第177話 本心

「レナちゃん大丈夫かなぁ、無茶な事してなきゃいいけど」


 寂れた木造平屋建てが乱雑に並ぶ町中を、とことこ歩く天月ありすの心境は複雑であった。


「やっぱり戻って様子を確認した方が…いやいや、それじゃレナちゃんを信頼してないって事に…でもやっぱり心配だし…」


 普段は頼れるみんなのお姉さん的存在、いや、本当のお姉さんはあくまで私だけれども。無常さんとの傍から見たら凄絶な虐めにしか見えない稽古内容を知っているだけに、それに文句を言うことなく、むしろすすんで稽古を付けて貰っている親友の事を考えると、不安が口から零れてしまうのも当然であった。


「レナちゃん、草薙さんをったりしないよね?」


 そう、そこが心配だ。今のレナちゃんは容赦がないのだ。普段は全くそんな事ないんだけど、真剣握るとスイッチが入るっていうのかな?あの状態のレナちゃんは怖いんだよね…あれはいつだったっけ?無常さんがレナちゃんの腕を吹っ飛ばした時とか大変だったなぁ…奈っちゃんが真っ青な顔して家に飛び込んできたもんね…れーくん居なかったらどうなってたんだろう。基本家から出ないから、まず居るんだけどさ。


 草薙さん大丈夫かな?怖い目に遭ってなきゃいいけど。遥さんや矢車さんくらい強いならともかく、殺す気でいかなきゃ今のレナちゃんは止められないだろうし。そもそも人を殺す覚悟で真剣を振るなんて、こう言ったらなんだけど正気の沙汰じゃないし。それが出来れば私だって、北条の件でれーくんに迷惑を掛けたりしなかっただろうしさ。頼もしいと言えば頼もしいんだけど…


 おっと、それよりも草薙さんだよ。草薙ユウキさん、小さい頃のれーくんを知ってて、私達と同じ双子で、お姉さんで弟さんは入院中。話してて凄く弟さんの事好きなんだなって伝わってきたし、妙なシンパシーを感じたせいか、彼女とは戦う気が起きなかった。何より、わざわざ男装してまで探学に入学するなんて、理由は分からないけど、きっと、いや間違いなく弟さんの為だよね?


 同じ双子のお姉ちゃんとして、弟想いの彼女の心をへし折るのは躊躇われた。今の私と戦ったら、良くも悪くも一瞬で勝負がついちゃっただろうし…かといって、槍とか使う気分じゃなかったし…レナちゃんが助け舟を出してくれたから助かったけど、それはそれで草薙さんには酷だったかもしれない。でもまあ、レナちゃんも草薙さんに思う所があったみたいだし、きっと悪いようにはしないだろう、うん。


「考えても仕方ないか。それよりも今は奈っちゃん探して合流しないと」 


 れーくんが合流するつもりならとっくに向こうから来てるだろうし、元々一人でやるって言ってたから、一緒に行動したら正体がバレると思ってたんだろうけど。あれだけ目立つ行動しちゃったら流石に分かっちゃうよ…私を甘く見すぎだね!


 そもそも奈っちゃんが、れーくんから貰った武器を使ってあんなに目立つ行動を取るわけがないし。奈っちゃんが無双できるような武器なんだよ?誰だって喉から手が出るほど欲しくなるに決まっているし、間違いなく厄介事の火種になる。奈っちゃんなら、れーくんに迷惑をかけない為にその辺りは配慮する。にも関わらず考えなしに好き勝手に暴れるなら、それは武器を渡した本人以外ありえない。とはいえ、私以外に気付ける人はいないだろう。レナちゃんも奈っちゃんが狂ったと思ってたみたいだしね。


 私達に隠れてれーくんと悪だくみしてた奈っちゃんは自業自得として、わざわざ私に奈っちゃんと合流するように言ったのは、レナちゃんなりの配慮だろう。奈っちゃんと合流して、ドン勝した時の確認と、別の話を持ち出してきたら、正体に気付いてる事を匂わせて脅せって事かな。レナちゃんには出来ない事だし、その時レナちゃんも一緒にいたら流石にれーくんが可哀想だし。適材適所ってやつだね。 



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 さて、ここからどうしましょうか。草薙さんがドン引きしてますけど、状況が好転したわけではないんですよね。片腕動きませんし。最悪なのは逃げられる事ですが…それはおそらくないでしょう。なにせ彼女は、草薙勇輝ですからね。彼にとって不名誉な事は選択できないはずです。

 

 おそらくは弟さんの為に、わざわざ名前と性別を偽って探学に入学…ですか。れーくんと被るんですよね、彼女。その場の思い付きで行動する所や、後先考えない発言をする所、感情的になりやすく、煽り耐性がない所が特に。れーくんと違って友達もいたでしょうし、弟さんを治したいなら、それこそありすと敵対すべきではないでしょうに。しかも目的がありすにも関わらず、こうして私と向き合ってますし。


 仮にありすと戦いになっていた場合、おそらくまともな戦いにはなりません。手加減して寸止めを続けるありすに激昂した挙句、自分の不甲斐なさや、思い通りにいかないやるせなさが上限突破して大泣きでもしたんじゃないでしょうか。そしてそれをありすが慰めて事情を聞いた挙句、とりあえずれーくんに話だけでも聞いてみようよ、私も一緒にお願いしてあげるから的な展開になり…なんて恐ろしい、その場面が容易に想像できます。


 これ以上、れーくんの周囲に異性が増えるのは好ましくないのです。ただでさえ黒巫女さん達がやばい上に、来年はれーくん目当てで関東探学を受験する人が大勢現れるでしょう。れーくんが望むなら止める事は出来ませんが、事前に阻止する分には構わないはずです。


 草薙さんチョロそうですし…ありすのお願いを聞いたれーくんが勇輝さんを治したりしたら、それこそ今まで積もりに積もった悪感情が、そのまま好意に反転しかねません。それだけは絶対に阻止しなければいけません。れーくんは可愛い女性の押しに弱い節がありますからね…ありすは言わずもがな、奈月のアピールも拒絶はしませんし、ぱんでもにうむの時も流されてましたし…


 ありすだけ先に行かせたのは最悪の事態、ありすと草薙さんが一緒にれーくんに会って、お願いを聞いたれーくんが勇輝さんの治療に成功する展開を回避する為です。れーくんが何をどこまで出来るのかは知りませんが、何でも出来ると思った方が良いでしょう。私が勝てた場合は問題なし、負けた場合も、私を倒した草薙さん相手に、ありすもわざわざ事情を斟酌しんしゃくしたりしないでしょう。


 問題があるとすれば、やはり草薙さんがこの場から逃げた場合のみ。私としてもワンダラーエンカウントの被害に遭った勇輝さんに対して思う所はありますから、さり気なく話題を振るくらいの手助けは約束しましょう。ですがそこまで。れーくんに、直接は絶対に会わせません。少なくとも、天獄郷にいる間は私を見たら反射的に逃げ出すくらいには苦手意識を持ってもらいます。ですので草薙さん、貴女の天獄杯バトルロイヤルはここで終了です。

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