第180話 反動

 がおーっ!!と威嚇のポーズを取る天月ありすと、尻持ちをついて見上げる少女。

見る者によっては、この場できゃっとふぁいとの決着がついたのだと錯覚しかねない状況。哀れ少女は、このまま捕食者にペロリと食べられてしまう運命なのか――――ごくりんこ。と、第三者から見たら緊迫感の欠片もない絵面は、しかし当人たちにとって冗談事ではなかった。


 天月ありすは困惑した内心を隠したまま、思考を巡らせる。当然の事ながら顔見知りではない。まだあどけなさが残る顔立ちからして私と同じ探学1年生だろうか。目の前で尻もちをつく少女は恐怖と不安からだろう、プルプルと小刻みに震えている。揺れる二つのおさげが、どこか織田遥の失われたツインドリルを想起させ、罪悪感を煽り立てる。


 この状況、どちらが悪いかと言えばそれは自分の方だろう。道を曲がった途端、いきなり大きな声で驚かされる。そりゃビックリして尻もちをついてしまうのも当然だ。この子もこんな所で人と出会うなんて思っていなかったのではないだろうか。とはいえ、こうも無言で見つめ合い続けるのは気まずいので、何かしらリアクションをして欲しい。私が先手を取ったのだから、次の行動はあなたが返すべき。そうでなければこの振り上げた両手が下ろせないではないか。それともまだ私のターンが終わっていないのだろうか。


 天月ありすは、自分が何もしなくとも周りが放っておかないという生まれながらの勝ち組であった。にも拘らず周りの人々に対して驕り高ぶらず、自己主張が激しいわけでもなく、我儘でもなく、誰に対しても分け隔てなく接する為、周囲との関係は非常に良好。故に人間関係を構築する過程で苦労した事はない。何故なら彼女に対して好悪どういった感情を持ったにしても、灯りに誘われた蛾の如く、向こうから勝手に近づいてくるからだ。本人がどう思っているかはともかく、僅かな例外を除けばチートと言っても過言でない程度には人生イージーモードであった。


 しかしその代償として、彼女は自分から関係を築く事が苦手であった。苦手であると言うと語弊があるかもしれない。狩りの仕方を親から教わらなかった百獣の王がサバンナで生きていけないのと同じである。圧倒的な経験不足。ならばその経験不足を埋める為に必要なものはどこから得ればいいのか―――彼女はそれを親友に求めた。

 

 レナちゃんはそもそもこんな事をしないから参考にならない。では奈っちゃんならどうだろうか?あの鋼のメンタルを持つ少女ならば、天獄杯予選で役に立たないのに堂々とマスコット枠とのたまう彼女ならば。れーくんに無視されようが怒られようが自分を曲げない彼女ならばこの状況をどう打破するのか!!


「がおーっ!!」


 天月ありすが出した答えは攻めであった。一心不乱に、勇猛果敢に、攻めて攻めて攻めまくるのだ。反応がなければ相手の反応を引き出せばいいのだ!見ろ、その証拠に相手はビクッと震えて今にも泣き出さんばかりに目が潤んでいるではないか!


 選択肢を間違えたなと心の中で思いつつも、後悔先に立たず、最早後には引けない。とりあえず抱き着かなかったのは正解だった、驚かすだけにしておいてよかったなと、何が正しかったのか、それを知るのは数秒後である。

 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 尊い…!東北探学1年生、岡本鈴は目の前の天月ありすを見上げながら、溢れ出る感情を抑えきれずにいた。当然ながら、天月ありすの奇行に彼女が引っかかったのは偶然ではない。現在、バトルロイヤル開始より3時間が経過。試合時間も行動可能なエリアも参加者も当初の半分以下となり、合流と場所の選定を優先した東北探学勢はこのエリアを決戦の地と見定め集結していたのだ。


 全員とはいかなかったが終結に成功した事で、ドン勝候補最有力となったであろうことは間違いない。だが残っている敵もまた強大。東北探学勢にとって目下最大の警戒対象は日向奈月。篠山先輩たちが合流中に遭遇し、説得叶わず戦闘となり、まさかの敗走。


 恐るべきは彼女の持つ二丁の魔弾銃とそれを駆使するNSCなる戦闘術。事前情報では警戒する必要が全くないとして誰もが放置した完全なるノーマークにして、今大会最大のダークホースだ。先輩が負けたのは残念だが、流石はありす様の親友だと内心感激したほどだ。


 そして次に警戒すべきはやはり織田遥だろう。万魔様の開会宣言を遮ったばかりか不遜極まる無礼な宣言。そして万全の状態でないとはいえ、万魔十傑衆八席の矢車様をも退けたのは敵ながら見事と言う他ない。叶う事なら私自身の手で始末してやりたいが、流石に無理なのは分かっている。


 そんな織田遥を相手に一度は膝を屈するも、見事リベンジを果たしその女神の如き慈愛によって、怨敵を見逃された天月ありす様。あの惚れ惚れするような漆黒の大鎌こそが、彼女が万魔央様の寵愛を受ける何よりの証なのではなかろうか。まさに邪悪を滅する破邪の大鎌。あのまま首を刎ねれば良かったのにと思ったのは私だけではないはずだ。


 後はめぼしい所でやはり毛利恒之だろう。日向さんと先輩たちの戦いに乱入した不届き者。とはいえあのお陰で先輩たちが離脱出来たのは運が良かった。日向さんが途中で矛を収めたのは、先輩たちと違って顔見知りだったからだろうか。その割には先輩たちと違って殺意マシマシだったけれども。


 他に警戒すべき人物といえば北陸探学の伊達梓、東海探学の影野隠といった所か。

とはいえ、前者が怖いのは異常なまでの隠密能力による棚ぼたでのドン勝であり、前回の個人戦ベスト4にして今大会優勝候補だった伊達梓すら、先ほど挙げた4人に比べれば数段劣る、劣ってしまう。


 こうして考えてみるとやはり今回の天獄杯は異常極まりない。そしてその原因は間違いなく万魔央様。先ほど挙げた4人はいずれも万魔央様と何らかの関わりがある。天月ありす様は万魔央様のお姉さまだし、日向奈月さんもありす様を通して万魔央様と親交がある。これまで天獄杯に興味を示さなかった禁忌領域勢の二人も言わずもがな、横紙破りをしてまで天獄杯に参加して来たのは万魔央様が目的だからだろう。


 万魔央様に近しい人達と禁忌領域勢。奇しくも今回の天獄杯は北条との決闘の焼き直し、いや代理戦争の様相を呈している。ありす様と日向さんにその気がなくとも、周りはそうは思わない。現に万魔央様が万全を期して日向さんに魔弾銃なる神器を渡されているのがその証拠だ。星上レナさんが全く目立っていないのは、おそらく彼女にまで神器を渡したら公平ではなくなってしまうからだろう。一方的に勝ちすぎる事を、万魔央様は望んでいないのだろう。


 口では禁忌領域守護家の人達を見下げ果てた輩だと言っておきながら、若き芽を摘み取ることなく互いに成長を促すその采配は正に神算鬼謀。見限られたのは禁忌領域守護家の中でも頭の固い、年老いた老害達なのだろう。そしてその期待に見事に応えたありす様。


 尊い…!!やはりありす様こそ至高。アレナちゃんねるでありす様を見た瞬間にビビッときたもんね。凄く可愛い!同じ人間とは思えない!ころころ変わる表情、聞き惚れちゃう透き通った声、キラキラ輝く瞳。何をやっても、何を言っても、どんな表情をしても崩れない神の如き美貌。あんなの男の子じゃなくても見惚れちゃうよぅ。レナさんも奈月さんも良いけど、やっぱりありす様しか勝たん!!


 万魔央様に侍る御方達と、流石に禁忌領域勢というべきか。今回の天獄杯バトルロイヤル、贔屓目に見ても私たちに勝ち目はないと思う。竜虎の争いにチワワが挑む的な絶望感しか感じない。本当は先輩たちも内心そう思っているだろうけど、表情には出さずドン勝を目指している。諦めたらそこで終わってしまうから。東北探学生として、黒巫女候補として、無様な姿は見せられないのだ。残念ながら私はまだそこまでの覚悟を持てていない。まだまだ精進が必要だ。だからこそ、せめて先輩たちの負担を軽減する一助となるべく、こうして率先してこのエリアに不審者がいないか見回りしているのだ。私が戦いの場にいても何の役にも立たないだろうし。


 せめてなぁ、裕子ちゃんが私の代わりに残ってたら、まだ先輩たちの役に立ったと思うんだけど。日向さんに倒されちゃったからなぁ。芽衣ちゃんも久美子ちゃんも合流前に脱落しちゃったし。1年で生き残ってるのが私だけだからプレッシャーが半端ないんだよなぁ。どうしてこんな事に…


 そんな事を考えていた矢先、道を無警戒に歩く不審者を発見した。後ろ姿から女性だと分かる。金色に輝くポニーテール、そしてあの装束…まさか!!


 彼女が天月ありすを見つけたのは偶然だった。推しに会えた幸運と興奮でストーカーと化し、突然走り出したので尾行がバレたと思って慌てて追いかけ、道を曲がった所でわっと驚かされて尻もちをつき、推しとあまりに接近した為に無様に悲鳴を上げてしまい、うわやっぱり滅茶苦茶可愛い。輝いてる、何か良い匂いがする、はわわわわわ!アリスちゃんと見つめ合っちゃってるよぅと思考がオーバーフロー。


 そしてトドメとなったのは、天月ありすによる威嚇攻撃!あまりの可愛さと尊みにより、体が痙攣し、目が霞んでくる。もう死んでも良い…心の底からそう思うも、まだ自分は役目を果たしていないと寸での所で思い出す。そう、死ぬ前にせめて!!


「付き合ってください!!」


「え、嫌です」

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