第179話 む?

「む?」


 あーちゃん達を狙う不届き者共を成敗し、意気揚々と安息の地である中央エリアに向かう途中、不意に違和感を感じて俺は立ち止まった。この感じ…まさか…目を閉じて、少しの違和感も見逃さないよう全神経を集中させる。


 もしや俺は、選択を間違えたのだろうか。なっちゃんの名誉が懸かっていたとはいえ、あんな糞野郎どもに関わっている場合ではなかったのではないか?そのせいで俺は大事なものを失ってしまったのでは?…落ち着け…まだそうと決まったわけじゃない…


 見晴らしの良い草原の中、目を閉じ佇む事数分、安堵のため息と共に俺は目を開いた。


「ふぅ…」


 大丈夫だ問題ない。この身体はまだトイレを必要としていない。とはいえ、一度気になってしまうとトイレに行きたくなる気分になるのも事実。心の拠り所がない今、神経過敏になっているのかもしれないな。トイレを気にするあまり、本当に行きたくなってしまっては本末転倒だ。やはりあの仮住まいを失ったのは大きな痛手だった。


 脳裏に浮かぶのは野郎共を引き連れて襲ってきたイカれ女だ。織田遥を自称するだけあって、性根がドリルみたいに捻じくれた奴だった。矢車さんに丸投げしてしまったが、ちゃんと処分してくれたんだろうか…仮にアレが本物だった場合、矢車さんには荷が重いかもしれないが。まあいい、次また俺の前にあの雌豚面を引っ提げて現れたなら、直々に引導を渡してくれるわ。


 兎にも角にもまずはトイレの確保が必須。何をやるにもそれからである。心の安寧を得るべく、俺は再び歩き出す。地平線の向こう、うっすらと見え始めた希望へと向かって。 



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 奈っちゃんと合流するいい方法が思い浮かばず、かといってレナちゃんの所に戻る事も出来ない。完全な手持無沙汰となった天月ありすはぶらぶらと寂れた町中をあてもなく散策していた。そう、一言で言ってしまえば、天月ありすは絶賛暇を持て余していたのである。


 こんな場所でかくれんぼしたら探すの大変そうだなと、益体もない事を考えながら

とことこと歩く。レナちゃんと草薙さんはどちらが勝つのか。遥さんのドリルは元に戻るのか。この後れーくんとパンデモランドで何して遊ぼうか。万魔様をもふもふしたい。今日の晩御飯はどうしようか。本物の奈っちゃんは今頃何してるんだろう。思考も歩みもあっちにふらふら、こっちにふらふら。絶賛バトルロイヤル参加者とは思えない気の抜けようであった。が―――――


「む?」


 その歩みが十字路の中心に差し掛かったと同時、止まった。何かを探る様にゆっくりと周囲を見回し、ふむむと考え込む仕草。うーんと大きく背伸びをした後、右方向へと全力で駆け出す。そのまま100Mばかり直進し、唐突に脇道へと駆け込み―――


「わっ!!」


「ひぃ!?」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 そういえば、れーくんと一緒に歩いてた時、いきなり駆け出したから慌てて後を追ったら、道を曲がった所で、わっ!て脅かされて尻もちついて泣いちゃった事があったな…十字路で立ち止まり、ふと昔の事を思い出した。


 そう、あの時もこんな十字路だった気がする。今の私なら、むしろ逆に追い越した上で待ち伏せて、れーくんが飛び込んできた所を抱っこしてやるのに。全く…今もだけど、れーくんは女の子の扱いがなってないね。扱い慣れてたらそれはそれで大問題だけどさ。


 思い出したら、仕返ししたくなってきた。ふむん…周囲を見回すが人影はない。丁度良い、ちょっとシミュレーションしてみよう。天獄郷にも似たような場所はあるだろうから、二人で出かけた時に同じ目に遭わせてやるのだ。


 大きく背伸びをして体をほぐし、駆け出す。我ながらなかなかの速さだと思う。これなられーくんはおいてきぼり間違いない。そのまま100M程進んだところで脇道があったので逸れて、焦ったれーくんが飛び込んでくるだろうタイミングに合わせてこう、「わっ!!」と驚かせて…と思ったけど、れーくんが走って追いかけてくるわけないよね。暇だからって何やってるんだろう、私…


「ひぃ!?」


 何でか知らないけど女の人が釣れた。誰?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る