第168話 情報の大切さ

 草薙有希は決意した。天月ありす、このちょっと誰とでもすぐ仲良くなれて元気で明るい、滅多にお目に掛かれないレベルの美少女なだけの、エゴイスティックモンスターを分からせる必要があると!!


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 そもそも彼女とはこの場が初対面で、クラスも違うし、天獄杯予選でも絡んだ事はないし、代表選手が集まってミーティングした時も話した事はない。だからここで遭ったのは偶然で、そもそも私から彼女に接触する気は全くなかった。顔を合わせれば、話せばきっと惨めな気持ちになるだろうと分かっていたからだ。私が彼女に抱く感情が、身勝手で一方的なものだと理解出来ているから。彼女は何も悪くないのに八つ当たりなんてしてしまえば、それこそ理不尽の権化、万魔央とやってる事が同じになってしまうから。


 ところがどうだ、人目を避けて一時の憩いの場として選んだ建物の中に彼女たちがいた。一体何の嫌がらせだろう、よりによって天月ありすがいるなんて。向こうが後から入って来たなら、即座に斬りかかっていたと思う。だけど私が後から入ってきた上に、入る時に警戒していなかった落ち度がある。それでも手よりも先に口が出たのは、彼女たちに敵意がなかったのが大きいだろう。なによりも、邪気のない笑みでこんにちは!なんて挨拶されたら、毒気も抜かれるというものだ。


 …え、なんでお茶会みたいな雰囲気なの?確かにあなた達とは同じ探学だけど、別に友達でも何でもないよね?何でそんなのほほんとしてるの?今はバトルロイヤルの最中なんだけど?同じ探学だから気を抜いているのだろうか?このバトルロイヤルは突発的に開催されたせいで、ルールは共闘闇討ちなんでもござれのガバガバ具合。そして何より勝者一人のみに与えられる破格の報酬が魅力に過ぎた。


 独力でそれを手に入れられれば最高だけど、参加者は全国の優秀な探学生。誰もが自分と同等かそれ以上なのだ。そんな中で最後まで勝ち残れる確率は限りなく低い。ただでさえ今回は織田遥さんや毛利恒之さんといった禁忌領域勢が参加しているのだから。それこそ自分の強さに絶対の自信でもなければ、余程の理由がなければ共闘を選択するのが普通だろう。話し合うだけの時間も十分あったわけだし。


 私も上級生のお姉さんたちから共闘を持ち掛けられたけれど断った。そもそも合流出来る保証がないし、なにより私の願いが個人的なものだったから。利用するだけ利用して土壇場で裏切れば勝率も上がるだろうけれど、そんな卑怯な事をするのは自己中な万魔央みたいで嫌だった。何より今後の学生生活が針の筵になるだろう。


 問答無用で斬りかかるのは…流石に躊躇われた。いや、彼女たちは敵なのだから問題ないけれど。そもそもそういうルールだし。でもそれをやったら負けた気がする。幾らルール上問題ないからといって、不意打ちなんて恥ずべき行為。このバトルロイヤルが全国生放送されているというのもある。勇輝が観ているかもしれないのだから無様な姿は見せられない。それになにより…そうか、天月ありすは私の事を知っていたのか。そうか…そうかあ…


 まあ?いずれ矛を交える間柄だとしても、少しくらいは話に付き合ってあげるのも吝かではないかもしれない。私もここに来るまで神経張り詰めてたし、少し休憩したいし。

 う、うざい…何なのこの延々に続く惚気話は。れーくんれーくんって、あなたれーくんの事しか話題がないの!?選ぶ話題を間違ったと気付いた時には既に遅かった。なんで私はあの番組の話をしてしまったのか。その位しか彼女と接点がなかったというのもある。でも、もしかしたら私たちの事を覚えているかもと期待していたのかもしれない。あの零が、私たちの事を何か言ってたかもしれないと…


 しかしというかやっぱりというか、あの番組に私たちが出ていた事を一切覚えてなかったし!まあそれは分かってたけれど!でも気にくわない!こっちはすぐに思い出したのに!!こんな事なら問答無用で斬りかかっていればよかった…必要のない万魔央の情報が蓄積されていく。何で私はこんな拷問染みた目に遭っているんだろう…


 そもそもこの子は、あの番組の零の発言がどれだけ世間に迷惑をかけたか知らないのだろうか?思い出しただけでムカムカしてくる…自業自得といえばそれまで、でもあの番組が転機だったのも確か。そういう意味で私だって被害者だ。零がもう少しまともだったなら、あそこまで勇輝が無茶する事も無かったと思う…アレがあんな性格になった一端は、もしやこの子にあるのでは?この子が壊れたラジオみたいにひたすら零の太鼓持ちをしていたから、あんな自重自粛自制知らずの厚顔無恥天上天下唯我独尊迷惑災害男に育ってしまったのでは?


 …気持ちは分からないでもない。あんなのが家族、ましてや双子ならば、一緒に育つ片割れがまともに育つとは思えない。万魔様の後継者になれるだけの器。幼少期の頃から頭角を現しただろうことは想像に難くない。十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人なんて言うけれど、アレはそれに当てはまらない例外中の例外。五で神童、十で神子、十五で現人神的な正真正銘の化物だ。


 天月ありす、彼女がある意味最大の被害者なのかもしれない。自分の身を守るために近くにいる特級異物を受けいるしかなかったのだ、神に侍る巫女のように。選択肢がなかったのは可哀想だと思うけれど、そんな狂信者みたいな奴に現在進行形で付き合わされている私の方が可哀想だ。そもそも私は、なぜ呑気に付き合っているのだろう?話題を振ったのは私だから遮るのも悪いと思って大人しく聞いていたけど、そんな必要ないのでは…ハッ!!


 天月ありす…なんて恐ろしい子なの…!!ほんわか空間で毒気を抜かれて、惚気話に付き合わされてげんなりした挙句、さよならの挨拶をして別れる所だったの!敵であるはずなのに懐柔されかけたの…零と同じく口達者なの!油断ならないの!このままこの子のペースに引き摺られるのは危険なの…こちらのペースに引きずり込まないと!これはそう、刀ではなく言葉を使った戦い…戦闘はもう始まっていたの!!幸いあなた達に対する不満なら山ほどあるの!そっちが惚気るなら、こっちは思う存分愚痴ってやるの!!

 一度吐露してしまったが最後、自分でも驚くほど鬱憤が溜まっていたようで、堤防に走った亀裂が徐々に広がり決壊するように、次から次へと吐き出る愚痴が止まらない。そんな私の愚痴に相槌を打つ天月ありす、その内容が相変わらずれーくんれーくんなのが益々忌々しい!お前はれーくんBOTか!もう我慢の限界なの!いざ尋常に私と勝負するの!!


 …は?武器がない?壊れた?そんなの関係ない…と言いたい所だけど私も鬼じゃないの。武器なら私と勇輝が集めたコレクションから貸してあげるの。遠慮する必要はないの。


 …は?大鎌?そんなのあるわけないの。あんなの武器じゃないの。鎖鎌なら…なんでそこでそんなに怒るの!?そもそも天獄杯予選で大鎌なんて使ってなかったはずなの!


 …最強武器?大鎌が?馬鹿も休み休み言うの。百歩譲ってもそんな事ないの。誰も使う人がいないのは欠陥武器の証明なの。…遥さんと良い勝負をした?遥さんって誰の事?…は?織田遥?…もしかしなくても関西禁忌領域筆頭守護家の織田遥さんの事?彼女相手に大鎌なんてネタ武器未満の代物で引き分け?そんな冗談誰も信じないの!


 …でもそんな嘘を吐く必要がこの子にあるだろうか?全国放送されてるわけだし、後で確認なんて幾らでも出来る。もしそうなら、この子は織田遥さんと引き分けるだけの実力を持っているという事。関西探学最高学年の団体戦出場の権利を単身で獲得した女傑に、引き分けた?


 確かに歳の割には優秀だと思う。だけど図抜けているとは思わない。現に個人戦でこの子は矢車さんに負けているわけだし。私も決勝で矢車さんに負けたけれど、決して手が届かないという感じではなかった。そんな矢車さんでも、探学最上級生PTを相手に単騎で勝てるとは思えない。


 それをこの娘が…ありえない、あっては駄目だそんな理不尽。そもそもそんなに強いなら、道理が通らない。泣けば助けが来るとでも?縋れば守ってくれるとでも?祈れば奇跡が起こるとでも?ああそうだ、お前の人生では助けが来るのだろう、守ってくれるのだろう、奇跡が起こるのだろう。そんな都合の良い存在が、すぐ近くにいるのだから。ふ…ふ…ふ…


「ふざけるのもいい加減にするの!はぁ!?何なの何なの!?天月ありす!お前は一体どれだけ欲張りいやしんぼなの!!何でお前だけそんなに天から二物も三物も与えられてるの!!?もう許せないの!流石の私も我慢の限界突破なの!!何でも手に入って、何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いなの!!今ここで!世間に代わってお前に天誅を下してやるの!!!」

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