第150話 混ぜるな危険

 日向奈月の立っていた場所を中心に、数メートルに渡って地面から数多の氷柱が剣山のように突き出していた。雪華・氷柱剣山。剣山に花を活けるように、対象を花に見立てて剣山に見立てた氷柱で串刺しにする、物騒極まりない万生教徒が教わる氷属性上級魔法であり、恵里香の切り札。万魔様のオリジナルはそれこそ山ごと貫いたそうだけれど…人一人に使うなら十分すぎる威力だろう。むしろやりすぎだと思う。


「やりましたよ美咲さん、慧。万生教に仇なす不届き者を見事仕留めましたよ」


 大仕事をやりとげたと言わんばかりにニコニコとやってくる恵里香を見て、思わずため息が零れてしまう。


「よくやったわ恵里香。…とはいえこれは明らかにやりすぎよ。もう少しなんとかならなかったの?」


 地面から突き出す氷柱の群生は、何も知らない人が見たら溜息をこぼして綺麗とでもいうのだろうか。私はそんな気持ちにはなれないけれど。


「そうは言っても、もし手加減して失敗したら二度目は通じないでしょうし。あの子も切り札の一つや二つ持っていてもおかしくありません。そんな事になったら不利になるのは私達でしょう?」


「恵里香のいう事も一理あるけど。ナツキちゃん、死んでないよね?」


「慧、敵の心配ですか?」


「そりゃするに決まってるでしょ!万魔様や魔央様と仲良くしてるんだよ!?それに鏡花様が殺しは絶対に許さんって言ってたじゃない!」


「確かにそうですけど、戦いに不測の事態はつきものです。とはいえ、あの子が着てたのは黒巫女専用の巫女服じゃないですか。ならきっと大丈夫ですよ。大怪我してるかもしれませんが即死じゃないならどうにかなります」


「だと良いんだけど…はぁ、普段大人しい子ほど、キれたらやばいってのは本当だよね」


「私はキれてませんよ。勝つ為に全力を出しただけです。ですが当分は足を引っ張る事になると思いますからカバーはお願いしますね」


「はぁ…ナツキちゃんがどうなったか分からない以上、考えても仕方ないか。むしろここで強力なライバルを被害なしで倒せたことを喜ぶべきだよね」


「そうね。NSCと言ったかしら。なんの略称か分からないけど恐ろしい戦闘術だったわ。私達が少人数のお陰で、日向さんが近接戦闘を選択したからこそ無事だったのかもしれないわね。大勢で相手にしてたらそれこそ魔法で蹂躙されてたかもしれないわ」


「私と美咲さんを相手取って、こっちは身体強化まで使って、最終的には恵里香の魔法頼みだもんね。NSC?で防御面は120%上昇してるって言ったけど、あながち嘘じゃないかも。というか120%上昇って何!?攻撃効果も63%上昇なんて言ってたし、そんな技術があるなら私も今すぐ修めたいよ!」


「NSCの素晴らしさに気付くとは、中々見どころがある」


「「「!!!???」」」


 響いた声と同時に爆ぜる氷柱。粉々に砕けた無数の氷片に光が乱反射し、舞い散る雪のようにキラキラと降り注ぐ。幻想的とも思える光景の中、その無事を祝福するように、その在り方を賛美するように、彼女を中心に光と氷が舞い踊る。


「だけど残念。NSCを修める為には魔弾銃が必要不可欠。そして魔弾銃はこの二丁しか存在しない。どうしても習得したいなら、わたしを殺して奪い取るしかない」


 かすり傷一つ、汚れ一つ、ほつれ一つない完全無欠の日向奈月が、悠然とその姿を現した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 いや~、見事に一本取られたな。流石天獄杯代表に選ばれた探学生、それも黒巫女候補ともなれば俺如きでは太刀打ちできないのは当然か。


「…なん…で…」


「前言は撤回する。あなた達には黒巫女を目指す資格がある」


「なんで!無事なの!!」


「とはいえ、戦いはまだ始まったばかり。次はわたしのターン」


「答えなさいよ日向奈月!!どうして無事なの!?無傷なの!!直撃したんでしょう!!なのになんで!!」


「むふん。それこそがNSC。この二丁拳銃を抜いたわたしに、半端な攻撃は通用しない。防御面が120%アップは伊達じゃない」


 何を基準に120%アップなのかは答えようがないから聞くんじゃないぞ。


「そんな出鱈目な戦闘術があってたまるかぁぁああ!!」


「ここにある」


「ふ…ふざけるなぁぁああああ!!」


「巫山戯てなんてない」


 至って大真面目なんだが?しかしこの子、中々良いリアクションするな。突っ込み担当だったか。


「落ち着きなさい恵里香!…私としても驚きすぎてどうにかなっちゃいそうだけど。ここで自棄になったらそれこそどうにもならないわ。日向さん、一つ確認したいんだけど、貴女の言ってた試練は終わったと考えていいのかしら?」


「試練に終わりはない。第1の試練が終わったとしても、第2、第3の試練が続く」


「えぇ…ナツキちゃん、それはちょっと酷くない?私達頑張ったんだけど」


「頑張るだけで褒められるのは小学生まで。大人になれば成果も求められる」


「はぁ…やるしかないかぁ。美咲さん、ナツキちゃん逃がしてくれそうにないですし、私が囮になりますから恵里香と二人で逃げて下さい」


「それなら私がやるわ。元はと言えば私が原因だもの」


「美咲さんが居なくなったら纏める人がいなくなっちゃうじゃないですか。私はここで脱落しても他のみんなが要れば大丈夫ですけど、美咲さんの代わりはいませんよね?」


「逃がすとでも?」


「これは逃げじゃない。私達が優勝する為の、ナツキちゃんに後でリベンジする為の戦略的撤退だよ。最後に勝てば問題ない。そうでしょ?」


 ふむ…この子たちをリリースすればもっと大勢で襲ってくるという事か。それはそれでありだな…とはいえ、普通に見逃すのもなんだかなぁ…


「おいあんたら、恥ずかしくないのか?戦う術を持たない相手に三人掛かりでよ」

 

 ふむむと悩んでいると、ガサガサと音がして男の声が割り込んで来た。千客万来だな。急にこんなに人が集まるようになるとは。これも日頃の行いか。…!?なっ!?こいつ…こいつは…!!


「毛利…恒之…」


 なんで…なんでこいつがここにいるんだ!?ふざけんじゃねえぞ!!お前なんてお呼びじゃないんだが!?つうかこっち来んじゃねえよ!!


「おう、あの時は世話になったな。ここは俺が助けてやっからよ。お前はさっさと逃げな。ココを助けてもらった借りはこれでチャラだぜ?」


 まさかこいつ…俺の正体を!?いやありえん。あーちゃんにすらバレなかったんだぞ。こんな一度も会った事ない奴にバレるわけが…だがしかし…いや、これはむしろチャンスでは?合法的にれる絶好の機会なのではないだろうか。試合中の事故。そう、これは不幸な事故なんだ。なっちゃんも事情を話せば分かってくれるはず。


「毛利…恒之!!」


 貴様にはここで消えてもらう。そういやテメェにはロリコン疑惑の冤罪まで吹っ掛けられてたな。とてもじゃないが許せるものじゃない。


「なんだよ。何度も言わなくても聞こえてるっての」


「死ねっ!!!」


 死んで贖え!二度と俺の前に現れるんじゃねえ!!存在ごとこの世から消し去ってやらぁぁああ!!ガンカタごっこする為に他の奴らには手加減してたがお前は別だ!ここで始末する!!


 俺の殺意が炎の奔流となりホモを飲み込み消し炭に…なんだと!?こいつ…斬りやがった!!防ぐでも避けるでもなく、斬るだと?しかも良く分からんが居合いか?

この野郎…!一度はしたい圧倒的強者特有の俺Tueeeムーブみたいな事しやがって!こいつは危険だ…生かしておけば間違いなく俺にとっての災厄となるだろう。


「毛利恒之…お前を殺す」

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