天月ありすは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。なるほどつまり。これはまさしく。妻が夫の関係者に対して、主人がいつもお世話になっていますという、新婚お嫁さんプレイの一環!!


 であるならば、行かねばなるまい。れーくんの正妻として!挨拶回りを!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ふぁぁああああ!!まさかアリスちゃんと一緒に歩ける日が来ようとは!夢にも思いませんでした!我が人生、一片の悔いなし!!一度は私の人生オワタと思いましたが、何事もやってみるものですね!まさかの大・逆・転!!とはいえ、ここで調子に乗ったら元の木阿弥です。まずはアリスちゃんと会話する事で信用を得るのです!そしてあわよくばサインを!握手をしてもらうのです!!



「ありす様、悪鬼織田遥との闘い、拝見しました」


「悪鬼!?」


「はい。あろうことか万魔様の開会宣言を妨害し、万魔央様を貶める発言。悪鬼の所業と言わずして、なんと言いましょうか」


「う、うーん…遥さんも悪気はなかったんじゃないかな?」


「悪気がなければ何をやっても良いわけではなりません」


「それはそうだけど…」


「ですが、ありす様と織田遥の一戦を見て、あの悪鬼に天誅を下すのは、私たちではいささか荷が重いと私は感じました。少なくとも私のような未熟者では手も足も出ないです」


「つまり、遥さんを倒すのに私に協力して欲しいって事?」


「いえ、自ら為すべき事を為さず、対価も支払わず、ただ力を借りるだけなど万魔様にも顔向けできませんので。ありす様にこうしてお付き合いしてもらっているのは、先輩たちも会えたら大喜び間違いないので、サプライズどっきりです!!」


「あ、はい」


 それは今この場でする事なのだろうか、そして私への対価は何なのだろうか。天月ありすは訝しんだが、せっかくの良妻プレイを出来るチャンスなので深く考えるのを止めた。

「それではありす様、私が合図を送った後に御登場お願いします!」


 東北探学の拠点を前にし、岡本鈴と天月ありすは打ち合わせをしていた。


「本当にやるの?普通にこんにちはで良くない?」


 ここまで来た以上、東北探学の面々に会わないという選択肢はないのだが、れーくんならともかく、私なんかと会って本当に喜ぶのかと、今一つ懐疑的であった。


「駄目です!それだとアリスちゃ…ありす様と会えた際のありがたみが減ってしまいます!!ちゃんと出迎える準備をした上で合図を送りますので、それまで大変申し訳ないですけど隠れて待っていてください」


「まあ、ここまで付き合ったんだから、とりあえず言われた通りにするけどさ」


「ありがとうございます!それでは行ってきますので!」


 岡本鈴がチラチラとこちらを見ながら拠点に向かっていき、勢いよく扉を開け、


「おかりん、只今戻りまゲフっ!?」


「岡本!お前無事だったのか!」


 勢いよく吹っ飛ばされた。


「ぐ、ぐおおおお…一体何が…」


「お前、今まで一体何やってたんだ!定時連絡もなしで、皆心配してたんだぞ」


「た、高田先輩…」


「もしかしたら、日向みたいな奴に問答無用で襲い掛かられて脱落したんじゃないかって…こっちから連絡しても反応ないし、真理の奴が心配して探しに行っちまったんだぞ」


「そ、それはすいませんでした。ですが私に出来る事と言えば、先輩たちの負担を少しでも減らすべく、見回りをする事くらいかなぁと思った次第でして…」


「それで余計にアタシらに負担掛けてちゃ意味ねえだろ!」


「ぐぅ…ですが、言い訳になりますが見回り中に色々とありまして。連絡をする余裕がなかったと言いますか、連絡自体忘れていたと言いますか」


「なに!?やっぱり日向みたいな奴に遭遇したのか!?よく逃げ切れたな。言っちゃなんだが、お前結構どんくさいから内心諦めてたんだぜ」


「いえ、それがですね!」


「美咲達も日向と戦った後、散り散りになっちまってまだ合流出来てないからな。アタシらの心配してくれるのは嬉しいけどよ、1年はお前だけなんだから無理はするなよ」


「あのですね」


「日向がここまで無差別に好戦的だと思わなかったアタシらのミスだけどよ。それでもありゃやりすぎだぜ。いや、アタシらが敵だから戦って倒すってのは間違っちゃいないけどな。日向が万生教の方針や、黒巫女の選定にまで口出ししてくるってのはお門違いどころじゃねえよ」


「もしも~し」


「毛利の乱入で有耶無耶になったけどよ、日向の件が解決したわけじゃないからな。アイツをどうにか納得させない事には、このままじゃ私たちどころか、東北探学の奴ら全員黒巫女になれなくなっちまうぞ」


「私の話も聞いてくださ~い」


「ん?ああ、とりあえず疲れたろうから中に入って少し休憩しな。岡本、お前は私なんかって卑下してるけど、天獄杯の1年代表に選ばれたんだ。もっと自分に自信を持ちな。少なくとも貰った道具におんぶに抱っこの日向なんかより余程立派だぜ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 これが後先考えずに好き勝手暴れた者への忌憚のない評価か…岡本鈴とその先輩の会話を隠れて聞いていた天月ありすは、奈っちゃんに対する酷評に心を痛めた。100%自業自得であり、100%自己満足の言動の結果なので擁護のしようがないが、流石に聞いてしまった以上、フォローの一つくらいは頑張ってし方がいいかもしれない。


 なにせ今の奈っちゃんは奈っちゃんではないのだから。流石に万生教に関するやらかしまで奈っちゃんのせいになってしまうのは可哀想すぎる。奈っちゃんの評価が暴れん坊将軍になってしまうのは仕方ないにしても、そこに万魔様すら動かせるなどというデマまで加われば、奈っちゃんの余生はれーくん同様引き籠りになってしまいかねない。


 とはいえここで正体をバラすなど出来ようはずもない。奈っちゃんが実はれーくんなどと、そんな世迷言、そもそも信じてくれないだろうし、信じられたらそれはそれで非常に困る。向こうもサプライズみたいな雰囲気じゃないし、ここは当初の予定通り穏便に挨拶から入ろう。


「うちの奈っちゃんがご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 違う、ある意味合ってるけど、私がやりたかったのはこれじゃなかったのに。

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