第149話 試練

「美咲さん、どうするんですか?」


「ここまで言われて引き下がるなんて、私は納得出来ませんよ!」


 慧はともかく恵里香はすでにやる気のようだ。仮にここで矛を交えず撤退した場合どうなるか…万魔様ならきっと日向が言った事に対して首を縦に振る事はされないだろう。だが黒巫女の方達が、他の万生教徒がどう思うのか。ここまで言われて引き下がる?万生教はその成り立ちから舐められる事を非常に嫌っている。いや、憎悪してると言っても良い。今でこそ確固たる地位を築き、表立って喧嘩を売ってくるような輩はまずいなくなったが。それは度重なる理不尽な要求を、天獄郷を脅かす脅威を力尽くで跳ねのけ続けてきたからこそ。


 万魔様を持ち出され、黒巫女の在り方を問われ、万生教を侮られた上で撤退する?ありえない。この状況で、それも全国放送されてるような状況で引き下がったなら、片倉校長のされてきた事が、私達の黒巫女になるという夢は潰えるだろう。万生教も舐められる。そんなことは認められない。


「慧、恵里香。やるわよ。ここまで言われておめおめと引き下がっては万生教の名折れだわ。日向さん、前言を撤回させてもらうわね。あなたの望み通り一戦交えましょう。一対一がご所望かしら?お詫びといってはなんだけど、誰と戦うか選ばせてあげるわ」


「むふん。そちらは三人で構わない。NSCは対集団戦闘を想定して編み出された至高の戦闘術。相手が多ければ多いほど真価を発揮する。NSCを極めたわたしの攻撃効果は63%上昇し、防御面では120%上昇している」


 そんな戦闘術が!?一体どこでそんなものを…


「遠慮は無用って事?ならお言葉に甘えさせてもらうわ。慧、恵里香、やるわよ!」


「我が名は日向奈月…万魔に認められし裁定の試練なり…我は矛であり、盾に非ず…弱き万生教徒よ、消え去れ!!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 日向奈月が銃を向ける。放たれたのは炎の渦。とはいえあの時みた火柱とは勢いも規模も比べるべくもない代物だったが。


「恵里香!」


〔氷よ。我らを守る盾となれ。氷壁〕


 即座に展開される防御魔法。炎の渦が氷の壁に衝突し、氷の壁を這う様に飲み込みながら迫ってくる。おそらくは中級魔法、なのに恵里香の氷壁で抑えきれていない。

とはいえこれだけ拡散すれば威力など高が知れたもの。


「シッ!」


 日向の放った炎が氷壁に衝突したと同時、慧が斜めに張られた氷壁に受け流された炎に隠れるように日向へと迫る。不意を突いた一撃はしかし、もう片方の銃で難なく防がれる。そのまま張り付き攻撃を繰り出す慧だが、片手に持った銃で捌き続ける日向。空いた片手でこちらに魔法を放ってくる余裕すらある。とはいえ狙いが甘い。おそらく私達を近づかせないための牽制なのだろうが…


 なんで銃で刀を防げるの?というかなんで壊れないの?!?一体なんなのあの子とあの銃は!!仕切り直しとこちらに戻って来た慧は苦い顔をしているが当然だろう。


「むふん。良い感じ。やはりガンカタは至高。選んで正解だった」


 お互い小手調べ的な接触だが、満足気な表情を浮かべる日向。ガンカタ?


「あなたは動かなかったけど、遠慮する必要はない。今のわたし相手に持久戦は悪手。この魔弾g…魔弾銃は撃つのに魔力を必要としない。その意味が分からないほど馬鹿じゃないはず」


 魔力を必要としない!?つまりさっきの様な攻撃をし放題という事?いえ、仮に魔力が要らないとしてもあの武器の名前から推察するに弾…魔弾は必要のはず。弾切れを警戒してのブラフの可能性は十分にある。


「ちなみに言っておくと弾切れを期待しても無駄。半日撃っても余裕がある。一人で来るなら余裕で捌ける。魔法戦なら負ける気はしない」


 淡々と発現する日向の表情からはブラフかどうか判断つかない。仮にそれだけの余裕があるのなら、時間を掛けるのは望ましくない。遠距離での魔法の打ち合いも分が悪い。となれば必然的に私と慧で接近戦を選択する事になるのだが。なぜわざわざそんな事を?それはむしろこちらに有利な状況のはず。誘導されているきらいはあるけれど…


「あなた達が何を選択しようと自由だけど。最早言葉は不要。後は拳で語るのみ」


 貴女が持ってるの銃じゃない!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 来いよ黒巫女候補ちゃん達!魔法なんて捨ててかかって来い!ガンカタの華と言えば接近戦だ!今の話を聞いて遠距離からチマチマ魔法合戦するほど間抜けじゃないだろ君たちは!とことこと近づいていく。まずはこちらから歩み寄らねば。目線を交わし合う黒巫女候補ちゃん達。なんか通じ合ってる感じがして良いね。


 二人同時に左右から襲い掛かってくる。リーダーちゃんの得物は槍か。もう一人の子は刀。最後の子は動いてない。後衛かな?突っ込んできた二人の攻撃を片手ずつ受け止め、いなし、受け流す。うーむ、しかしなっちゃんのスペックはやはり高いな。銃はぶっ壊れないように護ってるけど、今のなっちゃんは素の状態。二人相手にして攻撃を捌ききれるのは素直に感嘆する。


 これで直接攻撃しようとしたら途端にポンコツ化するんだよなぁ。今の俺なら問題ないんだが、それやると流石になっちゃんに迷惑が掛かる上に別人説が浮上してきかねん。その点銃は相手に向けて引き金を引くだけだから何ら問題はない。まさになっちゃんの為に在る武器といっても過言ではない!相手が諦めるまでひたすら攻撃を捌き続けるというのも、ある種の浪漫ではある。舐めプに見えるがなっちゃんなら問題ないだろう。是非ともなっちゃんにはこの戦闘スタイルを極めて欲しいものだ。無理強いはしないが俺は支援を惜しまないぞ!


「二人掛かりで仕留めきれない。流石にちょっとへこむわね」


「良い線いってる。大丈夫、問題ない」


「平気な顔して言われても嫌味にしか聞こえないわ。慧!こうなったらもう手加減無用よ。全力で仕留めるわ」


「分かったよ美咲さん」


「手加減する余裕があったとは驚き」


「そうも言ってられなくなったの、ごめんなさいね」


〔〔この身が万魔の矛であり、盾となることを願わん〕〕


 二人同時に詠唱。息ピッタリだね。おそらく身体強化魔法。今まで使ってなかったのか…さて、どの程度変わるのか。あーちゃん並になったら手に負えんのだが。


「む」


 先ほどよりも鋭い突きが襲ってきた。威力に関してはどのくらい上がったのか分からないけど身体強化したなら当然か。捌けない事はないがさっきと違って余裕がない。一旦距離を…いや、動いたら負けな気がする!ここが正念場だ!NSCの真価が今試されているんだ!

 あわわわわ、速い速い!くそ、調子に乗りすぎたか?大人しくトライフォース使うべきか…いや、ここまでやれたんだ。きっと乗り越えられるはず!頑張れなっちゃんボディ、君なら出来る!!相手だってきついはずだ!これを乗り切ったら使う方向でここは一先ず頑張るんだ!…あっ



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 この子が反撃してこないのは僥倖だった。攻撃手段がないというのは恐らく本当なのだろう。銃が使えているのは相手に向けて引き金を引いているだけだから。とはいえ油断は禁物。相手の銃口に体を晒さない様立ち回りつつ、余裕を削り取っていく。身体強化魔法を使うのはフェアじゃないとは思ったけど、使わなければ仕留められないなら使う事に躊躇いはない。


 先ほどまで浮かべていた余裕がなくなり、私と慧の攻撃を捌く事に集中している。それでも捌かれ続けていることに忸怩たる思いはあるけれど…試練、試練か。この子の言った言葉。何様のつもりかと内心憤慨したけれど、確かにこれは試練と称するに相応しい。私達が進む為の、黒巫女になる為の避けては通れない試練。ならこれを見事越えた暁には…!恵里香の準備もOK。後は私と慧のタイミング次第!!


 二人の攻撃を捌く事で手一杯の日向奈月に、離れた位置にいる恵里香の様子を確認する余裕は既になく、そして美咲と慧は東北探学生といえど、これまで黒巫女候補となるだけの修練を積んで来た強者であり、捌くので手一杯の日向奈月が受け方を気にしている余裕などあるわけがなかった。


 ほぼ同タイミング。日向奈月の持つ銃口に狙いすましたかのように穂先が差し込まれ、跳ね上げられる。体勢を崩す三者。万歳のように両手を広げてバランスを崩す日向奈月。そのまま刀を打ち捨てて下がる慧。槍を振り上げた反動でもって距離を取る美咲。三者とも追撃の手段はなし。このまま仕切り直しかと思えたが。


〘雪華・氷柱剣山〙


 地面から突き出した氷柱の群生が、日向奈月を飲み込んだ。

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