第162話 禍福は糾える縄の如し

「草薙さんもあの番組出てたんだ」


 ありすの誘いで草薙さんとお話しする事になった私たちですが、同じ探学、同じ学年とはいえ交流はほぼありません。クラスも違いますし、天獄杯に出場するとはいえ一緒に訓練したりしたわけでもありませんから。


 そんな草薙さんがありすの誘いに乗って切り出した話題は、昔あった番組、発見!ヒーローキッズ!についてでした。小さい頃に私も見た事があります。何年も前の話ですから朧気ですが、印象に残っているのは探索者特集でしょうか。あの回を見た事が、私が探索者をやる切っ掛けの一つになったのかもしれません。特に双子の探索者の子たちが印象的で記憶の片隅に残っています。


「うん。ボクと弟で一緒に出たんだ。懐かしいな、あの時は七歳でE級探索者なんだって結構調子に乗ってたんだよ」


 苦笑いと共に零す草薙さん。そうでした、確か現役のE級探索者として紹介されてましたね。まさか草薙さんがそうだったとは!思わぬ出会いに少しだけテンションが上がってしまいます。でもちょっと変な感じがしますが…昔の事ですから記憶も曖昧ですし、大したことではないでしょう。


「私はれーくんが出演する事が嬉しくて他の子たちは気にしてなかったから気付かなかったよ」  


「え、れーくんが出てたんですか?」


「そうだよ?一番最後に登場したんだよ!恰好良かったなー、あの時のれーくん!まだ小さいのに堂々としててさ。私に手を振ってくれたんだよ!!」


「一番最後って…確かあの回で最後に登場したのって…何でしたっけ」


「零。七歳でB級探索者になった子ども。しかもソロで」


 草薙さんがポツリと呟きます。そうでした。確かそんな説明で登場した子がいましたね。当時は探索者の階級なんて良く分かりませんでしたし、戦闘の映像なんかもなかったですから大して興味がなかったんですよね。同い年なのに難しい事話してるなくらいの印象しかありませんでした。


「そうそう、れーくんは零って名乗って出てたんだよ。私がれーくんって呼ぶだろうから、似たような名前で出た方が良いでしょって」


 ありす…その時かられーくんとしか呼ばなかったんですね…しかし、七歳でB級探索者ですか…それもソロで…それはつまり、今の私よりも格上であるという事実。何ならこの天獄杯に出場している人たちの誰よりもです。れーくんであれば、万魔様の後継者ともなれば当然かもしれませんが、しかし…七歳ですか…ちょっとへこみますね。


「そっか。やっぱりあの時の零が万魔央なんだね。もしかしたらと思ってたんだ。あの時いた女の子にあーちゃんって呼びかけてたしね。偶然かもと思ってたんだけど」


「えへへへ。私がね、れーくんは凄いんだからこの番組にも絶対出れるよって、恰好良いれーくん見たいな~ってお願いしたら、出れるかはともかく、出演交渉だけはしてみるよって言ってくれてね、そしたらトントン拍子で出演が決まったんだよ!!」


「そうなんだね…これも運命ってやつなのかな」


「かもしれないね!まさかあの番組に出てた子と会えるなんて思わなかったよ!れーくんが出てた回の後、放送終わっちゃったしさ」


 言われてみればそうですね。結構な人気番組だった筈ですけど。私も急に放送がなくなってしまってガッカリした記憶があります。


「あの番組は打ち切られたんだよ。最後に零が言った事が原因でね」


「そうなの?…あー、確かに結構過激な事言ってたかも。でも打ち切りになる程の事かな?北条の時のれーくんと比べたら全然マシなような」


 ありす、何年も前の事なのに覚えてるんですか?それに北条の時のれーくんと比べたら大抵の事は全然マシになると思うんですが…あんな事、仮に私たちが言おうものなら次の日には住所が特定されて襲撃の一つも受けていてもおかしくないですよ?


「あの番組を見た後、各地の探索者協会に子どもが結構押しかけたみたいでちょっとしたニュースになってたよ。それに七歳の子どもがB級探索者になれるなら探索者なんて実は大した事ないんじゃって、当時のC級やB級に対する誹謗中傷が酷かったらしくてね。子どもでも出来るような事で優遇措置を受けるなんておかしいとかさ。探索者の信頼回復の為に探恊もいろいろ大変だったらしいよ。おそらくその関係で打ち切られたんじゃないかな。悪気はないにせよ原因を作ったのはあの番組だからね」


 そうだったんですか…それにしても詳しいですね草薙さん。やはり出た事のある番組ですから、なぜ急に打ち切られたのか気になったんでしょうか?あのまま番組が続いていれば、出る機会はその後もあったでしょうし。あれ?でも草薙さんの探索者ランクは…


「僕もね、色々気になったんだよ。だから調べたんだ。零って子どもの事をさ。七歳でB級ソロ探索者。あの時の発言を信じるとしたら、実力的には既にA、もしくはS級に届いてる。にも関わらず、あの番組以降一切音沙汰がないのはおかしいなって」


 確かに…そんな子どもが話題にならないのはおかしいですね。幾ら探恊が隠した所でどこかから漏れそうなものですが。私も全く記憶にありませんし。


「あー、あの後色々あったんだよ。それですっかりやる気が無くなっちゃってね。その結果が今のれーくんだね」


 やる気が無くなったれーくんもそれはそれで…ともにょもにょありすが言ってますが、どうしてそうなったのかちょっと興味がありますね。教えてくれるかは分かりませんが、後で聞いてみましょう。


「そっか…あの後ね、ボクらも大変だったんだよ。零の発言に当てられたのか、勇輝は一人でダンジョン探索するなんて言い出すし、両親はこれまではボクらを褒めてたのに一点、なんで同じことが出来ないんだなんて責め始めるしね」


 それは…七歳でE級探索者になるだけでも十分凄い事だと思うのですが。現に探学の入学資格の一つはE級探索者以上ですし。


「ボクはダンジョン探索に興味なくてさ。勇輝がダンジョンに行くから一緒に行ってただけで。勇輝は一人でダンジョンに行くようになって、早くB級になるんだって無茶するようになって…親は親でそんな勇輝を、お前らなら出来るって、せかす様にダンジョンに行かせてさ」


 なんでしょう。雲行きが怪しくなってきましたね…そういえば、子どもがB級探索者になったなんて話は聞いた事がないですね。探学前にB級探索者になれるような人なら放っておいても話題になると思うんですが。


「勇輝にも才能はあったんだろうね。1年でC級まで上がって、たった2年でB級昇格試験に辿り着いた。しかもソロでね」


 それは凄いですね。とてもじゃないですが私には無理です。でも、という事は…


「親は出来て当然だ、むしろもっと上手くやれるなんて他人事みたいに言ってたけどさ。ふざけた話だよね。自分たちに出来なかった事を子どもに、勇輝に押し付けてさ。でも一番ふざけてたのはボクなんだろうね。ソロでやるってダンジョンに行くようになった勇輝を止めもせず、見送る側に回ったんだからさ」


 草薙さんはグッと何かを飲み込むように、ぎゅっと目を瞑って思い出したくないものを思い出すように。


「B級昇格試験の時にね…ワンダラーエンカウントに遭遇したらしい。命は助かったけど、探索者としては再起不能だろうって」


 ワンダラーエンカウント…探索者にとっての死の宣告。不可避の絶望。遭った私だからこそ思えます。あれに遭遇して生き残る事などまず無理だと。


「星上さんなら分かるかもしれないね。ボクもいろいろ調べて分かったけれど、ワンダラーエンカウントに遭遇して生きてるだけでも奇跡なんだよ。なのにね、そんな勇輝にボクの両親は慰めるどころか何で出来ないのか、お前は出来損ないだと言い放つ始末さ。勇輝も勇輝で、結局僕は零みたいにはなれないんだなって、凄くショックを受けちゃってね」


 それは…私には何も言えませんね…誰が悪いかと言えば間違いなく草薙さんの両親なんでしょうが。


「ボクもそんな勇輝に掛ける言葉が見つからなくてさ。でも零ならって、勇輝の憧れた人から励ましの言葉でも掛けて貰えれば、きっと元気になるって思ってね。当時の事を色々思い出して、調べて、必死に探したんだよ、零の事を。手掛かりは当時録画してた番組のみだけど、それでも零が通ってた探恊は分かった。勇輝の事を話して、零の事を教えてくれって頼んだけどさ、そんな探索者はいないって言われたよ」


「れーくんはあの後、探恊に行かなくなったんだよね…引き籠っちゃってさ。学校にも行かなくなったし」


 バツが悪そうにポソッと呟くありす。気まずいのは分かりますが、別にありすやれーくんのせいではありません。


「ボクもね。これだけ探しても見つからないんだから、きっと勇輝みたいに再起不能になったとか、死んだんじゃないかとか思ったんだよ。愚痴しか言わない両親の事なんてどうでも良いけど、勇輝の事はどうにかしたい。ボクが勇輝が一人でダンジョンに潜るのを止めていれば、一緒に行ってれば、少なくとも勇輝だけがあんな目に遭う事はなかったはずだ」


「そんなわけでね。ボクなりに勇輝の為に何が出来るかなって思ってさ。あの子は今もずっと寝たきりで、そんな子に対して五体だけは満足なボクが出来る事は、当てつけと思われようが、今更何をと思われようが、勇輝の存在を、勇輝はやれば出来る子なんだって事を、双子である僕が証明する事じゃないかって思い至ってさ、探学の入学試験を受けたんだよ。探索者になれば、自立できれば両親からも離れられるしね」


「ボクとしても探索者になる為の切っ掛けが欲しかったんだろうね。探学入学はそれにうってつけだったって訳さ。ボクに出来る事なら勇輝だって出来る。ならボクが証明してみせる。勇輝は出来損ないなんかじゃないって。探索者として成功するんだって。そう決意して、ボクなりに覚悟をして入学したんだよ」


 この流れは…不味いかもしれませんね。気のせいなら良いのですが…


「万魔央を遠目に見た時は、別に何とも思わなかったんだよ。でもね、天月さんがれーくんって、万魔央があーちゃんって呼んでるって聞いた時に、まさかって思ったんだよ。そして北条との決闘の時の、万魔様との会見を見た時にね、確信したよ。ああ、万魔央はあの時の零なんだって。あの態度、口調。間違いない。万魔央は零だって。勇輝の様に再起不能の大怪我をしたわけでも無くて、ただ単に姿を眩ませてただけなんだって」


「私もれーくんが探学に入学してきた時はビックリしたよ!サプライズどっきりだね!」


 ありす…あなたは誰から見ても良い子ですけど、今この時、この場においてあなたの性格は逆効果です。お願いですから黙っていてくれませんか。


「ふふ、そうだね。とんだサプライズだよ。ボクなりに必死に探して見つからなった零が、万魔央として、万魔の後継者としていきなり目の前に現れてさ。北条との決闘で思い知らされたよ。あの時の番組で零が言っていた事は、大言壮語でもなんでもなく、ただの事実なんだって。特別なのは零で、ボクや勇輝はただちょっとだけ戦えるだけの凡人に過ぎなかったんだって」


「れーくんは凄いからね!」


 ありす…草薙さんは褒めてるわけじゃありませんよ?この子は本当に、れーくんの事になると状況関係なくポンコツ化しますね…


「もうね、滅茶苦茶だよ。勇輝はもう思い残す事はないような、今にも死にそうな雰囲気で日々過ごしてるしさ。両親は勇輝に期待してた想いが再燃したのか、今度はボクの顔を見てグチグチ言い出すしさ」


「そっか。草薙さんも大変なんだね」


 あ、これは駄目ですね。ありすが悪いわけでもなければれーくんが悪いわけでもないのですが、草薙さんも草薙さんで、日頃から鬱憤をひたすら溜め続けてきたんでしょう。聞いた限りでは相当苦労されてますし。ありすからしたら本当に大変そうだから大変なんだねと言っただけなんでしょうが、草薙さんからしたら煽ってる風に聞こえたかもしれません。現に草薙さんの口からは、地獄から這い出てきたような笑い声が漏れています。


「ふふ…フフフフ…そうだよ、大変なんだよ……すっごく大変だったの!ほんとに何なのもう!……毎日毎日……私が何をしたって言うの!!――――私の人生は、あの番組から滅茶苦茶なの。だからね、天月さん?溜まりに溜まった私のストレス解消に付き合って欲しいの!!」


 …違和感の正体がようやく分かりました。あの番組に登場したのは草薙姉弟。有希ちゃんと勇輝くんです。

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