第144話 ちゃんちゃん

 多くの人達は運が悪かったと言うだろうが、その瞬間に何が起きたのかを正確に把握出来た者は少ない。それこそ高ランクの探索者でもなければ。当然実況解説していた無常鏡花も正確に把握出来た数少ない者の内の一人だった。織田遥と天月ありすの激闘といって差し支えない攻防。最早探学生の枠に収まらないそれは、無常鏡花含めTVで視聴している者達すらも熱狂させた。


 自身の目から見ても、ありす様が織田遥の攻撃に徐々に対応しつつあるのは理解できた。あの段階でかすり傷とはいえ負わせたが、追い込まれていたのは織田遥の方だろう。当然それが分からない両人ではない。自分を織田遥に置き換えても、あの時点で選ぶのは速攻。対応されきる前にケリをつけようと動いただろう。


 運が悪かったと言えばそれまでだが、両人が最善を尽くした結果ついた決着は、運ではなく、なるべくしてそうなったのだと思える。最後、織田遥がありす様の背後に回り、胴体に向けての刺突を器用に柄で受け止めたアリス様。それを見越しての銃撃はしかし柄を軸に回転するありす様にかわされる。背後に目があるかのような曲芸じみた回避。しかし、織田遥はそれすら織り込み済みだったのだろう。あろうことか二射目を放つ。ここに来てまさかの二連銃撃。流石にこれは決まったか。


 しかしそこからがさらにあり得なかった。瞬きにも満たない刹那の間。ありす様の体がぶれ、織田遥の放った二撃一殺の銃撃がありす様の大鎌の峰にかき消され、引き戻された刃が織田遥の首元へと奔った。雷属性身体強化魔法の刹那の発動。驚愕の表情を浮かべている織田遥。私もきっと似たような表情を浮かべているに違いない。


 …これは死んだなと私は思った。即座に画面を切り替える。首と胴体の泣き別れなど、見ていて気分の良いものではない。即死は流石にどうしようもないな。この後どうするべきか…織田遥が死んだことに関しては…まあ自業自得だろう。頼んでないのに天獄杯に出場してきてバトルロイヤルなどと言い出した奴が悪い。織田家も難癖をつけてはこないだろう。正々堂々一騎打ちの結果なのだし、文句をつけて来るようなら戦争だ。問題は殺人はどんな理由があろうと許可しないと公言してしまった事か。まさかありす様がこんな事になるなど予想していなかった…どうすればよいのか。ありす様に罰など与えられるわけがない。しかし対外的に示しは必要だろう…魔央様に丸投げで良いか。魔央様に怒られることがありす様にとって何よりの罰だろうし。よし、問題ない。


 結果的に、私の心配は取り越し苦労になったのだが。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



―――――生きている。あの瞬間、確かに私は死を覚悟した。走馬灯を、三途の川の向こうで手を振っているご先祖様を見た。にも関わらず、なぜ?何が起こった?へたり込んだまま、辺りを見渡した。手もついている、体もなんともない。首だけ意識が残っているわけでもない。視界に映るのは平原エリアと、少し離れた位置で気まずそうにこちらを見ている天月ありす。


 そうだ、私は天月ありすと戦って、そして負けたのだ――――あの瞬間、一瞬とは言え私は上を行かれた。天月ありすにとっては一瞬で充分だったのだろう。侮っていたわけではないが、格下と見ていた。全力は出したが本気ではなかった。自身の土俵で戦わなかった。言い訳はいくらでも思いつくが、負けは負け。ここは素直に彼女を褒めるべきなのだろう。が、何故彼女は私にトドメを刺していないのだろうか。


 私と目が合った天月ありすは、気まずそうに目を逸らした後、恐る恐るこちらに近寄ってくる。例の大鎌はすでに持っていない。私としても今更彼女をどうこうする気は起きなかった。今回は彼女の勝ち、それで良い。なんだか頭が軽い、憑き物が落ちたようにスッキリした気分だ。会話が出来る、私を見下ろさない距離で立ち止まる天月ありす。こういった配慮が出来る辺り、とてもあの屑野郎の姉とは…いや、私もこの場は配慮して一先ず万魔央について言及するのは避けるとしよう。


「あの…織田さん、その…」


「ふふふ、遥でよろしくてよ。天月ありす…いえ、ありすと呼んでもよろしくて?」


「え?いや…えっと、はい、遥さん」


「何故私にトドメを刺さなかったのかが疑問ですけど、今回の戦いに関しては私の負けですわ。貴女に対する数々の無礼、謝罪致しますわ」


「トドメって…織田…遥さんも私に刺さなかったよね?それにあの子の仇は討ったから」


「私がトドメを刺さなかったのは、あくまで上位者としての余裕からですわ。こんな事を負けた私が言うのも滑稽極まりないですけれど」


「ううん、そんな事ないよ。私だってズルしたようなものだし。それに遥さんは負けてなんかないよ。この勝負、引き分け、いや、どちらかと言えば私の負けだよ」


「そうですの。ではそういう事にしておきますわ!まあ、私も本気を出せばまだまだやれますし!?」


 本当に良い娘ですわねこの娘は。もし違った出会い方をしていれば…いえ、まだ十分間に合いますわ!!


「そうだよ!遥さんはまだまだやれるよ!!なんなら優勝して万魔様にお願い叶えて貰えるくらいに!!」


「煽てても何も出ませんわよ?再戦…と行きたい所ですが、貴女がやる気がない以上、私もこの場は大人しく引きますわ」


「私も今はやる気はないよ。その、遥さん…ごめんね?」


「何を謝ってるんですの?今回の決着についてなら気にする必要はありませんわ」


「ううん、違うの。とにかくごめんね。でも今の遥さんとっても可愛いし。むしろ断然そっちの方が良いかも?」


「なんですの藪から棒に。まあいいですわ。私が可愛いのは周知の事実ですけれど。それを言うなら貴女もとても可愛らしいですわ」


「そう?えへへへ。でも今の遥さんがとっても可愛いのは本当だから!!もしかしたらファンクラブとか出来ちゃうかも!?」


「ファンクラブ?まあ確かに私程の存在ともなれば、ファンクラブの十や二十あって当然かもしれませんわね。万魔様へのお願いの候補にしても良いかもしれませんわ」


「そ、そうだね。それも良いかもしれないね!それじゃ、一応まだバトルロイヤルの最中だし、仲良く話し込んでるのもおかしいから、私はもう行くね」


「次会った時は私も本気で行きますわ。覚悟しておきなさい、天月ありす」


「そうだね、うん!次会う時はドン勝を決める時だよ!!それまで負けないでね遥さん!」


「貴女こそ、下手を打ったら承知しませんわよ。先ほどの大鎌、使うつもりはないのでしょう?」


「あの子は死にそうな時以外は使っちゃ駄目ってれーくんに言われてるからね。遥さんくらい強い人じゃなきゃ使う気はないよ」


 確かに、あんなもの普段からブンブン振り回していたら、探索者ランクなんてあってない様なものですわね。私もそうですし。


「そうですの。どう戦うかは貴女の自由ですから口出しはしませんけど」


「それじゃ、またね遥さん!」


 えへへと笑いながら走って遠ざかっていく天月ありすを、私のライバルを見送る。次こそは負けませんわよ、ありす。同年代にあんな娘がいるとは予想外でしたわ。まだまだ世の中、捨てたもんじゃありませんわね。


 走り去るありすとそれを見送る私を祝福するかのように、金色の風が柔らかに平原を吹き抜けていく。キラキラと輝くその風は、まるで金色の糸のように、私の足元から軽やかに舞い上がり…


 足元?おもむろに下を見る。どうやら予想以上に消耗しているようですわね…死に掛けたのだから当然かもしれませんが。


 下を見る。ふぅ…疲れてますわね。ちょっと張り切りすぎましたわ。目をゴシゴシと擦る。


 下を見る。足元の景色は変わらない。首元に手をやる。ひんやりと冷たい感触が首元を撫でる。頭を左右に動かす。軽い。凄く軽い。


 下を見る。もの凄く見覚えのある塊だった。見間違えるはずもない。毎朝2時間、欠かさず手入れをしてきた自慢の髪。私が織田の一員として自覚を持って以来、伸ばし続けてきた決意の証。私の覚悟がバッサリと、地面に切り落とされていた。


「あばばばばばばばばあsdfghjkl;:」


 声にならない悲鳴が零れる。


(その、遥さん…ごめんね?)


 あ…


(とにかくごめんね。でも今の遥さんとっても可愛いし。むしろ断然そっちの方が良いかも?)


 あ……


(今の遥さんがとっても可愛いのは本当だから!!もしかしたらファンクラブとか出来ちゃうかも!?)



あ………


(次会う時はドン勝を決める時だよ!!)


「天月ありすぅぅぅうううううううぅぅぅぅうううううう!!!!!!」


 平原の遥か先、ぴょこんと跳ねる影が見えた気がした。

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