第178話 あまりに長すぎたので1話にまとめました!!
正直に言えば、こんな危ない子なんて相手にせずにさっさとこの場から逃げ出したい。この子に勝ったところで得られるものはなく、むしろ失うものしかない。ならば戦う意味などない。草薙有希であれば、躊躇いなく逃走を選択していただろう。しかし草薙勇輝を名乗っている以上、その選択肢は選べなかった。
転機はそう、まさしく目の前の星上レナがワンダラーエンカウントに遭遇した事件だ。そこに現れた目的も正体も一切不明、されど圧倒的な強さを持つ最強仮面。あの姿を見た時にピコン!と閃いたのだ。見ず知らずの探索者を、わざわざ助けに行くような人ならば、事情を説明すれば勇輝を何とかしてくれるのではないか?少なくとも会えたなら助言の一つくらいしてくれるのではなかろうか、と。
勇輝に対して医者は無力であった。外傷は完治しているはずだが、体が満足に動かせない。精神的なものなのか、それとも他に原因があるのか。定期的に入院検査は受けているが、進展は一向にない。
親も一切当てにはならない。ほっぽり出したりしないのは子供への愛情なのか、草薙流が途絶える事の恐れなのか定かではないけれど。草薙流だなんだといった所で、所詮やってる事は時代遅れのロートル武術だし、昔から家があったとはいえ、万生教や禁忌領域守護家に伝手があればまだしも、そんなものはない。
一番可能性があるのは万生教だが、同時に一番目がないのも万生教だ。そもそも万魔様の為に命を懸けるなんて出来ないから、万生教には入れない。S級探索者の聖母様もそう。そもそも同じ様な事を考える人なんて沢山いるだろうから、コネでもなければ門前払いだろう。
そう、コネだ、知名度と言ってもいいかもしれない。無名の自分がそれを手に入れるにはどうすればいいか。探索者になる以外に選択肢はない。不幸な事に、最低限の草薙流の稽古は続けさせられていた事が奏した。古臭い武術とはいえ、下地が何もないよりはマシだ。ダンジョン配信で有名になるのは…現実的ではない。昔ならともかく、この歳でC級やB級になった所で、大して騒がれもせずに埋もれるだろう。
となれば、探索者養成学校に入学するのが一番マシだろう。天獄杯は天獄郷で開催されるから、良い成績を出せれば万魔様の目に止まるかもしれないし、万生教に伝手が出来るかもしれない。探索者としてダンジョンに潜っていれば最強仮面さんに会えるかもしれないし、自身の有用性を証明できれば、聖母様と会わせてくれるかもしれない。
うん、考えれば考えるほど、これしかない気がしてきた。年齢的にも丁度良いタイミングだし。後はもう一押し、何かが欲しい。私が探索者を続けるモチベーションになるものが。勇輝の為を思えばやる気はでるけど、それが続くなら私は途中で勇輝を独りにしなかっただろう。私は、勇輝がなんであそこまで必死になるのか理解出来なかった。途中で止めたのは、勇輝が求める水準が、私の許容範囲を逸脱したのが原因だ。
だけど半端な気持ちでやるなら、結局同じ事の繰り返しになるだろう。だから必要だ。私にもこの作戦をやり遂げる強い意志が。大丈夫、私に出来る事は勇輝だって出来るし、勇輝に出来る事は私だって出来る。
そう、探学に通う3年間。その間だけ私は勇輝になるのだ。探索者の鑑として恥じる事のない草薙勇輝として、在学中に天獄杯で優勝して有名になる!!そうして勇輝が治ったら、後を引き継いで私は普通の暮らしに戻ればいいわけだし!一緒に探索者を続けるのも良いかもしれない。双子の上級探索者なんて結構話題になるんじゃ?そこで草薙流の事でも盛って話せば、ご先祖さまと両親にも育ててくれた恩を返した事になるだろう。
完璧、完璧すぎる!私も勇輝も今まで酷かった分、これから幸せにならないとね!
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一体、何をやっているんだろう…星上さんの攻撃をいなしながら、しかしこの理不尽な状況を嘆くだけの余裕が今の私にはまだあった。その余裕は即ち実力差であり、戦いの最中に余計な事を考えられるという事は、実力はそれなりに開いているという事でもあるのだが。
「くっ」
明らかに、私の方が押されていた。左腕が使えなくなったにも関わらず、星上さんの動きに変化がないどころか、幾分キレが増しているようにすら感じられる。いや、私の動きが鈍っているからそう感じるだけなのか。星上さんの動きには迷いがない。
左腕を庇う様子もないし、片手で刀を振るう様は、二刀を使っていた時よりも慣れを感じる。
おそらくこちらが本来のスタイルなのだろう。ソロで探索者を続けていたのだし、当然かもしれない。両手を塞ぐ二刀スタイルでソロ探索者など、余程自分の強さに自信がなければ選ばないだろうし。つまりこの子は最近二刀にしたという事になる。
天月ありすといい、星上レナといい、一体なんなのだ。
天月ありすの槍捌きはかなりのものだったにも関わらず、大鎌などに現を抜かして拘っていた。星上レナも扱い慣れた一刀ではなく二刀で戦っていた。慣れ親しんだ武器を捨てるのが最近のブームなのだろうか?もしそうなら、私の代わりに草薙流を継いでくれないだろうか。
「どうしました草薙さん、守ってばかりでは勝てませんよ?」
先ほどとは真逆、攻守が完全に入れ替わっていた。相手の踏み込みに迷いがない。切っ先には畏れがない。完全に殺しに来ている。私が過度に斬りかかれないというのを見抜いているのもあるだろうし、あるいは私の方が技量が上だからこその信頼からくるのか。ともかく彼女に躊躇いはない。そこから読み取れるのは…恐ろしい事に、まず間違いなく彼女は、普段から真剣で殺し合い染みた狂気の稽古をしているという事実。
巻藁を斬るわけではないのだ。私だって真剣を人に向けて振った事はある。だがそれは稽古として、私より技量が上の父に対してであり、それも寸止め前提だ。竹刀や木刀ならまだしも、真剣で間違って斬っちゃいましたは冗談でも通らない。それくらい真剣での稽古には神経を使うのだ。にも拘ら躊躇いがないという事は、常日頃からそういった稽古をしているという事。そしてその稽古が続けられているという事は、彼女を歯牙にも掛けない、相当な熟達者が師匠なのだと推察できる。
どれだけ頭のイカレた師匠なのか…女の子に真剣での斬り合いを教え込むなんて…
いや、似たもの師弟かもしれないな。ともかく、私の方が技量が上にも関わらずこの有様、明らかに舐められている。いや、舐められているというより見透かされているのだ。私の怯懦を、人を傷つける事への忌避感を。
いや、だって無理でしょ。私だって男に襲われたりしたら殺す覚悟で刀を振ると思うけどさ。星上さん女の子だし、顔に傷とかつけたくないし。万魔様は手足が捥げようと治してやるとおっしゃってたけど、本当に治るのか?正直私は信じきれない。いや、大丈夫なんだろうけどさ。万が一があったらどう責任取ったら良いの?そしてこの状況が、その万が一を許容して良い程に切羽詰まっているのか?と言われたら否である。
ようは私に覚悟が出来てないのだ。人を傷つける、殺める覚悟が。そんな覚悟が出来てる方がおかしいと思うけど。万魔様がなんでも願いを叶えてくれる。確かに凄まじい特典だ。人を殺す理由に十分なると思う。私だって喉から手が出るほど欲しい。だけど実際問題、不可能だろう。今の私ではどう足掻いても最後まで残れない。残れないならわざわざ手を汚す意味なんてない。結局はやらない理由を探しているだけなんだろうけど、これが私なんだから仕方ない。
だから正直、このバトルロイヤルの目的は、なるべく生き残って、知名度をちょっとだけでも上げる事だ。本来なら天獄杯個人戦に1年生で出場した事で、その位の知名度は稼げる予定だったのに…
そもそも勇輝が女の子を傷つけるっていうのが想像できないし。この場を乗り切る方法か…星上さんを再起不能なまでに叩きのめす…のは正直無理。それが出来れば話は終わっている。天月ありすが相手なら容赦しなかっただろうけれど。逃げるのも無理。ワンダラーエンカウントに遭って尚生き延びた程の漢が、この程度の女の子相手に逃げるなんてあってはならない。せめて名乗ったからには、そんな無様な姿は見せられない。
つまりは、星上さんが戦闘を諦めざるを得ない状況にもっていかないと駄目って事だ…妥協案としては、右手も使えなくしたらどうにかなるだろうけれど、無理ね。こちらの弱みに付け込んで、猪突猛進に突っ込んでくるだけなら対処も余裕なんだけど
深追いしてこない。明らかに格上相手との戦いに慣れている。というか負傷前提での戦い方を仕込まれてるとしか思えない。そんな稽古、私なら即座に逃亡するだろう。
さっきの穿だって、私が刀に固執していたなら斬られて終わっていただろうし。そうか…あるじゃない、諦めさせる方法が。星上さんの持ってる二刀、壊せば流石に何も出来ないでしょ。
星上さんは動かない垂れ下がった左腕が邪魔にならないよう、半身の構え。片腕しか使えない為、攻撃してくる分には刀の軌道は単調で読みやすい。私の弱点を上手く利用して立ち回っているとはいえ、負傷した状態での戦いに慣れているとはいえ、左側が死角であり、左腕が邪魔なのは間違いないのだ。
明らかな死角がある以上、私の方が星上さんの行動を誘導するのは容易い。覚悟を決めよう、今この場だけでも。星上さんの刀を壊す、もしくは…右腕を潰す。あれもこれもやりたくない、嫌だで通る状況じゃないし。これ以上時間を伸ばすのも、人によっては嬲っている様で見苦しく見えるだろうし。これで―――決める!
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本当に、草薙さんは分かりやすいですね。目つきが明らかに変わりました、覚悟を決めたようですね。その素直さは好感が持てますが、戦いにおいては欠点でしょう。
いえ、そんな人に覚悟を決めさせた私が言えた事ではないですね…
自分とて余裕があるわけではない。何より今戦闘が成り立っているのは、草薙有希の臆病さ、いや、優しさによるものだからだ。人の善性に付け込んだ罪悪感はあるが配られた手札で最善を尽くすのは弱者であれば当然の事。戦いの場で卑怯卑劣など、強者目線だからこそ言えることなのだ。そして私の、星上レナの心身共に、そんな余裕は一切ない。
ともあれ、これでどう転んでも目標が達成出来たのは確か。後はどうなるか、出たとこ勝負です!!
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守勢に回っていた草薙有希が、一転、這うような姿勢で星上レナの死角を突かんと襲い掛かる。狙いは足か、それとも――――星上レナとしては、正面に捉え続けなければ勝機はない。動かない左側を取られたら、そこで全ては終わるだろう。草薙有希が覚悟を決めただけでひっくり返る主導権。そして先ほどと同じ、肉を斬らせて骨を断つ手段を取る事は出来ない。片腕だけならともかく、次に四肢のいずれかを失えばそこで星上レナは終わりだろう。
両者共に、事ここに至ってはやるべき事をやるのみ、後は覚悟の問題である。
草薙有希の緩急静動交えた動きに翻弄されてか、星上レナは乱雑に立ち並ぶ家屋壁面へと誘導され、左腕が当たる。後方に退路はなく、活路は前左右の三方のみ。星上レナが選んだのは―――前へと踏み出しての袈裟斬り。追い込んだ草薙有希は両手での左斬り上げ。真向からの刀同士の衝突はしかし、草薙有希に軍配が上がった。片手で静止状態からの踏み出しによる振り下ろしと、振り上げとはいえ両手と助走込みではどちらに軍配が上がるかは明白。
両者渾身の力を籠めたであろう斬撃はしかし、あっけない程簡単に星上レナの刀が吹き飛ぶ事で決着を見た。勢いそのままに草薙有希の刀が星上レナの体に吸い込まれるも、止める事など出来ようはずもない。肉を斬り、骨を断つ命の感覚に、草薙有希の心が悲鳴を上げる。こんなはずじゃなかった――――
前のめりのまま、自分を抱え込むようにこちらに向かって倒れ込む星上レナを、反射的に抱えようとして腕を伸ばし―――
「あ…ああああァァァアアアアア!!!」
断末魔の絶叫、そう呼んで差し支えない叫びと共に、自身の体に刀が食い込む感覚を覚える。草薙有希がその時に見た物。動かない左手に右手も添えた上で、勢い反動を利用して、体を捻じってもう一刀を抜き放った星上レナの姿だった。
そのまま陸に上がった魚の様に地を跳ね倒れ伏す星上レナ。間違いなく、この子はこれ以上戦えない。というかこのままだと死ぬだろう。そしてそれは私も同様に。動かない星上レナを前に、自分の状況すら蚊帳の外において、とりとめのない思考が浮かんでは消える。
…骨を斬らせて骨を断つなんて発想、狂っているにも程があると思う。それを思いつきもしなかった自分が甘かったのだろうか?いやいや、そんな事はない。こんな命を投げ捨てるが如き暴挙、親御さんが見たら白目剥いて卒倒するんじゃなかろうか。
私の親は何だかんだ命は大事にしてくれてたんだな…よくよく考えれば勇輝の事も見捨ててないし、ちょっと名誉欲が強いだけで、普通に良い親なのかもしれない。今度家に帰ったら感謝の言葉を伝えよう。
キラキラと溶ける様に消えつつある星上レナ。モンスターを斃した時と同じような感じだな…これ、本当に大丈夫だよね?五体満足で復活するよね?というかそうじゃないと私も困るんだけど!!万魔様、お願いしますよ…本当に死ぬとは思わなかったのじゃ、流石にこれは無理じゃとか言ったら、絶対化けて出ますからね…
はぁ…とんだ貧乏くじを引かされた気分だ。バトルロイヤル形式になってしまったとはいえ、全国の将来有望な探索者希望の若人が溌溂に腕を競う天獄杯だぞ。万が一これがお茶の間に放映でもされていたら、今頃阿鼻叫喚の地獄絵図は間違いなし。心臓が弱い人なら下手したらショック死もありえるんじゃ?流石に私は責任取れないからね?
一体なにがここまで彼女を駆り立てたのか…ひょっとしてこれか、これが私に足りないものなのか。自分の望むものの為に自分を削る覚悟。自分を通す覚悟。自分を擲つ覚悟。死を前にして死を受け入れ、それでも前に進む覚悟。きっと勇輝も持っていたもの。そして私が持っていないもの。
結局のところ、彼女が覚悟を決めていた時点で、私に先などなかったのだろう。この先に進みたかったのなら、日頃からもっと努力をしておくべきだったのだ。だからこれは、この結末は、自分の未熟さとして素直に受け入れ…いや、むしろ私は人としての尊厳を守ったのではなかろうか。
死ぬほど痛いけど。というか痛すぎて痛くないなんて感覚知りたくなかった。これを勇輝も味わったのだろうか…だとすれば、次会った時の話のタネにはなるかもしれない。自分でも不思議だが、星上レナに対しては恨めしいだとか、憎たらしいといった感情は抱けなかった。結果だけ見れば、これは自滅なのだから当然かもしれない。
恨みはないけど、当分はというか、出来れば二度と彼女には関わりたくない。次戦う事になったなら、恥も外聞も投げ捨てて逃げよう。
持つ者は持つ者なりの苦労があると言うけれど…ここまでしなきゃ手に入らないなら、私はそんなもの要らないの。
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