閑話 バトルロイヤルマーカー番号6番・東海探学二年生・影野隠

 俺の名前は影野隠かげのなばり。東海探学二年生。影の薄さに定評がある。なにせこれまでの人生、授業中に一度も教師に当てられたことがない。俺しか手を上げてない時でも普通にスルーされる。ペアを作らなきゃいけない時も最後まで残る。あれ?一人足りなくね?ああ、そういや影野いるじゃん、あいつ今日休みなの?ふざけるな、俺は無遅刻無欠勤だ。


 とまあ、全く人目につかない俺だが、これには俺の魔法属性が関係している。特異属性・影。闇属性から発生するこの特異属性の特徴は、影の薄さだ。といっても透明人間になるわけじゃない。存在が忘れ去られるわけでもない。ただ空気のように、路傍の石のように、足元にある影のように。俺という存在をそうと意識しなければ、大して気にも留めない存在感の無さ。これが特異属性・影の特徴だ。


 俺は名前のせいという訳でもないだろうが、とりわけこの影属性との相性が良かった。なにせ俺を知らない所に行けば、まず俺という存在に気付かれないのだ。やろうと思えば犯罪し放題ともいえるこの影属性。当然ながら、そんな俺を野放しにするような権力者など存在するわけもなく、生まれた場所も悪かったのだろう、東海禁忌領域守護職・徳川家の庇護という名の監視を受ける事になる。


 ようは徳川家が影属性のせいで起こるだろう俺への冤罪やら誹謗中傷やらから守ってあげますよという事だ。その代わり将来徳川の為に働けという事でもあるが。俺そっちのけで親と徳川家で結ばれた約束。最初は幼心にふざけるなと反発したが、すぐに考えを改める事になった。そりゃそうだろう。何か物が無くなったら、子どもが勝手に転んだら、何もしてないにも関わらず、普段なら不注意で済ませるような事が影属性というだけで俺に矛先が向かうのだ。子どもの時分ならまだマシだが、成長するにつれて窃盗、盗撮、覗き、痴漢…冤罪は深刻になっていく事を考えれば、俺に断るという選択肢はなかった。


 とはいえ徳川の為に働くというのも将来的な話だ。俺みたいな影が薄いだけの奴が一体何の役に立つのか全く分からなかったが、それは徳川からの要請で探索者登録をし、ダンジョンに潜った際に理解する事になった。ダンジョンのモンスターが俺に全く気付かない。近づいても反応しない。成程、これかと俺は納得した。つまり徳川は将来、俺に忍者みたいなことをさせるつもりなんだなと。敵対勢力のアジトに潜み、機密情報を盗んだり、要人を暗殺したり、そういった裏仕事をやらせるつもりかと。


 ふざけるな!!つまりそれは禁忌領域・不治呪界天皇山で斥候みたいな事しろってことじゃないのか!?詳しい事は知らないが多少の知識はあるんだぞ。昆虫型のモンスターが滅茶苦茶いて、しかも傷を負ったら治らないんだろ?そんな所に俺を放り込むとか冗談じゃねえ!!この事実に気付いて逆切れする俺。当然だ。だがそんな俺に両親は冷静に告げた。


 隠、お前の人生だ、お前の好きにすると良い。だがよく考えろ。徳川家はお前を捨て駒にするような人達ではない。仮にそうなったとしても、お前ならば逃げ切る事も十分可能だろう。何より希少な特異属性、無碍な扱いをされるわけがない。仮に徳川家と縁を切った場合、お前はまっとうに生活していけるのか?父さんも母さんも、隠が犯罪を犯すような子じゃない事は良く分かっているが、世間はそう思ってくれるのか?と。


 命を懸けて禁忌領域の探索をするか、社会的に抹殺されない為に社会の片隅でひっそりと生きていくか。十代前半の子どもが選ぶような選択肢じゃないだろう…将来は分からないが、今まで徳川から無理強いをされた事はない。徳川と縁を切って冤罪に怯えながらビクビクしながら暮らすのか。今まで守って来てもらったのも事実としてある。やるだけやって無理強いされたら逃げよう。そして俺は探索者としての道を選ぶことにした。


 この影属性は戦闘、特に対人戦において非常に有用だ。特に集団戦、乱戦に真価を発揮する。加えて闇属性による敵へのデバフ攻撃。認識されづらい。つまりは無警戒という事。PT戦において俺に敵はおらず、蛇口でも捻る様に天獄杯へのチケットを手に入れた。全く目立たなかったが。



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 まさかのバトルロイヤル、しかも万魔様が優勝者の願いを叶えてくれるという望外のおまけつき。神は俺を見放さなかった。最早俺が優勝するのは決まったような物だろう。一体誰が俺に気付けるというのか。天獄杯前に訪れた禁忌領域、浅層とはいえ禁忌領域のモンスターさえ俺に気付くことはなかったのだ!同行していた徳川の人が将来楽しみだと満面の笑みを浮かべていたのが印象に残っているが、そうは問屋が卸さない。万魔様にお願いして俺は天獄郷で死ぬまで遊んで暮らすんだからな!!



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 6番目という早さでバトルフィールドへと送られる。目の前にあるのは開けた場所にポツンと存在する小屋と井戸とリンゴの木。ますます俺に運が向いてきた。その場で待機と言われたが、目と鼻の先だし、多少動くくらいは良いだろう。速やかに小屋に入ると、中にはなにもなかった。いや、テーブルと椅子、そして扉が一つあるだけの簡素な小屋。とはいえ誰にも見つからずいきなり小屋に入れたのは大きなアドバンテージだ。扉を開けるとそこには水洗トイレが。


 瞬間、勝利の方程式が俺の頭に浮かび上がった。開けた場所にポツンとある小屋。これを発見したなら、まず間違いなく何があるか確認するだろう。警戒しながらも小屋に入り、中を確認する。扉を開けるとそこにはトイレ。誰も居ないことを確認し、小屋の中という事もあって暫し緊張が緩む。小屋の側にはリンゴの木、井戸で飲み水の確保も出来る。ただでさえ移動中は周囲を警戒して気が張り詰めているのだ。


 人が最も気が緩む瞬間。それは散髪中であり睡眠中であり、そして何よりトイレ中だ。部屋で気を抜いた奴を襲っても対処できる奴は居るかもしれない。でもトイレ中で出来るだろうか?ズボンを、もしくはスカートを下ろした状態で気を張り詰める等出来ようはずもない。仮に、万が一その状態で襲われて回避できたとしてもだ。このバトルロイヤルはTV中継されているのだ。その状態で恥も外聞もかなぐり捨てて戦闘を続行するなど出来るわけがない。この瞬間、俺は自分の勝利を確信した。卑怯卑劣大いに結構、万魔様のお墨付きだ。気を抜く方が悪いのだ。俺の為に誂えたかのような絶好のキリングゾーン。まずはここを不用意に訪れる奴らに目にもの見せてやろう。



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 誰も訪れる気配がない。よくよく考えれば100人以上が参加しているバトルロイヤルなんだ。バトルフィールドもそれ相応に広いに決まっている。それにこんなあからさまに開けた場所にある小屋にわざわざ近づこうとする奴がいるだろうか?罠ですよと言っているようなものじゃないか。無駄な時間を使ったな。移動しよう。そう思った矢先、ギィ…と小屋の扉が開く音が聞こえた。


 来た!!やはり俺の考えは間違っていなかった!!影魔法・影隠れ。影と同化し影に潜むこの魔法こそ、影魔法の基本にして奥義と言って良いだろう。この魔法を影属性と凄く相性の良い俺が使うとどうなるか。魔力消費をほとんど必要としない、つまりは1日中影に隠れ続ける事すら可能となるのだ。この状態の俺に気付ける者などまずいない。侵入してきた何者かはトコトコと部屋の中を歩いて確認しているようだ。聞こえる足音からすると…女性かもしれない。足音を消そうともせず無警戒に歩いているようで、内心舌打ちする。いや、俺にとっては良い事なのだが、それでも少しは警戒くらいはしろよと突っ込みたくなる。そして足音は件の場所、俺の隠れているトイレの扉の前で止まる。


 ゴクリンコ――――一体誰の喉が鳴ったのか。奇妙な間の後、ドバンッ!と勢いよく開け放たれる扉。天井の影に隠れる俺の目に映ったのは、黒い巫女服っぽいものを着た小柄な女の子だった。その女の子は両手でガッツポーズを作り「やった!!」と全身で喜びを表現している。そして俺はその女の子に見覚えがあった。日向奈月…ワンダラーエンカウントで、そして北条との決闘で一躍有名になったダンジョンちゃんねるの配信者の一人。俺は三人の中ではレナちゃんが一番好きだけど。天獄杯に参加しているのは知っていたが、まさかこうして実際に会えるとは…!!


 ナツキちゃんはトイレの中を見渡した後、おもむろにトイレの蓋を上げた。え…え!?まじで?いやいやこれは流石に駄目だろ。普通に犯罪じゃん!!でもバトルロイヤルだし情け無用って万魔様も言われてたし!?せめて目と耳を塞ぐべきでは!?でもでも目を逸らしてる時に不意を突かれたら俺が負けちゃうし!!どどどどどうすりゃいいんだこれ!?とりあえずナツキちゃんの行動を見守って――――


 天井の影に隠れている俺とナツキちゃんの目が合う。ん?こっち見てどうしたんだろう?ここには何もないはずだが。汚れでも天井についてたのか?意外とそういうのを気にするタイプなのだろうか。


 はぁ……ナツキちゃんが深いため息を吐いて下を向く。本当にどうしたんだろう?トイレで緊張の糸が切れてしまったのだろうか。とういことはつつつつつまりっ!?


「死ねっ!!!!」


 鋭い叫びと共に俺に向かって向けられた…銃口!?な、なんで!?まさか、俺が見えてるのか!?そんな馬鹿な!!俺の存在に気付けるわけ…!!銃口から溢れ出た炎の濁流は、俺を飲み込み、天井を消し飛ばし、さながら火龍のように渦巻いて天へと駆け上っていった。

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