第159話 頭NO戦

 大人しく後ろをついてくる男共を引き連れて、シマリスの如く森の中を駆ける。とりあえず邪魔されない様に矢車さん達と距離を取らないとな。しかしこれ、傍から見たら絵面が酷そうだな。知らない人が見たら小さい女の子を十人以上の野郎どもが追いかけ回してる様に見えなくもないし。恨むならなっちゃんを選ばなかった己を恨むんだな!お前らの評価を地に落とす事でなっちゃんは不死鳥の如く蘇るのだ!

 ふむ、結構走ったしこの辺で大丈夫だろう。森を抜け、平原へと辿り着いた所で立ち止まる。流石天獄杯代表に選ばれた探学生と言うべきか、野郎どもは遅れずに後をしっかりついて来ていた。数はどうでもいいので数えてないが、おそらく全員いるだろう。さて…始めるか。


「良くここまでついてきた。あなたたちのありすとレナに会いたいという気持ちは今でも変わりはない?」


「勿論だぜ!」


「当たり前だよなぁ!?」


「ありすちゃんに会えるならなんだってしてやるぜ!!」


「ナツキちゃん、レナちゃんはどこにいるの?」


「むふん。あなた達の気持ちは十分伝わった。それじゃ今からここであなた達に、ちょっと殺し合いをしてもらう」


「な!?」


「どういうことだナツキちゃん!もしかして俺達を騙したのか!?」


「いくらナツキちゃんでも、言って良い嘘と悪い嘘があるぞ!!」


「黙れ。わたしは会いたいならついてこいと言ったけど、ありすとレナに会わせるとは一言も言ってない」


「そ、そんなの詭弁だ!」


「詭弁ではない。そもそも会わせないとも言ってない。会いたいならわたしが出した条件をクリアすればいい」


「それが殺し合いだって言うのか!?」


「そう。そもそも勝者総取りのこのバトルロイヤルで、徒党を組んで下種な欲望に身を任せ、女性一人に脅しをかけて願いを叶えようとする輩に、ありすとレナに会う資格など本来はない」


「うっ…それを言われると何も返せねぇぜ…」


「だが…だが俺達にはもうこれしか方法がなかったんだ!!」


「優勝なんて出来っこねえんだ!なら自分たちの出来る範囲で願いを叶える為に足掻いたっていいじゃねえか!」


「そうだ!俺達負け犬にも負け犬なりの意地があるんだよ!」


「そう。転んでもただで起きたら貧乏人。あなた達の行いは恥ずべき事ではあれど咎められる事ではない。だからこそわたしが救いの手を差し伸べてあげた」


「それが殺し合いだっていうのかよ…」


「考えてみるといい。もし仮に、そう仮に、ありすとレナと仲良くなってデートをする事になったとする」


「「「アリスちゃんとレナちゃんとダブルデートだと…!?」」」


「あなた達は、ありすとレナの可愛さに目が眩んで寄って来た、蛾のようなナンパ連中を引き連れて一緒にデートをするつもり?」


「ふざけるな!そんな事するわけないだろ!他の奴に邪魔なんて絶対させねえ!」


「そうだそうだ!アリスちゃんもレナちゃんも俺のもんだ!誰にも譲らねえぞ!!」


「何言ってんだてめぇ!俺からアリスちゃんを奪おうってのか!?ぶっ殺すぞ!!」


「仮に今ありすとレナを紹介したところで、徒党を組んでもろくに行動できないあなた達では、何かあった時にありすとレナを守れない。ぽっと出のナンパ野郎に掻っ攫われて、BSSと臍を噛んで泣きじゃくるのが関の山」


「ガハッ…俺は…どうやらここまでのようだ…ぜ…」


「おい!?諦めるな!傷は浅いぞ!」


「ありすとレナを求めるその渇望が本物なら、示せ。己の存在価値を。守る為の気概を。共に歩む覚悟を。己こそが相応しいと。バトルロイヤルの敗者でありながら、しかし渇望を捨てられなかった哀れな者達よ。戦え。勝って己の価値を証明しろ。腑抜けた軟弱者にありすとレナの相手は務まらない。水面に映る星月ではなく、天に輝く星月を掴みたいのなら証明しろ。何者にも負けないと。最後まで残った人にありすとレナを紹介して、ついでにパンデモランドデートもさせてあげる」


「「「う…うぉおおおおお!!!!!!」」」


「やってやる…やってやるぞ!!」


「お前ら、俺の為に死んでくれ!!」


 ふははははは!争え…もっと争え…!!貴様らが醜い我欲丸出しで争う事で、こんな奴らがファンじゃないなっちゃんの価値が相対的に上がるのだ!そして貴様らの嘆きと絶望をなっちゃんに捧げて怒りを鎮めるのだ!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ふぅ…我ながらいい仕事をしたな。なっちゃんも自分を一番のファンと言わなかった奴らが嬉々として同士討ちする姿を見て留飲を下げたに違いない。しかし人の欲望とはかくも醜いものなのか。男女の友情は成立しないというが、女を前にした男の友情も成立しないんだな。ま、貴様らの願いはどうあがいても叶わなかったがな。なんせ最後の壁は俺だからな!誰がお前らにあーちゃんとレナちゃんを紹介するかよ!こいつとデートしてあげてよなんて言ったら俺があーちゃんにぶっ殺されるわ!!


 しかし見事に全滅したな。せめてもの情けだ。今後あーちゃんに直接話しかけてきた時は邪魔せずに見守ってやるぜ。さて、もうこの場所に用はないな


「どうやら終わったようですね」


「兄貴の言った通り、隠れて様子を見て正解だったな!」


 ガサリと、二人の男が森から姿を現す。まだ生き残りがいたのか…


「さてナツキちゃん。最後まで残ったのは僕たち二人のみ。アリスちゃんとレナちゃんを紹介して貰いましょうか」


「最後まで残った人と言ったはず」


「問題ありませんよ。僕はアリスちゃんを、弟にはレナちゃんを紹介して貰えればほら、一人ずつでしょう?」


 ふむ。まあ何言ってこようがどの道俺がボコすから問題ないっちゃないんだが。


「それにしても流石兄貴だぜ。こうも上手く事が運ぶとはな」


「こうも上手くいくとは思いませんでしたが、それも全てはナツキちゃんのお陰です」


 なんだと?どういうことだ…


「ふっ、納得いかない顔をしていますね。良いでしょう、教えてあげましょう。他の人達がどう思っていたかは知りませんが、僕たちはバトルロイヤル優勝を諦めていたわけではありません」


「だが、明らかに俺らより格上がいるのも事実。癪だが俺らじゃ矢車風音にゃ勝てねぇ」


「そこでまず僕らは仲間を集める事から始めました。数は力。いかな強敵とはいえ所詮は探学生、数の暴力の前にはなす術もないはず」


「幸い仲間は簡単に集まったぜ。アレナちゃんねる様様ってやつよ」


「おっと勘違いしないでくださいよ?利用はしましたが僕らもれっきとしたアリスちゃんとレナちゃんのファンですからね。そんなわけで仲間集めは順調だったわけですが、当然矢車さんの周りにも彼女が助けた人たちがいるわけで、一筋縄ではいかなかったのです」


「やつらの動向を探りつつ、仲間を増やして数で圧倒するってのが最初のプランだったわけだが、嬉しい誤算が舞い込んできやがった」


「そう、天が僕らに味方してくれたのです。偶然出会ったんですよ、織田遥さんにね。彼女もまた圧倒的な強さでした。ですが付け入る隙があった。彼女はアリスちゃんを探していたんです」


「癪だが織田遥の強さなら八車風音に対抗できる。そう踏んだ俺らは織田遥に土下座して命乞いして見逃して貰ったってわけよ!」


「アリスちゃんの情報を持っている人を知っていると言えば、ちょろいものでしたよ。姐御姐御とちやほやすれば満更でもなさそうでしたし」


「織田遥を矢車風音にぶつけてあわよくば両者共倒れを狙う、だがこの作戦には一つだけ欠点があった」


「そう、僕らが矢面に立たなければならないという欠点です。この集団を結成した者として、まさか戦わずに隠れてやり過ごすなど出来ようはずもない。織田遥さんはそういう所は高潔ですからね。そんな事をすれば僕らが真っ先にやられるでしょう」


「織田遥と矢車風音の戦闘に巻き込まれないよう立ち回りつつ、両者共倒れを狙う。あわよくば取り巻き連中を巻き添えにしてな。非常に難しいミッション、正直成功率は1割もなかったろうぜ」


「ですが、ここでもまた天が僕らに味方したのです。そう、ナツキちゃん。あなたですよ。僕らが何もしなくとも、あなたが勝手に動いて織田遥さんと矢車さんを争わせてくれた上、こうして僕ら以外の仲間も排除してくれました」


「おまけにアリスちゃんとレナちゃんまで紹介してくれるってんだから、ナツキちゃん様様だぜ!!俺らにとっての勝利の女神だな!!」


「つまり、この戦いは全て…」


「そう!なつきちゃんの想像通り、この争いは全て、僕らが求めた争いです」


「へっ!戦いってのはドンパチするだけが能じゃねえからな。腕っぷしだけじゃねえ。大事なのは高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応できる頭の良さよ」


「全ては僕ら霜野兄弟の手の平の上。織田遥さんと矢車風音さんさえいなくなれば、ナツキちゃん。このバトルロイヤルは、僕ら兄弟の勝利だと言うことです」


「そんなわけでさっさとアリスちゃんとレナちゃんを紹介して貰おうか!」


「紹介するのはまだ早い」


「成程。そうじゃないかとは思っていましたが、つまりナツキちゃんを倒さなければ教えてくれないという事ですか」


「色々と賢しい真似をしやがるぜ。だがそこがナツキちゃんの限界よ」


「ナツキちゃんの強さは東北探学戦を見ていたので良く知っていますよ。ですが、その魔弾銃でしたか。もう使えないでしょう?」


「俺らにブラフは通用しないぜ?あれだけ喧嘩っ早いナツキちゃんが、わざわざ同士討ちなんてまどろっこしい策を取るはずがねえ!毛利恒之にしたように、胡散臭い奴には会った瞬間ぶっ放してる筈だぜ!」


「彼との戦いで、魔弾銃の弾が切れたのでしょう?少なくとも現状補給する術がない」


「だからこそ、織田遥と矢車風音の争いに巻き込まれない様に別行動を取り、アレナちゃんねるファンの俺らを上手い事口で転がしてどうにかするつもりだったんだろ?」


「他の面子ならいざ知らず、僕らが居たのが運の尽きでしたね。ですが悲観する事はありませんよ。僕らがいなければナツキちゃんの目論見は成功していたんですから。さあ、僕らもアレナちゃんねるファンですし、無力なナツキちゃんを倒すのは気が引けます。大人しくアリスちゃんとレナちゃんを紹介してください」


「むふんっ!!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 よし、悪は滅びた。矢車さんの所に戻るのは…面倒くさいな。もうこのまま中央エリアに行ってしまおう。さあ、新天地が俺を待ってるぜ!!

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