第167話 からの
ありえない。一体私は、私たちは何を見せられているのだろうか。目に映る光景が理解できない。いや、理解は出来るがそれを受け入れる事が出来ないでいる。北条の人達が必死の形相で、それこそ血涙を流さんばかりの決死の覚悟で刀を振るい、地形が変わる程の魔法を容赦なく使っている。人一人に向けるには、人一人殺すには過剰に過ぎる圧倒的なまでの暴力。そこに余裕など一切なく、正に死力を尽くす、死闘という言葉が相応しい光景が広がっている。
広がっているのだが―――――
何故…何故、そんな地獄の中心で、アレは、あの男は…かすり傷一つ負わないどころか、周囲を気にせず呑気に寝ているのだろうか。ありえない。意味が分からない。理解出来ない。一体この状況は何なのか…北条の人達の攻撃が、まるで出来の悪いパントマイムの様だ。これのどこが、決闘なのだろうか。
決闘開始前、何時まで経っても現れないアレに対して誰もが思ったはずだ。万魔央は逃げたと。時間ギリギリで現れた時も、大物ぶりたいせめてものパフォーマンスだと。神霊誓約書を持ち出したのも最後の悪あがきだと。どこまでも自分で墓穴を掘り、自分を追い込む救いようのない道化師だと。開始早々二度寝を決め込むその舐め腐った態度に、やる気のなさに、誰もが舌打ちをして顔をしかめた筈。誰もが北条の人達がこの傍若無人な愚か者に裁きの鉄槌を下すのを期待した筈。なのに――――
ありえない。ありえないありえないありえないありえない!!何だこれは。何なんだこれは!!画面の向こうでは、ようやく起きた万魔央が無防備に突っ立って北条の人達を煽り散らかしている。その間も北条の人達が無防備な万魔央に攻撃を仕掛けるが、全く意に介した様子がない。
北条の人達が弱いわけでは決してない。一度でも探索者になった事があるなら、いや、ダンジョン配信を見た事があるなら誰もが分かるだろう。今あそこで戦っている人たちは極一部を除いてA級、もしかしたらS級に匹敵するような、そんな歴戦の強者だ。モンスターを、人を相手に殺す為の確かな術理がある。研鑽がある。それらを積み上げ続けてきた人たちが、阿吽の呼吸で連携して全力で殺しに掛かっているというのに、アレの防御を突破できない。かすり傷一つ、髪の毛一本斬り飛ばせない。
一体なんなのだ、この理不尽は。アレは口だけの詐欺師じゃなかったのか。万魔様の威を借りるだけの鼠ではなかったのか。万魔様の目は、節穴ではなかったのか…だが、まだ北条の人たちは負けたわけではない。確かにアレの防御力は目を見張るものがある。しかしそれだけだ。攻撃しなければ決着はつかない。北条の人たちが攻撃をし続ける限り、あれは防御し続けるしかなく、そして北条の人たちはどれだけ時間が経とうと手を緩める事はないだろう。ならばこの決闘は千日手だ。どちらかが根を上げるまでの、精神力の勝負ならばアレが勝てる道理はな――――
『うーん、この状況でそんな反抗的な発言が出てくるって事は、絶望が足りないのかな?あ、もしかして、俺を防御しか出来ないサンドバッグとか思ってる?』
ゾクリと。背筋に冷たいものが走った。まるで私の思考を見透かしたようなタイミングで、画面の向こうのアレが口を開く。
『さあ、北条の諸君、残酷な現実と向き合う時間だ。とりあえず最初の犠牲者はお前に決めた。精々藻掻け。死ぬなよ?』
残酷な現実。そうだ、現実は残酷だ。思い通りに上手くいかない。自分の望んだ通りにならない。目を逸らしても現実からは逃げられない。だけどそれは、多かれ少なかれ誰もがそうで――――
画面の向こうで不敵に笑う万魔央。翳した手の先には名前を知らない北条の人が八つの光輪に体を拘束されている。なん、だ…なんなの、あれは…ありえないありえない!!あの八つの光輪は…全部属性が違う!それにそもそも、詠唱なんて全くしてなかった!なんで!?どうやって!?
『それじゃまず一人目だな』
その呟きと同時に、八つの光輪が収縮して八つ裂きにするかのように体に食い込む。絶叫が迸った。同時、その間隙を突くように、二人が左右から万魔央に斬りかかった。完璧なタイミング。対する万魔央は迎撃はおろか防御する
『甘ぇよ』
左右からの斬撃を体で受けながら、全くの無傷…当然の様に砕け散る刃。よろめきもしない。近くにいる蚊でも払うかのようにぞんざいにに、そのまま斬りかかってきた北条の人達に向けて同時に魔法を放つ。今度は…風と雷。北条の精鋭を相手に一顧だにせず、歯牙にも掛けない。これが―――
『少しは身の程を思い知ったか?幾らお前らが鳥頭でも、このまま戦った所で時間の無駄だと理解できたと思うんだが』
これが、あの零だというのか。万魔の後継者、万魔央。私が勝手に屑だと決めつけて、口先だけの奴だと決めつけて、いや、屑なのは間違いないけれど。でもあの傲慢な態度、傲岸不遜な発言。それら全てに見合った実力があったからこそだと?
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万魔央と北条一門による決闘は。いや、これを決闘などと呼ぶのは間違っている。少なくとも争いは、同じレベルだから、同じ土俵に立っているからこそ発生するのだ。今行われている決闘は、争いですらない。ならばこれは何なのか。
これはそう…万魔央にとってはきっとゲームなのだ。子どもの頃、勇輝が遊んでいたゲーム、あれは確かドラなんとかっていうRPGだった。勇者の子どもが、王様から小銭だけ貰って魔王を倒す為に冒険をするゲーム。魔王を倒す為なんだから、もっと沢山お金や凄い武器をあげればいいのに!と文句を言った覚えがある。
レベルを上げて、強い武器や防具を揃えて、頼れる仲間と一緒に魔王を倒す。なんで魔王は勇者の子どもが弱い内に、自分で倒そうとせずにお城でずっと待ってるんだろうね、と疑問に思った覚えがある。勇輝にそう言ったら、それじゃゲームにならないよと苦笑していたけれど。
『時を刻み、自らに克つべし。帝魔・炎帝獄葬』
詠唱、なのだろうか?万魔央が呟いたその言葉がやけに明瞭に響いた。同時に、テレビの向こうで突如立ち昇った数多の炎柱。触れたら最後、骨まで燃え尽きると思わせる血の様に紅い炎の柱が時に鮮やかに、暗く踊り狂う。
魔王がもし、危険分子を排除するべく自ら動いたのなら、きっとこんな状況になるのだろう。一方的に蹂躙され、翻弄され続ける北条の人達。歴戦の猛者で、ゲームならカンストしててもおかしくない位、間違いなくこの国でもトップレベルに強い人達だというのに。そんな人達を相手にこうまで一方的に蹂躙し、楽し気に笑っている万魔央とは一体何なのか。ああそうだ。確かに勇輝の言っていた通り、これじゃゲームにならない。こんな敵側が圧倒的で一方的な展開なんて、誰も望まないクソゲーだろう。
テレビに映し出される光景が非常識すぎて、映画やドラマを見ている気分になる。ここまで出来の悪い作品なんてないだろうけど。嗚呼、炎柱に一人飲み込まれた。高笑いする万魔央。その表情を、態度を見れば良く分かる。そこには生死を賭けた決闘に挑む決意も、覚悟も、必死さも、切実さも、執念もない。アレにとってこれはゲーム、暇つぶしの娯楽にすぎないのだ―――――
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決闘が終わった。北条の人達の決死の覚悟も、死を賭した特攻も、何もかもを蹂躙し尽して、万魔央が決闘の勝者となった。ゲームや物語なら、どんなに追い込まれても奇跡が起きて、悪の魔王を倒してハッピーエンドなのだろうけど。奇跡は起きなかった。だってゲームじゃないから、現実だから。
なんで…なんでクソゲーのクソキャラが、バグって現実に存在してるの!ありえないの!そもそもなんなの!?帝級魔法って!!万魔様しか使えないはずじゃなかったの!?何でアレが使えてるの!!あんなに強いなら、こんな公開処刑みたいな事する必要全くないと思うんだけど!!いきなりとんでもない物を見せられたこっちの身にもなって欲しいの!!
そう、帝級魔法を使えるという事は。それが万魔の後継者となる条件ならば。必然的に万魔央も可能なはずなのだ。有史以来、万魔様のみが成し遂げた偉業、禁忌領域の解放が。少なくとも、現状この日本で最もそれに近い存在なのは間違いない。なぜそれだけの力がありながら、こんな日本全てに喧嘩を売るような最悪な形で衆目を集める意味があったのか。それこそ禁忌領域を解放する為と喧伝したならば、全てを味方にした上で好意的に迎えられただろうに。
にも拘らず、アレが動いた理由が天月ありすに手を出して泣かせたから。ただそれだけの理由。言ってしまえばその程度で、アレは表舞台に登場し、惜しげもなく自身の力を振りかざした。大義ではなく私憤で、道理ではなく感情で…
天月ありす。まさか幼馴染ではなく姉弟だったとは…しかも同学年という事は、私達と同じ双子という事になる…ふ、ふふふ…なんて性質の悪い現実だろうか。片や万魔の後継者とそれに守られて何不自由なく過ごす姉と、片やダンジョンで再起不能になった弟とそれを守ろうとする姉。勇輝が重荷なわけじゃない。そうじゃないけど…
同じ双子で、同じ番組で紹介されて、似たような立場でどうしてここまで差があるのだろう。両親?生まれた場所?才能の差?そんな、自分でどうにか出来るものじゃないものに左右されて…いや、違うそうじゃない、別に向こうが悪いわけじゃない。だってこちらが一方的に意識しているだけ、勝手に比べて、勝手に落ち込んで、勝手に嫉妬しているだけなのだ。
そうか、嫉妬していたのか私は…天月ありすに、彼女の立場に。万魔央と天月ありすに、勇輝と私を重ね合わせて。本当のピエロはどちらなのか。間抜けなのは誰なのか。水面の月に手を伸ばした所で月には届かず、石を投げた所で月が消えるわけではないのだ。
認めよう。私は、草薙有希は…万魔央を、天月ありすを羨ましいと思っている。その才能に、境遇に、立場に嫉妬している。だけど私は、ああはならない。相手を一方的に悪者に仕立て上げて、理不尽を相手に叩きつけて、公衆の面前で笑い者にするような外道には。泣いて縋って助けを求めるだけの弱虫には。
きっとこの想いは私の中で燻ぶり続けるだろうけど。大丈夫、私は大丈夫。そもそも私たちと彼女達に接点などないのだから。私から話しかける事はないだろうし、向こうも私に用なんてないだろう。だから大丈夫。それこそ目の前で延々と惚気や自慢話でもされない限り、私はきっとこの醜い感情に飲まれることはないだろう。そんな事はありえない。だから大丈夫。
私と勇輝は、この理不尽な世の中を、それでも前を向いて歩いていくの!
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